ギルドへようこそー試験前日ー
ギルド内の施設で、駆け出し冒険者に向けたサービスが存在する。『各種相談受付』で手持ちの金がなく、食事・宿泊が出来ない事を伝えると、三階より上に設計されている宿泊施設で寝泊まりが可能なのだ。ギルドは全部で七階建てで、屋上にはこの街の象徴の鐘楼がある。六階にこの鐘楼を操作する機械が置かれ、そこには一般人は立ち入ることは出来ない。なので、三階から五階に簡易二段ベッドが一部屋に二つ置かれ、計四人が押し込まれる。空腹に雨露が凌げられるのであれば、人間贅沢は言わなくなるようで、今の所は苦情も何も来ていないらしい。食事は日に二回、朝晩にパンと干し肉が部屋に支給される。
五階の日の入らない一室が空いているという事なので、シエルはリルルの誘導の元、その部屋へと歩を進めていた。
「ここです~」
開けられた扉の向こうには狭い部屋の中に、筋肉質の上半身裸の前衛職の男から、武器の手入れをしている男、ヨレヨレのローブを纏ったひ弱そうな魔術師の男まで、多種の職業が入り混じっていた。シエルも例にもれず、この部屋に押し込まれる。
「皆~!仲良くしてくださいね~‼」
「リルルちゃんのお願いならしょうがねぇな!」
半裸の男がドカドカとうるさい足音を立てながら扉の前に来る。この禿げあがった半裸男はリルルに惚れているのだろう。やたらと筋肉を強調するポーズを取ってアピールしている。リルルの口角が少し引きつっているのを、シエルは見逃さなかった。
「仲良くしなかったら…めっ!ですからね~」
「リルルちゃんにならめっ!されたいぜぇ~」
大の大人が、鼻の下を伸ばしてみっともない。こんな大人になるまいと、シエルは心の奥で誓った。リルルはシエルの肩を叩き、「頑張って」と耳打ちすると、そそくさとその部屋を後にした。扉が閉まりきると同時に、部屋の中の男たちが値踏みをするようにシエルを上から下まで舐めまわす様に見てきた。
「えっと…よろしくお願いします。シエルです」
「こここ…こんな所に来るなんて、君も大変なんだな」
言葉を詰まらせながら発したのは、いち早く本に視線を戻していたヨレヨレのローブを纏ったボサボサした黒色短髪の魔術師の男だった。
「リルルちゃんは誰にでも優しいからな!勘違いするんじゃねぇぞ!」
禿げあがった半裸の男は、シエルより頭二個分ほど大きい為に、威圧するように見下ろしてきた。奥左手のベッドの下から、若い男の含むような笑い声が聞こえる。
「それってさぁ…キミも同じっすよ」
「あぁん!?」
「勘違い男も甚だしいって、いつも言ってるっす」
「すっすっすってうるせぇんだよ!」
若い男は己の武器の整備をしているようだった。布で剣先を拭い終えると、シエルを一瞬視界に入れて、半裸男に言う。
「男装した女の子だったら、キミにもワンチャンあるかもっすよ?ここ、男所帯だし」
「女!?」
「いや、俺、男です」
「嘘ついてんじゃねぇぞ!この道化師が‼」
「あっはっは!まぁ、実際そうでも言う訳ないっすよ。ここ、猛獣の巣なんすから」
「だから!俺は男です!」
「おおお…女だったら風紀が乱れるんだな」
「あぁ!もう!どっちでもいいよ‼」
シエルは自分の髪をグシャグシャと掻き乱して声を荒げた。
「ようこそ、ギルドへ。み~んな識別標識のイヤリング失くしてんすよね~」
「ぼぼぼ…僕まで一緒にしないで欲しいんだな!失くしてないんだな!」
武器の手入れをしていた若い男は、自分の上のベッドが空いているからとシエルを傍に来るよう促す。
「ホント、女の子みたいにカラダ細いっすね。大丈夫っすか?ギルドは結構キツイっすよ?」
「あ…えっと…」
この若い男も珍しい白銀の前髪を後ろに撫でつけてオールバックにしている。それ故か、鋭く細い紫色の目が際立って見える。その瞳は吸い込まれるように澄んでいて深い。体がふっと浮く感じがして、慌てて足を踏ん張った。
「凄いな、お前。そいつの術にかからない奴、はじめてじゃねぇか?」
「そそそ…そんな姑息な術を使う方が…どどど…どうかしているんだな」
一体何の事かと二人を見るが、肩を竦めて首を横に振るだけ。『姑息な術』と言った魔術師の男に疑問を投げかけると、やれやれと言った体で返答してくれた。
「そそそ…そのいけ好かない男が使うのは…、くくく…黒魔術の一つの『リードメモリ』なんだな」
「リードメモリ?」
「ひひひ…人の記憶を勝手に見て弱みを握って言うこと聞かせる…ききき…汚い奴なんだな」
「外見が優男ってだけで舐められるからっすよ。自己防衛自己防衛」
キミのは見れなかったけど。と、笑いながら片手をヒラヒラとさせた。目だけは笑っていない。
「じゃあ…ここにいる皆、弱みを握られてるって事?」
「そうっす。そこの筋肉男のなんて笑えるっすよ?」
