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無職(ニート)ーはじまりー

 高々とそびえるレンガの家々。空を見上げれば、群青の空よりも左右から延びる赤銅のレンガの方が目に留まる。白いレンガで積み重ねられた鐘楼が最も高い建物だ。この商人の街【マーチェンド】のシンボルでもあった。

 商人の街というだけあって、大通りには沢山の屋台と人々が蟻の子よろしく忙しく行き交い、賑わいを見せている。【マーチェンド】が商人の街と言われるのも、国営ギルドの本部が設置されていて、そこでしか行われない特殊な試験が迫っていた為、相乗効果もあるのだろう。腕自慢の冒険者が挙って受験にやってくる。その冒険者達を客として、商人たちは自分たちの最高の一品を売りつけるのだ。

 そんな賑わいのある街だが、一本裏道に入れば影が差し、静寂が聴覚を支配する。そんな裏道にひっそりと店を構えている古本屋があった。店の中は雑多で、一目見ただけでは何があるのか分からない。店主の性格が如実に表れていると言っても過言ではないだろう。


「おじさん!この本売って!」

「…なんだ。いつもの『ガキ』か」


 『ガキ』と呼ばれた青年は17歳ほどの青年で、深緑の髪と瞳を持っていた。この辺では珍しい色だ。その為か、外套で覆い隠している。


「あのさぁ…仮にも俺はここの常連なんだよ?いつまで『ガキ』扱いなのさ?」

「#職業__ジョブ__#を持たない奴ぁいつまで経っても『ガキ』なんだよ」


 おじさんと呼ばれた店主は、左耳に下げてある鉄製の金具で繋がれたシトリンと言われる浅黄色の石のついたピアスを弄り、その後自慢の禿げあがった頭部をひと撫でしてため息をついた。


「いいんだよ!俺は立派な【勇者】になるんだから!今は勉強中の身なんですぅ~!」

「あっはっは。そりゃあ楽しみだな」


 その青年が持っている本も、もれなく勇者関連の本で『勇者になる唯一の方法』とラベリングされていた。銅貨2枚と店主が言うと、懐から徐に銅貨を取り出して、カウンターに並べた。


「お前さんも、いつまでも父親におんぶに抱っこじゃあ…ダメだぞ?シエル。もう5年は勉強中じゃないか」


 古本を紙袋に入れられ、ほらよ。と渡されると、シエルと呼ばれた青年は外套を目深に被り直し、


「覚えておけよ!【勇者】になっても、ここの本屋のおかげでなれたんだ!って宣伝してやらないんだからな!!」

「はいよぉ~。お気をつけて。勇者様」


 お決まりになった捨て台詞と店主の受け答えに、息を荒々しく吐きながら店を出た。





 ※






 大通りに群がる人々を掻き分けて、シエルは家路へと急ぐ。が、なかなか先に進めない。


「くっそぉ…。なんでこんなに人が多いんだよぉ……」


 自分でも分かりきっている疑問を口にする。


 ここは国営ギルドの本部がある。

 そして、ここでしか行われない特殊な#職業__ジョブ__#・【勇者】の試験がある。

 それが一週間後に差し迫っている。

 千載一遇のチャンスとばかりに、有名冒険者から無名冒険者まで、まるで祭りのように湧いてくるのだ。

 

 最も混雑していた道を通り抜け、シエルの屋敷のある通路に出た。裕福な家々が並ぶ道へと続くその路面には、白と黒のレンガが埋め込まれており、規則正しい模様が描かれている。その道を歩こうと体の重心を前方に傾けたところで、向かいの道の畦道から冒険者達がボロボロの姿でこちらに向かってきた。シエルは咄嗟に道を譲るように、端へと逃げる。


 銅製の金具で繋がれた燃える様な赤色のガーネットを左耳に付けた【剣士】と思わしき男が、同じく銅製の金具で繋がれた闇を連想させるようなアメジストをぶら下げた連れの【魔法使い】らしき男と話をしていた。


