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驚きの朝

 ギルドの朝は早く、東から日が差して太陽が姿を現しきる前に所内は慌ただしく動き出す。シエルも起きるよう肩を揺すられて、眠気の残る瞼を擦りながらいつもの言葉を口にした。


「モナカ…まだ早すぎるよ…」

「モナカって…彼女のことっすか?」


 いつもと違う男の声にシエルの眠気は飛んだ。


「えっ!あっ!……ここ、ギルドだった」


 雪のような白銀の前髪を後ろに撫でつけてオールバックにしていて、鋭く細い紫色の目が印象的な男。クリミネルがベッドの下段から顔を覗かせてニタニタと笑っていた。


「寝てる間は無防備っすから、『リードメモリ』で見ちゃってもよかったんすけど」

「やめて下さい。本当にやめて下さい」

「さぁ、朝食の配給も来たっすよ。大きいのが欲しいなら早い者勝ち」


 バスケットいっぱいにパンと干し肉。そして、少しのリンゴが添えられていた。昨日聞いた話だと、パンと干し肉だけだったはずだ。


「もしかして、いつもそうやって…」

「人聞きの悪い事言わないで欲しいっすよ。今日は勇者試験当日。お祭りみたいなものだから、特別メニューっすよ」


 大ぶりのリンゴをひとつ、息を吐きかけて服で磨き、シエルに渡した。礼を言って手に持つが、シエルは首を傾げてしまう。


「どうしたんすか?」

「いや、いつもメイドが切ってくれてたから…どうしたものかと…」

「メイド!?」


 しまったと思い口を手で覆い隠すが、一度出てしまった言葉は戻らない。クリミネルは自分の寝床に降りてこいという仕草を手で行い、シエルはまだ眠っている二人を起こさないよう、ゆっくりと音を立てないように降りた。クリミネルが小さなナイフを取り出し、リンゴを剥き始める。


「メイドが居たってことは、あれっすかね。どっかの坊ちゃんが家出…で、勇者試験を受けに来たって事っすかね」

「家出…ていうより、一家離散…で行くと来なくて最後の選択肢…が正しいかな」

「それならいいっすよ。勇者試験は生半可な物見遊山で受けられるようなものじゃないっす」


 シャリシャリと手慣れたナイフ捌きでリンゴの皮を剥き終え、六等分にした。そのひと片をシエルに差し出す。シエルは行儀が悪いとは思いつつ、素手でそれを手に取り、口にした。


「美味しい」

「剥いただけっすけどね」


 クリミネルもひと片を口に放り込み、数回咀嚼をして飲み込んだ。


「ちゃんと噛まないと、つまるよ?」

「街の外でクエストやってたら、食う・寝る・出すは極力短くしないと」

「流石、現役傭兵のお言葉」

「だいぶ慣れたみたいっすね」

「クリミネルは敬語じゃなくても怒らないから…」

「ずっと気を張ってると疲れるっすもんね」

 

 このクリミネルという男は、確かに他の二人とは違って、安心感がある。傭兵という職業柄の人心掌握術というか、人との関係の築き方が上手いと思う。クリミネルはシエルに体を向け、小声で話を続けた。


「『リードメモリ』で見れなかったその内側、教えてもらえないっすか?」

「……いや…その」

「傭兵はある種、情報戦なんすよ。仲間がどんな事を得意として苦手なのか、それを考慮して隊列を組む。死人を出さない最善手を導き出さないとならないっす」

「それって、勇者試験に必要なの?」

「勇者はパ―ティのリーダーっすよ?仲間の事を知って、それをどういう風に生かして戦うか…そういう戦術だって試験項目に入っていてもおかしくないっす。自分なら、死ぬ確率の高い戦線で戦いたいっすか?死ぬと分かってて、モチベーション維持出来るっすか?」


 クリミネルのいう事ももっともだ。100%後衛の術師に前衛で杖を振り回して戦え、と言ってそれに従うものはいないだろうし、100%前衛に能力を割り振っている人間に、後方で扱えない弓や魔法の詠唱をしろだなんて、ただの自殺集団にしか見えないだろう。


「……誰にも、言わないでいてくれる?」

「二人にもっすか?」

「黒魔術に精通する人には、特に…」


 クリミネルは少し考えた後、分かったと頷き、シエルの言葉を待つ。シエルは、懐から紐のついた小さな布袋を取り出し、中身を出し、クリミネルに見せた。


「木製の…識別標識…」

「ドルイド…っていう職業ジョブの証だったみたいで」

「魂の再生者…本当にいたんすか」

「何か知ってるの?」

「いや…50年前に魔王によって滅ぼされた一族がいた…っていう噂だけで…」

「これは俺の母さんの手掛かりで、俺はドルイドの血が流れてるって話なんだ」


 なるほど…と、クリミネルは顎に指を添えて思案に耽り始める。太陽の光が窓に差し込む頃、眠っている二人の顔に明かりが差し、のそりのそりと起き始めた。シエルは慌ててイヤリングをしまいこみ、寝ぼけ眼の二人におはよう。と、声をかける。ダリスはまだ枕から顔を起こしきれていないが、片腕を上げて「おう」と声を上げた。ハロスものろのろと起き上がり、シエルを見て頭を抱えながら俯いた。


「…夢じゃなかったんだな…」

「どういう意味?」


 シエルが訝しげにハロスを睨みつけると、クリミネルが手を叩いて二人を本格的に起こしにかかった。


「二人とも、しっかりするっすよ!ダリスはまたその歳でおねしょしたいんすか?」

「だぁぁぁぁ!誰もしてねぇぇぇぇぇ!」


 もぞもぞとなかなか起き上がれないでいたダリスにクリミネルは容赦のない暴露を行い、強制的に起こした。彼に自分の秘密を暴露したのは間違いだったのではないか…と、シエルは今になって後悔する。


