海辺のカフェ
一枚硝子の向こうに
海があるよ
潮の香りも
波の音も
届かぬ空間の傍に
ほら
湯気のたつ紅茶の
静けさの向こうに
すましたメニューの裏側に
ひたすらに光を游がす
海があって
眺めるばかりの私
ついたため息を
拐う風もない内側で
知らない遠くを想っている
臆病者を甘やかす三杯の砂糖
磨かれた床は
硬くきっと冷ややかで
しっかりと踏み締められるから
私は弱いまま
裸足で砂浜に
駆け出すこともなく
ところどころに飾られた絵画
取り囲まれながら
甘ったるい紅茶を啜り
夢想する
薄いカップを投げつけて
白いシャツに染みを浮かべ
曇りのない硝子を叩き割り
潮風を呼び込んで
寄せる波を合図に
窮屈な靴を脱いで
痛みを怖れぬ足が
夢中で駆けていく砂浜
無謀か
勇気か
思い悩めば
覚める夢と知りながら
息を吹きかけ
冷ます湯気の向こう
こんな近くに
海があるよ
触れても届かぬ
海があるよ