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  作者: 成瀬
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第一話 The first step is always the hardest.

「はあ……」

 朝。

 鏡の前で身支度を整えながら、ため息を零す。昨日の試合のことを思い出していたのだ。本当に、いつになったら勝てるんだろうか。洗顔、歯磨きを終えて、赤毛の髪に櫛を通す。あたしの髪は癖毛なので、念入りに。

 髪を結わえる。ツインテールに。毛先が、軽くウェーブしてる。

 にこりと笑ってみる。学校へ行く練習だ。

「ごきげんよう」

 すごく引きつってる。正直、まだ慣れていない。

 あたし、小日向陽菜は、花の女子高生である。それも、弘島で唯一と言っていいお嬢様学校、精華女子高等学校の。

 ブラウスに皺ひとつないことを確認して、リボンを首元に結び、チェック柄のプリッツスカートのひざ丈をチェックする。白色のブレザーの前ボタンを留めて――これ、カレーが食べられないなと着るたびに思った。

「今日も可愛いよ、陽菜さん」

 玄関で偶然出会った(バカ)に、「うっざ」と挨拶してから、学校へと向かった。


「おはよー」

 綺麗な黒髪をした、ロングヘアの美人がバス停で待っていた。斎藤玲香。幼馴染――腐れ縁というべきか。

 彼女とあたしは、あろうことか、幼稚園から中学までずっと同じクラスという漫画見たいな縁の関係だった。

 左手を伸ばして、吊革につかまる。今日もバスは、スーツ姿と学生服の人たちで埋まってる。

 弘島の中心部である中通り商店街を過ぎ、ようやくバスが空く。座席に座ると、玲香もその隣に座ってきた。相変わらず、美人だ、と改めて思う。……何で背丈は向こうの方が上なのに、座ると同じくらいになるのか。乗り降り口近くに座ってるので、乗客は、まず玲香の姿を見て一瞬動きが止まることになってる。

 精華女子近くのバス停へと降りると、あたしは早速話に花を咲かせた。

「それで、昨日、コイズがですね」

 勿論、コイズの話だ。彼女はうんざりした表情とため息を零して、あたしに言ってきた。

「あなた、負けた直後にはこんなチーム知らん! って怒って不貞寝するくせに、一日経ったら復活するのね」

「そんなの、野球ファンの様式美みたいなもんです」

 玲香は弘島生まれの弘島育ちのはずだが、コイズファンではない。そのことが信じられない。ていうか、コイズファンじゃなかったら、他のファンになればいいのに。どうしてこんなにこの子は野球に興味ないのかしら? 世界一面白いスポーツなのに。

 あたしはやっぱり思い出してしまう。あの時の上早の打席を。ほんと、あそこで一本出なかったのが悔しい。

「でも、上早選手、ちょっとは成長したのです。去年は代打で出てきても、見逃し三振して帰っていくのが様式美でしたけど。昨日のは積極的に振りに行った結果だから……本当に今日二軍に行っちゃったみたいだけど。帰ってきたら、更に強くなって」

「ごきげんよう」

 隣で歩いていた精華女子の生徒が、挨拶してきた。

「ごきげんよう」

 にこり――と出来てるだろうか。不安だけど。会釈した。

 相手は「それでは」と会釈して、道を曲がっていった。こっちが学校の道なんだけど。友達と待ち合わせでもしているのかな? しかし、さすが精華女子のお嬢様。見ず知らずの人間でも目が合えば挨拶するのか。

 玲香にまた話しかけようとすると、胡乱げな目をしていた。

「気持ち悪っ」

「うるさ……」

 おっとっと。学校周辺では、優等生。おとなしくて、理知的で、暴力的な言葉なんて言わない。

 にこりと笑って、玲香に告げる。

「分かっています」

 うへえという顔をする玲香。

 でも、仕方ないじゃないか。

 あたしは、ごく普通のサラリーマンの父と、ごく普通の主婦の母から生まれた由緒正しい一般庶民だ。それが、何でお嬢様学校である精華女子なんかに入ったのかというと、深いわけがある。

 

 第二次世界大戦のとき、この街に原爆が投下された。

 その時、爆心地近くにあった建物の殆どが倒壊したのだが、唯一、神社の鳥居だけが何事もなかったかのように立っていた。

 弘島が復興していく中で、その鳥居の移設が行われることになった時、平和教育に熱心だったここの校長が手を挙げて、移設されることになった。

 その後、神社も別の場所で立て直されたのだが、そこでコイズが毎年優勝祈願をしているのだ。が、その効き目はなく、毎年のように最下位を爆走している。

 これはおかしい。

 何かが、間違っている――コイズ 優勝 するには とインターネットで検索し、ネットをめぐること一日。そのコイズが参拝している神社の鳥居だったものが、この学校にあることをつきとめた。

 そうか、そうだったのだ。ここにも参拝をしておかなければ、効き目なんかなかったのだ。

 その鳥居に、毎日お参りするためには、学校の中に入らないといけない。

 だから、どうしてもここに通いたかった。

「あなた、コイズのことになると、IQが低くなるの、どうにかならないの?」

「なん……」

 いやいや。うふふと上品に笑いつつ、あたしは返答する。

「相変わらず、口が悪いですね、玲香さんったら」

 うへえ、という顔をする玲香は、呆れて言った。

「だいたい、神様に優勝させてもらって嬉しいの?」

「だから、お願いしてるのは、けが人が出ないようにです」

 そう。コイズは、主力の怪我が多い。呪われてるとしか思えない。シーズン中、主力メンバーが揃ったことのほうが少ない。最下位が定位置なのはそのためだ。

「どうでもいいけど、その気持ち悪い喋り方どうにかならない?」

 ならない。

 あたしは、特待生制度を利用して精華女子に入学していた。

 理由は、この学校はべらぼうに学費が高い――わけではないけど、普通の私立よりも高いからだ。特待生になって、学費を免除してくれない限り、両親はここに入ることは許してくれなかった。

 中学三年の夏から冬にかけては、ほんと思い出したくない。屈辱だけど、あの兄にも頼ってしまったし。中学時代の成績はそれほど悪くはなかったけど、よく受かったもんだと我ながら思う。

 そして特待生を維持するのには、成績優秀なのもさることながら、人物においても品行方正でなければならない。

 それで、あたしは優等生を演じている……自分のキャラに合わないことは、よくわかってる。

「もし、この学校を退学することになったら、玲香さんがあの鳥居に参拝して下さいね?」

「全力で断るわ」

 そんな会話をしながら、下駄箱に着いた。自分の靴箱の扉を開く。

「ん?」

 今何か落ちた……手紙だ。クローバー柄の便箋が、地面に落ちている。靴箱の中にあったみたいだ。上履きの上に置いてあったのだろう。

「なにそれ?」

「さあ?」

 などといいながら、あたしは便箋を開ける。そこに書かれていたのは――


『ずっと見てました。放課後、校舎裏で待ってます』


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