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あの日、あの時、あの場所で。  作者: Noa.
とらわれた男は何を望むのか
9/12

人間界4


 その少し前。

 丁度男が茨に囚われたとき、フェイとユーリーンは少し離れたところから高みの見物をしていた。

「さすが、家で喧嘩しているだけあるな。見事な連携プレーだ」

「うん……やっぱりみんな魔法使いなんだなぁ」

 あんな動きはできないと、残念だがユーリーンは思う。

「お前も、今は魔法使いだ」

「でも、全然上達しないし、中々契約させてもらえないし……」

 昼間の出来事を思い出し、泣きそうになるのを堪えた。

「俺の目から見て、お前は上達してる。契約は……まだ少し先だがな」

「……うぅ」

「使い魔との契約はそんなに簡単にしていいものじゃない。仲が良い・相性が良いというだけで、軽々しく契約して失敗した奴を俺は沢山見てきた。それに、まだまだ伸びしろがあるのにいきなり魔力を増やしたりしてやる気がなくなるのも困る」

 だからもう少し待てと、頭をくしゃくしゃと撫でながらフェイは言った。ユーリーンは昔から、フェイに頭を撫でられるのに弱い。何故かそれだけで安心してしまう。

「あたし、まだ伸びるかなぁ」

 何気なく呟いた言葉だったのだが、フェイの手が止まった。

「それは……」

「えっ……」

 言いよどむ師匠を見て、不安が戻ってくる。

 やっぱりもうこれ以上上達することはないのだろうか。

 伸びしろがあるといってくれたのは、嘘だったのか。

 浮上しかけた気持ちが、一気に奈落の底に落ちていく。

「俺はそのくらいの背のが可愛くていいと思うぞ?」

 背?