「今回のクエストもダメだったか……」

「お前はいつも特攻かけすぎなんだよ。俺の詠唱が終わる前にいつもやられてるし」

「何でだろうなぁ…。ちゃんと防具も揃えてるのに」

「お前は前衛に向いてないんじゃないか?」


 【剣士】の男は【魔法使い】の男に、なるほど……と相槌をうった。


「じゃあ、ギルドの職安に行って、転職相談しようか」

「適正診断もあるしな。そしたら、前衛の新しい#職業__ジョブ__#を雇えばいいし」

「適正診断かぁ…それやったら【剣士】が向いてるって出たんだよなぁ」

「最悪じゃねぇか」


 お互いの顔を見合わせて吹き出し、ケラケラと笑いながら、シエルの目の前を通過していく。二人の冒険者の背中が小さくなった頃、シエルはぼそりと呟いた。


「俺は…あんな適当な奴らとは違うんだ……余計な経歴作って、自分を汚すもんか」


 彼らとは反対方向の屋敷へと続く道を足早に進んだ。










「坊ちゃん。おかえりなさい」

「ただいま」


 シエルの父は商人の中では一位二位を争う覇権を握る存在で、屋敷は大きな門扉を抜けた所に建っていた。それだけの実力を持つ父親だが、節約志向が強く、他の商人達と比べれば、華美な装飾が殆どない質素な小さめの屋敷を構えていた。故に、執事やメイドなど雇い人が少なく、その分は彼らに還元する人物であったし、その雇い人達も一癖も二癖もある強者揃い。人によっては、一度は投獄された身で勤め先が無く、泣く泣く商人の荷馬車を襲っていた盗賊崩れもいるくらいだ。シエルに帰宅の挨拶をした、(これも左耳に金具から装飾まで銅製で出来たイヤリングをつけた)メイドも、その一人。メイドはシエルの耳に小さな声で囁いた。


「勝手に出歩いたのバレてますよ。モナカがかなり腹を立ててました」

「ヤバい……」


 モナカとは、シエルのお付きの教育係も務めているメイドである。5年前から住み込みで働き始めたのだが、如何せん身元不明な雇い人が多すぎて、彼女が何処からやってきてどんな事をしてきたのか、シエルは興味が湧かなかったし、知ろうともしないでいた。ただ、怒るととてつもないほどに怖い。人一人を殺っている。絶対に殺っている。そういう冷たい空気が地を這うような怒り方なのだ。

 シエルは意を決して、いつもなら軽いその扉を重々しく開く。案の定、扉の向こうには居た。恐怖のメイドがそこに立っていた。


 漆黒を称える闇のような長髪は、純白のメイドキャップが良く映える。そして、上から下まで黒を基調としたメイド服が更に恐怖を添えていた。閉じていた瞼が持ち上がり、その奥にある瞳は闇の光を湛える紫色を放っていた。左耳にぶら下っている全て銅製のイヤリングがもっと上質の物であったなら、きっと令嬢だと言っても通じただろう。


「おかえりなさい。坊ちゃん」

「た…ただいま……」

「お話があります。自室にお戻りください」


 静かでいて、重々しい凛と通る声がホールに響いた。あぁ…これから長い長いお小言が待っているのか。


 そもそも、街で上位を争う父親の財産と5年前に失踪したという母親譲りの珍しい髪と瞳の色のせいで、色々と危ない目に遭ってきたのだ。誘拐されかけたり、誘拐されかけたり、誘拐されかけたり…。だが、いつもこのメイドのモナカと兄貴分の執事のイディオの二人が助けに来てくれていた。そんな前歴があるので勝手に出かけたのだから怒られるのも無理はないのだが、同い年の友人たちは自由気ままに買い物もしているというのに。

 二階にある自室の扉がモナカの手で開かれ、どうぞ。と促される。もう逃げ場はない。死刑囚よろしく項垂れながら、シエルは自室に入った。


「さて、そろそろ同じことを言うのも飽きたわ」


 ドアを静かに閉め、モナカはシエルをその紫色の瞳で射抜いた。あまりの形相にシエルは背中に悪寒が走る。何より、二人きりになると途端に口調が崩れるのが余計に怖さを演出した。


