これしかできない
※回想中は語部がなくなります、御了承ください
【約一年前】
二月の頭
まだまだ肌に刺さる様な凍てつく寒さの夜
二人は公園のベンチに座っていた
恭介「ココアでよかったか?」
真希「おう、サンキュー」
恭介「お前のために懐で温めといたぞ」
真希「お前はヒデヨシかよ、つーか温めたのもお前じゃなくて自販機だろうが」
良心的な価格で手軽に暖をとれるホットドリンクを受け取りながら恭介の小さなボケにもツッコミを入れる
恭介「じゃあこっちにするか?」
真希「ひゃうっ!?冷たっ!」
恭介はポケットから取り出したもう一本の自分用の冷たいココアを真希の頬に押し付け驚かせると満足そうに笑った
いつもならここでからかわれた真希が恭介の頭を小突くのが二人のお決まりのパターンだが、この日はいつまで待っても真希の拳は飛んでこない
代わりに切なく笑ってココアを握り締めるだけ
恭介「やっぱお前今日変だぞ、朝から元気無ぇじゃねーか」
真希「…何でもない…気のせいだ」
恭介「俺に嘘つけると思ってんのか?お前がおかしいことぐらい一発で解るんだよ!」
二人の付き合いは長い
最初の出会いは幼稚園、それから小中高校と今に至るまで一緒で家も近所
もはや家族も同然
まぁ、それでも気付けない事など多々あるが…
恭介「アイツらの前じゃ言わなかったけどな…何かあったのか?」
「アイツら」とは学校のクラスメイトや公園に来るまでに遊んでいた他の友人の事である
恭介なりに一応気を遣って二人きりになるのを待っていたらしい
真希「やっぱ…バレてたか」
恭介「当たり前だろうが、どんだけ一緒に居ると思ってんだよ?」
真希「実はよ…やりたい事も見つけたし、ボチボチ『陀流来』を抜けようと思ってんだよ…」
『陀流来』とは真希が所属しているレディスチームの名である
もちろん恭介とはあまり関係無いが、彼は「止めちまえばいいじゃん」とは軽く言えなかった
情に熱く、面倒見のいい彼女
そんな彼女が仲間に嘘をつける訳がない
ましてや裏切るようなマネも出来ない
真希「でも…アイツらとも一緒に居たいし…やりたい事も全力でやりたいし…もうどうしていいか分かんねーよ…」
陀流来の鉄の掟として「メンバーは学生の間は脱退を許可しない」というものが有り、その掟を破る場合はケジメ…あるいは落とし前をつけないといけない
平たく言えば袋叩きでボコボコにされるのだが…彼女にとってそれは全く気にならなかった
彼女が恐いのは、不器用なだけで憎めないやつらを傷付けてしまう事にあった
俯き、まだ開けてない缶が凹むほど強く握る真希
恭介「今日もこのあと集会あんのか?」
俯いたまま一度だけ頷く
恭介「でも今日はこのまま帰れ」
真希「でも…仮にも総長やってんだ…そんなこ…と」
恭介は真希の頭に優しく手を置いた
恭介「そんな複雑な気持ちで会っても楽しくねーだろ、今日は適当に言い訳して家でゆっくり休んでちゃんと気持ちの整理しとけ」
真希「………わかった」
恭介「じゃあ今日はお開きっつーことで、帰るか」
二人はそこに在るはずの月を雲越しに見上げ、立ち上がる
公園からたった数百メートルの距離を並んで歩き
今夜の天気のこととか
暖かくして寝ろとか
ちゃんと歯を磨けとか
最後には彼女の家の前で「ドリフかっ」とツッコまれた
恭介「カッカッ!良いツッコミだな!」
真希「いちいちツッコませるなっつーの、じゃあな、おやすみ」
恭介「おう、また明日な!」
最後に見た彼女の顔は笑顔で
それでいいし
それがいいと恭介は思った
数件隣の自宅のアパートに帰ると欠伸をしながら自分のバイクに跨がる恭介
行先は今は使われていない町外れの倉庫
そこそこ田舎の静かな街
閑静な住宅街に恭介のバイクの音だけが響いた
………
15分もバイクを走らせれば目的の倉庫に到着した
中では既に下品だが楽しそうな笑い声が聞こえる
駐車場に停められてるバイクの数は軽く100を越えていて、それを見ただけで恭介は少し項垂れるが、ドアを開ける彼の手に迷いは無かった
恭介「ばんわー」
中に居た数えるのも億劫になる人数の女性が全員針を刺す様な視線を恭介に送る
その中の一人で金髪で長髪の女が恭介の元へ歩み寄った
