一家に一匹マスコット
俺と菊は多数の痣を作り、砂浜に寝そべっていた
菊「今日は俺の12勝8敗だな!」
俺「クソッ…悔しいぜ」
何の勝ち負けかと言うと喧嘩という名の組手
単純な戦闘力のぶつかり合
菊が来てから少年漫画の様な修行を始め
少しでも例のドラゴンに勝てるように努力している
前に熊を倒した俺が負け越してるのは、俺が手加減してる訳でも菊が小賢しいトリックを使ってる訳でもなく、ただ単純に俺より速くて強いだけだ
蹴りの達人である菊は瞬発力もさることながら一撃一撃が重い
素人と違ってバランスも崩さないし確実に的を射てくる精密さ
そもそも脚力は腕力の二倍から三倍あるらしいから元々部が悪いっちゃ悪い訳で…
別に負け惜しみとかじゃねーし…!
俺「でもまぁ、そろそろイケるかもしれねーな」
菊「ん?何の話だ?」
俺「菊、俺はこの島に来てから肉を食ってねーんだよ…もう我慢出来ねー!!」
人間は何かを殺して生きている
そんな事は教科書が無くたって解る
可哀想とか気持ち悪いとかピーチクパーチク喚いたところで満たされないもんは満たされない
今、俺(極限肉食状態)と菊の最強コンビに仕留められない獲物は無し
俺「俺の中で確信と覚悟が共存した!!一狩り行くぞ菊!!」
菊「あいあいさー」
貪欲な食欲と限り無い自信を胸に、俺達は小屋にも戻ること無く、そのまま食肉確保のために密林の奥に足を踏み入れた
武器はこの身体一つ
狙うは大物
菊「完全にノリだけでここまで来ちまったけど具体的にどんな動物狙うのか決めてんのか?」
前回井上さんと付けた印を辿って奥に進んでいると30分ほど歩いたところで菊が当然の疑問を投げ掛ける
俺「食えそうなの」
もう肉のことしか考えられない俺に作戦や計画なんてもんは無い
大雑把に返すと菊に呆れた様に笑われた
菊「カッカッカッ、どんだけ食いしん坊ばんざいだよ(笑)」
何を言われようとも1ヶ月近く肉を入れてない俺の胃袋は肉に恋い焦がれてる
遠距離恋愛の様に会いたい気持ちが押されられない
その時だった
俺菊「!?」
ガザガサと葉が揺れる音が遠くから聞こえた
そしてその音は段々と大きくなり、ついには揺れる草場が視認出来るほど近付いてきた
菊「何か来たぞ!」
俺「でもそんなに大きくないな」
草の揺れ具合からせいぜい中型犬くらいの大きさだと俺達は推測する
しかし大きさはどうあれ食えればこの際何だっていい
菊「兎とかじゃないか?」
俺「兎の肉は鶏肉みたいで美味いらしいぞ」
菊「あー、だから「羽」って数えんのか」
たまたま視た教育テレビの知識を披露してみたものの、数えかたの由来までは知ったこっちゃない
何も返せなくなった俺は軽く菊を無視しつつ草影から出てくるであろう獲物を絶対に逃がさないように身構えた
そして
「ニャーっ!!」
俺「出たっ!…ん?」
菊「んお?…おぶっ!?」
出てきたのは大きさは似てるが兎じゃなくて黒猫だった
飛び出してきた猫は勢い余って菊の顔に張り付き、そのまま菊に捕まり抱き上げられる
菊「捕まえたけど、どーする?」
俺「流石に猫は無理だわ」
どんなに食い意地が張ってても猫は食えない
俺の中の倫理が「食べちゃダメ」と言ってるし、猫を捌いて出した日にゃ井上さんにも嫌われそうだ…
「ニャニャニャニャッニャー!!」
菊の手の中で異様に暴れる猫
そんなに暴れなくても食わねーし三味線にする気もないから
まぁ野生…というか野良猫には理由なんて関係無く人に慣れてないよな
菊「引っ掻かれる前に逃がしていい?」
俺「もうなんでもいいよ」
だけど慣れてない『人間』の前に飛び出して来ちまうなんて
何をそんなに慌ててたのか…
「来ちゃう!ムートンが来ちゃうよ!!」
俺菊「っ!?」
これはまたキテレツな…
猫が人の言葉を話しやがった
それにしてもムートンってのは何だ?
