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  作者: 成瀬
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第三話 As you sow, so shall you reap.

「クラブの勧誘ですか」

 彼女らは、それが目的であたしを呼び出したのだと告げた。

「ああ、そうだ。文芸部は、今年中に一人入れないと廃部になってしまうのだ」

 文芸部部長――藤堂志乃花と名乗った黒髪のツインテールが、告げた。

「それにしちゃ、随分と大仰ですね……」

 告白まがいのことをして、呼び出してからクラブの勧誘なんて。

「歩美のせいよ、全く」

 ぶちぶちと文句を言う眼鏡の――篠原麻理恵と名乗った先輩は、まだ顔が赤かった。

「ちょっと伝達にミスがあったみたいだ」

 志乃花先輩は再び謝罪してきた。彼女は、自分のことを「志乃花」と呼ぶように言ってきたのだ。みんながそう呼ぶからだと。

 まあ、それはいいけど。文芸部なんて……あたしの柄じゃないの、分からないのかしら? あ、いや、今は優等生の皮を被ってるから、そういう風に見えたのかな? 一応、特待生で、成績優秀だしね。

「えっと、悪いんですけど、クラブはちょっと……成績、落とすわけにはいかないんで」

「小日向さん、貴女」

 麻理恵さんが何かを言いかけたのを、志乃花さんが遮った。

「そうか。しかし、気が向いたら文芸部に遊びに来てくれ」

「部長」

「麻理恵、無理強いするものではないよ」

 と言われて、篠原先輩は不満げな顔つきで黙った。それじゃあ、とあたしがこの場を去ろうとしたら、「ところで」とまた志乃花先輩が声をかけてきた。

「ところで、最近、不思議な夢を見なかったか?」

 突然何を言い出すんだ、この人。

「夢、ですか?」

 不思議な夢ってなにさ。あたしが小首を傾げたのを、彼女は、ふっと笑う。

「心当たりがないのならば良い。ただ――困ったことがあったら、私たちのことを思い出してくれ」

 はあ、とあたしは生返事をしてしまう。変な人たちだけど、優しい先輩なのかな? そんなことを思いながら、あたしはようやくにして帰路につくことが出来た。

 突き返されたラブレターを見る。

 これのせいで、とても疲れた一日だった。おかげで、全然、授業の内容が頭に入らなかった。

 今日が月曜日でよかった。コイズの試合がないからだ。

 こりゃ、今日は相当勉強しないといけないなぁ……



 今日の授業の復習と宿題を終わらせると、十一時になっていた。

「もうこんな時間じゃん」

 これから、明日の予習がある。学習机で伸びをすると、ぐう、とお腹が鳴った。

 冷蔵庫に何か置いてやしないかな。と開けてみても、あいにくと小腹を満たすようなものはなかった。

 太る? 知らん。そんなの、太ってから考えることだ。

 コンビニは、ここから三分とかからずに行ける。

 春と言っても、まだ夜は少し肌寒い。上着を着てから、あたしはそろりと外に出た。親に見つかると、面倒そうだったから。

 そういえば。と、コンビニへと歩いていく最中で思い出した。

 不思議な夢のこと。

 志乃花先輩に言われたからだろう。

 小学校の時に、同じ夢を一週間くらい見たことがあったのだ。

 真っ黒な、無数の蛇に追われていて、ミッシーちゃんという当時大流行していたキャラクターが、毎回助けてくれるのだ。なかなかカオスすぎる内容だ。

 それを一週間。毎回毎回、同じだった。

 丁度、あたしが女子グループに苛められている頃に重なる……たぶん、色々、不安だったんじゃないかと思うのだ。あの時。

 何でこんなことを思い出したんだろ――って、あ、そうか。

 空を見て、あたしは思い出した。

 あの夢は、毎回同じ舞台。家の近隣だった。真っ暗な夜。空には、星さえもない。あたし以外に、誰もいない世界。今、この歩いている風景が、それに酷似している……ん?

 月がない。星もない。真っ暗というか、真っ黒。

「……っ」

 何かの気配を感じて、後ろを振り返ってみる。

 何もいない。

 また夢の中にいるとか? 頬っぺたを抓ってみる。痛い。

 なんだか変だ。何かがおかしい。

 あたしは、早歩きで家へと引き返した。

 マンションのエレベーターのボタンを押す。6、5、4……遅い。辺りを伺いながら、あたしはエレベーターを待つ。

 ぽーん、と音を立てて、エレベーターの扉が開いた。急いで中に入って、『閉』のボタンを押す。  

1、2、3……ボタンが点灯していって、7階に着く。

はあ、とため息。

なにやってんだか。もう高校生なんだから。夜が怖いとか……まったく。

夜食の買い物とか、あの兄に行かせりゃよかったんだ。どうせ、どうでもいいアニメかなんか、見ているんだから――

 あたしは、足を止めた。

 誰か立ってる。家の前で。

 黒い。影みたいな、大人の男の人くらいの大きさのナニカが、立っている。

「なにあれ?」

 考えていたところで、ぱーんと音を立てて、それは破裂した。廊下に、マンションの扉に黒い点々がつく。墨汁を跳ね飛ばしたようだ。そこから、にょろりと真っ黒な蛇が形作られる。

