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無職ー喪失ー

 純白の紳士が勝手したると言わんばかりに、無遠慮に屋敷の中を闊歩していた。その後ろをメイドが必死に追いかける。


「お待ち下さい!主人に今、お取次ぎを…!!」

「大丈夫ですよ?前に一度来たことありますし、こんな狭い屋敷の間取りなんてすぐ覚えられます♪」


 ここだったわね。と、客間の前に止まり、メイドに開けろと命令する。メイドは恐る恐る、扉をノックして中の様子を伺った。


「旦那様…お客様です」

「聞いてなかったのですか?私は『開けろ』と言ったのですよ」


 メイドは背筋にただならぬ恐怖を感じ、動けなくなってしまった。まるで、影が体中を這いまわるようで、体中に鉛球を括りつけられた様な…ズシリと重い何か…。その様子に舌打ちをして紳士は吐き捨てた。


「使えないメイド。勝手にさせてもらいます」


 蛇の頭の彫刻がされた杖で扉を撫でると、ピシッとヒビが入り、粉々に霧散した。辺りにはパラパラと木屑が舞い、その部屋にいたシエルたち親子を視認することが出来た。双方が姿を確認しあった所で、モナカとイディオはルフトの前に構えて立ち、ルフトはシエルを背後へと庇うように隠した。


「あら。ごめんなさい。あまりにも汚い扉だから触れなくてぇ☆」

「アリストクラート=フェオダール=シュランゲ卿…なぜこちらに?」


 ルフトは探るようにシュランゲという紳士に声を掛けるが、紳士は大きなため息をついて首を左右に振った。


「その呼び方可愛くないからやめて?アリストクラートで呼んでください。長いならアリスちゃんでいいですよ?」

「では、改めます。アリス卿…貴方はなぜこちらに?」

「よくぞ聞いてくれましたー☆」


 アリスと名乗った紳士はダンスを踊るようにブーツの踵を打ち鳴らし、クルクルと回転し始めた。


「実は王都では、王妃様の出産で第三王子がお生まれになったのです!そのお祝いの品をと北から南まで奔走し、王族と勇者にのみ装着を許された貴重なダイヤモンドの原石を手に入れ、それをふんだんにあしらった王子専用のベビーベッドを特注ですよ?オーダーメイド!オーダーメイドしたのに!!何故でしょう!盗賊に盗まれちゃった☆…なんて報告が届いたんです!」


 踵でステップを刻んでその場に留まる。上半身はシルクハットを押える必要があるほどに前傾し、右手で支え、左手には蛇頭の杖を高々と掲げていた。


「もうびっくりしちゃって、慌てて転移魔法使ってやってきた次第です。あしからず」

「そうでしたか…それはご足労をお掛けしました」

「ちょっとちょっと?そういうこと言う前にやることがあるでしょ。『グラビティ』」


 突如ルフトの周りの空間に歪みが生じたかと思えば、ルフトは膝から床へと付き、次いで包帯で固定されていた右腕から床に叩きつけられるように頭まで崩れ落ちた。痛みのあまりに苦痛の声がシエルの鼓膜を震わせた。


「旦那様!!」


 モナカが咄嗟にルフトに左手を伸ばすも、ルフトの周りが選択範囲にされていて、一定の距離に近づくとモナカ自身にも作用し、左腕だけ床に叩きつけられた。少し離れていたシエルにもモナカの腕から鈍い音が聞こえた。


「先ずは依頼主に土下座でごめんなさいでしょ?」

「も…申し訳…」

「で、契約書の通り、任務不履行の際はこちらのお屋敷と土地を担保にして譲り渡す。ってことなので徴収しに来ました☆アリスちゃん自らですよ☆嬉しいよね!」


 額が床から離れない為、ルフトからはアリスの姿は視認出来ないが、膝を抱えて目の前に屈んでいるのだけは気配で察した。アリスは返答がない事に疑問が生じたのか「嬉しいよね?」と再度小首をかしげながら言った。


「商会の保険じゃダメなんですか?」


 アリスは声のした方に視線を移すと、そこには怯えがそのまま体現したかのようなシエルの姿があった。


「君は何を言ってるのかな?」

「だ…だって、商会には盗賊に襲われた際の保険加入が義務づけられていると…本で読んだことが」


 アリスの目がシエルの耳元に移った。そして、盛大に噴き出した。


「ちょっと!無職ニート!?印無しの無職ニートが何を言ってるのですか?」

「シエル。お前はちょっと黙ってろよ」


 流石の発言にイディオも黙っていられなかった。しかし、口から出た言葉はもう戻らない。


「100金貨相当の代品を紛失、または盗賊の強襲に会い喪失した時、それを補填する…。という項目があります」

「何も知らないお坊ちゃんなのか、バカなのか…。私がお願いしたのは金貨の上の白金貨に匹敵する一品ですよ?それが商会の保険で賄えるとでも思っているのかしら?」


 白金貨…王族と一部の上流貴族にしか流通していない貨幣である。


「そもそも、こちらは王妃様への献上物を紛失されて、国王からの信用問題に発展しかねないんです。本来なら、こんな前科者の掃き溜めのようなこの商会の人間全員が疑わしい。極刑に値するほどの重罪ですよ!国家に対する背信行為を牽引していたと!私が一つ言えば!簡単に殺処分出来ちゃうんですよ!土地と屋敷を明け渡す。これは、私に対する慰謝料に他ならないんです☆」

