プロローグ
雨。
それは天から大地への恵みだという。
雨がなければ、すべては乾き、飢える。
水そのもので腹は満たせぬというのに、水は大地を潤し、穀物を育て、獣を生かし、糧を作り出す。
雨を受けた緑。
それは命を謳歌する如く、新緑はみるみるうちに濃き緑となり、葉を茂らせ蔓を伸ばす。
緑を豊かにする雨のおかげで人間は薬を得られるんだと、薬草師であった父と母は言っていた。
幼くて、連日の雨で外に出られず苛立つ私が、天から降るしずくに悪態をついたときだったろうか。
遠い遠い記憶だ。
雨のおかげで薬草も育つ。その薬草の力に助けてもらい、人の身体の不調も改善につながるのだ。皆すべてがつながっているのだと、草原で咲く草花のように穏やかに自然に父と母はよく微笑んでいた。
だが、雨は身体も冷やす。酷い湿気は夏の暑さと重なると、病の温床となる。
父が亡くなったのも、後を追うように母も逝ってしまったのも、雨が長く続く頃だった。
たった一人になったのは、雨のせいだと思わなくもない。
けれど、私は父と母を失ってからの方が、雨を厭わなくなった。
あばら家の天井からぽたぽたと雨漏りするしずくが、頬を濡らした。
泣けぬ私の変わり、泣いてくれるかのようだった。
そして雨は、
「あなたの髪は、大地を潤す銀糸の雨のようね」
と髪を梳いてくれた母の手と声を思い出す、よすがとなった。