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第一試験

 壇上の上には、憧れの勇者が参加者の視線を一身に受けていた。中には感極まって、涙を流す者もいた。シエルも体の震えが止まらなかった。


 魔王は人類を滅ぼし、魔族だけの世界を作ろうとしている敵で、圧倒的な魔力と勢力でジワジワと世界を侵略している、絶対的な悪。それに叶うものなどいないと半ば諦め、ただ今の生活を維持することに勤め、圧倒的不利な人間の特技をより集めて作られた組織がギルド。勇者という職業ジョブが設置されてから、何人かの合格者が居はしたものの、気付けば音沙汰もなく消えていた。ギルドへ報告に戻らないという事は、『死』を意味する。


 シエル・クリミネルは、そんな勇者の中で別格だった。訪れた街や村で、そこの誰もが受けられないような超高難易度のクエストも、依頼をされれば片づけてしまう。魔王の軍勢がやってきて、小さな村を蹂躙しようとすれば、颯爽と現れて仲間たちと浄化してしまう。そして、数年単位でその周辺には魔物が現れない。


 そんな武勇伝を持つ勇者が、5年前に魔王城に乗り込み、大打撃を与えて帰って来たという。尊い一人の仲間の命と引き換えに。それから、しばらく音沙汰がなくなり、他の勇者たちと同じ道を辿ったのだろうと思われている頃だった。その勇者が、今、ここにいる。感慨に耽っている冒険者たちの中から、大きな怒号が飛び出した。


「こんなの不正だ!勇者のいるパーティが有利に決まってるじゃねぇか!!」

「そうだ!ずるいぞ!」


 その罵声は段々と増えていき、会場がざわつき始めた。壇上に立っていたリルルが制止を促すが、逆に怒号を浴びせられる。公平性を必要とする試験に、なんという不正だ!と。リルルが酷く狼狽えていると、クリミネルは左を掲げて会場の全員が静まるのを待ち、落ち着いた所で話し始めた。


「皆さんのおっしゃることは、ごもっともです。僕の装備は、国が総力を挙げ、魔王に立ち向かえるように生成されたモノばかり。そうなれば、試験に出てくる魔物には、ほぼ無敵でしょう。ですから、僕は決めています。このギルドで『配給される初期装備のみ』で試験を受けます。そして、皆さんが付けている識別標識のイヤリング・ピアス。これは魔力や能力を底上げする力がある訳ですが、それもつけません。そうすれば、ほぼ技術面のみでの受験になりますよね?いかがでしょうか」


 シエルはハロスの肩を叩いて、今、自分の中に溢れ出た疑問を口にした。ハロスが首を傾げながらシエルの疑問を聞いて、勇者の登場に驚いたばかりだというのに、また驚くことになる。


ー識別標識が魔力・能力を底上げする力があるー


「それ。本当?」

「それはギルド入る際の初心者説明会で聞いてるはずなんだな!なんで知らないんだな!?」

「あ…そうか、ごめん。寝てて聞いてなかったかも」

「キキキ…キミは将来、大物になりそうなんだな」


 呆れたと言わんばかりの蔑みの視線が心に躊躇なく刺さったが、これが現実なのだ。このギルドや世間では、無知は罪。嘲笑の的にすらなりかねない。家を爆破したあの男もそうだった。『印無しの無職ニートが何を言っている』と。意見することすら、ままならない。落ち込んでいるシエルを元に、リルルの高い声が耳に届いた。


「さぁ~!皆さん!勇者に必要なのはぁ~?」


 魔導拡声器を参加者側に向け、言葉を促す。すると、シエルの周りの冒険者たちは声を合わせて一斉に叫んだ。


「戦闘技術!リーダーシップ!もひとつオマケに最強の運!」

「ありがとうございました~!ではでは、最初の戦闘技術から参りましょうね~!」


 シエルの鼓膜は冒険者たちの声に激しく揺さぶられ、酷い耳鳴りに襲われた。人間ってこんなに大きい声が出せるのか。そう言わんばかりの声が会場を沸かす。ギルドの職員と思わしきエルフが、壇上にホワイトボードを運んできて、リルルの後ろに設置した。リルルは渡された魔法ペンを自在に動かし、文字を書く。


「では~。まず、最初に編成されたパーティで『スライム4体、ベアウルフ4体』スライムの核とベアウルフの尻尾がカウントになります~!ぷらす!『採集クエストにマンドラゴラを1体』おねがいしま~す!時間は今日の日付が変わるまでで~す!」


