【詩】春のあめに濡れる木々
春のあめに濡れる木々は、
にぶく光る
古いぶつぞうのように、
しんいんとして、
祈るようでもあるけれど、
すっかりと長けた春に
浮かされているから、
こずえから落とす
大粒のしずくは、
やわらかく
しずかにゆっくり
春のなかを溶けていく。
あめのなかを、
ならんで生えている
ふるい木々は、
伸ばせなかった枝や、
去ってしまった鳥たちを、
この春こそはと、
雨の日には思うのかも
知れない。
それとも、
思いにふけるばかりに、
思いがけずに
あめの音を聞いて、
やっぱり新鮮な、
春のあめを感じるのかも
知れない。
それとも、
みなぎってくる力に
身のうちを掻きまわされて、
さけび出したくなっているのかも
知れない。
春のはてから
ふってきたあめは、
あくびのなみだで、
けっして、
悲しみのなみだ
ではない。
だけれども、
たしかに
きせつのせなかを
押していく。
それはまるで、
たおやかな女の
両手のてのひらの
よう。
いったい誰の手なのかは、
祈りのむこうに
ぼんやりと
みえてくる。
だから、
木々はあめのなかを、
祈るように
たちつくしているように
見えるのだろう。