2人目
俺がこの島に来てから早くも1週間が経とうとしていた
危惧していた食料問題も見たこともない果物やえげつない色の木の実で何とかなっていたが人間っていうのは欲張りで、今有る物より良いものを求めちまう
つまりあれだ、何が言いたいかと言うと
俺「あー、肉食いてー」
俺もまだまだ育ち盛り、動物性たんぱく質を欲したいお年頃な訳だ
だが俺もそんな傲慢な男じゃない
いきなり野生の動物を獲って食うっていうのは難しい事ぐらい解ってる
そもそも捕まえたところで捌ける気がしないし生き物を殺すのにはまだまだ心の準備が整ってない
そこで今日は手始めと言っちゃなんだが魚を獲ろうと思う
実は二日目辺りからチャレンジはしてたんだけど木の枝で適当に作った銛で素人が魚を獲れるはずもなく、俺は空っぽの頭を精一杯捻った
そこで出た案が「銛がダメなら網じゃね?」と誰でも思い付く名案
俺は早速網作りに取り掛かり三日を費やし植物の蔓でだいたい3m×3mの網を作り上げた
俺「原始人もこうやって進化したのか…?」
俺は作った網を手に取り遠い昔の御先祖様に思いを馳せてみる
見てろ宇宙人、俺が進化の過程ってやつを教えてやるよ!
俺「まぁそんなことどうでもいいか。あー腹減ったー」
それにしても最近独り言が増えた気がする
寂しさから来る虚言なのか…?
人増やすとか言いながら誰も来る気配が無い
だいたい宇宙人が言ってた「少し時間が経てば」の『少し』はどのくらいのスパンの事を言ってたんだ?
もしかしたら後数年ぐらい誰も来ないんじゃないか??
そうなってくるとマジで孤独死も有り得んぞ……
どうにもならならい事を考えてる内にあっという間に砂浜に到着すると俺は自分の目を疑った
俺「ん?……お!?」
海辺に近い場所で誰かが倒れてる
俺はすぐにその人影に駆け寄った
俺「おい!大丈夫か!?」
「ん…んー……」
どうやら俺の時と同じで寝てるだけみたいだ
それにしてもどっかで見たことあるような……………っ!?
「んー…あ……おはようございます」
起きた彼女はまだ寝惚けているのか呑気な挨拶をしてきたので俺もとりあえず「おはざまーす」と返す
俺「井上さん…だよな?」
「はい…井上ですよー……」
どこかで見た、なんてレベルではなく
彼女は俺が通う学校のクラスメイトだった
誰もが憧れる学校のアイドル
井上 美咲
それが彼女の名前だ
井上さんはゆっくりと上体を起こして目を擦ると辺りを見回し最後に俺を凝視した
美咲「……え!?どこですかここは!?」
ようやく頭が覚醒したのか自分の置かれた状況がおかしい事に気付く井上さん
美咲「あれ??家で寝てたはずなんですけど…」
俺「俺のこと知ってる?」
軽くパニックになってる井上さんに声をかけるが言葉の選択を間違えた気もする
あまり井上さんと接点が無いからもしかしたら俺のことなんて知らないかもしれない
美咲「佐藤くん…ですよね?」
俺は学校のアイドルに憶えていてもらった事に心で歓喜しつつ自分達が置かれてる状況をゆっくりと説明し始めた(中略)
………
俺「てな訳なんだけど…」
美咲「なるほど…そんなことになってたんですね」
話を聞き終えた井上さんの瞳には疑いの色は一切無かった
これ以上ないほど怪しい話なのにすんなりと信じる井上さんが少し心配になってくる
そして純粋過ぎてグッとくる
俺「でも悪ぃな、俺なんかと一緒とか井上さんも不安だよな…」
真面目で純粋で学校でも優等生
家柄も良いみたいでピアノにバイオリン、習字に茶道もこなす井上さん
少しヤンチャな俺から見たら次元が違い過ぎる
もうコオロギとレッサーパンダくらい
そのくらい訳わからんほど違う
そんな心も体も綺麗な井上さんが俺みたいな小汚ない男と無人島に二人きりなんて耐え難い屈辱だろう
美咲「そんなことないですよ?」
言葉では何とでも繕える
内心は…
美咲「確かに佐藤くんの顔はちょーーっとだけ恐いですけど」
「ちょーーっと」の部分に指と指の間に隙間が開いてるかどうかくらいのジェスチャーを入れるあたり本当に優しいとは思うが「顔が恐い」と言われた衝撃はボディブローの比じゃなかった
