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夜の闇のように

 バスケットにはローストビーフのサンドイッチや、マッシュポテトやフルーツタルトといった食べごたえのあるものから、ぶどうや林檎といった果物までたくさん入っていた。

 サレムは、なんとか喉を通りそうなぶどうを、少しずつ口にした。


 食べるにつれ、意識と体の間のずれが修正され、この世界に馴染んでいく感覚があった。

 手足に血が通って、動かすのが容易になる。

 この身体は自分のものだ、もう動いても大丈夫という確信が生まれる。


「大丈夫そうなら外に出てみよう。誰か知り合いに会うかもしれないし」


 サレムの動きを見ていたダリウスがそう言い、これ以上部屋にいても仕方ないと話が決まった。


「帽子。髪をまとめて入れていたと思う」


 出がけに思い出したダリウスに渡されて、やってみようとしたが、髪に癖がなくてするすると逃げてしまい、うまくかぶることができない。


「失礼。髪質がオレと似てるかも」


 手を出してきたイズミールが、指で髪を梳きながら綺麗にまとめあげて帽子をかぶせてくれた。

 ほっそりとして見えたイズミールだが、近づかれると上背があり、指が長く大きな手をしていた。髪をまとめるときは、繊細な手つきで耳や首にふれることはほとんどなかった。


(やっぱり「何か」聞こえる……。でも、悪い感じはしない人)


 サレムと目が合うと、イズミールは邪気のかけらもない笑みを返してくれる。

 低い声を聞かなければ、女性と言われても疑いなく信じてしまいそうな容姿だ。

 廊下に出ると、歩幅の広いダリウスが先を行く形になり、イズミールが追いついて肩を並べた。一歩出遅れたサレムは、二人の後に続いた。


 「土」の実験棟。

 その名の通り、「土」の魔導士が集う建物だという。

 初等科落第の件を含め、周辺事情をすっぽりと忘れてしまったサレムに、ダリウスは戸惑いながらも説明をしてくれた。


 二百五十年前に異端の魔導士エレミアによって開かれた魔法都市エレミア。

 その中心であり、魔導士養成機関という顔の他に、都市の政治や外交をも担っている栄光の『学院』。

 入学を許されると、『土』『風』『水』『炎』の四属性の魔導士に師事し、初等科・中等科・高等科すべての課程で筆記と実技の試験で進級していく。

 大陸の各国に仕官せず、魔導士として指導者への道を志す者はさらに研究科に進む。


 ダリウスらは研究科への進級を決めた駆け出しの魔導士であり、記憶を失う前のサレムは「初等科から追放寸前の劣等生」という話であった。


「魔法はすべて精霊との契約から始まる。契約が成立しなければ魔力に形や方向性を与えられない。たとえ魔力の素質があっても『混沌にして闇、夜の国の門』に吸い込まれて魔力はすべて無力化されてしまう。魔導士としては落ちこぼれ、だな。『学院』にはいられない」


 ダリウスは何気ない口ぶりで話していたが、横で聞いているイズミールの顔に緊張がはしったことに、サレムは気づいた。


 ……混沌にして闇、夜の国の門に通じる者……


()()()()!?)


 弾かれたように顔を上げたサレム。

 その視線に気づいたイズミールが、気の良さそうな表情を浮かべて振り返る。


「『学院』に入学ができている時点で、魔力はある判定なんですよね? ただ、どういうわけか四大精霊との契約が成立しない……。案外、精霊同士で取り合っていたりして。サレムは可愛いから」


 冗談めかして言われたが、ダリウスは渋面だ。


「精霊が人間の美醜なんか気にするか。魔力があまりに低くて押し付け合っているか、あるいは異常に高くて本当に取り合いが発生しているか、なら考えられるが。いずれにせよ、魔法を使えない者は『学院』にはいられない」

「落第すれば、放校処分……」


 差し迫った問題をサレムを口にすると、ダリウスは唸るような低音で答える。


「研究科は本来、弟子をとる身分ではないし、『学院』に関しては在籍者でもわからないことが多い。迫害から逃れて生まれた都市だ、どこもかしこも閉鎖的なんだよ。この二百五十年間、『学院』は対外的に筆頭魔導士をエレミアと言い張っているが、もちろんその実在も不明だ。謎だらけだ。いくら異端の魔導士とはいえ、二百五十年も生きられるものか?」


 ダリウスの声を聞きながら、サレムは再び耳ではなく感覚がとらえる「何か」を追いかける。


 ……エレミアは眠り続けている。その時がくるまで……


 遠くからかすかに聞こえてくるその言葉は、イズミールの気配によく似ていた。

 サレムが視線を向けると、イズミールはすぐに気づいて視線を絡ませてくる。

 紫水晶のような、綺麗で真意の読めない瞳。

 窺いあう二人の様子を横目で見ながら、ダリウスは早足で進んだ。


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