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剣士の部

 勇者試験の際にも利用された中庭に、先に到着していたであろう受講者四人が、各々自由にくつろいでいた。噴水の縁に座っている半裸に近い赤毛の女。仲間なのか、和気藹々と談笑に勤しむ金髪の顔のよく似た白と黒のローブを纏った男二人。もう一人は木漏れ日を浴びながら、中庭の中で一番大きな木に背中を預け、フードを目深に被った男が眠っていた。その中で赤毛の女性がシエルに駆け寄ってきて、シエルの手を取った。


「えがったぁ。女子ばオラだげかどおもっだだよぉ」


 開口一番、この辺りでは全く聞かない壮絶な訛りだった。赤毛の女性はシエルより若干背が高く筋肉質で体格もやや大きい。そばかすだらけのその顔に笑顔が浮かぶ。


「オラなぁ。南東の遠くばちっせぇ村がら来たっけね。帰りの旅賃なぐなっぢばっでなぁ。都会は物価ばめっちゃ高ぇで。んで、依頼ばうげようど思っただが、オラの職業ジョブだば、『使えねぇ』って言われぢまっで。オラ、『アマゾネス』なんだども、ここだらづがえねぇって…」

「興奮してるとこ悪いんだけど、俺、男だから」

「だばってぇ!?」


 両目をこれでもかと見開いて、女はシエルを上から下までジロジロと不躾なまでに見て、何の前触れもなくシエルの急所に手を伸ばし、握った。


「ぎゃっ!」

「んだら~。ほんどにづいでるよぉ~」


 あまりの痛みに木刀を手放し、膝を地面につけ、続けて頭も地面につき、痛みの根源を手で押さえた。苦しんでるシエルを見兼ねて、金髪の男二人が駆け寄って来た。


「君、大丈夫?」

「マジ、ウケんだけど!」


 片方の男はシエルの腰を擦り、もう片方は腹を抱えてケタケタと笑う。その状況を見て、赤毛の女はキョトンと呆けていた。


「都会の男ば、弱っちぐでいいんだか?こがな事で?」

「やっべぇ!こっちの女もマジ、ウケるんだけど!」


 男は膝を叩いて笑い続けた。大分、痛みの引いたシエルは涙をその瞳に溜めながらも、腰を擦ってくれた男に介助されながらゆっくりと立ち上がって、女を睨んだ。


「どいつもこいつも人の事。女みたいだ言ってきたけど。こんな確認のされ方、初めてだよ!」

「ごめんねっでぇ~。オラの村じゃ、男は貴重だっでぇ。調べるの、これが一番だっで教わったでよぉ」

「二度とやらないでよ!」

「この子が怒るのも無理ない。男にとっては、大切な所だから」

「マジ、ウケるわ~!しばらく酒場でのネタになる!」


 先程から笑っている男は、最終形態なのか地面をひたすら叩いて笑っていた。


「オレはフォス。現・白魔術師。で、こっちの笑ってるのが、弟のフィス。現・黒魔術師」

「攻撃担当の双子の弟、フィスだぜ!よろしくっ!」

「白いローブがオレで、弟は黒いローブで覚えといてくれると助かる」


 よくよく見ると、兄のフォスは垂れ目で温和な雰囲気をしていて、弟のフィスはツリ目で好戦的な雰囲気を醸し出していた。シエルも倣って自己紹介をする。


「俺はシエル・コ……。シエルです」

「勇者様と同じ名前か。ご両親も君が将来、勇者様の様に素晴らしい人間になれるよう、名付けられたんだろうね」

「マジかよ。俺だったら萎える」

「どうしてお前はいつも…。ごめんね。弟が失礼な事…」


 果たして親がその様な願いを込めて名付けたかどうかは定かではないが、現在どこにいるかも分からない父に聞くことも出来ず、とりあえずその場は笑って済ませた。だが、やはり気持ちの良いものではない。まるで、自分が自分でないような…。その様子を伺っていた自らアマゾネスだと言った女が、次いで名乗って来た。


「ごめんな。シエル。オラはアグネス。アマゾネスの村ばやっで来だっけよ」

「アマゾネス…?」

「勇敢な女戦士ば山ほどおる村だでぇ。胸がでっけぇと邪魔だで。自分で右の乳房ぶった切るでよ。勇敢な戦士の証ば!」


 その話を聞いてシエルと双子は背筋に悪寒が走る。自分の体の一部を切り落とす等、想像するだけで恐怖だ。


「後な。子種につがえねぇ男の竿もぶった切っで、御馳走にすんだが…都会じゃ、やらねぇんだか?」

「そんな事したらギルドに捕まるからね!絶対にやらないでよ!」

「シエルならオラの村でも馴染めそうだで。安心すっで」

「それって褒めてるの?貶してるの?」


 そんなやり取りをしている中、1人の白いフルプレートを纏った人間が中庭にやって来た。ヘルムも纏っているため、表情は窺い知れない。フルプレートの肩からは赤いマントがたなびき、腰には両手剣と思わしき得物を下げている。木陰で眠っていた男が起き上がり、集まっていた4人の傍に緩慢な動きでやって来た。全員が集まった所で、フルプレートのヘルムを取り、その下に隠れていた顔を日の元に晒す。黒の短髪に眉間とほうれい線の皺。そして、頬の傷跡が歴戦を感じさせている。


