12.対立
僕らにいつでも攻撃できるように杖を突き付けているマイン・フィールズと、その後ろに控えた武装した衛兵達。そしてそれに対立して、僕とシルビアを庇うように前に立つルカ。
辺りに緊迫感が漂っていて、僕は息を飲んだ。
「な、なんでここに……」
二重の意味が込められている。なぜ、マイン・フィールズがここにいるのか。そしてなぜ、この場所に来れたのか。混乱状態だった。
「マイン……先生…………!!」
シルビアが短く驚いた声を上げる。一つの疑問にはシルビアの『先生』という言葉に合点がいく。
マイン・フィールズは蒼碧の星群の活動だけでなくセントリス魔術学院の教師もしていたのだ。クリアでもトップの実力で、この学院に精通しているだろうし学院での殺害事件に関わってくるのは自然なことかもしれない。
そして、僕の言葉を『なぜここに来れたのか』と解釈したのかマインは、懐から煌びやかな赤色に強く輝いている石を取り出した。
「共鳴石。罪人にはとある腕輪をつける決まりがあるけど、共鳴石はその腕輪の中に埋められている反灰石に反応を示して近づくと光り出す。近づけば近づくほど光は強くなるから居場所を特定するのは簡単よ」
「……なるほど」
シルビアの腕を見ると、確かに灰色の地味な腕輪がつけられている。
罪人がこの腕輪をつけるのはクリアでは常識、ということか。クリアに来たばかりの僕とルカがその辺の事情を知らないのは当然とはいえ、あまりにも迂闊だった。シルバーオーガの件でクリアの人間達はたいしたことはないと油断していたのかもしれない。
シルビアが追跡される手段を彼らが持っている可能性を考えておくべきだった。
僕の額にはだらだらと汗が流れ続けている。
「シルビア・ランヴェル。あなたにはコテルバウス教授殺害の容疑がかけられている。取り調べの途中で逃亡を許した衛兵にも問題はあるけれど、罪が重くなると分かっての行動?」
「で、でも、私はやってません!!」
シルビアの訴えに意を帰さず、マインの表情は冷たく淡々と話を進める。
「取り調べで話は聞かせてもらうからおとなしくしていなさい。また逃げ出すというなら、安全の保証はできない。……それと」
マインは視線をシルビアから僕とルカに移した。
「そこの二人も共謀、ということかしら?」
「!?」
僕達まで巻き込まれようとしていると把握したシルビアは慌てて声を上げる。
「待ってください!! この二人は関係ありません!! 私が勝手にここに逃げ込んだだけで――」
「なんにせよ、事情は捕まえてから聞かせてもらう」
二人の言い争う声が頭から突き抜けていき、僕は呆然とする。というか、事態に全くついていけていない。ただ、非常にまずい状況なのは明らかだ。
そして、マインは自身の後ろへ控えさせていた衛兵達へ僕らを捕えるよう命令している。
(このままじゃ、僕達まで捕まるぞ……)
そんな中、今まで黙って様子を見ていたルカだったが僕に顔も向けず声だけで謝罪した。
「ライズさん。私のせいで申し訳ありません……責任はとります」
そう言って右手をパキっと鳴らす。…………これは、ルカが戦闘する直前にする癖だ。
え……、まさか殺る気?
「ル、ルカ!!」
慌ててルカを呼び止め動きを止めさせる。
「ですが……このままでは」
「わ、分かってるけどッ……!!」
こう見えてルカは魔族の中でも、比較的戦闘力の高い。マインらを殺すのにそう時間はかからないだろう。
だが、ここでマイン達を殺すのは悪手どころではない。そんなことすれば、シルビアも口封じで殺さなければならないし何の目的も達成できないまま僕らはこの国にいられなくなってしまう。そもそもマインは英雄とか呼ばれている。人間の最大戦力を削ってどうするんだ。とにかくその場しのぎの行動でしかない。
(どうすれば……!!)
……逃げる? ……いや、だめだ。指名手配される上、二度とこの国に近づけなくなる。
時間もなく、焦って冷静に頭が働かない。
だめだ、分からない。
考えている間にも、じりじりとマイン達が距離を詰めてくる。
「ライズさん……!!」
ルカは僕の指示を待っているようだが、正直なにも思いつかない。
残念なことに、一周回って何も考えられていない状態だ。……もう無理? やっぱ逃げる?