確かに生まれつき目付きは悪いけど…
それのせいで昔はよく絡まれてたし…さ
美咲「それでも私は佐藤くんのこと優しい人だと思います!」
俺「なんすかその涌き出てくる自信と根拠は…?」
美咲「何も無い無人島で自分の事も手一杯なのに佐藤くんは私の心配をしてくれました、それだけでもう私は佐藤くんの全てを信じられます!」
俺はその台詞を聞いてすぐさま砂に顔を埋めた
俺「ほべべばうばぼーーっ!!(惚れてまうやろーー!!)」
美咲「どうしたんですか!?体調が優れないですか!?」
不覚にもときめいてしまった俺は思いの丈を砂浜に逃がした
いやー甘酸っぺぇよ
口からレモン出てきそうだよ
とにもかくにも若干心配されてしまったのでとりあえず俺はすぐ顔を上げた
俺「何でもない、心配すんな」キリッ
美咲「そうですか?それはよかったです」ニコッ
やっぱり学校のアイドルは微笑むだけでも破壊力が違う
危うく女神と見間違えそうになった
その後は当初の目的である魚獲りを思いだし、井上さんを砂浜に置いて俺は浅瀬で魚と格闘した。
一時間ほど粘って15㎝代の魚が二匹
これでも最初にやってた銛に比べると大漁と言って差し支えない
俺が海から上がると井上さんは暇だったのか砂で山を作る真っ最中だった
案外幼稚な人だ
美咲「おかえりなさい!どうでした?」
俺「おー、大漁大漁」
二匹で大漁と言い張る自分に情けなさを感じながらもここは本音を口にする
美咲「すごいです!佐藤くんなら将来漁師さんにもなれますね!」
俺「いや…それは言い過ぎだろ」
美咲「そうですか?」
そんなに褒められると反って情けなさが増すから止めていただきたい…
美咲「そういえば気になってたんですけどどうして私は制服を着てるんでしょうか?…寝る前はパジャマだったんですけど」
気にしてなかったけど確かに俺の時も寝る前と違って学ランで目を覚ました
でも今は無地のTシャツと短パンを着ている
これには訳が有って
この1週間で小屋の周りを探索してたら今居る小屋に似た建物を見つけてその中で使えそうな布を発見して拝借したから
そのもう一つの小屋は残念ながら住める程の原形を留めてなかったからこうして使えそうな物だけ移動させておいた
今着てる服はそういったもんを俺が試行錯誤して加工した代物なのだ!
俺「俺ん時もそうだったけど理由はわかんねぇなー」
美咲「そうですか…不思議ですね」
俺「だな」
俺は脳裏に一瞬だけ浮かんだ井上さんのパジャマ姿を掻き消す
疚しい気持ちは断じて…無い
断じて無い!(大事な事だから二回言った)
俺「海好きなの?」
砂の山を作る手を止めない井上さんに俺は訊いてみる
すると井上さんは恥ずかしそうに慌てて手を膝の上に戻した
美咲「ご、ごめんなさい!佐藤くんが頑張ってるのに一人だけ遊んじゃって…」
そんな嫌味な質問をしたつもりはないんだけど…
俺「そんなこと別に気にしないけど、ただやたら楽しそうだったから」
美咲「海が特別好きな訳じゃないんですけど…久し振りだったからついはしゃいじゃって」
俺は目を伏せる井上さんの隣に座って海の遠くをボケッと眺めた
そのまま1分くらいの沈黙を経て不意に井上さんが「あの…」と切り出す
美咲「昔はよく親に連れてきてもらってたんですけど…私が小学生に上がる頃には母も元々やっていた仕事を再開して二人とも忙しくなって…それからは私も習い事を始めるようになったので……とっても新鮮だったんです」
俺は「あー、この人は『いい子』過ぎるな」と思った
そんな小さい頃から自分のやりたい事や我儘も我慢して
正直俺とは正反対だ
俺「じゃあよ」
美咲「え?」
俺は徐に立ち上がると何も考えずに井上さんの手を引いて海に向かって走り出す
美咲「え?どうしたの佐藤くん??」
バシャバシャと足音をたて、俺達は水が膝にくる深さまで来て止まった
俺「海で遊びたそうだったから」
美咲「たしかにそう思ってましたけど…これからここの生活に慣れなくちゃいけないし…覚える事もいっぱいあるし…そんな時間は………べひゃあ!?」