「本日、貴様らに指導をする王国騎士団第13師団分隊隊長。モーリシャス・ロドリゲスである」


 王国騎士団とは王都を守護する存在であり、数字が若ければ若いほど、国王の近くで働くことが許される存在だ。第13師団は一番下の集まりで、各地に散らばり、村々を魔物たちから守る事に従事している。おそらく、遠征の途中にマーチェンドに拠って物資の補給に来たついでに、ギルドから依頼されたのだろう。その隊長の表情はかなり不服そうだ。


「剣士とは、隊の中でも最前線で戦う最も重要な立ち位置である。ここが崩れれば、隊は崩壊する。それ即ち、死を意味する。貴様らには、『最低限度の剣術』を指南してやろう」

「いきなりで悪いんだけど、俺ら現・魔術師で受講してて、剣とか握ったことないんだけど、超初心者でもイケる?」

「おい!フィス!言葉に気を付けろ」


 相手は仮にも、国管轄の騎士だ。ギルドとは毛色が違うし、堅物そうなモーリシャスにこの対応はマズいと、フォスは慌てて謝った。


「すみません。弟が失礼を…」

「構わん。ギルドの人間達の馴れ合いは百も承知。まともな返答など求めてはおらんからな」


 モーリシャスは手にした書類を捲りながら、フォスの言葉に返した。この言葉に苛ついたのか、フィスはフォスを押し退けて言葉を続ける。


「あんたら騎士がまともに仕事しないからギルドがあるんだろ?出来ない事を互いに補い合うっていうのが出来ないワケ?」

「貴様ら野良魔術師に言われる筋合いはないな」

「なんだと!?」

「王国に帰属している者達は、その優秀な力を認められ、宮廷魔術師として存在する。それになる事も出来ない下級魔術師がギルドで日銭を稼いで、そうやって回っているのだろう。掃き溜めの受け皿に、まともな教養などないに決まっている。だから、私は貴様らに期待などしていない。最初に言っただろう。『最低限度の剣術』を指南するとな」

「兄貴。俺はコイツに教わりたくない!帰る!」

「おい!フィス!!」

「帰りたまえ。自分の存在価値を弁えない輩に、教える価値など無い」


 フィスは苛立ちを隠しきれず、地面に唾を吐きつけ、ギルドの建物内へと走って行ってしまった。置いて行かれたフォスは、両手を握りしめて震わせている。フォスも言われたことに対して、怒りを感じているようだった。下級魔術師の掃き溜めなど言われれば、腸が煮えくり返るのも当たり前である。


「他に異義のある者は?なければ、まず柄の握り方から…」

「異議あり」


 低くも響く声音で異議を発したのは、木陰で休んでいた男だった。その男を一瞥して、モーリシャスはため息をつく。


「あんたは俺より強いのか?俺は、剣士を極めたいからここに来た。俺以下なら、受ける価値もないからな」

「貴様ら掃き溜めの極め等、我ら王国騎士団の足元にも及ばない」

「だったら一戦交えよう。あんたが勝てば、俺はあんたの教えに従ってやる」

「小童が…。他の者達も同意見か?」


 シエルはまだ何の職業ジョブも持たないため、意見を言える立場でない事を承知してはいるが、果たしてこの騎士に教えを乞うていいのだろうかと逡巡する。シエルの隣に立っていたアグネスに至っては、異議を発した男に甘い視線を送っている。


「だらぁ~。男はやっぱり、こうでなぐっちゃな~。後で、子種わげてもらぁべ~」

「ちょっとここで盛るのやめてくれない?」

「シエルだっで、強い男に盛るだや?」

「俺はお・と・こ!!」


 そんなやり取りをしてる間にも、騎士と男は対峙していた。あくまで模擬試合として、両刃剣を模した木刀で騎士は両足を肩幅に開き、体の前に構える。異議を唱えた男は、右手で剣を軽く握り、体を横にして、剣を先頭にして一直線になるように構えた。対峙する男に左の手のひらを向けて、呼吸を整える。


「どこからでも来たまえ」


 その様子を眺めていたフォスは、顎に手を当てて考え事をしている。シエルは初めての対人戦を目の当たりにして、興奮していた。両手に汗が迸る。異議を唱えた男は、右足に力を入れ、一瞬に間合いを詰めた。その鋭い突きを、騎士は寸でで捌き、弾き飛ばした。しかし、男は足が地面についた直後、再び騎士に向かって突きを繰り出す。


