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ギルドへようこそーギルド長の闇ー

 重厚な鉄製扉の先には広いフロアが広がっていた。目測で見ても、ざっと50m先に受付らしきカウンターが見える。カウンター自体もそれくらいの横幅があるのではないだろうか。入り口から半分くらいの場所に太い柱と左右上下に矢印が向いている木製の看板が下げられていた。


 入り口から見て右矢印の下には『パーティ待合所』、左矢印の下には『各種試験・説明会会場』、上矢印には『各種受付』とあった。下矢印には、『出口はこちら』とだけある。シエルは上矢印に習い、各種受付へ向かう。受付にもいろいろあるようで、カウンターの天井からいくつものプレートが天井から鎖でぶら下げられていた。左から『各種試験』『各種説明会』『登録受付』『クエスト申請』『パーティ申請』『各種相談受付』とあった。シエルの目的は、明日から始まる勇者適合試験を受ける為なので、『各種試験』と書かれたプレート下の受付へと向かう。緊張から右足と右腕が同時に出てしまったのは、誰にも見られていなかったと思いたい。


「す…すいません!」

「は~い」


 カウンターの向こうには、金糸の長髪を三つ編みにして肩から胸元へ垂らし、眼鏡を掛けた耳の先が長い種族・エルフがいた。左右を見回しても、そこにはエルフ族の男女が、後ろの通路で資料を持ちながら右往左往している。


「なんですか~?」


 背後の慌てようを尻目に、間延びした女性の声に少し安堵したシエルは、一度、深呼吸をして


「ゆ…勇者試験をうけひゃいんですけどっ!」


 …盛大に噛んだ。恥ずかしい。

 エルフの女性は、特に突っ込むこともなく、デスクにあると思われる申請書を何枚か引き出しからシエルに見えるようにカウンターへと差し出す。


「これですね~。ここに現職業と名前を書いて~、拇印をここに押してください~。これは試験についての説明用紙です~」


 言われるがままに申請書に名前を書いて、拇印を押した。職業欄は何も書けるものがないので、そのまま空欄にして返した。その書類を確認し、エルフの女性は、空欄になっている職業欄を指さしながら「忘れていますよ」と言う。


「すいません…無職ニートなんです」

「へぇ~!そうなんですか~。もしかして、ギルドの管轄外地域から来られたんですか~?」

「え?」

「稀にいらっしゃるんですよ~。上京して試験受けに来られる方~。困りましたね~」


 頬に手を当てて、う~んとうなりながら首を傾げるエルフの女性。逡巡した後、勇者資格試験の上層部に相談するから、少し待っていて欲しいとシエルに言った。


「あの…俺…試験受けられないんですか?」

「受けられないわけじゃないんですけど~…かなり不利になると言いますかぁ…何処から説明したものでしょうか~」

「最初からでお願いします。何としても受けたいんです!」


 不利だなんて言われたら、シエルも黙っていられない。一発合格で優秀な勇者になるのが夢だったのだ。ここで一浪二浪の憂き目には遭いたくない。


「じゃぁ、別室でお話しますね~」


 エルフの女性は傍にいた真空色の髪をしたショートヘアーのエルフの女性に受付を頼むと、シエルを未使用のプレートが掛けられている部屋へと通し、そのプレートをひっくり返して使用中に変え、続いて部屋に入った。








 通された部屋には革張りのソファと大理石のローテーブルがあり、壁側のソファを勧められた。シエルは腰を下ろし、それを確認した女性エルフは反対側に腰を掛けた。


「名乗るのが遅くなりました~。私、リルルと言います~。早速なんですけど…シエルさんはギルドの事ご存知ですよね~?」

 

 たぶん、この質問の意図は『ギルドはどういった場所なのか』というのを指しているのだろう。シエルは首を縦に振って答える。


職業ジョブを手に入れ、その職業ジョブにあったクエストや募集パーティへの斡旋。あと、職業ジョブを変える時にいろいろ支援してもらえる所…ですよね」

「半分正解です~」


 半分正解とはどういうことなのか。リルルと名乗ったエルフは、その説明に追加するように言葉を続ける。


「実はですねぇ…ギルドって国家の国民調査機関でもあるんです~」

「国民調査機関?」

「例えば…税金とか…あと、国民の総人口数の調査も兼ねてるんです~」


 リルルは部屋に設置されているボックスの引き出しから、一束の書類を取り出し、シエルに見えやすいように置いた。


「本来は初心者説明会で受ける講義内容なんですけど、まぁ、ここの責任者私なんで~。簡単に説明しちゃいますね~」

「…責任者!?でも、さっき上層部って…」

「勇者適合資格試験の責任者の事です~。国家から直々の派遣なので、ギルド責任者の私より立場が上なんですよねぇ…」


 嫌だ嫌だと首を横に振ってぶつくさと文句を垂れたが、すぐに切り替えて続きを教えてくれた。


「それでですねぇ…勇者適合資格試験…通称・勇者試験なんですけど、本来は税金を納めている国民にしか受ける権利がないんです~」

「税金を納めている…国民…ていうのは?」

「この識別標識の有無ですねぇ」


 リルルの左耳にも、確かに銅の金具と漆黒のマラカイトを使用したイヤリングが。右耳には、銅の金具と魔術師を表す紫色のアメジストが装着されていた。


「ギルドが国家主体になって100年。利用頻度が低い辺境地から撤退なんて言うのも…私達、エルフからしたらザルですよ。ザル!こんなことで全体の国民人口把握できるわけないじゃ無いですか~!貴方みたいに漏れてしまう国民もいるんです!何も知らずに前日に辿りついて、こんな風にお話を伺う事もザラなんですよ~!」


