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面接は宿屋にて

マーチェンドから少し離れた草原で、モナカとイディオは指定された場所に立っていた。先日の勇者試験のおかげで、魔物は軒並み駆逐されていたようで、一体も出くわさずに戦闘もなく済んだ。そして、指定されたその場所には直径三メートルの範囲で、確かに草が枯れ、土は湿り気も何もない砂になっていた。


「マンドラゴラがあった場所らしいけど…マンドラゴラって有毒性あったかしら?」


 モナカは腕を組んで思考を巡らせる。その間に、イディオは辺りを見回して何かを探していた。


「あんた、さっきから何を探してるの?」

「ここの管轄の知り合いだよ」


 目星をつけたのか、草の根を掻き分けて小さな穴をイディオは見つけた。その穴には小さな扉が付けられていて、地下へと続いているようにも見える。イディオは指先で軽く小刻みに突くと、その場に座った。モナカもそれに倣い、隣に座る。じっと座り、数分後。その扉から小さな人間が現れた。その背中には、ガラス細工のような薄い蝶のような羽がある。妖精だ。


「イディオじゃない~?久しぶり~?」

「やぁ。お前さんに聞きたいことがあってさ」


 か細く高い声は耳を澄ませていないと聞き逃してしまう程。イディオは気にする様子もなく淡々と会話を進めていく。モナカは神経を研ぎ澄まして、声を拾うのが精いっぱいだ。


「この前、ここで何か事件でもあったか?」

「人間たちが魔物討伐してたよ~。おかげで僕たちは安心して外に出られるんだ~」

「そいつは良かったな。じゃあ、あそこが砂地になってる理由は知ってるか?」

「あ~。あれね~。あれは見ていてヒヤヒヤしたよ~」


 この妖精が言うには、この場で魔物との戦闘があったのだという。複数いるベアウルフと戦っていた人間がリーダー格を仕留め損ね、強襲を受けてしまったという。そのうちの一人が首に噛み付かれ死んだように見えたのだが、周りの草花から命を吸い、蘇ったのだとか。


「いくら古の盟約とはいえ、あの草花も災難だったよね~。マンドラゴラまで持ってかれちゃったから、魔力を貰えなくて草花も土も枯れちゃったよ~」


 妖精はやれやれと首を横に振り、酷いものだと愚痴た。ここの自然を管轄している代表らしく、妖精からしたら大災害と一緒だ。その土地が枯れれば、彼らも生きていくことは出来ないし、その自然を頼りにしている小動物たちも生活していくことが出来なくなる。


「僕たちにとって、ドルイドって脅威でしかないからね~。漸く淘汰されたって聞いたんだけど~」

「ドルイド?本当にドルイドだったの?」


 話を拾っていたモナカはその言葉に反応し、妖精に話掛ける。妖精は少し眉を寄せ、気だるげに答えた。


「忘れようにも忘れられないよ~。緑の髪に緑の瞳~。あれは、僕たちの知るドルイドの血筋そのものさ~」

「性別は?」

「性別~?ドルイドって、皆、中性的な顔してるからよくわかんないよ~。髪が短かったから、男の子かな~?」

「シエル…」

「あ!そんな名前だったよ~!勇者にそっくりの人間が、その子のことそう呼んでた~」


 さらに愚痴を溢そうとした妖精はそこで閉口し、イディオにさよならを言って逃げるように扉の向こうへ行ってしまった。妖精の話した内容を精査しようモナカを見ると、妖精が逃げ出した理由が分かった。モナカの顔は怒りに震え、とても人様に見せられない鬼のような状態だったのだ。