恭介「よっちゃん先輩、久し振りっす」
「おう恭介、久し振りじゃねーか!」
よっちゃん先輩と呼ばれた女性はマスク越しでも気さくに笑っているのがわかった
彼女は一つ上の先輩で真希を通して恭介とも何回か面識が有る
副長である彼女の態度を見た他のメンバーからピリピリとした視線は自然と消えていた
「話は聞いてるからわざわざ伝えに来なくてもよかったのに」
恭介「いや、今日はちょっとまた別件で」
「珍しいな、どうした?」
恭介「お願いします、真希をここから抜けさせてやってください」
「………」
恭介がその言葉を口にした瞬間、一度は消えた視線がまた恭介を突き刺した
先輩は一瞬で笑みを消し、何かを考える様に数秒目を閉じる
「お前、何言ってるかわかってんのか?」
恭介「もちろん」
「アイツは…真希は何て言ってんだ?」
恭介「止めたい理由も有るし止めたくない理由も有るんでめちゃくちゃ悩んでますね」
「お前が嘘をつくような奴じゃないってのはわかってる、だがルールはルール…総長が掟破ったら下の者に示しがつかねーんだよ!!」
先輩は持っていた木刀が折れるほど強く地面に叩き付けた
先輩の言うことも
それを許してしまったら筋が通らないのも恭介は理解している
しかしそれでも彼は真希が傷付く姿を見るのは嫌だった
自分が何かしたところでどうにもならないのは百も承知
承知だが、恭介にはこれくらいのことしかしてやれなかった
恭介「勘違いしないでください、これは俺が勝手にしてる事なんで」
「真希がそんくらいの事でビビって、誰かに押し付けるような奴じゃないってのはわかってる…だがな……!?」
恭介は硬いアスファルトに頭を押し付け土下座した
先輩は一瞬驚いた顔をするが「みっともねぇ…」と捨て台詞を吐き、奥へと下がっていく
「話にならねぇ…お前らやっちまえ」
その言葉で奥に控えていた他のメンバーが様々なエモノを持ち、恭介に襲い掛かった
倉庫には硬いもので肉を打つ音が生々しく響き続けた。
リンチは日付が変わるまで続き、やがて殴る方も疲れて一旦納まるが、いくら殴ったところで恭介が土下座を解く事は無かった
恭介「た…頼む…」
無数の傷や痣を作り
決して小さくない血の水溜まりを作りながらも恭介は未だ懇願する
その姿を見て全員が手からエモノを落とし、絶句した
恭介のあまりの異常さに後ずさる者も出る始末
「姐さん…もうアイツ許しちまいましょうよ…!」
下っぱの一人が恐怖に顔を歪ませて言う
それはまるでオバケや怪物を目の当たりにした様な表情だった
彼女の顔には「この場から逃げ出したい」
そう書いてあった
「埒があかねぇな…釘さん、頼んでいいすか?」
「OBの力を頼ろうとすんなよ好恵、まぁ今回は骨のある奴みたいだから大目に見てやるけどな」
釘さんと呼ばれた大きな女性は金属バットを手に恭介の前に立つ
彼女は真希の前の総長を務めた女性で、現在はその恵まれた体格を活かし女子プロレスラーとして活躍
新人ながら周りからも期待されている
伝説も数々残し、特にその怪力はバイクを片手で投げ飛ばせるほど
釘「フルスイングするから立ちな」
恭介「………」
その場にいる誰もが驚愕する発言にも恭介は何一つ文句を言わず素直に立ち上がる
恭介が立ち上がると彼女は一際大きく見える
何しろ男の恭介より頭二つ分は大きい
彼女は腕の血管が浮き出るほど力を込めてバットを振りかぶり、言う
釘「あたしが居た頃はアイツも良い根性持ってたのによぉ、今じゃ全部男にやらせる腑抜け乙女ってか?ふざけんじゃないよ!!そんな吐き気がする恋人ごっこは余所でやんな!!」
彼女は怒っていた
自分が認めた奴を目の前の男に変えられてしまったと思い
大事な大事な後輩を
大事な大事なライバルを
取られた怒りと悲しみを全てバットに注ぎ込んだ
倉庫に甲高い金属音が響き耳を塞ぐ者まで居た
しかし耳を塞がない者は、それすら忘れて目を丸くする者のみ
釘「……!?」
恭介「……おい」
恭介は金属バットが曲がるほどのフルスイングによろける事すらせず、釘さんこと釘崎頑子を睨み付けていた
コメカミ辺りから垂れ流れる血が目に入っても意に介さず、瞬きすら忘れてしまったかの様に釘崎から目を離さない