「今日は勇者試験の日っす。このパーティで受ける試験が何かは分からないっすが、戦闘になったら前衛・ダリス、中衛・僕、後衛はハロスでシエルはそのサポート。背後から来る敵に気を使ってほしいっす!」

「そそそ…そんな怪しい奴に傍にいられたら…ぼぼぼ、僕、詠唱に集中出来ないんだな!」

「シエルは白魔術が使えるから、逆に安心の布陣なんすけど…精神汚染に関する黒魔術の類は無効化出来るから大丈夫っすよね」

「ままま…任せて欲しいんだな」


 急に手のひらを返したハロスだが、それもその筈。詠唱の際には精神集中が必要不可欠。上級魔術を使うとなると余計だ。精神に異常をきたす、毒・麻痺・睡眠…特に混乱は魔術師にとって至難の部類。それが解消されるなら、これほど心強いものはない。

 シエルはクリミネルの耳元に声を極力小さくして呟く。


「俺、詠唱とか力の使い方分からないんだけど」

「薬草やポーション使うから大丈夫っすよ。白魔術師のMPは極力温存が基本っすから」

「俺…白魔術師じゃないよ!」

「そこはまぁ、一番近いので説明した方が一致団結出来るっす。こういうのは、ハッタリが肝心すよ」


 ニタニタと笑っているクリミネルにシエルは肩を落として、深いため息をついた。この男、タダ者じゃない。ペテン師だ。


「さぁて。僕はこれから一仕事あるんで、先に行くっす。あとで会場に合流するんで宜しくっす!」

「時間までには戻って来いよ!」


 バスケットから支給されたパンと干し肉、リンゴを手にしてスキップをしながら部屋を出て行ったクリミネルの背中を眺めた後、三人はバスケットに目を移す。そこには、二つのパンと干し肉、リンゴが一個あるだけだった。リンゴは先程、シエルが剥いてもらった分とクリミネルが食べていた分もあるので、バスケットの中にはパンが三つ、干し肉が三つ、リンゴが二つなければおかしいのだが…ない。


「あああ…あのペテン師!また僕の分取ってったぁぁぁ!」

「えっと…俺の…半分いる?」

「ししし…シエル君は優しいんだなぁ…」


 そんなやり取りをしながら朝食を済ませ、試験会場となるギルドの建物の裏側にある中庭に出た。そこは、白いレンガで積まれた壁が、中心部に設置されている噴水に光を反射させて、幻想的な雰囲気が醸し出されていた。辺りには薔薇やダリアなどの花が咲き乱れ、綺麗に整備されている。既に試験を受ける者たちが、部屋割りで降られたパーティ毎に固まって意見交換を行っている。シエルたち三人は迷子にならないようにと身を寄せ合っていたが、ダリスの身長が他の冒険者たちより一つ抜き出ていたおかげで、少し離れてしまっても、すぐに見つけられるので助かった。


 少しすると、魔導拡声器を持ったギルド長のリルルが壇上に立つと、騒めいていた周りがシン…と静まり返った。


「皆さん!おはようございますぅ~。昨日はよく眠れましたかぁ~?」


 間延びした声が眠気を誘うが、これから一年に一度の試験が始まる緊張感が勝り、全員リルルに釘づけだ。一言も聞き漏らさないよう、耳を澄ましている。シエルは辺りを見回して、今回の受験者をチラリと見たのだが、ヒューマと呼ばれる人種だけではなく、耳の長いエルフに、背がひと際低いドワーフといった人種も、そこかしこに並んでいた。

 ここに集まった皆が勇者になる為、手を取り合い助け合う仲間であり、その座を奪い合うライバルなのだ。そんなことを考えているシエルの肩をハロスが激しく叩いた。


「痛いな…何?」

「あああ…あああああああ」


 壇上に向かって指を向けるだけで、言葉が出てこないらしい。何が言いたいのかさっぱりだが、その向けられた指を辿って壇上を見ると、リルルの後ろに装飾の施された特殊な両刃剣を杖のように持ち、ミスリルプレートを着込んだ白銀の髪を持つ男が立っていた。後ろに撫でつけたクリミネルとは違って下ろされていて、整った鼻筋が際立っていた。きっと女性たちから彼氏にと引く手数多だろう。とても誠実そうで、飄々としたクリミネルとは大違いだ。


「それでは、勇者のシエル・クリミネルさんからお言葉を頂戴しま~すぅ!」


 ひゅっと息を飲む音がダリスとハロスからした。シエルに至っては、心臓が止まったかと思ったほどに衝撃を受けた。


 ー勇者…シエル・クリミネルー


 5年前、失敗はしたものの、あの魔王城に乗り込み、死闘を繰り広げた生き残った唯一の勇者。今もなお、仲間を募り、虎視眈々と魔王軍に立ち向かっていくその雄姿が、冒険者たちの憧れの的。


 紹介されたシエル・クリミネルは魔導拡声器を渡された。そして、その声は部屋で出会ったそれとは別の知性的なものだった。


「おはようございます。初めまして。そして、顔見知りの皆様、お久しぶりです。今回の勇者試験は、僕も参加します。僕がこのまま勇者としてあっていいのか…それを見極めたいのです。なるべく受験者の皆様にご迷惑をお掛けしないよう努めますので、よろしくお願いします」

「はぁい!では、まず勇者になるにあたっての説明をお願いしますね~」


 リルルはこれを知っていて、シエルとクリミネルを同室にしたのだろうか。まさか、憧れていた勇者が傭兵として紛れ込んでいるなんて、思いにもよらなかった。

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