「モ…モナカさん?」

「あのクソ勇者…。次はシエルを狙ってるの?…許さない」

「と…とりあえず、今の話を察するに、シエルは一回死んでるわけだけど…」

「そうしたら、食べられなかったピーマンが食べれるようになった理由が分かったわ」

「ただ単に、大人の味覚になったんじゃねぇの?」

「以前、奥様から聞いたことがあるの。不完全な簡易的儀式で同等の生贄を必要としない蘇生法をすると…」


 モナカはイディオに視線を合わせ、ゆっくりと言葉を自分自身にも言い聞かせるように吐き出す。


「完全に蘇生はされず、身体の一部が機能しなくなる。回数を重ねるごとに、それは増えていく」








 マーチェンドの街で有名な宿屋兼食事処の箒星亭はギルドからも近く、冒険者たち御用達の大きな店だ。寝泊まりはギルドの簡易宿泊所を利用している冒険者も、食事は奮発してここに来るくらいである。売りは女将のボニータ特製ボアベアの丸焼き。臭いがキツいボアベアだが、育て方がいいのか生臭さもなく、じっくりと焼かれたそれは、肉汁たっぷりで高難易度のクエストに出る冒険者から願掛けも込めて食される一品だ。もしくは、最後の食い納めの意味もあるのかもしれないが…。

 昼も過ぎて、モナカが作り置きしていたポトフを食べ終え、片付けをしてから、シエルはこの箒星亭へやって来た。表扉から入ると、すぐさま普段着の上からフリルいっぱいの可愛らしいエプロンを着けた女性に食事か宿かと聞かれ、ボニータから話を貰ってやって来たと告げると、すぐに裏の厨房へと案内された。そこでは、夜の仕込みだろうか。慌ただしく指示を飛ばしながらボニータはシエルの元にやって来た。


「思ったより早かったねぇ」

「今晩の食事にありつけないと困るんで…」

「はっきり言うやつは好きだよ。そんじゃ、こっちの部屋においで」


 厨房のリーダーらしき男にその場を任せ、ボニータはシエルを一室に案内した。そこは簡素な部屋で、中には簡易の棚が五つあり、その棚には錠前のついた箱がずらっと並んでいた。


「ここは従業員の支度部屋だよ。貴重品はここの錠前箱にしまっておくんだ」


 片手で組み立てられる簡易机と椅子を取り出し、シエルにも差し出す。シエルは大人しく席についた。


「さっきの厨房の男はあたしの夫でね。あたしほどの腕じゃないが料理が得意なんだよ」

「凄いですね…」

「じゃあ、面接するけど…あんた、イヤリングはしてるね」

「はい」


 シエルは右耳に付けている識別標識を見せ、ボニータは取り出してきた眼鏡を掛け、書類に必要事項を記入していく。


「これ、見せただけで分かるんですか?」

「イヤリングの所に戸籍情報が載ってるんだよ。この眼鏡を通じなきゃ見えない特殊なやつさ。エルフたちは魔導回線が見えるらしいから、こういう道具も必要ないらしいけどね」


 書類にシエルの名前、生年月日、現住所、現職業を記載していき、ボニータは続けて言う。


「あんた、どうしてギルドに通ってるんだい?」

「それは、昔からの夢で勇者になりたくて…。今は、その過程の途中っていうか…」

「初めての試験が勇者試験ねぇ…。相当な志があって目指してるようだね」

「どうして初めての試験が分かったんですか!?」

「イヤリングに情報が載ってるからだよ。しっかしまぁ…、前衛職の剣士も受からないんじゃ…前途多難って所だね」


 どうやらこの識別標識。個人情報筒抜けの代物らしい。これは失くしたら大変なことになる。シエルが顔を青く染め上げていると、ボニータはぽつりと語り出した。


「耳に直接穴を開けてる…ピアスってのあるだろ?あれは今じゃオシャレのひとつらしいが、昔は前科のある奴が外せない様に体の一部に穴を開けて埋め込んでたのが始まりだっていうんだよ。全員が全員じゃないが、あんたは気を付けな。絡まれたら面倒になるからね」

「イヤリングとピアスでそんな違いがあったんですね」

「うちみたいな商売は事前にそういうので客を決めないとね。他の客に迷惑になっちまう」


 ボニータなりに商売を続けて行く上で決めたルールなのだろう。誰かの迷惑になるなら、事前に排除する。実際、それに目を瞑っていれば店の治安も悪くなってしまうかもしれない。そうしたら、純粋な客層も離れて行ってしまうだろう。お互いがお互いを必要とする対等な対価を求めるのは、何も悪い事じゃない。父のルフトも、あの貴族を除いては、どの顧客とも対等な関係で商売をしていたのだから。