 職業ジョブ申請の出来ない地域には、俄然不利な状況は一向に変わらず、業務側も色々と手を拱いているようだった。


「まず、識別標識を初心者説明会を受けることで手に入れられます~。晴れて国民として大腕を振って歩けます~!納税義務もついてくるんですけどね~」


 勿体ぶったモノの言い方に、シエルは焦りを隠せずローテーブルを両手で叩きつけた。


「じゃあ!その初心者説明会受けさせてよ!!」

「いいんですか~?一週間の講義を受けないと、識別標識貰えませんよ~?」

「い…いっしゅうかん…?」

「まず、明日の勇者試験には間に合いませんね~」


 リルルは他人事のようにケラケラ笑い出した。実際に他人事なんだから仕方がないが、シエルにとっては絶望的だ。帰る家もない、財産もない、職もない、身内も自分の不用意な行動でどこに行ったのか分からない。古本屋の店主に啖呵を切った手前、ノコノコと戻る事も出来ない。


「そ…そこを何とか…」

「だからさっき言ったじゃないです~。『稀にギルド管轄外地域から上京してくる人がいる』って」


 その間延びした言葉はそこまでで、急に口調が切り替わった。


「真面目な話。そういう『何も知らない管轄外地域』の方々には不利な事が多い国家ギルドですが、勇者適合資格試験を受けられるようにする為の救済処置があります」


 リルルは右手を広げ、シエルに差し出した。その手の上には空しかない。


「なんですか?これ…」

「何って…ここまで来たら何を渡せばいいか分かるでしょう?」


 右手を握ったり開いたり、不思議な動きをする手をシエルは黙って眺めていたが、痺れを切らしたリルルが口を開いた。


「心付け…って分かります?」

「え!?もしかして、裏金ですか!?」

「声が大きい!」


 思わず漏れ出てしまった声が、自分でもびっくりするぐらい大きくて思わず口を塞いだ。反対側に座っていたリルルが、そっと隣に座ってシエルの肩に手を回して、赤子をあやす様にトントンと軽く叩き始めた。


「田舎から遥々やってきたは良いものの、シエルさんみたくギリギリの到着で、たった一週間で得られる識別標識を持たないままの為に、一年棒に振る方って結構いらっしゃるんですよ。で、何とか職業ジョブを手に入れてもいきなり何の手柄もない初心者がパーティに入れて貰えるものでもありません。最初はソロです。そうなると生活をするために稼がなくてはならないとなると難しいクエストも受けなければなりません。無理をして、死んでいく初心者の冒険者はたくさんいます。シエルさんだって、命を無駄にしたくないでしょう?」


 シエルの頭はグルグルと今までにないほどに回転していた。自分の置かれている立場。求められているもの。これからの事。


 もし、勇者になることをここで諦めれば楽になれるのかもしれないが、諦められるはずもない。ずっと夢だったのだから。しかし、次は一年後。その間の生活はどうするべきか。「どうする?」と優しく問いかけてくるリルルへの返答に悩んでいると、突然大きな音を立てて扉が開いた。


「ギルド長!教会から緊急連絡が入りました!!」


 息を切らせながら扉を開けた灼髪の男のエルフが、視界にリルルを見つけると慌てたようにドタドタと部屋に入ってきた。


「ちょっと~。今、使用中のプレート掛けてあるでしょ~!」

「申し訳ありません!ですが…」


 耳元にボソボソと内容を伝えると、リルルはその眼差しを真剣なものに変えて、男のエルフに指示を飛ばす。


「すぐに緊急クエストを貼って。あと、街全体に注意書のビラの作成」

「はい!すぐに!!」


 シエルは何事かと目を丸くしていたが、男のエルフが部屋から退出した後、先程と同じ口調のリルルに戻った。


「あぁ、ごめんなさいね。シエルさん。ちょっと立て込んじゃって」

「あの…いったい何が?」

「死霊魔術師が現れたそうです。大丈夫。まだシエルさんに戦ってもらうような弱い相手じゃないから…」

「死霊魔術師…!?」

「えぇ…ギルドのエースの一人だった【斧使いのアックス】がやられてしまったようで…」


 【斧使いのアックス】は、つい先日聞いた古本屋の店主の異名だ。


「さっきまで一緒にいたんです。助けてもらいました」

「死霊魔術師に襲われたのですか?」

「はい…首を捕まえられて…っ!!」


 今度はリルルに襟首を掴まれて、うなじの辺りを頻りに観察された。いきなりの事で対応できないでいたシエルにリルルは問いかける。


「貴方…闇魔法の対抗魔法を使えるのですか?」

「え…いや。分からないです。俺、本当に職業ジョブも魔法も何も知らなくて」

「普通は死霊魔術師に触れられた場合、自動的に呪いが付与されます。その印に首の後ろ…うなじにかけて文様が浮かび上がります。印をつけられたものは魂の救済の為に聖断を受けなければなりません。しかし、貴方にはそれがない」


 リルルはシエルの両肩を掴み、信じられないという表情でシエルを見つめる。


「今、その対抗魔法を使えるのは、国王お抱えの宮廷魔術師のごく一部とアリストクラート=フェオダール=シュランゲが抱えている術師だけです」


 リルルはシエルを脅えるような眼で眺めた後、こう呟いた。


「貴方はいったい…何者なんですか?」


 


 

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