表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 成瀬
3/7

第二話 The first step is always the hardest.(2)

 きっと悪戯なんだろう。

 一時間目からずっと、あたしは今朝の手紙のことで、頭がいっぱいだった。

 心当たりがなさすぎる。これが男子からならわからなくもない……一応。でも、ここは女子高で、相手は絶対女の子のはずだ。そして、あたしはエスカレーター組ではなく、受験組だった。好きになってもらう道理がない。

 コイズが昨日負けたことなんて、すっかり頭から消え失せていた。それくらい大事件だ。

「本当に一人で大丈夫なの?」

 放課後、一緒に手紙を見てしまった玲香が尋ねてきた。

「何であんた――あっと、玲香さんもついていこうとなさるの?」

「だって、悪戯でしょ? あれ」

 玲香は悪戯だって決めつけている。

「けど、玲香さんがついてくることないわ」

「止める人が必要だと思うのよねえ。あなた、頭に血が上ると、信じられない行動をするし。もし喧嘩してそれが知れ渡ったら、特待生、取り下げられるんじゃない?」

 人を猛獣みたいに言うな。

「そんなに心配していただけるとは、思わなかったわ」

 ちょっとそこは感動だ。玲香は、もっと冷徹で、血も涙もない人間だと思っていたのだ。

「だって、あなたがいないと、私一人で昼食を食べることになるじゃない。登下校も一人だし。困るわ」

 彼女は極度の人見知りなのだ。

 ほんと、あんたよくそういうことを言えるわよね。逆に感心するわ。

 そんな玲香の提案を、あたしはお断りした。

 

 午後三時五十分。あたしは、校舎裏へと一人でやってきた。

 放課後、と指定していたけど、もしかしたらまだいないかもしれない――いたずら目的なら、どこか隠れてみているのかもしれない……なんて頭の中でぐるぐると思考する。

 ラブレターで思い出した。

 小学生時代、あたしはコイズが好きだったから、話をしていたのはもっぱら男子だった。少年野球チームに所属していたのもある。

 ある日、女子グループから何故だか無視されるようになって、それが何故なのかと問いただすと、「○○君と、話さないで」と言われた。そのグループの一人が、あたしといつも話をしている男の子のことが好きだったようだ。

 そんなの知るか、とあたしは構わずにその男のこと話をしていたんだけど――というか、何であたしがそんなの気にしなくちゃいけないのよ。思い出しただけでむかむかしてくる――いつの間にか、その男の子のことを、あたしが取っちゃったみたいに吹聴されていたのだ。それで、上履きに落書きされたり、ノートに落書きされたり……いろいろやられた。

 結果的に、その男の子が誤解を解いてくれて、そういうことがなくなったけど……はあ。こちとら、コイズの選手の動向を探るのに忙しいのに、恋愛なんかする暇ないっての。

 手に持ったラブレターを見て、ふと考える。

 もしこれが本当にあたし宛のもので、悪戯でも何でもなかった場合のことを想像する。

 まさか。

 鼻で笑う。悪戯だ、絶対に。



 この角を曲がっても、人がいない――ことを願っても、校舎裏には一人の女生徒が立っていた。心臓が、ひときわ大きく鼓動を打つ。

 おかっぱ頭で、眼鏡をかけている人だ……リボンは紺。二年生だ。背丈は、あたしと同じくらい……よりちょっと低いか。

 あたしの姿を見つけると、彼女は歩み寄ってくる。微かに風が吹き、校舎裏にも植えられている桜の花が、軽やかに舞っていた。

「――っ、えっと」

 言葉に詰まる。近くで見ると、かなり美人な人だ。整った顔立ちに、眼鏡越しに見える、長いまつげが見えた。

「呼び出して悪かったわね」

 涼やかな声が、耳朶を打つ。

「あ、いえ別に――」

 あはは、と愛想笑いをしてしまった……どうしたんだ、あたし。ちょっと変だ。

「話というのは他でもないんだけど」

「あ、あの! ご、ごめんなさい!」

 あたしは、頭を下げた。

「……まだ何も話してないじゃない」

 と、彼女は不満な顔つきをしてる。う。ちょっと怖いかも。

「えっと、その、あたし、別にその気はないっていいますか――あ、いや、その、そういうの、差別しているわけじゃないんですけど……」

 何言ってんだあたし。言葉が上滑りしているのを感じつつ、言葉を続ける。

「ま、まだ高校一年生ですし。そういうの早いというか……い、いや違くて」

「……落ち着いてちょうだい」

「は、はい」

 眼鏡の上級生は、微笑した。

「ちょっと、誤解があるかもしれないのだけど」

「ご、誤解ですか?」

 ごくり、と生唾のみ込んだ。どういう意味の、誤解、なんだろう?

「うちの部、そんな、噂ほど何もしてないってわけじゃないのよ?」

「……?」

 部? クラブ? 何でこの人はクラブ活動のことを今わたしに告げたんだ?

「ひるね部なんて……確かに、去年は昼寝してばっかりだけど。今年からはそんなことなくなる」

「はい?」

 なんだか話がおかしい。

「えっと、あたしが好きだからって、呼び出したんですよね?」

「何言ってるの?」


 訝しげな表情をする眼鏡の上級生。

 あたしは、ラブレターを取りだして、彼女に見せる。

 彼女はそれを受け取って、眼鏡をずり上げて、しばし凝視。固まること、五秒くらい。すると、わなわなと持つ手が震えて、あたしに手紙を突き返してきた。彼女の顔は、真っ赤になっていた。

「あ、あ、あの子! 確かに秘密裏に呼び出せって言ったけど!」

 ぜいぜい、と肩で息をする眼鏡の先輩。

「ご、誤解よ! 勘違いしないで! 私は、そういう人間じゃない!」

「え、えっと、はい」

「こ、これは、歩美が――……!」

 かなり慌てている。歩美……それが、このラブレターの仕掛け人?

 状況が混乱している中、後ろで、がささささ! という音が聞こえた。

 振り返ると、眼帯をしてる女生徒が、茂みの中に体をうずめていた。

「……慣れないことはするもんじゃないな」

 滑らかな黒髪の、ツインテール。整った目鼻立ちで、ものもらいでもしているのか、右目を眼帯で覆っていた。彼女の胸元のリボンは、緑。三年生だ。

 ――なんなんだ、この人。

「えっと、何してるんですか?」

「木に登っていて、足を滑らせてしまってな」

 木に? ええ? どういうこと……?

 混乱するしかない。眼鏡の先輩が、その眼帯してる先輩へと駆け寄っていく。

「志乃花部長! 何やってるんですか」

「先輩の真似をしてみたのだが……どうにも、いかんな」

「あんな人の真似なんかしないでください」

 あたしを置いてけぼりにして、先輩二人は会話している。と思ったら、志乃花と呼ばれた眼帯をしてる先輩と目が合った。その、左目と。

「驚かせてすまなかった」

 意外な物腰の柔らかさで、謝罪される。

「いえ、それはいいんですけど――」

 呼び出した理由を、それから聞かされた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