「凄い…。あの人、強いよ」

「流石、剣士を極めたいというだけあるね」

「だらぁ~。あの騎士ば防戦一方だんな」


 男の突きは留まる事を知らず、騎士に向かって無数の雨の如く襲い掛かる。三人の背後から、リルルの声が遠くから聞こえてきた。


「決闘は~!やめてくださ~い!」


 その声を聞いているのか、いないのか。二人は剣を交えることを止めない。無数の突きを受け続けた騎士も見慣れて来たのか、男から受けた一閃を翻し、体勢を崩した男の背後に回り込んだ。


「王国騎士の力、舐めるなぁ!」


 咆哮と共に木刀を頭上に掲げ、力いっぱいに振り下ろす。これで勝負が着いたと、モーリシャスは確信した。


「慢心はケガの元」


 男は呟くと体を捻り、その木刀を木の葉のようにひらりと避ける。モーリシャスの力任せに叩きつけられた木刀は地面に当たり、衝撃から次の動作に遅れが生じた。男は再び、突きで騎士の胸のプレートに木刀を当て、騎士のプレートメイルを破砕した。プレートメイルは、カラカラと音を立てて地面に散らばり、男の木刀は騎士の鳩尾にギリギリの所で止まっていた。


「俺の勝ち」


 シエルは胸がドキドキと五月蠅く感じるほどに興奮していた。これが、真剣だったならば、騎士はきっと亡き者になっていただろう。


「くっ…貴様…」

「口だけの騎士に用はない」

「国王にこのギルドのことを陳情してやる!このような侮辱、タダで済むと思うな!」

「それはこっちのセリフだ。お前のような騎士は国に必要ない」


 フードを目深に被ったままだった男が、そのフードを下ろした。その顔を見た瞬間、モーリシャスは蒼褪め、平伏する。シエルの隣で、リルルが頭を抱えて唸っていた。


「ギルド長さん。あの人って?」

「王位継承権第五位の元・王子様…」

「王子様!?」

「政権争いに疲れて平民に下ったの。今は剣士を極める為にギルドで依頼を受けたり、こうやって受講してるのよ」


 王位継承権があったという事は、それなりに剣術を学んできたのだろう。剣筋は素人のそれとは比べるまでもなかった。ぬるま湯に浸かったような生活をしていたシエルは、木刀のひとつもまともに持てない。これが、今まで過ごしてきた志の違いなのか。


「先程、フィスさんからお話を伺いました~。ギルド内で講師をしても良いという方がいらっしゃいますので、そちらに移動をお願いします~。こちらの方には、別室でお話しますので~」


 シエルとアグネス、フォスは、即席の修練場にてギルドに登録されている手練れの冒険者から、剣術の基本を学ぶ事となった。


 



 




 その後、剣士の部は有志の冒険者に講師を引き継がれ、フィスとも合流。その受講では、自分の扱いやすい武器を基本とする親切な内容で、シエルも安心して剣術を修めることが出来た。しかし、残念ながら、モナカから指南された短剣のみが合格点だった為、前衛職を意味する証。赤色のガーネットを得ることは出来なかった。

  

「アグネスはまぁ、分かりきってたとして。フォスとフィスも合格出来たのになぁ…」

「これで俺は晴れて、魔法剣士を名乗れるぜ!」

「最初はどうなる事かと思ったけど、無事に剣士の職業ジョブを得られて良かった」


 剣士の職業ジョブを履行する為には、片手剣以上の剣を扱えることが条件であり、シエルは腕力の関係でそれが適わなかった。魔術師の双子にも劣るというのは、かなり気まずい。


「シエルはもしかすると、魔術師が合ってるのかもね」

「そうだな。後衛にした方がいいかもしれない。兄貴にも力負けしてんだし」

「フィス!」


 受講中に総当たり戦で模擬試合を行ったが、シエルは全敗した。『アマゾネス』だというアグネスの一人勝ちではあったが、フォスとフィスはいい勝負をしていたし、筋は良いのかもしれない。


「俺…才能ないのかなぁ…」

「いやいや!ギルドの職業ジョブは専門職で極めた方が需要はあるよ!大丈夫だよ!」

「オレ達はわざわざ前衛職雇うの資金繰り的に辛いからっていう貧乏性で修めただけだし。気にする必要ねぇって。ホント、マジで」

「だぁども、魔術師より弱いっで、まずいんでねぇがな?」


 アグネスが小首を傾げながらシエルに言葉の鞭を打つ。このままでは、クリミネルの足手まといにしかならない。と、ハッキリさせられてしまったようで、シエルは肩を落としながら帰路につく。まるでその気持ちを表しているかのような、厚い雲がかかった夕焼けが、空しさを助長させていた。



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