「だ…大丈夫だって。ちゃんと外套被ってたし」

「そういう問題じゃないの」


 教育係として任命されている手前、モナカも容赦しない。


「いい?いつまでも#無職__ニート__#のままでいられると思ったら大間違いよ。私だって、こんなに情けないシエルの面倒を何故見なければいけないのか……」


 二人きりの時だけ呼んでくれる名前でこう言われてしまうと、シエルも居た堪れなくなってしまう。






 なぜモナカが#無職__ニート__#であることを嘆いているのか、ここで説明しよう。


 国営ギルドによってもたらされた#職業__ジョブ__#という概念が大きく関係するのだ。これはある種の免許証であり、12歳くらいの子供でも学校に通う者は【学生】、親の跡を継ぐことを約束されているものは【商人】の#職業__ジョブ__#試験を受け、合格しているのが通例だ。商人の一人息子であるシエルは17歳なので、本当なら資格試験を受けて【商人】の#職業__ジョブ__#を持っていないといけない。が、シエルは頑なに拒んでいた。シエル自身は真っ新な経歴のまま、輝かしい一項目の#職業__ジョブ__#に【勇者】を掲げたいという、何とも安易な我儘だったりする。



「本気で【勇者】になりたいと?笑わせないでくれる?」

「俺は本気だ!マジだ!夢に向かってやったって悪いことないだろ!?」

「だったら、一週間後に行われる『勇者適合試験』を、いい加減受けなさい!」

「いや…それはまだ早いと思うんだ。勉強だってまだまだだし?魔王軍もこの近くまで攻めてきてないし?」


ー呆れた。心底呆れた。ー


「絶対やらないやつの言い訳じゃないの!」

「違う!俺は来る時の未来の為に準備を整えてるんだ‼」


 やいのやいのと騒ぐ二人の元に一人のメイドが駆け込んできた。


「大変です!」

「騒がしいですよ。まだ坊ちゃんとの話は終わっていないのですが」


 盛大な音を立てて開かれた扉に瞬時に反応し、いつものメイドのモナカに切り替わっていた。毎回見る度に、『コイツ。実は暗殺業とか密偵業をやってたんじゃないか?』と疑問が沸々とするのだが、そこは以前触れて酷く悲しい表情にさせてしまったことがあるので、胸の奥に仕舞い込んだ。


「だ…旦那様が大怪我をされていて…お付きの者もイディオ以外、皆殺しにされたとのことです。イディオが旦那様を一人で連れ帰ってきました」

「なんですって?」


 モナカは事情を理解できたが、シエルはすぐに話が飲み込めなかった。





 父さんが大怪我?皆殺し?イディオだけが連れ帰ってきた?






「あれ…?父さんは一番安全な街道で王都に行くって…」

「ですから、途中で盗賊に襲われたのですよ。今は客間で医術の心得のあるものが応急処置を施しております」

「え…?」


 父が運んでいた荷馬車が襲われた。詳しくは教えてもらえなかったが、とても大切なものとだけ聞いた。他の商会仲間では誰も引き受けなかった厄介な仕事で、とても重要な…。シエルは背筋に先程とは桁の違う悪寒に襲われ、指先が冷え切り、ブルブルと震え始める。顔もすっかり青ざめていた。


「シエル。行きましょう」


 その震える手を握り、部屋からモナカが引きずり出す。


「坊ちゃんには刺激が強すぎます。まだ部屋に…」

「それではダメです。この子の為になりません」


 メイドの静止の声も振り切り、モナカはシエルを引っ張りながら客間に続く一階へと駆け下りる。


「よく見るのよ。シエル。あなたの父が何をしようとしていたのか」


 使用人として、友人として、時として母のように接してくれていたモナカに畏怖の念を、シエルは抱かずにいられなかった。そして、覚悟を決める間もなく、簡素でいて大きな客間の扉が、モナカの手で荒々しく開かれた。その先には、白い包帯が痛々しく、酷く小さく見える父の姿が、何の遠慮もなくシエルの視界に焼き付いた。

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