「お…俺が言うのもなんですが…こんな小さな屋敷を手に入れたって、何の得があるんですか?」


 シエルの言葉にいつの間にか集まっていた使用人たちが遠巻きながら、そうだそうだ、と声を上げていた。アリスは横に杖を薙ぐと、ルフトの拘束が解かれる。


「旦那様…」

「大丈夫だよ…。モナカこそ腕が…」


 二人の様子を見て我慢が利かなくなったのか、筋骨隆々の庭師の男が殴り込みに入ろうとした所、扉のあったはずの場所で跳ね返されてしまった。事前に目に見えない透明な壁…『バリアー』を張っていたらしい。


「何の得があるか…ですか?簡単ですよ」


 すくっと立ち上がり、杖を床にコンコンと突きながら、満面の笑みで答えた。


「この屋敷の下には、温泉が眠ってるんです☆」















「さぁさぁ皆さん!さっさと荷物を持って外に出て下さいね~☆」


 アリスはまるで遠足の引率教師のように浮足経ちながら、中に残っている使用人たちを追いだしていく。シエルたちも必要最低限の荷物をまとめ、外に出ていた。朝は街に出て古本屋へ行き、勇者になるんだと息巻いていたのが数時間前。今は宿なしの本当の無職ニートになってしまった。


「シエル。お前に渡しておきたいものがある」


 ルフトが首に下げていた紐を片手で手繰り寄せ、その紐には小さな布袋がついていた。中を開けるように促され開けると、そこには木製のイヤリングが片方だけあった。


「これって?」

「母さんのだよ。持っていなさい。私は十分守ってもらったから」

「母さんの…印…」


 木製の階位は分からないが、商人の鉄製や一般市民と冒険者に配られる銅製とは全く違う性質なのは分かる。一体、母は何者なのか。


「全員出ましたね!ではでは、皆さんご注目~☆」


 華美な装飾のない小さな屋敷。商人らしくないと散々冷やかされてきたが、いざ手放すとなると感慨深いものがある。そもそも、まだ実感すら湧いていないのだ。読んだ絵本の勇者のまねごとをして飛び降りようとした二階にある自室の窓。いつも勝手に黙って出かけるときに使っていた壁に張り付いている太い蔦。小さい頃に登って降りられなくなった庭の大きな木。その木に父が紐を括りつけて板を渡し、手製のブランコを作ってくれた時もあった。その時は、毎日乗りたいと母に強請ったな…。


「あれ?」


 なぜ、今母の記憶がおぼろげに現れたのだろう。シエルは首を傾げるが、次の瞬間。


「ぽん☆」


 アリスが一言。軽快なステップを踏みながら、手に持つ蛇頭の杖を屋敷に向けると、屋敷は霧散した。巻き上げられた土埃が目に入って痛い。そして、遅れたように温かい水飛沫が顔に当たった。


「これで解体費用は節約できましたね!」

「アリス卿!建物を壊すなんて聞いていません!」


 ルフトは珍しく怒りを露わにして、掴み掛からんばかりの威勢で声を張り上げた。そんなルフトの様子をケラケラとアリスは腹を抱え笑った。


「王族専用の湯治場にして、汚名返上するのにあんなみすぼらしい屋敷をそのまま使えます?使えないでしょ!常識的に考えて!笑っちゃう~☆ここはもう私の物なの!地面に穴を開けようが、建物壊そうが自由のハズよ?皆、生きて屋敷を出られただけでも有難いと思ってほしいです☆」


 シエルも呆然自失。こんなことになるなら、あの本もあの道具も全部運び出せば良かったと思った。


「さぁ!ここから先は見世物じゃありません!散った散った!!」


 先程まで並んで立っていた使用人たちも一人、また一人とその場を後にしていく。最後に残ったのはルフトとモナカ、イディオだった。


「旦那様。お気を確かに」

「大丈夫だよ…大丈夫。また始めからやり直せばいいんだから」

「一度病院へ行きましょう。私の腕も治さなければなりません」

「そうだね…ごめんよ。私のせいで痛い思いを」


 意気消沈しているルフトに、非常に言いずらそうにしているイディオがおろおろとしていた。


「イディオ…凄く不愉快です。なんですか?」

「あのさ…モナカ。シエル…どこ行った?」

「え?」


 辺りを見回すとそこにいたはずのシエルが消えていた。

 

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