 あの夢だ。何で今更? 考える暇はない。あたしは背を向けて駆けだした。

 三十センチくらい――うなぎに似てるけど、違う。目やヒレがないし、あんな愛嬌のある顔をしていない。口だけだ、あるのは。その無数の黒い蛇は、あたしに向かって大挙として這いよってきていたのだ。

 エレベーター……は間に合わない! そのそばにある非常階段を、二段飛ばしで降りていく。どおん、という音がして、振り返ると扉を跳ね飛ばした黒い蛇たちが見えた。二段飛ばしなんて、悠長なことやってらんない。

 とう、と最上段から飛び跳ねた。全段飛ばしだ。着地すると、足にじーんと衝撃が伝わってくる。って、痛いって何でよ! 夢じゃないの? 甘い考えが消し飛ぶ。

 同じ要領で、どんどん降りていく――足が止まった。

「うそでしょ……?」

 降りた先には、上に迫ってくるのと同じく、黒い蛇たちが蠢いていたのだ。そして、こちらに向かって、登ってきている。

 凄いスピ―ドで、這いよってくる黒い蛇たち。ちょっと待って、なんて言葉すら言えない。問答無用で、あたしの顔に向かって飛びかかってきた。

 びゅんびゅんと風切らせ、いくつもの手裏剣――手裏剣だ、漫画とかでよく見る――が黒い蛇を迎撃する。

 刃が来た方向を見る。もこもこの着ぐるみが、黒い蛇たちをかいくぐりながら階段を猛スピードで降りてきている。

「ミッシーちゃん⁉」

 頭上の、明滅する照明から照らし出されたのは、まさしくミッシーちゃん。ウサギを模したキャラクターで、右目に眼帯を嵌めている――ブラックミッシーちゃんだ。朝八時、小学生だった時に、周りで大いに流行していた。

 頭が大きくて、首が太くて、足が短くて、ずんぐりむっくりの着ぐるみ。うさぎというより、クマに近い感じだ。

 再びあたしに飛びかかってくる蛇たちを、そのミッシーちゃんは手でつかんで、壁にたたきつける。

 そして、混乱しているあたしを肩に担いだ。

「え? ちょ、ちょ、待――」

 そのまま、一気に階段を駆け下りていく。あっという間に一階まで。まだミッシーちゃんは止まらない。非常階段の扉を蹴破って、玄関ホールへと猛牛のように進んでいく。

「ま、ま、待ちなさいよ!」

 状況を説明してほしい。状況を! 黒い蛇に、ミッシーちゃん。担がれているあたし。小学生の時のは、実は夢じゃなかった――?

 あたしの言葉を無視して、ミッシーちゃんは、跳んだ。

 跳ぶ。飛ぶと言っていいかも。ひゅおぉぉという風切り音が耳をつんざく。地面があっという間に遠くなる。

 すたり、と大きなピンクの足が着地したのは、八階建てのマンションの屋上だった。

 そこでようやく、あたしは肩から降ろされる。

「な……なんなのよ、あんた!」 

着ぐるみに向かって、あたしは怒鳴った。

「てか、何なのよ! わけわかんないし! あの黒いのは何? 小学校の時のも全部本当だったの?」

 助けてくれて、お礼を言うべきなのかもしれないけれど、状況が分からなすぎた。

「何で――」

 涙が出てきた。怖かった。死ぬかと思った。頭が混乱してしまっている。

 そんな私にミッシーちゃんは頭をなでてきた。

「ふざけんな!」

 ぱしん、とその着ぐるみの手を払いのけた。

「説明をしなさいよ、説明を!」

 そこで、


 目が覚めた。

「……」

 机に突っ伏していた頭を起こす。時刻は――十二時ちょうど。

「何つー夢見てんのよ、あたし」

 そりゃそうだ。あんなの、現実にあってたまるか。

 勉強をしていて、いつの間にやら眠っていたみたいだ。

 目じりに溜まった涙をぬぐう。ちょっと、今日は疲れているのかもしれない。

 右手に痛みが走った。手の甲に、赤い点々がある。虫刺され? 噛まれた痕、みたいな――

 あの、黒い蛇たちを思い出す。いやいや。

「そんなわけないじゃん」

 今日はもう寝よう――としたけど、何だか寝付けなかった。


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