誰か冗談だと言ってくれ
魔王様に連れられて、執務室に着いて、養母様と仲直りしたよ今までどこにいってたんだい心配したよルゥ!と、なんかもう色々過ぎたことを言いつつ私を抱きしめようと飛びかかってきた宰相を、ひらりと避けて魔王様にくっ付きます。流石に魔王様に抱きつこうとはしない。何故……!と、かなり悔しそうだけど、そんなのはどうでもいい。
まったく、初めてあった時の氷の宰相っぷりはどこへいったのやら。こんな姿を人間側に見られたら魔王様が舐められちゃうかもしれないじゃないっすか。
「……セルト、そろそろいい加減にしないと、魔王様が怒るよ。客人の前なんだからちゃんとして」
「ルゥちゃんの言う通りだよ、セルト。ほら、英雄殿も驚いているじゃないか」
渋々と、宰相はだらしない顔を外交の顔に戻しました。そうそう、仕事して。
「悪いな、リーンフェルト。待たせた」
「いえ。大事な妹君が行方不明ともなれば私の伴侶探しなど捨て置いて当然でしょう」
「悪かったって……。……どこ見てる?」
「いえ。妹君は、綺麗な蒼い目をしているんですね。肌も白いし、髪も美しいです」
ほら、私はどうも警戒されまくっていたようで、お姿を見たのは初めてですから。と、英雄が言った。…………あ。ケープがない。顔を見られた。その事に、私は体温が2、3度下がった気がする。
魔王様にもっとくっ付いて顔を隠した。
「顔色があまりよろしくないですが……。まだ気分が優れないのでは?」
「……ああ。印の付け直しが終わったら、すぐに休ませる。……ところで、ルチェの顔見て、何か思ったか?」
「いえ……?可愛らしいとは思いましたが」
……この反応、初対面の人間と全く同じ……?私と魔王様は目を見合わせて、確信。多分英雄は、私の顔を知らない。
流石に魔導姫って呼び方と、そういう人間が居たことは知ってるだろうけど。冷え切った指先に少しだけ温度が戻った。
魔王様が大丈夫かと聞くので、大丈夫と答えて、魔方陣をちょっといじる。線を一本足すとか、色を塗り分けたりするだけだけど。
「……理論上、範囲、人間領と魔族領」
「分かった。ありがとな」
ぽんぽん、と頭を撫でられる。私の仕事は終わりだ。魔王様はその陣の描かれた布を机の上に広げて、英雄がその陣の上に手を乗せる。
「今回の条件は、前回同様、"未婚の適齢期の純潔な乙女"に加えて、"人間の枠に収まる魔力の持ち主"だ。いいな?」
「ええ。よろしくお願いします」
これで私に対になる印は付かない。あとは英雄が帰ってその人を見つけて結婚してくれれば問題なし!私は今まで通りの魔族領暮らし!安心安全快適!
魔王様が魔方陣を発動するのを見て私は喜んだ。大いに喜んだ。
……喜んだというのに。
「……付きません、ね」
「次だ!ルゥ頼んだ‼︎」
「範囲、天界領まで広げる……!」
それからおよそ、1時間。
対象の範囲を、どう考えても人間が行けるわけない領地まで広げた上に、条件まで小まめに変えて探したというのに!
「…………何故、見つからない……⁉︎」
これはなんの嫌がらせか!
英雄の手に、印は一向に現れない!じゃあもういいよと魔王様に、条件を1番最初と同じにしてもらい、魔力量の指定はせず(もちろん私は除くという隠し条件を付けて)魔方陣を発動するけど、反応、無し。
……絶望。
「……1番初めと、条件は同じなんですよね?」
「おう!それは間違いない!(隠し条件つけてるけどな!)」
「……そう、ですか。……では何故、印が付かないのでしょうか」
「それは……」
これはもう、アレじゃないかな。逆に神に好かれ過ぎてて、神が結婚しないで欲しいって望んでるんじゃないかな!
「……創造主が与えた魔法だ。相手は絶対見つかる。……けど、悪い。今回はこの辺でやめないか?」
いやいやいや、魔王様。英雄はこれだけの為に人間領を探し回って魔族領まで足伸ばして、ここに滞在してたんだよ?それは無理な話でしょうよ。私としてはその方がものすごい有り難いけど。
「いいですよ」
「……だよな。あの他人に興味のかけらもないお前がここまで探して……なんだって?」
「ですから、魔法を使って探すのはもう結構です。その代わり、もう暫く魔王城に滞在して、そちらのルチェさんと仲良くなりたいです」
ん?んんん?いまなんつった?この人。
私と魔王様は顔を見合わせ、再び英雄を見て、そして口から出たのは一言。というか一文字。
「「……は?」」
「ですから、魔法はもう結構なので、暫くルチェさんと過ごさせていただきたいです」
あっはっは。……ご冗談を。
冗談といって欲しい私をよそに、英雄は私にとてもいい笑顔を向けていた。