言い訳ばかりの男達
地球に生きる生物の殆んどは生まれたままの姿で生活している
猿も犬も猫も馬も鳥も
ペットとして服を着せられている動物も居るが、そんなものは論外
今回に限っては下らない屁理屈の範疇でしかない
今朝、島に流れ着いた俺の大親友、菊川 優悟は言った
「せっかく無人島に居るんだから風呂覗こうぜ!」と
俺にはそれが悪魔の囁きにしか聞こえなかった
赤く熟す禁断の果実の前で悪魔が「獲っちまえ、食っちまえ」と言っているようにしか聞こえなかった
嫁入り前の娘さん
その柔肌をこの目に拝もうなんざ悪逆非道、下衆の極み
もちろん俺は抗った
「やっちゃいけないことだ」「バレたら大変な事になる」「後先を考えろ」
そんなみすぼらしい建前を並べてたら菊に胸倉を掴まれて言われたんだ…
菊「俺が知りたいのはお前が『見たい』のか『見たくない』のかだけだ!そしてもし『見たい』なら…後悔なら後でゆっくり二人でしようじゃねーか」
俺の心はその台詞に完全に奪われちまった
俺「俺…見たいっす……『覗き』が…したいです…!!」
どこぞのバスケットマンの様に泣き崩れながら俺は最低のパロディを見せつける
俺が菊に説得されるまで、僅か5分の出来事だった
万が一にも聞かれたらまずい作戦会議をするため、俺達は誰も来ないであろう森の奥に場所を移した
菊「そんで、いつも使ってるって言う泉ってのはどんな条件なんだ?」
俺「デカさはだいたい25mプールくらいで周りには木が生い茂ってんな」
菊「それだったら隠れるところたくさん有りそうだな」
俺「まぁそうだな」
雲らなければ月明かりだけで充分夜も明るい無人島
今のところ雲ひとつ無い快晴なので、このままいけば夜も問題無さそうだ
菊「ところで話変わるけどよー」
俺「おん」
菊「お前井上さんに手ぇ出してねーの?」
俺「ベハッ!?ゲホッゲホッ…」
話の変わり方が急転直下、かつ突拍子も無さすぎて俺は噎せた
俺が井上さんに手を出す?
そんなこと天地がひっくり返っても有り得ない
断言していい
荒野に咲く一輪の花を摘み取ってしまおう、なんて考えは俺には無い
俺「んな訳あるかい!!」
菊「お前が武士道バリバリの純情派鈍感男ってのは知ってるけど、最初の頃は井上さんと二人きりだった訳だろ?普通の男子高校生なら理性なんて大気圏突破するくらいどっか行っちまうと思うけど」
何気に「鈍感」とか言われて侵害だが今はそんなことどうでもいい
俺「俺の理性を勝手に打ち上げようとすんなよ…(汗)」
菊「そうだな、今理性ぶっ飛ばしたら確実に悲しむ奴居るもんな(笑)」
ニヤニヤしながら菊が言う「悲しむ奴」ってのが誰だかは知らないが、そもそもこれからも理性を飛ばす予定は無い
だから誰も悲しまない…はず
俺「俺をそこら辺に居るチャラ男と一緒にすんな」
菊「そういう考えも悪くねーけど、そんな化石みたいに古くて堅い考えじゃいつまで経っても童貞のまんまだぞ?」
おっとっとっ…
痛いところを突かれちまった
これには流石の俺もカチンとくる
俺「言っちゃあいけないことを言っちまったなー…つーかそもそもお前ぇだって童貞だろうが!」
まだまだピュアな体の二人で醜い言い争いに突入すると思ってた
しかし菊は難しい顔で目を閉じると俺に掌を突き付ける
菊「止めよう恭介、10分後には二人とも精神的に立ち直れなくなってる未来が見える…こんな虚しい争いは無ぇ」
俺「………だな」
菊の賢明な判断で、最終的に少し落ち込む形になった作戦会議は終了した
後は二人にバレない様に夜まで普段通り過ごすだけ
いつも通り魚を獲って、日課の穴掘りと日用品の調達をまだ日が沈む前に終わらせた俺達は小屋の中で柄にもなく自分達の恋愛観を話し合っていた
俺「菊はたまにナンパとかしてるけどよ、俺はそういうのはあんま男らしくないと思うんだよ」
菊「出逢いに男らしさなんて求めちゃいけねーよ、どうせ俺達ゃ卒業したら女っ気の無いところに勤めんだからよー、ナンパが一番現実的だろ」
たしかに、俺達には学が無い
卒業したらどこか体を動かす職場に就くだろう
菊「見合いか?見合いでもすんのか!?「ご趣味は?」とか訊く柄じゃねーだろ!どこのお坊ちゃんだお前ぇは!」
真希「………」クスクス
そうだ、そんなの柄じゃない
自分でも想像がつかない
そしてそんな俺を想像して真希はクスクス笑ってるし…
どうせなら大声で豪快に笑ってくれた方がまだ気が楽だわ…!