「ムゴオォォオオ!!!!」
俺の疑問は聞こえてきた雄叫びと地鳴りによりすぐに解決する
菊「おー!ありゃ大物だな!」
俺「間違いねーけどありゃ…いけっか?」
雄叫びが聞こえる方に視線を向けるとそこには自動車並にデカい猪みたいな生き物が草木を薙ぎ倒しながらこっちに突進してきていた
普通の猪と違って牙だけじゃなく角も生えてるが、そんな微妙なデティールの話はこの際どうでもいい
菊「あれなら食えそうだな!」
俺「俺の良心も痛まないし」
食うことが決まった俺達の行動は早かった
菊が打ち合わせも無く(そんな時間も無いけど)近くの木に登った瞬間、やりたいことはだいたい解った
菊「お前は力溜めとけよー」
俺「わかってるって」
俺は菊に言われると右手を垂れ下げ意識を集中させる
その間も猪は何の迷いも無く一直線に向かってくるが、俺達には動揺も焦りも無い
いよいよぶつかる5秒前
菊「せりゃっ!!!!」
「ブゴッ!!!?」
菊はタイミングを合わせて木から飛び降りると一回転して猪の脳天に踵落としを炸裂させた
銅鐘を鳴らす様な鈍い音が響き渡り、猪はたまらず前足を折り曲げて伏せると、俺の目と鼻の先で行進を止める
菊「あと任せたー」
俺「おうよ!」
菊が猪から軽快に降りるのを確認すると、俺は脱力させた右腕に一気に力を込めた
俺「ダラァアッ!!!!!」
「プギャゴッ…!!!!?」
猪の眉間に突き刺さる拳
大砲を撃った様な音が密林に響き、猪は泡を噴いて倒れた
ピクピクと手足を動かしてるところを見るとまだ死んじゃいないと思うが、暫く起き上がる様子もない
菊「やったな!」
いつの間にか猫を頭に乗っけてる菊がガッツポーズを決める
俺「肉ゲットー!!」
苦節1ヶ月
ようやく肉にありつける
長かった…
だけどあとは止めを刺して持って行ける分だけ持って帰ればミッションコンプリート
「プギー…プギー…」
俺が感動で泣きそうになっていると、それこそ猫と変わらないサイズのウリ坊が音も無く出てきて親の隣で悲し気に鳴き始めた
そん…そんなの
ズルくね…?
俺はその光景をしばらく立ち尽くして見ていた
そして果てしない葛藤のすえ、俺の中の裁判長はたった一言『罪』と言い放つ
菊「決まった?」
菊は呑気に猫の肉球を弄びながら訊いてくる
俺「敗訴…!」
菊「ん?あー、そういう感じか、なるほど」
力無く膝を落とす俺の動きにビックリしたのか、ウリ坊は一瞬小刻みに震えるとすぐに親と俺の間に割って入った
俺はもうそんな健気なウリ坊の頭を優しく撫でることしか出来ない
俺「大丈夫だ、もう食えねー」
「プギー…?」
立ち上がり、上を向く俺
こうでもしないと涙が溢れそうだった
俺「菊…今日はもう帰ろう」
菊「あいあいさー」
「君達は馬鹿だニャー、弱肉強食のこの島であんなに良い獲物を手放すニャんて」
結果的に助ける形になった猫に馬鹿呼ばわり
傷心の俺をこれ以上追い込まないてくれ…
菊「でも優しい馬鹿だろ?」
「優しい馬鹿だニャ」
俺「それはフォローのつもりか…?」
結局馬鹿だし
「何はともあれ命を救われた身、何か恩返ししますニャ!」
菊「はっ…!」
菊が何か閃いた様な声を上げるが、正直嫌な予感しかしない
菊「これが本当の『猫の恩…
俺「それ以上はダメだ」
危うく訴訟問題になりかけたが、何とか回避して俺達は帰路につく
猫は移動中、常に菊の頭に乗っかっていて少し羨ましく思っていたら「チクチクして痛そう」と、頼む前に断られた
腑に落ちない気持ちで一杯になりながら小屋に帰ると…まぁ案の定の反応が
俺菊「ただいまー」
美咲「おかえりなさ…その可愛い猫ちゃんどうしたんですか!?」
帰るなり井上さんは瞳を輝かせながら菊に詰め寄る
菊「途中で助けた」
美咲「私にも抱かせてください!!」
「えー、ここがいいニャー」
美咲「そんなー…」
井上さんの中では猫は喋る動物なのだろうか…
まったくツッコもうとしない
真希「え…今その猫喋んなかったか?」
そう、これが普通の反応だ
俺は常識の有る幼馴染みに全力で安堵する
美咲「真希ちゃん、猫ちゃんは喋っても喋らなくても可愛いんです、それで充分です」
井上さんの言動がここまで理解出来ないのは初めてかもしれない
完全に俺の知らない何処かへ行ってらっしゃる
真希「んー…そうなのか?そう…かもしれないな」
しまった…幼馴染みが徐々にメルヘンワールドに染められてる
いや、これは井上さんのせいじゃない
そもそも最終目標にドラゴンを置いてる時点でおかしい話なんだ(今さら)
無事に脱出出来たらそこら辺も踏まえてじっくりアフターケアしてやらねば…!
美咲「猫ちゃん、お名前はなんて言うんですか?」
そう言えば聞いてなかった
「我輩は猫ですニャ、名前はまだ無いですニャ」
菊「お前、それ言いたいだけだろ?」
美咲「じゃあ天ちゃんです!」
展開が早すぎてツッコミが追い付かない
勝手に命名してるし…
菊「その心は?」
美咲「この子は天からの授かり物です、だから天ちゃん!」
理由が神秘的過ぎるが、誰も反対せず
なおかつ当の本人も「なんでもいい」などと適当に話題を切り上げたので猫の名前は『天』に決まった
俺「つーか恩返しするとか言ってたけど、具体的に何するつもりなんだ?」
猫に出来る事なんて限られてる
期待はしてないし、そもそもしなくてもいい
天「そうですニャー…じゃあとりあえず姿を変えるニャ」
俺「?」
訳も分からず疑問符を頭に浮かべ天を見守っていると菊の頭に乗ったまま三回回ってニャーと鳴く
すると風船を割った様な音が弾け、天が薄い靄に包まれた
《途中》