「あたしも昔はどんな魔石も使いこなせる魔法適性を持ってたんだけどね。年のせいか全く使えなくなっちまったんだよ。今はいちいち近所の適合者に火を付けに来てもらったり…色々迷惑かけちまってるから、あんたみたいなやつが来てくれて助かるよ」

「魔法適性って、年齢関係あるんですか?」

「魔導回線っていうくらいだからね。魔法を使うための配線が人間の中に張り巡らされてて、そこを通して使うんだ。年を取ってくと使い古した紐みたいに切れていって、終いには何も残らないのさ。適性の無い人間には、始めっからないものなんだけどね」


 自分も昔は魔導師として冒険者の仲間と戦っていたのだと思い出に耽り始め、このままでは埒が明かなくなると思ったシエルはボニータに先を促した。


「さて、うちはあたしら夫婦の他に男二人、女三人で順番に回してるんだ。週に二回出勤してもらっている。他に労働力としては、金もないのに飯を食ったり、泊まったりした奴。こいつらには裏で薪割りや皿洗い、シーツの洗濯なんかをやって貰ってる」

「確か…俺の仕事は魔石を使っての明かり付け…でしたっけ」

「基本的には日が暮れる前に来てくれればそれでいいよ。ただ、毎日だ。他の雑務も体力があるならやってもらう。あと、夜の酒場の品出しも手伝ってくれ。もし、ギルドからの依頼が入った時は教えておくれ。薪割りさせとかなきゃ、部屋に火が灯せないからね。それで給料はひと月で銀貨五枚」

「それだけで本当にいいんですか?銀貨五枚って…結構な額ですよ?」

「それだけうちは部屋数も多いし、忙しいんだ。覚悟しておきな。きっとやり出したら、安い!っていいだすからね」


 ギルドでクエストを受ける前衛職が一回につき、銅貨十枚。百枚で銀貨一枚となるのだから破格すぎる業務だ。下手をすればギルドでクエストを受けるより、よっぽど儲かってしまう。


「あんたに良い事を教えてやるよ」


 ボニータは声を落とし、シエルに耳を貸せと手を出す。先程とは比べ物にならないほど、ささやかな呟きだ。


「ギルドにはね、職業ジョブ補助制度ってのがあるんだよ。一度、職業ジョブを取ったら申請すれば、職業ジョブに合わせた生活に必要な補助金が一年出る。一年間は職業ジョブ変更が認められないから気を付けな」

「なんですか?その補助金って…説明会で聞かなかったですよ」

「そりゃあ、全員に補助金出してたらギルドが潰れちまうからね。補助金を申請するには、うちみたいな裏でギルド公認の職業ジョブ斡旋してる所じゃないと書類すら手に入らないからだよ。頑張れば頑張った分だけ、得意分野への紹介状が書きやすいんだよ。同じような事をやっていたのは、確か…コメルシアンテ商会だったかね。今はもうなくなっちまったが…」


 そこでシエルは考えた。今、この女将は何と言った?裏で職業ジョブの斡旋をしていると言ったか?しかも、父もそれを行っていたという。そういえば、屋敷から出る際に皆に何か入った封筒を渡していた気もする。あれが、補助金を受ける為の書類だったのか。


「あんたは見た目も良いし、根は真面目そうだ。ちょっと世間知らずっぽい所も、夜の酒場じゃ人気になれる。荒くれた男ってのは、擦れてない娘に弱いからね」

「あの…俺、男だって言いませんでしたっけ?」

「いやぁ~。この前まで働いてた看板娘がね。尻を揉まれんのが嫌だって言って逃げちまったばっかりなんだよ。何とか昼の仕事だけって事で今、話を進めてるんだけどね~」

「あの!俺!男なんです!さすがにそういう事は…」

「祭りで使ってた付け毛もあるから、それをつければパッと見は分かんないよ」

「どうしてそこに固執するんですか?!」

「男の武器が使えそうにないなら、女の武器で稼いでもらわなきゃだろ?」


 酒が進めば金も飛ぶ。一杯いかが?と色気を掛ければ、ホイホイと注文してしまうのが冒険者の男の性らしい。男らしく見せて金を持っているというステータスが、高嶺の花にアピールする意味合いもあるそうだ。