「バカ!やめろ!言うんじゃねぇ!」
「それはそうと、シエル君ていうんっすね。僕もシエルって言うんすけど…」
シエルと言う名前はよくある。と言われていたが、まさかすぐに出くわすことになるとは思わなかった。
「紛らわしいから、ファーストネームでもいいっすか?」
「あ…俺、ファーストネームないんです」
「マジっすか!」
同室の男たちも驚いたようで、一体どんな田舎からやって来たんだと言われたが、本当のことは言えないので「南の方」とだけ適当に答えた。
「ううう…嘘ついてもダメなんだな」
「嘘かどうかも、こいつには術が効かねぇんだろ?確かめようがねぇじゃねぇか」
「そうっすね~。だったら、僕はシエル。キミはシエルちゃんで」
「ちゃん付けはやめて。本当にやめて」
全力で否定するシエルを、まるでおもちゃを得た子供のように、もう一人のシエルと筋肉の男は「シエルちゃん」と呼びかけてくる。勿論、シエルは無視である。
「シエル…さん…」
「シエル・クリミネルっす。仕方ないっすね。ココでは、クリミネルで良いっすよ」
「俺は期待の前衛職の要!戦士のダリス・ギガントだ!」
「ダリスに関しては、要っていうよりお荷物なんすけどね」
ダリスはこの性格が災いして、どこのパーティとも上手く行かず、ソロクエストばかり。最近は勇者試験も近くなり、日銭を稼ぐにも遠征してきた初心者達にソロ向けのクエストは荒らされ、気付いたらこの施設のお世話になっていたというのだ。確かに、性格には難がありそうだ。
「どいつもこいつもビビりすぎなんだよ!」
「そうやって威嚇するからダメなんすよ。あ、僕は明日の勇者試験に備えてゆっくりする為に、収入調整したっすよ」
「そそそ…そういう冒険者の怠惰を許すギルドを変える為に、ぼぼぼ…僕は勉強して、勇者になって権力を得るんだな!」
「この男はハロス・ピストスっす。これでも上級魔術師なんすよ」
「くくく…黒魔術ならお任せなんだな」
シエルは素直に「凄い」と言葉を漏らした。本で読んだだけだが、上級職はその専門性から収入はとても高く、パーティからも重宝される。黒魔術という事は、攻撃魔法に関しては高い知識を有していることになる。
話を聞くに、勇者試験は前年までは、前衛職経験者にのみ受験資格が与えていられていたらしい。今年から後衛の魔術師や白魔術師にもチャンスがあるそうだ。
「それだけ凄い職業なら…なんでここに?」
「そんなの、見ればわかるっすよ」
「ななな…何なんだな!」
シエルはチラリと視線をハロスに移した。ヨレヨレのローブに、ボサボサの髪は清潔感がない。いかにも本の虫といわんばかり。技術だけは頭に入っているであろう気難しい賢者タイプの人間だ。まぁ、言わずもがな…ではある。
「で、僕はフリーの傭兵っす」
傭兵はかなりの実力がないとなれないだ。かなりの手練れだという証拠。シエルの腰回りを見て、クリミネルは不思議そうに問いかけた。
「明日、勇者試験がある訳っすが…キミも?」
「はい!明日の試験受けます!」
「武器…ないみたいだけど…何の職業っすか?」
「今日登録した駆け出しの冒険者です!武器はまだありません!」
その部屋にいる男たちが、一同愕然としていた。
「これでパーティ組まされたら最悪じゃねぇか!」
「せせせ…せっかくのチャンスが…」
「とりあえず、僕の短剣貸すから…明日は邪魔しないで欲しいっす。自分の身だけ守ってほしいっす」
「え!あの!それってどういう…」
頭を抱えて蹲るダリスが怒りを抑えているのか、ふるふると震えながら説明をした。
「試験を受ける際に、試験用の簡易パーティを組まされる。試験を受ける奴ごとに部屋を割り振られ、その部屋の人間同士で組むんだ」
「前衛にはダリスと僕。後衛にハロスで行こうって話はしてたんすけど…」
顎に手を当て、酷く思案する様も男前なクリミネルだが、眉間の皺の入りようが凄まじい。特に絶望しているのは、魔術師のハロスだ。
「こっ…こここ今年から、よよよ、ようやく後衛職も試験を受けられるようになったのに!なんでこうなるんだなぁぁぁぁ!」
何か手はないかと冷静になっているのはクリミネルだけで、二人は頭を抱えて蹲るだけ。シエルはここにきて自分がとんでもない事を言ったと自覚した。
「お、俺!皆の邪魔にならないようにするから!」
「何か特技とかあるっすか…?」
「闇魔法に対して、少し強いってくらいで…」
「僕の『リードメモリ』が通じなかったんだからそうっすよね…参ったな」
勇者試験まであと数時間。作戦はクリミネルが考えることにして、二人は早々に床に就いた。シエルも早く寝るよう言われたが、下手をしたら役割も与えられないまま試験を受けることになると思いと、不安でとても深い眠りにつくことなど出来はしなかった。