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11.冤罪


 ルカが離れてから僕は一人で来た道を帰っていた。ルカが何をしていたかはなんとなく察しはつくがまさか犯罪者から何かの情報を抜き取るつもりだろうか。……面倒なことにならなければいいけど。


 ため息をつきながら歩いている内に、家にたどり着く。憂鬱な気分で家の扉を開けると――。


「おかえりなさい、ライズさん」


 ソファに座っているルカの姿があった。

 なぜ僕より早く家にいるのか……と言いたいところだったがそれよりも先にルカの隣にいた人物に目をひんむかれる。


「さっきの犯罪者っ!? ルカ!! なんで家に入れてるのさ!!」


「わ、私は犯罪者じゃないわっ!!」


 ルカの隣にはさっき道の真ん中で衛兵に取り押さえられていた女が座っていた。ピンクのショートヘアに桃色の瞳。確かに女の子らしいかわいい見た目だし、とても犯罪者には見えない。あの現場を見ていなければ、犯罪者だとは僕も気づかなかっただろう。


「ルカ、犯罪者なんて飼えないよ。一刻も早くここから外に帰してくるんだ」


「ちょっと!! 人を動物みたいに言わないでよ!!」


 ピンク髪の犯罪者が顔を真っ赤にして吠えてくる。

 いくら情報に困っているからって、人は選ばなければならないだろう。


 混乱している僕へとルカは温かいお茶を出してくる。


「落ち着いてください、ライズさん。彼女は、犯罪者ではないでしょう」


「? なんで分かるの?」


「目を見ればそれくらい分かります。それに話をして確信していますが彼女に悪意は見られません」


「…………」


 ルカを信じていないわけじゃないが、あまり近づきたくない。胡乱な目でピンク髪を眺めてみる。学生服を着てるし学生なんだろうが、犯罪者に年齢も性別も関係ないし……ルカの代わりに僕が注意しよう。

 すると、彼女は僕が言葉を待っているように解釈したようで話し始めた。


「ルカさんから話は聞いてるわ。あなたが、ライズ……って人よね? ルカさんの上司っていうからもっと大人で優しい人を想像していたけど……」


「……はあ」


 最近はルカとしか喋ってなかったので、ピンク髪の女の勢いに少し引いてしまう。

 そして、特に聞いたわけでもないのに彼女は名を名乗り始めた。


「私は、シルビア・ランヴェル。ランヴェル伯爵家の子女よ。今はセントリス魔術学院高等科に通っているわ」


 自信満々に名乗るその姿は、とても衛兵に取り押さえられていた犯罪者と同一人物には見えない。

 というか、伯爵って……。高位貴族とかとても厄介な香りがするんだけど……。

 今まで足がつかないように慎重に行動していたはずなのに、とんでもなく思い切ったことになってるような。

 今僕は、とても微妙な顔をしていることだろう。その顔のまま僕はルカに視線を変えた。


「ルカ、なんで助けたの?」


「冤罪と思ったからです。それに見るに堪えなかったので」


「ああ、ルカはいじめみたいなの嫌いだもんね……」


 ……まあ、大の大人が女の子を乱暴に押さえつけてたわけだし、ルカの言うことも一理ある。それが冤罪ならなおさらか。


「煙幕で追手は巻きましたし、ここに来るまで誰にも私たちの姿は見られていませんのでご安心を」


 ルカのことなのでその辺は心配していないんだけど、なんで僕の家に入れてるんだ……?

 いや、ここは安全な場所なのは間違いないんだろうけどさ……。

 ため息をつきたくなるが、いつもルカには世話になっているし文句は言うまい。


 仕切り直して、僕はピンク髪に事情を聴くことにした。


「えーと、シルビアだっけ? 君は一体なんであんな道の真ん中で拘束されてたの?」


 僕が尋ねるとシルビアはあまり触れられたくなかったようで、顔が曇らせる。


「……さっきも言ったけど、私は何もやってないわ。なのに、私が人を殺したことにさせられて。だから、必死に逃げだしたの。だけど捕まって。その時に、ルカさんが颯爽と私を助けてくれたってわけよ」


「殺人だって?」


 一度ため息をついてシルビアはぽつぽつと語り始めた。


「数日前の話よ。セントリス魔術学院で殺人事件が起きたの。学院は結界が張ってあるから必然的に内部の誰かの犯行だってことになったんだけど――――私に容疑がかけられた」


「現場に残された死体と当時の状況から私が犯人だって決めつけられたのよ」


 彼女はうつむいていて表情は分からないが、口調からは悔しさ、哀しみのようなものが滲み出ている。

 ルカも詳しい事情までは聞いていなかったようでシルビアへと疑問を口にした。


「よほど決定的な証拠だったということでしょうか」


「みたいよ。これを突き出されて自白を迫られたわ」


 ルカの言葉に頷いて、彼女はポケットから一枚の写真を取り出しテーブルへと置いた。


「これは……現場写真か。随分惨いな」


 とある一室に男が倒れ伏している場面が写真には写されていた。男は、片方の手首から先が切り落とされている。


「見ての通り腕を切断されて殺されてるわ。私は風魔法の素養が高くて学年でも一番だったから、魔法で腕を切断できるなんて簡単だろうって。それに殺されたのはセントリス魔術学院の教師。そんな教師を相手にしても問題なく戦える風属性持ちの人間なんて学院でも限られてる」