彼女は蛇に睨まれた蛙の様に動く事も出来ず、喋る事も出来ず、ただ全身から汗を流して立ち尽くしていた
唯一まだ自由が許される思考で感じたのは「今、自分は死ぬ」の一点のみである
恭介「おい!!!!」
恭介は彼女の胸倉を掴み、数時間殴られ続けた男とは思えない力で釘崎の顔を引き寄せる
恭介「謝れ」
釘「……?」
恭介「真希のこと悪く言ったのを謝れつってんだよ!!!!」
釘「す…すまん……」
既に足が震えてる釘崎はなす術なく、カラカラの口で掠れる声の謝罪を捻り出した
恭介「あ、悪ぃ…俺キレに来たんじゃなくてキレられに来たんだったわ」
大事な事を思い出した恭介が我に返り胸元の手を放すと釘崎は力無くその場にへたりこんだ
恭介「すんませんでした!」
恭介は釘崎に謝るとその勢いのまま土下座に戻る
その後は誰も言葉を口にしない静かな時間が続く
彼女達がまず考えることは今まで憧れてきた人がまるで赤子扱いだったこと
そしてすぐに、そんな化物が自分達に頭を下げてる事を不思議に思う
「あんた冷やかしかよ!…そんなみっともねぇことしてないであたしら全員ぶっ飛ばせば済むことだろ…!」
深まり過ぎた謎に行き詰まった勇気ある一人がその場に居る者ほぼ全員の代弁をする
恭介「真希が「良いやつ」って言う奴らを俺は殴りたくねえ!そもそも俺ぁ女を殴らねぇ主義だ!」
恭介は頭を下げたまま子供でも理解出来る様な単純な答えを返した
「もういい」
副長が重い腰を上げ、また恭介のもとに歩み寄る
「すんません釘さん、本当はこいつが何をしても折れねー奴だってことはわかってたんですけどね…」
釘「お…おう」
力が入らず動けない釘崎を下っぱに運ばせると副長は恭介に「立て」と命じた
「負けたよ、好きにすりゃいい」
恭介「本当すか!?ありがとうご…
「ただし、最後に一発殴らせろ」
一発くらい…
などと恭介は油断しない
副長は拳を握りエモノすら使う気は無い様子だが「これは痛い」と、恭介は殴られる前に悟っていた
何故なら副長の目には既に大粒の涙が流れていたから
想いを乗せた拳が痛くない訳がない
「あたしらから真希を奪いやがって!!」
一発
「絶対幸せにしろよ!!」
二発
「じゃなかったら殺す!!」
三発食らって恭介は殴り飛ばされ仰向けに倒れた
だが一発じゃない、などと無粋なツッコミは入れない
恭介「っーー、効いたー…」
「ちくしょう…これでもう後腐れは無ぇ、ウチらも今後真希を襲ったり嫌いになったりしねえ、つーかなれねぇ…!」
恭介「いや、まだだ!」
恭介はすぐに起き上がると両手を拡げてノーガードの姿勢を取る
恭介「『陀流来』としてじゃない、真希の友達としての想いを俺はまだ三発しか食らってねえ!そんなんじゃ俺の方が寝覚めが悪いわっ!!」
気付けば後ろに居る下っぱ達全員の顔にも涙が流れていた
恭介は「今までのは偽物だ」と言わんばかりに
「これからが本番だ」と呼び掛ける
その顔にはあれだけ殴られたのにまだ笑顔を貼り付けていた
「だとよお前ら!このドMに…あたしらから真希をかっ拐う憎いこいつに一発カマしてやれ!!」
倉庫には怒号が舞い、恭介は再び袋叩きにされる
そして全てが終わる明け方には、その怒号は完全に泣き声に変わっていた
恭介「よっちゃん先輩ヘボシっ…さっきからモベブっ…100発くらいノゲボっ…殴ってるよね…?」
「うわーん…うるせー…あたしが一番納得してないんだからもっと殴らせろバカー…!!」
恭介「若干ギャグ補整かかってきたからある意味痛いんすけど…(汗)」
「お前が痛がるならキャラ崩壊も辞さねーぞこらー…!」
恭介は単純にタフだと思いつつもいくらでも付き合う覚悟は出来ていた
真希「恭介!?」
ボロボロに泣いて性格も変わりつつある副長に恭介が苦しめられていると、倉庫のドアが急に開いて真希が現れた
大方自宅まで恭介を迎えに来た真希がバイクが無い事を怪しんで来たのだろう
真希「何やってんだよ…つーか何で皆泣いてんだ!?」
全然状況を把握出来ない真希
当たり前である
「真希!お前はもう自由の身だ…だけどこれからも大好きだからな!!」
副長は恭介を飲み終わった空き缶の様に投げ捨て真希に抱き付く
