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ギルドへようこそーまたねー

 そこに見えるのは群青の空の下に、大きな木が一本。その木の枝から紐が下りて板が括りつけてある。その板に腰を掛けて背を向けている女性がいた。シエルは足元の草を踏みしめながら、静かに近寄る。背を向けている女性は長く厚い純白のベールを身に着けており、時折吹く風にそれが靡くのだが、表情すら窺えなかった。


「あなたは…誰?」


 その声に反応してか、女性は振り返る。だが、顔にはベールで影がかかっている。口元だけは見えた。笑っているようにも感じる。


「あなたはいつまでもお寝坊さんね」


 凛と通るその声に聞き覚えがあった。モナカとは違う、鈴を転がしたような優しい声。すっと右手を伸ばし、人差し指でシエルを指した。


「早く起きないと。さぁ、行きなさい」


 突風が吹き、周りの風景が流れていく。あまりの強さに目を瞑り、再び開いた時、辺りには漆黒の闇が広がっていた。先程までいた女性も消えてしまっていた。


「起きるって……。うわっ!」


 突然体が浮き上がる違和感に抗うすべもなく、シエルは恐怖から意識を手放した。










「うわぁぁぁ!!」

「うわあああ!?」


 シエルはガバリと上体を起こし、周りの状況を確かめた。木の板の壁に、木の板の床、木製のベッドの上にシエルはいて、白いシーツに少し端が破れた布団がめくれていた。左手には窓があり、外は澄んだ青空が広がっている。


「あれ…俺…」

「いきなり大声出すんじゃねぇよ!びっくりしたじゃねぇか!!」


 古本屋の店主が、多分シエルに使う予定であったであろう小さな桶の水を頭から被り、ぐしょぐしょになっていた。床には、もの悲しそうに濡れた布が傍に落ちている。


「ったく。なんだってお前の看病をする羽目になっちまったんだろうな!」

「おじさん…ずっと傍にいてくれたの?」

「高熱でぶっ倒れた子供を外に放っておけるか?そこまで鬼畜じゃないんでね」


 床に転がっている手桶を拾い上げ、布をその中に投げ入れ、シエルの額に手を当てた。


「よし。熱は下がったみたいだな」

「俺…どんくらい寝てた?」

「5日くらいか?随分うなされてたぞ」

「5日…5日!?」


 倒れたその日は勇者適合試験の一週間前で、そうなると今日は試験前日。受験申請の最終期日だ。


「やばい!やるって決めたばかりなのに!!」


 慌てて飛び起きたシエルは立ちくらみを起こし、床にへなへなと膝をついた。


「もう今年は諦めろ。いつだっていいじゃねぇか」

「その間どうしろっていうの!?皆どこにいるかも分からないし、家だってもう…」

「その話は街の噂で聞いた…お前の家がなくなったことも、親父さんが何処に行ったのか分からない事も」


 勇者になれば、その性質上、冒険者よりも認知度が高く、国に広く名前が知れ渡る。バラバラになってしまった家族がギルドを介して、見つけ出してくれるキッカケにもなるだろう。実際に、元々孤児院で育った者が勇者になり、実の親が名乗り出てきたことだってあったのだ。


「ギルドに行けば、駆け出し冒険者用に宿泊施設もあるが…今の時期は無理だぞ」

「でも…」

「お前が良いんなら、うちに置いてやったっていいんだ」


 シエルの肩に古本屋の店主が手を置いて、諭すように言う。


「ただでなんて無理な話だが、交渉しだいじゃあ…悪い話じゃないだろ?猶予が出来るんだ」

「…おじさん?」


 病み上がりだからだろうか。何故こんなにも優しい…いや、甘い言葉を投げかけてくる?シエルの知っている店主はこんなぬるい考えの人じゃなかった。ぶっきらぼうで、でも強く背中を押してくれる。心配の仕方が下手で、いつも口先だけの喧嘩をしていた…あの店主と違う。店主ならきっと「さっさと行け!」と鼓舞する筈だ。そして、自分の事を『子供』とは呼ばない。


「あんた…誰だよ!」


 肩に置かれた手を振り払おうと触れたら、異様に冷たかった。まるで、氷のように冷え切っている。店主らしい表情が一変して、皮膚がただれ落ち、眼球も零れ落ちた。その奥に見える骸骨が本体なのか、それ以上の変化は起こらなかった。シエルは一瞬心臓が止まるのではないかというぐらいに恐怖で硬直した。


『カンのイイコドモはスキだが、イマはキライだ』


 肩に添えられていた手も骨だけになり、その両手がシエルの首を捉えた。まるで首輪をはめたように固定され、呼吸を塞がれることはなかったが、自由が奪われた。このままではいけない。このままは危険すぎる。


「なんなんだよ!離せ!!」


 腕を掴むがびくともせず、シエルはただひたすらに暴れて抵抗するしか出来ない。

 突如、何の前触れもなく部屋の扉が開かれた。そこには、本物の店主がバトルアックスを手にしている姿がシエルの視界に入る。


「おじさん!?」

「この死霊魔術師め…人の頭ん中かき混ぜやがって!シエル!絶対に動くんじゃねぇぞ!!」


 かなりの質量があるであろうバトルアックスを片手で担ぎ上げ、真っすぐに骸骨に向かって振り下ろした。


『カっ…!!』


 バトルアックスは髑髏の額を叩き割り、その体ごと真っ二つにした。床にめり込んだところでバトルアックスは止まり、シエルの首に纏わりついていた骨もカラカラと音を立てて崩れていった。


