嵐の前の静けさ
今年の夏は異常に暑い、まるで何もしたくない日が続く。
課題だって全く進まなければ、部屋でごろごろと過ごし、気が付けば日暮を迎えている事もしばしばある。
「美凉ー?あなたまた本ばかり読んで、課題は進んでるのー?」
「分かってるって、ずっと読んでいるわけじゃないし。」
「未佳ちゃんと練習行くんでしょ?お昼ご飯作るからさっさと降りておいで。」
「うんー。」
紹介し忘れていた、私は音田 美凉、高校二年生。これから一緒に練習に行く未佳とは同級生、同じバドミントン部所属でダブルスを組んでいる。大会も近いので自主練と称し練習をしているが、体育館なんて豪勢なものは、こんなド田舎には学校のもの以外存在していない。なので部活の無い日は仕方なく近くの広場で練習をしている。
母に呼ばれてやむなく部屋から出、階段を下り、リビングのソファーに崩れ落ちるようにして寝ころぶ。そして本を開いて時間を潰す。出掛ける準備はしてあるからそこは心配いらない。
「あ、また本読んでる。」
「別に良いじゃん本くらい……。」
「課題は……?」
「進んでるっての。」
「ホント……?また最終日になって焦って泣きついて来たりしないでよ?」
「しないってば、あーもう……読書の邪魔してないで。」
「邪魔って失礼な……って嗚呼っ!」
母は人の干渉をしてよく失敗する。また野菜を少し焦がしたようだ。人の心配をする前に自分の心配をして欲しい。(心配は有難いのだが。)
イライラ気味だった母が気を取り直し、先程のことを忘れたかのようにまた喋り出す。
「その本いっつも読んでいない?」
「いつもじゃないけど。」
「でもこの前も読んでなかった?」
「それ同じ作者の違う本。」
「えー……そう……?あっ嫌っ!」
またやらかしたようだ、だから言ったのに……。
私はよく本を読む。暇があれば殆ど読んでいる。授業中に隠れて読んで見つかって怒られる事も多々あるくらいには読書家であると自負している。
母に突っ込まれたこの作品は数か月前に発表されてやっと最近買えたものである。
私はこの作者の文章がとても好きである、好きを通し越して尊敬している。しかし周りからは『変わっている』と言われてしまう。何故か、この作者は『風刺作家』などと揶揄されているからだ。世の事を小説に取り入れている作家は他にもいる、別に先生だって良いじゃないか。先生だって人間なのだから意見があったって良いだろう。少数派だからってそれを揶揄するのはどうかと思う。
……などと自分ひとりで騒いだところで先生にも届かなければ、誰にも分かってもらえない事くらいは分かっている。母はあまり本を読まないのでそもそも先生のことを知らない。このご時世、本を片手に、という人が少なくなってきているのだ。まず本を話題に話ができる人が周りに丸で居ないのが現状である。
「あら、ねえ美凉、ニュース。」
また懲りずに話しかける母、もう何……?
私が寝ころぶソファーの前にはテレビが設置されており、お昼のニュースが流れていた。
「ねえほら。」
「だから何……?」
〈メディア各所で度々話題となっていた、作家の潮木 夏生さんが、自宅に謎の文章を残し行方不明になったと――〉
私はソファーから起き上がり、そのニュースを瞬き一つせずに見つめていた。
その作者の名は、紛れもなく、私が今読んでいた、私が尊敬してやまない、あの作者の名だった。