「……この腕の切れ方は魔法によるものだろうね。でもさ、それだけで君が疑われたの?」


「それだけじゃないわ。……殺されたのは授業中、でもその時私は体調が悪くて一人だけ寮の自室で寝ていた。アリバイがないのは私だけだけだったから真っ先に私に疑いが向けられたの」


 シルビアは今まで抑えていた感情が爆発したのか、ソファの前のテーブルに手を叩きつけた。


「でもこんなの嘘に決まってる!! きっと私を陥れるために仕組まれたのよ!!」


 そんなシルビアを横目に僕は写真の観察を始めた。ぱっと見た時も思ったがこの写真は少しおかしいのだ。


「これは、死体が見つかってすぐ撮られた写真なんだよね?」


「ええ、そのはずよ」


 写真を一瞥し終えた僕は、率直な感想を述べた。


「……確かに、君が冤罪というのもあながち間違いじゃなさそうだ」


 横で静かに聞いていたルカが、僕の確信を持った言葉に反応する。


「何か分かったんですか?」


「いや、この死体ちょっとおかしいんだ。この出血量を見ると、死んだ後に腕を切断されてる。写真だけじゃ死因までは分からないけど……君が犯人ならわざわざそんな疑われるような真似しないだろう」


 魔物や動物をよく解体しているせいか、無駄な知識がついてしまったな。勿論、人間を解体なんてしたことはないが人型の生物は体の仕組みは大体似ている。既に実験済みだ。

 ま、なんにせよ殺すことが目的ならそんな細工する意味もない。シルビアは犯罪者じゃなさそうだ。


 するとシルビアは目を瞬かせて、声を上ずらせて言った。


「そ、そうなの!? よく分からないけど、私じゃないって証明できるのねっ!?」


 どうやら期待させてしまったようで心苦しいが、……違うのだ。


「……無理だね。僕が指摘したのはあくまで不自然な点だから。写真は捏造したものじゃないだろうし、真犯人でも見つけない限り君の無実の証明にはならないんじゃないかな」


 目に見えて肩を落とし、シルビアは落胆する。他にかけてあげられる言葉はなく僕もルカも黙っているしかない。

 しばらく、続いていた沈黙を破ったのは、シルビアだった。


「……そっか。やっぱり真犯人を見つけるべきよね」


 小さく呟いた後、シルビアは僕達へと微笑んだ。


「ありがとう。世話になったわ」


 立ち上がり玄関へと歩く彼女を、僕は引き留める。


「……これからどうするの?」


「学院に戻るわ。そして、真犯人を突き止める。あの時は頭が真っ白になって逃げだしちゃったけど、冷静になってみれば私の疑いを晴らす方法なんて一つしかないわよね」


 そのシルビアの様子に僕は言葉を失ってしまっていた。それは自殺行為だと、僕もルカも、そしてシルビア自身もよく分かっているのだ。捜査されたうえでシルビアは捕まっている、これ以上捜査を頼んでも結果は変わらないだろう。まして、加害者とされるシルビアが真犯人を捜すなんて誰も許さないしたとえ見つかったとしても信じてもらえないだろう。


 生き残るために逃げ続けた僕には到底理解できないことだった。

 なぜせっかく助けられた命をこの女は無駄にしようとしているのか。


 ルカも、僕と同じ考えを持っていたようで先に口を開く。


「悪いことは言いません。すぐに帝都を出て雲隠れするべきかと」


「…………僕もルカと同意見だ。捕まって処刑されるだけだと思うよ」


 だが、シルビアの決意は固かった。


「……私は逃げないわ。このまま殺人犯にされて逃げるなんて私のプライドが許さない。それに実家に迷惑かけたくないしね」


 再び、彼女は微笑んでこの場から去ろうとしたが――――。


「止まってください」


 ルカが音を立てて勢いよくソファから立ち上がっていた。その声に、いつもの落ち着きはない。


 ルカは周囲を見回し始め、あまり見たことがない程険しい顔をしている。そのただならぬ様子に僕もシルビアも立ち止まり困惑していた。


「ル、ルカ? どうしたの?」


 僕とシルビアを背にして玄関を睨んだ。


「二人とも、私の後ろへ下がってください」


 唐突なルカの動きと言っている意味が分からず間抜けな声が出る。


「え?」




 ――――それは一瞬のことだった。轟音に気づいた時にはもう玄関がふっ飛ばされていた。


 その穴の開いた玄関の向こうには、武装した複数の人間がこちらへ剣や杖を向け睨んでいるのが見える。


 息をする間もなく呆然としていると、先頭に立った()()()()()人間がこちらへ杖を突き付け、鋭い声を上げた。


「動かないで。蒼碧の星群(ブルー・アステリズム)のマイン・フィールズよ。今からあなたたちを拘束させてもらう」

 



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