採集クエストまで追加するとは、ギルド長も抜け目がないな…等と思い耽っていると、事態を把握した幾つかのパーティが走り出した。


「ぼぼぼ…僕たちも急ぐんだな!」

「なんでだぁ?別にスライムもベアウルフもその辺にいるだろ。リルルちゃんも悪だよな。魔物掃討に勇者試験使うんだぜ?悪い女は嫌いじゃない」

「ききき…筋肉バカは置いて、さっさとあいつを壇上から引きずり下ろすんだな!」

「待って。落ち着いて。ハロスは何でそんなに焦ってるの?」


 シエルはハロスを宥めようとするが、ハロスの焦りは消えない。


「いいい…いいんだな?マンドラゴラは年に一回しか花を咲かさないんだな。たたた…例え十輪の花が咲いても、実がなるのは一体なんだな」

「それがなんだってんだぁ?見つけりゃいいだけだろ。耳栓買ってかねぇとな…」

「こここ…この試験の問題は、モモモ…モンスターを掃討するように見せかけて、一体しかないマンドラゴラの奪い合いが主なんなんだな!つつつ…つまり…」

「どんなに頑張っても、1パーティしか合格出来ないって事?」

「シシシ…シエル君は話が早いんだな」


 ダリスもようやく話が分かったようで、街の外へと向かう冒険者たちを掻き分けて、クリミネルに怒号を浴びせ始めた。さっさと準備をしろ。降りてこい。その叫びがまるまる聞こえて、クリミネルは困ったように両肩を軽く上げて、困り顔をして見せていた。








 ほとんどのパーティが街の外に出払った頃、シエルたちは街の大通りを歩いていた。クリミネルの支度を待っていたら、まさかの最下位スタートである。


「これで試験に落ちたら、お前をぶん殴ってやるからな」

「あっはっは。怖いっすね~。気を付けないと」


 全く悪びれの無い勇者…今は傭兵だが、クリミネルはどこ吹く風と言わんばかりに、ケラケラと笑って見せる。これが、先程まで壇上に立っていた勇者の真の姿なのか。


「それより街は凄いっすね。お祭り騒ぎっすよ」


 確かに大通りの脇には露店と屋台が犇めき合い、人々も思い思いに店を見て回っている。まるで収穫祭でも行われているのではないか。そう思わせるような賑わいだ。


「他の街も、こんな風に楽しそうなら、よかったんすけど」

「他は違うの?」

「魔王軍との前線の街は荒れてるっすね。いつ、何時、死霊魔術師がやってくるか分からないっすから」

「死霊魔術師ってそんなに来るものなの?」


 シエルはクリミネルにピッタリと寄り添い、話す事々に質問を投げかける。クリミネルは嫌な顔をせずに、丁寧に答えてくれた。


「魔王軍自体は、重要な任に就いている魔物以外はさほど強くはないっす。ただ、死霊魔術師の力は侮れない。あいつらは、生きた人間を積極的に襲ってくるっす」

「何で?死体だったら、生きてる人間を操るより全然楽でしょ?」

「『生きてる人間』に意味があるっす。ギルドの中枢の人間だったら、意識を残したまま操って偵察隊としても使える。そうしたら、魔王討伐の情報を外部に漏らされてしまうっすよね」

「そっか…生きてる人間でいつも通りに接してたら、疑いもなくいつも通りの生活送っちゃう」

「そして怖いのが『感染』。死霊魔術師の傀儡になった人間が接触することで、体内で増幅された呪術が展開されて、触れられた人間も死霊魔術師の傀儡になってしまう」

「死んでも死ねない不死兵に、徐々に変わっていく…そう考えたら、街に紛れ込むとそれだけで大変な事だったね」

「もぉぉぉぉ!ふふふ…二人とも早くしてほしいんだな!」


 先を行くダリスとハロスは振り返り、話に夢中な二人を急かす様に騒ぎ、ハリスに至っては地団駄を踏んでいた。


「大丈夫っすよ。勇者には余裕が肝心っす」

「現役勇者が言うと重みがあんなぁ」

「ききき…筋肉バカは騙せても、ボクは騙されないんだな!」

「どっちが騙してるのかって話っすよ?」

「だだだ…誰がトンチをしろなんて言ったんだな!」

「はいはい。じゃあ、行くっすよ。スライムは魔法で一網打尽。ベルウルフは僕とダリスで尻尾を跳ね飛ばすっす」


 一歩外に出れば魔物犇めくフィールドが待ち構えている。初めて街の外へ出るシエルは、緊張でどうにかなりそうだった。


「あの…俺は…」

「シエルは後ろで待機」

「あ…はい」


 勇者…現在は装備も何もかもがペラペラの傭兵の言葉に逆らえず、ただ、三人の後ろについて歩くシエルだった。

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