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18 薬師と薬草師


 道が砦に近づいていくと、どんどん家々は減り、周囲は荒れ野となり見晴らしがよくなった。

 太陽が照りつけるただ広い丘の先に、突如現れるのはずっと続く石壁だった。その向こうに石を積み上げた堅牢そうな大きな建物が見える。


「あの石壁が国境さ。石壁は森あたりまでつづいてるよ。昔、隣国と折り合いが悪かった時代に建てられたものだそうだ。今は、隣国ケイリとの関係は落ち着いてるからね。ここら辺りは穏やかだ。そしてあの建物が砦。国境に幾つも点在してるらしいけどね、私が食料を運ぶ契約しているのはあそこさ」

 

 ミンダは荒れ野先の石壁と、大きな建物を指さして行った。

 石壁に近づく前に、いったん馬車を止めて、ほろの骨組のところに赤と黄色の縞になっている旗を取り付けた。


「砦の警備がこの道を往来するものをみているからね。こうして印をつけておくんだよ」


 ミンダが説明してくれる一つ一つに頷きつつ、フィアは初めての砦、そしてもしかしたらウィーゼンがいるかもしれないということに、胸をドキドキさせていた。

 馬車が近づくと、砦の門前にいた鎧を付けた門兵二名ががミンダとその隣にいるフィアを見た。フィアはいっすん鎧をつけた門兵の顔をみたが、遠目からもわかっていたようにウィーゼンではなかった。

 ミンダは、許可証を見せ、来る前にミンダに言われていた薬草師の証明書をフィアは門兵に見せた。

 それらを目視し、幌馬車の中も確認した門兵は、


「いつものとおり、中で所持品検査がある」


と言って、外門を開けてくれた。


 ミンダから、砦の内門に入る前に女兵士による所持品検査があると聞いていた。ざっと服の上から身体に触れ、刃物などを隠していないか、また鞄や籠などの中身を確認されるらしい。

 そと門から馬車で中にはいると、ミンダから聞いていたとおり、馬車の荷台は別の兵士が中を確認し、女の兵士が寄ってきて、ミンダとフィアの身体検査を行った。どこにもウィーゼンらしき姿はなかった。

 検査中、髪を染めていることに気付かれたどうしようかと緊張していたが、そういうこともなく終わった。

 物々しい雰囲気の中で検査が終わり、ミンダが兵士が差し出した書類に印を書き終えた。

 その途端、書類を持っていた男性の兵士がそれまでの厳しい顔つきをゆるめたかと思うと、


「よぉミンダさん! 今日は若い娘連れてるじゃないですか。紹介してくださいよ」


と親し気に話しかけて来た。


「はんっ! 娘っ子ばかりに気をとられてんじゃないよ。この私みたいなイイ女がいるってのにね」

「いやあ、ミンダさんくらいの貫禄がある女性だと、僕にはとてもとても受け止めきれなさそうで」

「誰も、受け止めてもらおうなんざ思ってないよ、若造が」


 そう憎まれ口をたたきながらも、豪快に笑ってからミンダはフィアにそっと耳打ちした。


「あいさつみたいなもんだから怖がらなくていいよ。防犯上、決まった面子で過ごしてるからね。新しい顔を見て、しかもそれが若い娘で、ちょっとそわそわしちまってる奴もいる。でも、嫌なことがあったら、言っていいんだからね。フィアが良いと思ったときだけ、あいさつしたらいいよ」

 

 ミンダの言葉にフィアが頷くと、ミンダはフィアを励ますように肩をさすると、


「じゃ、ちょっと野菜を運ぶのを手伝ってもらおうかね!」


と明るく言い放ったのだった。

 

 

 *****



 幌馬車の荷台から食料を料理人のいる砦の大きな台所に運び込む。その仕事を終えると、ミンダはフィアが砦の薬師と会えるようにと兵士にかけあってくれた。


「私は料理人の方に野菜を運んでくるけれど、大丈夫かい?」


 ミンダの言葉に頷き、フィアは自分の薬草や薬液が入った籠を運ぶ。

 フィアが通されたのは台所のあった棟からしばらく歩いた先にあった小部屋だった。

 そこに待つようにいわれ、椅子にこしかけてしばらくすると、兵士が白髪に長い白ひげ、曲がった腰で杖をついた老人を連れて来た。

 老人は部屋に入ったとたん、鼻をひくひくさせた。それから、フィアの方をみた。


「……なかなかの匂いだな。わしゃ、薬師ベルド・ドナード。薬草師とはおぬしか」

「はい。資格証はこれです。フィアと呼んでください」


 資格証を見ると、薬師ベルドは目を細めながらその書面を見つめて呟いた。


「……フィアルッカ? ……さて、西の読みで”フィアールカ”と読むべきか」


 ドキッとしたが、フィアは顔に出さないように気をつけながら、「変わった字面で困っていますが……皆、フィアと呼びます」とさりげなくつけくわえた。

 ベルドはフィアに視線を寄越したが、


「まあ、いい。わしは薬草を得られれば」


と言って資格証を返し、「薬草を見せてもらおう」と言ったのだった。

 