 伸びないといったのは身長のことだったのか。

 それが分かるとユーリーンの頬がプクリと膨れた。

「違うよっ! 魔法のこと!」

「あぁ、そっちか。大丈夫、お前は俺の弟子だからな」

 伸びないはずがないと自信満々に言われ、奈落の底に落ちかけていた気持ちが戻って安心したユーリーンだった。

「師匠、そういえば、あっちに参戦しなくて良かったんですか?」

 あっちと指したところから火柱が上がった。驚いたユーリーンは、声も出せずに身を強張らせる。

「そうですよ。僕はむしろ貴方とやりたいですねぇ」

 いつの間にか、腕を伸ばせば届く距離にJがいた。瞬時にユーリーンを抱えてフェイは大きく左に動く。

「フェイ!」

「あいつ、どうやって……」

 一瞬前まで茨に囚われていたJは、火柱で茨を焼き、気づかぬうちにフェイたちに近づいていた。火傷などは一斉していないどころか、服が燃えた形跡すらない。

「ねぇ、どうして貴方は動かないのです? 何か理由でもあるのでしょうか」

「可愛い弟子を守るのも師匠の役割だ」

 一定の距離を保ちつつ、相手の一挙手一動に注意する。拘束を一瞬で解いた男だ。フェイはまだまだ相手の底が見えていない気がした。

「本当にそれが理由ですか?」

「何が言いたい?」

「例えば、十年前の……」

「おいおい、俺たち無視してんじゃねぇよ」

 ジンの放った青白いプラズマが迸り、Jに向かう。が、当たることは無い。直前で全てをキャンセルされ、ジンは舌打ちする。

「全く、荒っぽいですねぇ」

 漸く治ったらしい腕を動かして完治を確認しながらJが言う。先ほどから全く変わらない表情は、相変わらずにこやかだ。

「おいフェイ、お前……」

「俺は今回、ユーリーン担当だ」

「師匠、でも……」

 私は大丈夫ですとユーリーンは言いかけたが、最後まで言うことはできなかった。

 師の顔が、少し違ったから。

 いつもとは違う表情で、それが何を表しているのか分からなかったから。

 それを見たジンも、言葉を飲み込んだ。

「ほっとけ、あいつの魔力は俺が使う」

「だ、そうだ」

 ヴズズの言葉に納得がいかないジンだったが、今は喧嘩をしている場合ではない。

「仕方ねぇなぁ。あとで一発殴らせろよ?」

「それは出来ない約束だな」

 予想通りの答えにジンは鼻で笑った。

「さて。腕も治ったことですし、僕も本気で行きましょうか」

 両手が使えるようになったJは、呪文の詠唱を始める。

「この状況で呪文詠唱、馬鹿か?」

 ヴズズが攻撃魔法を次々と放つが、Jは何もしないまま何かでさえぎられているかのように魔法は途中で弾けて消えていく。

「なっ」

 アンチマジックを呪文の詠唱と同時に発動しているらしい。

 簡単な魔法に呪文の詠唱は必要ない。頭で考え、イメージするだけで魔法は使える。それは家事であったり、簡単な防御、治癒、攻撃も可能だ。だが呪文の詠唱をしながらというと話は別だ。特に、魔法陣がない状態での呪文詠唱には時間が掛かる。その間の攻撃をしのがなければいけないのは、中々に難しい。

 特に、攻撃魔法を詠唱しながらアンチマジックを使うには、結構な技術が必要なのだ。それを、この男はにこやかにこなしている。

「ヴズズ続けてっ!」

 ルルゥが魔法で分身をする。自分自身に魔法をかけるのが得意なスン族特有の魔法だ。Jを取り囲むように円を作り、一斉に攻撃魔法を繰り出す。

 流石に当たるに違いない。そう思っていたが、複数での一斉魔法も全てを防がれてしまった。

「うそぉ」

「あいつ、尋常じゃねぇな」

 ジンも二人の合間に攻撃を仕掛けているのだが、そのほとんどを無効化される。無効化されなかった攻撃は、避けられる。

「あいつ、まるで僕たちフタコ族みたいだ」

「どういうことだ?」

「僕たちは基本的に、お互いにフォローし合ってる。僕が防御しているときには、ハクが攻撃したりね」

 つまり、Jの中に呪文を詠唱しているのとは別の誰かがいるような感じがするのだ。

「あいつがフタコ族だってことか?」

「いや、人の姿の奴なんて聞いたことないから違うだろうけど、そんな風に見えるって言っただけ!」

「やべぇ、来るぞ」

 Jの傍らに現れた魔法陣が青く光る。

「お喋りしている余裕なんて、ないと思いますよ? ライ・ミ・ロンホルト」

 その言葉が引き金となり、魔法陣から青い稲妻の束が襲い掛かる。まるで龍のように牙を剥き、四人を飲み込もうとする。

 コクが防御の魔法を展開。四人の周囲に透明の壁を作る。稲妻が壁にぶつかり、吸収。さらに吸収し切れなかった分は地中へと流れていく。

「ふぅ」

 数秒の攻撃を防ぎきって防御を緩めたのがまずかった。

「皆、後ろ!」

 ユーリーンの声で、四人が振り向く。

「っげ!」

「ごめん、無理!」

「マジか!」

「……」

 背後からやってきていた二発目にそれぞれが対応する。

「おやおや、皆さん意外とお強いんですねぇ」

 パチパチと嫌味のように拍手をして四人を眺める。各々で防御をしたのだが、完全に相殺することは出来なかった。感電死していないだけマシだ。

「ではこれは?」

 再び呪文の詠唱を始めるJ。

 この隙にと、四人は攻撃を仕掛ける。

 今度はさっきよりも強力な魔法だ。

 が、先ほどと同様に全てを防がれ、さらには反撃までされる。

「形成、逆転ですね」

 詠唱による魔法陣が完成した。それを発動はせずにJはにこやかに言う。

「あいつ、何なの?」

「僕たち四人を相手に余裕って、化け物か」

 高みの見物を決め込んでいるフェイも、眉間に皺を寄せる。

 腕を治している間はまだ普通だった。

 だが、治ってからの動きはどうだ。全ての攻撃を瞬時に防ぎ、的確に反撃をしていく。普通ならば、この人数を相手にはしない。諦めて引くのが普通だ。

 それは、強い魔法や広範囲な魔法ほど呪文の詠唱が必要になり、仲間のサポートが必要になってくる。だから、一人対大人数となると、一旦引くか仲間を呼ぶかしなければ勝ち目が薄くなる。