面倒臭い理屈を並べ始めたのでとりあえず俺は井上さんの顔に水をぶっかけた
俺「いいんだよ別にそんなことは、我慢したり気ぃ遣ってたら疲れるしすぐに老けてばーさんになっちまうぞ」
美咲「で、でも…」
いきなり考えを変えるのも慣れないことをするのもそりゃ難しいことだ
だけど
俺「俺ぁ井上さんがちっとくらい我儘言ったところで怒りゃしないしよ、なによりもっと楽しそうな井上さんと一緒に居たい」
何かに気を遣う井上さんより素直で明るい井上さんと居た方が絶対楽しいし一番良いことだと思う
そんな井上さんを想像していたら俺は自然と笑顔になっていた
美咲「いいんですか…?」
俺「いいんです!」
俺は即答する
美咲「………」
俺「ん…?」
井上さんは急にしゃがみ込み、俺は少し戸惑った
俺「え、どうしたんすかっ!?」
怒らせてしまったのか…悲しませてしまったのか…どちらにせよ俺は動揺を隠せない
本気で心配になってきたので井上さんに合わせてしゃがんで顔を覗き込もうとすると、その瞬間井上さんの口角が急に上がった
美咲「さっきのお返しです!」
俺「おっぷ!?」
水が顔にかかり一瞬頭が真っ白になる俺
しかしすぐに状況を把握して大爆笑
俺「不意打ちかよ!卑怯だなー(笑)」
美咲「最初にやってきたのは佐藤くんですよー」
どうやら井上さんは俺に少しだけ心を開いてくれたみたいで、結局この日はこのまま陽が暮れるまで遊んだ
………
陽の墜ちた砂浜で焚き火をする俺達
井上さんは遊び疲れたのか少し眠そうにしていた
日中は初夏程の気温だけど夜になると流石にちょっと冷える
濡れた服は着替えたが作った服は薄いので元々在った俺の学ランを井上さんに羽織らせておいた
美咲「佐藤くん、寒くないですか?」
俺「俺は大丈夫、火も在るし超ホット」
本音を言うと少々肌寒いが泳いでる時の井上さんを思い出せば身体は暖まる
何でかって?
そりゃ色々透け…何でもないっす(汗)
美咲「今日はありがとうございました」
井上さんは火を見つめながら柔らかく言った
しかし礼を言われるような事をしたつもりはない
むしろこっちが言いたい
俺「いやいや、俺もごちそうさまでした」
美咲「?」
俺「あ…いや何でもないっす(汗)」
美咲「佐藤くんはおかしな人ですね」
胡蝶蘭の様に上品に笑う井上さんを見る限りどうやら上手く誤魔化せたらしい
俺「しかし井上さんよー」
美咲「どうしました?」
俺「遊んだだけで礼を言う必要は無ぇと思うぞ?」
美咲「そう…なんですか?」
そりゃそうだ
当たり前だと思う事に礼なんて要らないだろ
例えば空気に「今日も呼吸をさせてくれてありがとう!」なんて言うか?
少なくとも俺は言わないね
俺「そんなことでいちいち礼なんて言ってたら疲れるし早めに一生分の「ありがとう」使い切っちまうよ」
美咲「………」
井上さんがこれまでどんな生活をしてきてどんな思いで生きてきたかは知らないし興味も無い
だってそこには俺が居ないんだから
考えたってしょうがない
だけどこれからは違う
俺達は出会って、互いに手を伸ばせば届く距離に居る
俺「それに楽しい事は今日だけじゃねーし、これからいっぱい…ひょっ!?」
話の途中だが井上さんが俺の肩に寄りかかってきた
俺の心臓は驚きと思春期特有の緊張感で心拍数がうなぎ登り
俺「いい井上さん!?そういうのは早いというかよくわかりませんの事です…!!」
動揺から言語能力低下
美咲「……うーん…ムニャムニャ」
俺「……寝てるだけかよ(汗)」
海で泳いだりすると体温も奪われて予想以上に疲れる
遊び慣れてない井上さんの疲労がどうやらピークに達したらしい
それにしても…寝言で「ムニャムニャ」とか言う人初めて見たわ
だがよく考えてみたら寝てても起きてても俺の肩にかかる『幸せ』の重さは平等な訳で…
俺「こんな幸せでいいのか…俺?この幸せの見返りに近々死ぬんじゃないだろうか……?」
俺はまだ知らない
こんな些細な台詞が伏線になってしまうことなんて
見当もつかなかった
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