上手く切り抜ける方法なんてないんじゃなかろうか。
そもそも、マイン達は僕の言うことなんかに聞く耳を持つはずもない――――。
そこで、僕の脳裏にハッとアイデアが閃いた。
「大人しく手を上に上げて」
マインは杖を向けたまま近づいている。
いちかバチかだけど一単語だけでいい。それで彼女の動きは止まるはずだ。
僕は、軽く深呼吸して口を開いた。
「ノルド・ウェグナー」
一言だけ僕はマインに向かって言った。
「……ッ!!」
その表情の変化は見逃さない。マインはぎょっとして目を見開き歩を止めた。当たりのようでほっとする。正直、ノルドとはもう関わる気はなかったが仕方なしだ。
「セントリス魔術学院に通ってるよね? 実は僕、彼とは友達なんだ」
「なにを……」
先程の冷たい様子から打って変わって、明らかにしどろもどろになっている。マインがノルドとは浅からぬ関係にあるのは間違いない。
僕が言いたいことは、友達の友達は友達というやつだ。つまり、僕とノルドは友達だから、あなたとも友達ですということである(?)
シルビアもノルドのことは知っていたようで少し驚いているようだった。シルビアもノルドと友達なら僕はシルビアとも友達かもしれない。
ここまで言ったが、そもそも僕とノルドは友達なのかという疑問はおいておく。まあ、400万デルもの大金をあげたわけだし友達と言ってもいいのではなかろうか。むしろ400万で友達にしてくれ。
「信じられないなら彼に直接聞いてみればいいよ。彼なら僕が無実だって分かってくれる」
「で、でも……それであなたがシルビア・ランヴェルを匿っていたことに変わりないわ」
確かに、ノルドと友達というだけで僕が無罪ということの証拠にはならないだろう。それでも、僕に対する印象は変わったはずだ。このように僕とまともに会話してくれる程度には。
「匿うもなにもシルビアは、冤罪らしいんだ。それなのに疑われて逃げてきたっていうから僕らは家に入れて話を聞いてただけだよ」
「……あなたがそう思っていたとしても状況から考えて犯人はシルビア・ランヴェル以外考えられないのよ」
「まあ、普通に考えればそうかもしれないけどさ。そもそも、その状況におかしなところが多いと思うんだ。君もそう思ってたんじゃない?」
「それは……」
マインは図星なのか口籠る。
「いくらシルビアが優秀だからって無傷で魔術学院の教授を殺してしまうなんて不自然だからね」
「…………」
シルビアの方を見ると、今もぴんぴんしている。どこを怪我した様子も見られない。もし、教授と殺そうとしたとしてなんの反撃もされずに遂行できるものだろうか。
たとえ教師故に生徒に攻撃できなかったにしても逃げることくらいできたはずだ。できなかったにしても、なんらかの痕跡くらい残っているだろうし。
「おかしいのはそれだけじゃない。君達は被害者は腕を切断されて殺されたって言ってたらしいね」
「……被害者の体の内部にも外部にも腕が切断されていたこと以外問題なかったと聞いてるわ」
「でも、そうだとしたら即死じゃないってことになる。現場写真、シルビアに見せてもらったけど何の争った形跡も見られない。腕を切断されて叫びたくなる程痛かったはずなのに、彼は何の行動も起こさず死ぬまで部屋でじっとしていたのかな?」
そんな馬鹿なことあるわけない。僕だって、足の小指を机にぶつけた時は悶絶してしまう。まして、腕を切られたときなんて想像すらできない。
「君は説明できるの?」
マインは、痛いところを突かれたのか歯切れが悪く答える。
「でき……ないけど、そのためにシルビア・ランヴェルに取り調べを――――」
「しても意味はないよ。シルビアがやったわけじゃないし、時間の無駄だ」
マインの言葉を遮ってその考えを否定する。いくら聞いてもシルビアは知らないのだから分かることなんてないだろう。
それに取り調べで無理やり自白させたところで、真相は分からないままだ。
「結局、あなたは何が言いたいの?」
マインの問いかけに少し考える。僕らは無実だということを伝えたいんだが、いかんせんマイン達なりに捜査したうえでシルビアを疑っているわけで。
――――なら、僕にできることは一つしかない。
「君らが調査できないなら、調査は僕達でしたい。自分の無実は自分達自身で晴らすよ。もし、僕達が疑わしくて許可できないなら、ノルド・ウェグナーを協力させるから」