真希「??そりゃ嬉しいけどよっちゃんまでどうしたんだよ?」
「ウチらも大好きっすー!!」
「お前は最高だ真希ー!!」
「最後に一回抱かせてくれー!!」
「むしろ抱いてー!!」
真希「???」
全員が一斉に真希に抱き付こうとしたので真希を中心に冬場の猿の様な光景が出来上がった
真希の人望が成せる技に恭介はゴミの様になりながらも虫の息で笑う
そして全てをやり遂げてゆっくりと意識を落とした
釘「シマらねーな、兄ちゃん」
意識の無い恭介を釘崎は猫でもつまみ上げる様に持ち上げると真希に投げ渡した
真希「わっと?き、恭介!?」
上手く受け止めた真希は周りに事情を聞こうとするがニヤケるばかりで何も教えてはくれない
釘「お前の旦那だろ、自分で面倒見ろよ(笑)」
真希「ばっ!?そんなんじゃねーし!!////」
「何はともあれこんなにボロボロになりながらお前には指一本触れさせねーで、しかもあたしら全員納得させちまったんだ、大した男見付けたもんだな!」
釘「結婚式は呼べよ?」
終いには何故か祝福ムードになっている仲間達に真希は否定をするのも面倒になった
そんな応援の声を背に恭介に肩を貸すと、真希は近くの病院を目指して歩き出す
恭介「ん…真希か」
途中、目を覚ました恭介が半ば引きずられる状態からヨロヨロとした足取りに変わる
真希「ありがとな、何かあたしの知らない間にあたしの悩み解決してくれたみたいじゃん」
恭介「今日学校で何食わぬ顔で「おはよう」って言うまでが俺の計画だったんだけど…上手くいかねーもんだな」
真希「いや、充分上手くやったよ、少なくともあたしは嬉しい」
嬉しいのは問題が解決した事ではなく
恭介が自分のために体を張ってくれた事に対してだが
恭介がそこまで真希の気持ちを察することは出来なかった
恭介「お前せっかく抜けれたんだからもう喧嘩とかすんなよ?」
真希「ここはとりあえずわかった、って言っとくけど、理由は?」
恭介「そんなもん、将来お前が結婚した時に指輪を嵌める手が綺麗だったらもっと幸せな気持ちになるからに決まってんだろ」
真希「そうか…////」
その日から真希がこまめにハンドケアをするようになったのを恭介は知らない
もちろん洗面所に向かい時たま想像する結婚相手に誰をイメージしてるのかも
知るはずもない
……………
…………
………
……
…
【回想終了】
真希「後から聞いた話を繋げるとだいたいこんな感じだな」
真希の大雑把な説明に当時を思い返してみるが、俺に「そんなこともあったなー」以上の感想は出てこない
美咲「素敵な話ですねー」
よし!好評価!
真希「素敵な話かどうかはさておいて、アイツの良いところってのは簡単には言い表せないし、短くまとめられねーってことだな」
予想以上の過大評価に俺はドア越しに少し照れる
まぁ、悪くない気分だ
美咲「ふふふっ」
真希「なんだよ急に笑って?」
美咲「いえ、真希ちゃんは佐藤くんが大好きなんだなぁ、と思って」
真希「ば、馬鹿言ってんじゃねーよ…!そんなんじゃないっつの!?」
真希が何をそんなに取り乱してるのか俺にはよくわからなかった
しかし面白そうだし、タイミングも良さそうなので、俺はドアを勢いよく開け
俺「俺は大好きだがな!!」
美咲「あらあら(笑)」
真希「恭介!?お前どっから聞いてた!?」
俺「タコライスの辺りからだチクショー!」
忌々しいタコライスの話しはこの際全部チャラにしてもいい
何故なら充分リカバリーは出来たと思うから
俺「これからも俺達はズッ友だからな!!」
美咲「………」
真希「…うん、まぁそうなるよな」ホッ
何故か真希は安堵の表情で一息ついてるが、そこは特に気にしないでおく
重要なのは最後
最後の話が良ければトータル的に全部良かったと思えるのが人間だ
つまり終わり良ければ全て良し!
美咲「佐藤くん…ダメダメです」
俺「なんで!?(泣)」
全然良くなかった!?
俺がどうして井上さんにこんな酷評を受けたのか
どれだけ頭を捻っても俺が解る日はしばらく来ない
なんとなくそんな気がした
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