「もう死霊魔術師が街に入り込んできていたのか…めんどくせぇ」

「死霊…魔術師?」

「呪いの印はないな…」


 街中にやってくる死霊魔術師は、死相の見える人間の前に現れて己の配下に取り込み、死んだ後もアンデット兵として使役する黒魔術師の成れの果て。人の死骸を漁りアンデット兵にするのが基本なのだが、たまにこうやって生きた研究材料が欲しいと、街にやってきて死んでも困らなそうな人間を誘惑してくる。と店主は説明した。


「俺に化ける為とは言え…人の記憶のぞき見しやがって…胸糞わりぃ」

「…助けてくれて…あ、ありがとう…」

「別に助けた訳じゃねぇ!勘違いすんな!!」


 照れているのか、店主は背中を向けて禿げあがった頭を撫でていた。やっぱり、店主はこうでなくては…。


「起きたんならさっさとギルドに行くぞ!そいつに目を付けられてんじゃあ、無職(ニート)のお前じゃ太刀打ちできねぇだろ」

「さっき倒したんじゃ…」

「そいつらは封印の儀が出来る白魔導士か司祭でなきゃ無理だ。いくらでも新しい体を見つけて、街を徘徊してくる」


 流石、現役の二足の草鞋の冒険者だ。敵の倒し方にも博識である。


「ほら!さっさと準備をしろ!」


 ベッドサイドに畳まれていたシエルの服を指さし、シエルは言われるがままに着替えて身支度を整えた。









 ギルドは街の中心部の公園から北にある大通りをひたすら歩くと辿りつける大きな建造物の中にある。街のシンボルである鐘楼もこのギルドの管轄なのだ。この鐘楼は魔王軍が攻めてきた際に、戦闘に出られる冒険者を集め、非戦闘員である街の者たちを建物内に退避させる為の連絡鍾だったりするのだが、未だかつて使われたことは皆無であり、そのルールも風化しつつある。

 人混みを掻き分けて進む店主に、つかず離れずシエルは後ろを歩いた。首筋に見える黒い痣が気にはなったが、気付かなかっただけで元からあったのかもしれない。

 たまに通りの人に声を掛けられたりするのだが、短く返事をして手を振るだけ。それでも人々は笑顔で通り過ぎるのだ。


「おじさん…もしかして、結構人気者?」

「今更分かったのか。このガキが」


 この禿げあがったおっさんのどこがいいのか分からないが、ギルドでも中堅所というのだから、それなりに人望は厚いのかもしれない。


「よし。着いた。後は自分で行け。ギルドの中なら問題ないだろ」

「おじさん…一緒に受付来てくれないの?」

「どこまで甘えるつもりだ。このガキは」


 大きくため息をつき、シエルの背中をひとつ叩いた。店主としては力を抜いたのだろうが、身体の細いシエルは咽て叩かれた背中を押える。


「男なら度胸で行け!」

「はぁい…」

「世間は俺みたいな優しい奴ばかりじゃない!肝に銘じておけよ!!」


 世間が店主のような人間ばかりだったら、斧を振り回して戦いあっているのだろうか。

 それとも、あの特徴的な頭部がそこかしこにあるというのだろうか。

 

 そんなくだらない事を考えつつも、ここまで送ってくれたのだから、優しいと言えば優しい。


「この試験で晴れて勇者になったら、看病してもらった分、ちゃんと返すから。またね!」


 人の出入りの激しいギルドの扉を上手くすり抜け、シエルが中に入ったのを確認すると、店主はギルドの少し離れて建てられている教会へ歩を進める。重厚感のある教会の扉を開き、その中にいる司祭の前へと歩み寄り、指を胸の前で組んで膝まずいた。幾何学模様に彩られたステンドグラスが、辺りを優しく包み込んでいる。その光の下には白い修道服に身を包んだ白髭を蓄えた老司祭と、奥から同じように白を基調としたシスターが刃の部分を布で隠してはいるが、ハッキリと見て取れる剣を両手で抱えて持っていた。


「何をお望みかな」

「魂の救済を」

「ワシも長い事司祭をしてはいるが…いつもその言葉を呪わずにはいられないよ…」


 老司祭は店主の首筋の印を確認すると、シスターに指示を出す。



 ー魂の救済をー 


 それは、アンデットを浄化・封印できる者と冒険者の間で暗黙のルールになっている言葉。アンデットモンスターから精神へ呪いの攻撃を受けた際、数時間後には意識が混濁し、正気を保っているのも困難になる。そして、死後はアンデット兵として浄化されるまで、死霊魔術師に使役され続ける。人としての尊厳を持ったままこの世から去るには、聖剣にて聖断を望むしかないのだ。

 シスターは剣を布から取り出し、聖水を刃の部分にかける。老司祭はシスターよりその剣を受け取り両手に掲げた。


「どうか魂と肉体に永遠の安寧を」


 人は死した後、巡り巡ってこの世に戻るという。死霊魔術師はそれを妨害する者だ。


「シエル…お前くらいだよ。俺の店に通ってきたやつは…。俺が居なくてもしっかりやれよ」


 もし、生まれ変わったその時は、お前の救った平和な世界で…なんてムシが良すぎるわな。

 

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