プロローグ
「……私は、どうしようも無い人間でした。今迄も、これからも、私はどうすることも出来ぬ程に、仕方の無い人間でした。
私は、決して何かを否定したり、皮肉したりといった心算は無いのです。只、それだけはどうか信じて欲しいのです。
私は元来、心も体も強くはありませんでした。幼い頃から少し患っては入退院を繰り返すような者でした、それ故に友人なども居らず、学校などでは何時も1人で過ごしておりました。話す相手も居らず、先生なども半ば私を理解したようにみえて、実は何一つ理解していないように見えてならないのでした。
私を理解してくれるのは本のみ、否、私自身が本という世界の中に飲まれていたのかも知れません。寧ろそういう事なのでしょう。本は私にとって、時に友人になってくれる、時に人生を導いてくれる、そして時に未知なる力を与えてくれるのでした。
私はあくる日、何時もより体調が良く朝から授業に出席しておりました。その日はの私は、何時になく希望、そして勇気に満ち満ちていたのでした。普段私は発言をせず、読書をしながら心中にて感嘆の声を漏らすに限っておりました。そんな私が、何かに取り憑かれたかのように手を挙げ、ひとつ意見を呈したのです。
私は達成感と満足感に満ちておりました。やった、私はやったのだ、その気で一杯なのでした。然し、そんなものから覚めてみるとどうでしょう、彼等は冷たい目線で私を見つめるのでした。
嗚呼……やってしまった。私の様な分際が何か発言できる空間では無かったのです。抑々そこまで多くの時間この空間に居るわけでは無い人間が、兎や角言葉を吐くことなど、考えれば許されない事くらいは解っていた筈なのに。
私とて人間であります、人間の皮を被って生きております。私にだって考えなどもあります。然し、それを人に伝える事があの出来事以来出来なくなってしまいました。それを補うが如く、我が世界を広げるが如く、私は拙い文字書きにはしったのでありました。
本の世界は私にとってかげがえのないものであるという話は先程致しました。それは今も同じく、私は文字を書く事でも、自身を本の世界に閉じ込めているのでした。然し私はまた阿呆だったのです。真逆この様な事になるとは想像もしなかったのです。
風刺作家と揶揄される程、私は何かを否定し皮肉するなどという事はしておりません、否、した心算が無かったのです。ですが、書物も公のものであり、自身の世界のものでは無い事に、阿呆な私は気づかないのでした。
連日連夜の報道、鳴り止まない見知らぬ電話云々、元々擦り減らされていた精神を、自らの手で擦り減らす様は何と無様でしょう。いっそこの醜態を世間に晒されたまま死に行ければと幾度思った事か……!
然し、弱虫な私はそれさえも出来ず仕舞いなのでした。弱きを盾にする心算も御座いません、只私自身を述べたのだと、解釈頂ければ幸いです。
電話及びメールの返信もまるで出来ず申し訳ありません。今、私は此処には居りません。
私は暫く遠くへ行きたいと思います。月に一度は家に戻ります。何から何まで勝手で申し訳ありません。然し、今の私には、これ位しかどうする事もないのです。
よって暫く死ぬような予定も御座いません、只、私を一人にさせてください。放浪させてください。どうか、探さないでください。」