菊「それも嫌だってんならお前の理想の出逢い方ってもんを語ってみろ!綺麗事だけじゃ男と女を語れないってことを思いしれ馬鹿タレ!」
俺「………」
そんな風に言われると俺も困る
明確なビジョンなんて考えた事はない
今即効でイメージを頭の中で固めてると俺の答えを待たずして菊は続ける
菊「まぁ、恭介がフラグを建てる現場は俺が一番近くで見てんだけどな」
俺「フラグって何だ?俺がいつ旗立てたって言うんだ?」
旗を立てるって…そんなピンポイントな記憶は俺の中に無い
菊「………」
美咲「………」
菊はどこかに視線を泳がせるとすぐにベタついた目を俺に向けた
ついでに井上さんにも同じように睨まれるが、心当りがございません
何故か完全にアウェーになってて、正直傷付くから止めていただきたい…(汗)
菊「恭介…お前はもう一生童貞だ」
俺「ちょ、何で急に重た過ぎる死刑宣告されてんだよ俺!?」
勘弁してほしい…
魔法使いになるのは御免だ
俺はそんなに悪い事してんのか…?
美咲「どーてーって何ですか?」
真希「え…!?」
俺菊「………(汗)」
井上さんは不思議そうな顔で真希に訊ねた。
俺達は井上さんの純粋さを完全に失念していた
小屋の中にはまるで家族で洋画を見ていたらいきなりラブシーンに突入したかの様な気まずい空気が流れる
真希「え、あ…それは」
真希も明ら様に動揺してる
完全にとばっちりで申し訳ないが俺達は「教えるな」「上手く誤魔化せ」という念を込めた視線を送った
真希「ま、まぁそんなことどうでもいいじゃねーか…そうだ!風呂でも行こうぜ…!」
美咲「???」
半ば強引に井上さんの手を引く真希に感謝しつつ、俺達は静かになった小屋で一息つく
菊「ありゃ地雷と同じだな…」
俺「ああ、だから不用意に踏み荒そうとすんなよ…?」
菊「…心得た」
二人で井上さんに『取扱注意』のラベルを張り直す
菊「まぁ何はともあれ真希も何も疑わず行っちまったな!」
俺「菊は元気だねー」
菊「んなこと言いつつお前もやる気満々だろ?」
俺「当たり前ぇよ!」
俺は惜し気も無く言う
今なら『最低』の称号を欲しいままに出来そうだ
俺達は少し時間を置き、忍者顔負けの忍び足で禁断の花園に向かった
………
何事も無く、泉を囲む草木の一画に身を潜める事に成功した俺達
既に飛沫が跳ねる音も二人の声も間近に聞こえるほど接近していた
魅惑の扉には手が届いた
後はそのノブを引くだけ
二人で鼻の下を伸ばし、邪魔な葉や枝を掻き分けようとしたその時
水面が大きく揺れる音がして俺達は一瞬で凍り付いたかのごとく手を止めた
美咲「や、ちょっとダメだよ真希ちゃん!」
真希「すまんすまん、相変わらずデカいから何が詰まってんのか確かめたくなって」
美咲「そんな変わった物は入ってないよー」
菊『夢と希望だな…!!』
俺は鼻を抑える菊の隣で深く頷いた
真希「何食ったらそんな大きくなるんだ?」
美咲「そんな大きくないってばー」
いや、大きい
俺の見立てだとEはくだらない
美咲「でも牛乳は毎朝のんでましたよ?」
真希「ここが無人島じゃなかったら明日から飲んでるとこなのに…」
菊『俺もだ…!!』
俺『何でお前がバストアップしようとしてんだよ…(汗)』
欲に駆られて腐った頭でも親友の奇行にツッコミを入れる余裕はある
そこら辺は最後まで守りたい知性だ
真希「そう言えば慌てて出て来ちまったから忘れてたけどアイツらに念押してなかったな…」
美咲「?」
真希「男ってのは徒党を組めばいくらでも付け上がる生き物だからな、覗きに来るかもしれねぇぞ…」
「………(汗)」×2
流石に付き合いの長い真希
妙に鋭くて俺達は額から嫌な汗を滲ませた
覗きに来てるのに逆に俺達の心が丸裸ってか
…いやいや、全然笑えねぇよ(汗)
美咲「もう真希ちゃん、そんなことある訳ないじゃないですかー」
すいません、そんなことあったんです
面目無い…
真希「言い切るなー、何だよその自信は?」
美咲「だって佐藤くんはそんなことする人じゃないですし、その親友の菊さんもきっと良い人です!」
井上さんの濁りの無い真っ直ぐな言葉で胸が締め付けられる様な痛みに襲われた
隣を見れば菊も同じ様子
菊『俺は神様なんて信じちゃいねーが、井上さんが聖母か女神だって言うなら信じる他ねーよ…!』
無宗教の菊が真っ二つに割れた十字架のネックレスを光らせ、情けない顔で言う
俺も同じ想いだし、きっと似たような表情だろう
俺『ダメだ菊…俺にはやっぱり出来ねえ』
菊『ビビったか?』
俺『ああ、ビビったね』
繕わず、本心を語る。
綺麗過ぎて鏡の様に反射する井上さんに、俺達の醜い心が浮き彫りにされるのは堪らなく怖かった
菊『お、おい、本当に行っちまうのか!?』