「でも、それって…お客さん騙してますよね?俺、男なのに!」

「んなもん、脱がなきゃ分かんないだろ?なんだい?脱ぐのかい?」

「脱ぎませんよ!補助金の話は美味しいと思いますが、俺、そういうのはしたくないです!」


 荒々しく立ち上がり、出口へと歩くシエルにボニータはため息をついてポケットから一枚の銀貨を取り出した。


「前金に銀貨一枚。魔導師の職業ジョブを受ける為の金額だね」


 ドアノブに手を掛けたシエルの動きが止まった。ボニータは人差し指で机に乗せた銀貨をスッと前に滑らせる。


「何なら三食、賄い出したっていいんだよ?欲しいんなら夜食だって出してやるし…」


 銀貨を立てて、縁に指を掛けて前後に転がすボニータ。それを薄目に見るシエル。


「その歳で、どこの職業ジョブも持ってなくて、仕事に生活に困ってるように見えたから声掛けしたけど…あんたは別に困ってなかったんだねぇ」


 シエルは喉の奥で出かけた言葉を辛うじて飲み込む。困ってないわけがないだろう。今日のこれからの夕食だって、モナカが帰って来なければありつけない。よくよく考えれば、この仕事を蹴れば近所である手前、居づらくなってしまうのではないだろうか?女装趣味があるなどと噂されれば、それこそ目も当てられないのだが…。何かあった際、助け合いの精神が強いマーチェンドの商人たちの団結力は凄い。屋敷を抜け出していた時も、たまに商人からアイテムを売ってもらえない、ガラの悪そうな冒険者たちが何人か見かけたことがある。そういう状況になったとしたら、自分だけじゃなく、モナカまで住めなくなるのではないだろうか。

 このボニータの『別に困っていない』というのは、完璧に脅しだ。どうするのが得策か。


ー男としてのプライドを取るか。今後の生活を取るか。ー



「何でもやるって言ったから期待してたんだけど、仕方ないね。今回の話はなかったことに…」

「まってください…」


 シエルは、ボニータの前に立ち、頭を下げた。


「お願いです。なんでもしますから、知り合いにだけは…」


 シエルは、男のプライドを捨てる事にした。今後の事を考えれば、モナカに金銭的な迷惑もかけられない。ギルドのクエストに出掛けることも、今後もあるだろう。少しでも、迷惑を掛けない範囲でやっていかなければならない。シエルの鬼気迫った様子に、ボニータは噴き出した。


「…っちょっ…!まるであたしがあんたを脅してるみだいじゃないのさ!」

「…そんな…俺は、ただ…」

「大丈夫だって。いやいや。悪かったね。そういう雰囲気出ちまってたかい?」


 なかなか頭を上げないシエルの髪を優しく撫で、両腕で優しく抱きしめた。そして、頭をぽんぽんと優しく叩く。


「すまないねぇ。荒くれた奴らを相手にしてると…どうにも気迫で負けるわけにいかないから、ついねぇ…怖い思いさせてごめんよ」


 ボニータはそのまま言葉を続ける。


「ホント、他意はないのさ。あんたが困ってるんなら助けたいってだけだったんだよ。いろんな職業ジョブの人が来るし、勉強になるかと思ってねぇ…」


 本当に他意はないらしく、ボニータはシエルをあやしつづける。ボニータ自身も、悪気はなかったのだと分かって安心し、シエルは膝から崩れ落ちた。


「あらやだよ。あんたってば。ビビりすぎだって」

「いや…ビビらないのが、おかしいですから」

「悪かったって!…じゃ、今晩から頼むよ!」


 ボニータはシエルの背中を叩いて激励をし、棚から一着の制服を出した。その制服は、シエルを案内してくれた女性の物よりエプロンの質が良く、意匠を凝らしたワンピース風の制服だった。これが支給される衣装なのだろう。モナカのメイド服に少し似ている気がして、シエルはモナカにバレたらどうしようと頭を抱えつつ、これが一人立ちの第一歩なのだと自分を励ました。


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