 紫龍は籠の中の薬草を慎重にとりだしながら、白布を引いたテーブルにならべてゆく。

 するとベルドも白手袋をつけ、ひとつひとつを手にとり匂いを嗅ぎ、葉の張りをみながら品質を確かめはじめた。

 乾燥の薬草以外の酒に漬けたものや、フィアが煮出した薬液も、銀さじをとりだし、ひと舐めするなどして丁寧に確認する。腰は曲がっており、一見老いた様相だが、薬草に向かうその所作ひとつひとつはとてもきびきびしていて、なんとなくフィアは父親が薬草を扱っていた姿を思い出したのだった。

 紫龍が並べた薬草のすべてを確かめたベルドは、満足そうにうなづいた。

 手袋をはずしながら、


「……なかなかいい状態じゃ」


と言う。

 フィアはその言葉にホッとした。自分の薬草師としての薬草の取り扱いが、この薬師に認められた気がした。


「これほどまでに丁寧に干され、粒ぞろいでより分けられている薬草は久々じゃ。これくらい丁寧に仕上げられた干し蛇や獣の肝などの薬の材料も仕入れられれば、わしの薬作りもはかどるんだがの」


 そんな呟きに、フィアは薬師が薬草以外の材料も駆使して薬をつくることに思いをはせながら、薬草を役に立てられそうなことに安心した。

 薬師ベルドは手袋をはずし、銀さじなどを片付けると、懐から金袋を取りだした。


「さて、この薬草のお代じゃが……」


 ベルドは金貨を並べた。そして羽根ペンとインクを取り出すとさらさらと紙に文字を書く。


「乾燥薬草と酒漬けの薬草はこの額、おぬしが煮出した薬液はこちらの額、全部でこれでどうじゃ?」


 どうやら今書いた紙は支払いの内訳のようで、それをひらりとフィアに見せ、並べた金貨の額と確かめるように促した。

 フィアはそこに書かれた額、そして並べられた金貨の数に動揺し、思わず、


「え……こ、こんなに!?」


と声を上げてしまった。

 はしたない声だったと、すぐに口を押えたが、目の前では薬師ベルドが呆れたような顔をしていた。

 フィアが「すみません」とあやまると、ベルドは鼻をふんっと鳴らした。


「自分の持ってきたものの正しい価値をわかっておらんとは、薬草師として恥であるぞ」

「あの……でも、今までこんなにいただいたことは……」

「それはおぬしが正当な価値をこの薬草に見定めず、薬草の価値にみあった請求をしなかったか、または相手のいいなりになってきたからであろう」


と、躊躇なく言われた。

 

「説明しろと言われれば、わしは、これらの薬草の希少価値と保存の良さ、絶妙な乾燥具合、またこちらの薬液の濁りのなさと香り成分の深さなどから、提示した金額が相当であることを主張できる。どうだ、ひとつひとつ説明が欲しいか?」


 フィアが首を横にふると、ベルドはまた鼻を鳴らして、


「では受け取れ。こちらにサインを」


と言って金貨と紙、そして印を入れるためのペンを渡された。

 フィアは今までより何倍も重いそれを受け取った。 

 サインをしたあと、ベルドが言った。


「なかなか良い薬草の扱いをしている。もしこちらの薬草を見つけたら、乾燥させて持ってきて欲しい」


 手渡された紙には、フィアが見知っている薬草の名前があった。

 見つけるには時間がかかりそうなものもあるが、ちょうど夏季の今、探せば手に入りそうなものだった。


「わ、わかりました。あ、こちらのビブの葉は根と別の方がよろしいですか」


 書かれた薬草の中から、根と葉で別の効能があるものと、混合で使う方が良いものをざっと判別してフィアが尋ねると、薬師ベルドはちらっとフィアを見た。


「……別で乾燥をお願いする。……さて、ここまでわかるのであれば……では、これも頼もうかのう。できれば生のまま仕入れたいものがあってな。ちょっと書き出すのを待ってくれ……」


 こうして、薬師ベルドとフィアはしばらく砦で扱う薬草の話を交わし、フィアはその部屋を後にしたのだった。


 

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