一人になるのが怖いのか、菊は小屋に戻ろうとする俺の裾を掴んで引き止めた
菊『頼む、一人にしないでくれ!耐えられねぇ!』
決して裾を放そうとしない菊の顔は必死で、そこまでするならお前も止めればいいだろ…と思う
俺『ええい放せ!俺には見れねー!!』
菊「あ…っ!?」
菊が引っ張っていた俺の袖が千切れ、その反動でバランスを崩した菊は隠れていた草葉も越え、そのまま泉に飛び込んだ
菊「ガバゴボゲベッ…!…プハァ!」
一瞬溺れかけた菊が体勢を立て直したのも束の間
真希「何してんだコラッ!!!!」
菊「ヘギッ!?」
鬼の様な形相の真希に捕まり有無も言わさずアイアンクロー
そして最初は菊も悶えていたが、みるみる弱って最終的に口から泡を吹きピクリとも動かなくなった
俺『ナンマンダブナンマンダブ…』
真希「狼は一匹じゃ行動しねえ!美咲!そこらへん覗いてみろ!」
俺「っ!?」
死んだ親友に念仏を贈ってると、さっそく俺の方にも飛び火してきた
そして…
美咲「……………」
俺「…………(汗)」
真希に言われた通り、様子を見に来た井上さんが草むらからひょっこり顔を出し…
おもいっきり目が合ってしまった
美咲「…………////」
俺「…ぁ……ぁ…」
極度の焦りと緊張で言葉にならない息を漏らす俺を、井上さんは困った顔で頬を朱に染めながら見詰める
真希「居たか!?」
真希の声に驚いて二人ともその場で体を跳ねさせた
返事をしない井上さんを不振に思い、真希がゆっくりとこっちへ近付く
確実に訪れる地獄へのカウントダウンに俺はもう祈ることしか出来ない
しかし、目を閉じ手を組んでみたものの、自分でもこの祈りを誰に捧げてるのかは解らない
美咲「だ、誰もいませんよ…!」
行先不明の祈りがどこかに届いたのか
はたまた井上さんの気紛れか
聞こえたのは俺を助けようとしてくれる言葉だった
声を裏返してまで放ったその言葉にどんな真意があるか不明だが、このチャンスを逃す手はない
真希「そうか、ネズミは一匹だったか」
美咲「そ、そうみたいですね」
早くも狼からネズミに降格してるのを気にしつつ俺は一目散に小屋へと逃げ帰った
死にもの狂いで何度も転びつつ服を泥だらけにしながら小屋に辿り着くと、すぐにハンモックに飛び乗り寝たフリをかます
このまま寝れたらどれだけ楽だっただろうか…
しかし収まらない動悸がそれを許してくれない
時間にして十数分後、真希達が菊を引きずりながら帰ってきた
真希「おい恭介!この馬鹿ちゃんと見張っとけよ!!」
開口一番真希が荒々しく言うと菊を俺の近くに放り投げ危うく悲鳴を上げそうになるが、俺は頑なに寝たフリを続ける
俺「グガー…グゴー…」
真希「んだよ、寝てんのか」
どうにか狸寝入りがバレずに済んで真希も小言を言いつつ俺から意識を逸らした
今日はもうこのまま寝ちまえばまたいつもと変わらない朝が俺を迎えてくれるはず…
美咲「………」
だが現実はそう甘くない
目を閉じていても誰だか分かる小鹿の様な足音が俺に近付き、吐息が顔にかかる距離まで接近する
正直今日の井上さんが何を考えてるのか1つも解らない
今目の前で怒っているのか悲しんでいるのかどんな表情なのか、何1つも
美咲『えっちなのは…ダメですよ』
井上さんは珍しく何か含ませた声で囁いた
思春期男子としてはその囁き自体が『えっち』だと思うが、俺はとりあえず無心の心で返事代わりの寝息を返す
俺「グー……グゴッ!?」
井上さんなりの小さな罰なのか
鼻を摘まれ俺は息を詰まらせた
真希「どうした?」
美咲「本当に寝てるのか確かめてました」
真希「そうか」
羽虫も動じないほどの小さな罰で事なきを得た俺は、安堵からそのまま本物の眠気に襲われる
犠牲者一名
親友の屍を乗り越え
今日も俺は安らかな眠りに落ちた
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〈翌日〉
菊はまだまだ続く罰として砂浜に首まで埋められ一日過ごしていた
俺はその隣に座り海を眺めている
菊「なぁ恭介、俺はもう考えるのを止めてー気分だ」
俺「………」
菊「ん?」
俺は大小様々な小石をかき集め砂浜に敷き詰めると、その上に正座して最後に30kgくらいある岩を膝の上に乗せた
俺の被害は確かに最小限だった
だけど反省せずにはいられない
それに…
俺「菊のその苦しみ、一人で抱えさせる訳にはいかねーよ!!」
菊「マジか…俺が動けたら確実に抱き締めてたぜ…!!」
首だけの男と自発的拷問プレイ中の男は今日も今日とて友情を深めていくのであった
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