 だが、Jはそうしなかった。

 それは、己の強さに余程の自信があるということだ。

 そして事実、彼の魔法センスは人のそれではないのだ。

 ハッキリ言えば、フェイを除いたメンバーだけでもかなり強い。にも関わらず、Jを捕らえることも怪我が治って以降傷つけることすら叶わない。

「エン・レ・スパルノ」

 Jの呪文により現れたいくつもの魔方陣から、火の矢が放たれる。

 ヴズズとルルゥは宙に逃げ、コクは防御魔法を強化した。ジンも避けるために大きく飛びのいたのだが……。

「掛かりましたね」

「なっ!」

 地に足をつけた瞬間、ジンを中心にして地面に光が走る。

「しまった、ジン!」

「門番ガイードの命あり。

 悲しき兄妹、闇の世界から解き放ち我が僕となれ」

 ジンの足元で発動した魔方陣は黄色く輝き、その光はジンの手足を拘束する鎖へと変化した。そして、その鎖をまとめて持ち、ジンの後ろに座る男が現れた。赤く短い髪、顔色は悪く目の下には隈がある、瞳は光をささず感情が見えない。首に輪を嵌められて鎖で繋がれているが、その先がどこにあるのかは分からなかった。

 更に、その傍を少女が飛び回る。男と同じ赤い髪は長く腰まであり、顔色は悪く目の下には隈、白い膝丈のワンピースを着ている。そこまでであれば害はなさそうに見えるのだが、少女の手だけが異様だった。身の丈の半分くらいはあるのではないかという大きな手、長い指とあらゆるものを刺し殺せるであろう鋭くゴツゴツとした爪。腕をだらんと重力に任せて下ろしているところを見ると、重そうだ。その彼女が品定めをするかのようにジンの周りを飛び回る。 

「おいおい、んだこの魔法は……」

「召喚魔法か……」

 初めにヴズズが消したトラップは勝手に発動するため、魔力が宿っていた。が、この召喚魔法は呪文を詠唱することで発動するため、初めの段階では気が付くことが出来なかったのだ。

 初めに仕掛けられていたものが全てだと思い込んでしまったと後悔してももう遅い。

「僕のお気に入りの魔法です。チェット・スケッツの兄妹……、ご存知ですか?」

「知らない」

「僕も」

 ルルゥとコクが呟く。

「チェット・スケッツ。古代人の時代に存在したとされている村だ。ただの伝説だが、その村の兄妹と言ったらゲーデルとその妹イヴだろうな」

「さすが、カーマ族。正解です」

「その兄妹って何なの?」

「悪魔に魂を売った兄貴とその犠牲になった可哀相な妹の話だ。兄貴が作る鎖は決して切れることなく獲物を抑え、妹の手は狙った獲物は必ず殺す」

 つまり捕らわれたら最後ってことだとヴズズが感情のこもらない声で言った。それはジンの死を意味する。

「その魔法は禁止魔法に該当するはずだ」

 フェイが言った。その顔には焦りが浮かぶ。

 古来からある魔法や新しい魔法の中で、あまりにも強力すぎたりコントロールの難しいものは禁止魔法として決められている。つまり、いついかなるときも使用してはならず、使った場合はそれ相応の罰則がかけられるのだ。

「魔法省で決められたルールなんて、僕には関係ありません。有効だから使っているだけのこと」

「だから未だに方法が掴めていないのか」

「こいつ以外にも石化させている奴がいるとすると、複数の方法が使われているというのも原因の一つだろうがな。あとで魔法省に連絡しよう」

「それには及びませんよ。皆さんはここで終りなんですから。まずは手始めに幼馴染さんから魔法石をいただきましょう」

「そんなことさせないよ」

 コクがジンを守るように魔法で壁を作るが、少女の手の一振りでガラスのように砕け散った。


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