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あの日、あの時、あの場所で。  作者: Noa.
とらわれた男は何を望むのか
6/12

人間界 1

 公園のベンチに一人、ユーリーンは座っていた。

 日はとっくに沈み、街灯の光がポツポツと見えている。新月で月はなく、星が輝いて見える。いい天気の夜だ。家々から漏れてくる光がユーリーンのいる場所をいっそう暗く見せていた。

 人間界で五歳まで育った彼女だが、あまり懐かしい感じもしないし故郷という気持ちも薄い。それは、物心がついてすぐに魔法界に移ったからかもしれない。昔はこの近くの家に住んでいたのだが、その家は壊れてしまって土地も売ってしまった。すでに新しい家が建っていることは、随分前に確認しているから、今更そこに行く気にもならない。

 人間界と魔法界は、一枚の鏡で繋がっている。フェイの家の玄関横に置かれている大きな鏡が人間界と繋がっていて、そこから人間界に行くことができる。

 それぞれの世界の時間差はバラバラだ。繋がっている地域によって、半日ずれている場合もある。が、フェイの家と繋がる人間界は、魔法界と時間が同じだから時差もない。つまり、ここが夜ということはフェイの家も夕飯を食べる頃ということだ。今頃皆がお腹を空かせて待っているかもしれないと思いはしても、中々帰る気にならなかった。

『人間なんだから、人間界に帰れば?』

『望んで魔法界に来たわけでもないだろ』

 ヴズズの言葉が心に刺さったまま、消えてくれない。

 確かに自分は人間だが、すでにここには居場所がない。家もないし、友達や知り合いもいないに等しい。父と母の親戚もいるのだが、そもそもその人たちを頼れるようなら魔法界で魔法を覚えることなんてなかっただろう。

 父と母が亡くなった時、親戚中から引き取ることはできないと拒否されて、孤児院に行くことになっていた。怪我をしていて病院に入院していたが、入院費すら払ってもらうことはできず国に何かの申請を出さなくてはいけないという話まで出ていたのだ。看護師達の「可哀想にねぇ」という声を聞こえない振りした。毎日毎日、ふとした拍子に涙が込み上げては、父と母がもういないということを改めて実感する。慰めてくれる人はもういない。これからどうなるのか、先が全く見えず不安に負けないようにと必死だった時、たまたま病院にいたフェイがユーリーンのベッドまで会いにやってきた。

 初めて会ったときの印象は、若いお兄さんに見えるけど何だかお爺さん臭い人だなぁというものだった。色白の肌と真っ黒くて短い髪の毛、だらんとした服装をしていて、まさか魔法使いで見た目の年齢の四倍以上を生きているだなんて思いもよらなかった。

 人間界と魔法界に細々と交流があっても、人間界に住む人間の小さな女の子に魔法使いと関わる機会なんて無いに等しい。世界のどこかに魔法というものがあって、魔法使いって人たちが住んでる場所があるんだよ! という程度なのだ。もちろん、その響きにある程度のイメージはあった。人間には出来ないことが出来る凄い人たち、キラキラしていてカッコいい、そんな漠然とした理想にも似た思い込みがあったのだ。

 当然、その思い込みとフェイはかけ離れていた。だから、普通の人間のお兄さんだと思った。

 ベッドの傍らに腰掛けて、フェイという名前だけを名乗ると、幾つかの質問をされた。それに、首を振ったり、一言二言で返事をすると、いきなり言われたのだ。

「魔法使いにならないか?」

と。

 何を言われたのか分からなかったから、首をかしげたのを覚えている。

「魔法使い、知らない?」

 知ってる。

 だから、首を横に振った。そして、小さな声で聞いた。

「お兄さん、魔法使い?」

「あぁ」

「あたしが……、魔法使いになるってこと?」

 言いながら、そんなことがあるはずないと思っていた。だって、魔法なんて見たこともない。でも、目の前の人が冗談を言っているようにも見えなかった。

「そうだよ、嫌かな?」

 魔法使いになるのは、興味をひかれた。でも、それ以上に気になることがあった。

「私は、どこに住むの?」

 何よりも重要なことだった。

 やっぱり孤児院に送られてしまうのだろうか。それとも……魔法界にそういう施設があるのだろうか。幼い頭が懸命に考えていた。

「俺と住むことになる……かな」

「お兄さんと?」

「嫌か?」

 嫌じゃない、という前に涙が込み上げてきた。

 嫌じゃない。

 だって、もう誰もいなかったから。

 父と母は遠いところに逝ってしまって。

 一人ぼっちで孤児院に連れて行かれるのを待つだけ。

 親戚全員に見放されて、優しい声をかけてくれる人はいないのだと孤独感でいっぱいで。

 全てを諦めようとしていたところで、優しい手が差し伸べられたのだ。

 嫌じゃない。嬉し泣きだった。

 それなのに、フェイは誤解したようだった。

「いや、泣くほど嫌ならいいんだ。我慢しなくていい」

「ちがっ……」

 一生懸命に首を振って、そうじゃないと伝えたかった。頭に置かれた大きな手が暖かい。

「いっしょ、いく……いきたい」

 涙で滲んだ先にあるフェイの顔が、ホッとしたのが分かった。

 そんなことがあって、フェイの家に転がり込んだ。

 ヴズズが――いや、カーマ族という種族が全体的に人間を嫌っているということを知ったのは、フェイの家に初めて行ったときだった。

 今日からここがお前の家だから自由に使えと言われたものの、どうしていいか分からずに椅子にちょこんと座っていると、突然真後ろから声がかかったのだ。

「なんでここに人間がいるんだよ」

 不愉快さを隠しもしない強い声に驚いて、後ろを振り向いた。が、誰もいない。

「俺が人間嫌いなの、知ってるだろ」

 今度は真上から。でも、上を見ても誰もいない。ただ、シャラシャラと鎖のような音がするだけだ。

 キッチンで紅茶を淹れていたフェイが、当然のように言い返した。

「あぁ、紹介する。ユーリーンだ。これからこの家で暮らすことになった」

「聞いてない」

「今言ったからな」

 三人分の紅茶を用意して戻ってきたフェイは、ヴズズのことなど気にしていないようだった。

「姿を見せろ、ヴズズ」

「やだね。人間なんかと住むのはごめんだ」

「人間……嫌いなの? どうして?」

「……」

 さすが人間嫌いというべきか、ユーリーンの質問にヴズズからの返事はなく、代わりにフェイが答えた。

「魔法界には、色々な種族がいるんだ。その中でもカーマ族は人間を嫌っている。ユーリーンのことを変に思ったとかではないから、気にしなくていい」

 気が向いたら出てくるだろう、とフェイはのん気に言っていたが、ユーリーンが姿を見たのはそれから一ヶ月くらい経ってからだった。

 ヴズズは出会った頃から変わっていない。人間が嫌いで、たまに嫌味を言ってくる。が、基本的にユーリーンが作った御飯は残さないから、悪いやつではないこともこの十年で分かった。

 あれは、いつもの嫌味だったのだ。

 それは分かっている。でも、その嫌味は事実なのだ。

 人間がいくら魔法を勉強しても、人間のままだ。魔力は低いし魔法も上手くない。古代語も間違える。いつまで経っても半人前。

 その証拠に、使い魔と契約させてもらえない。

「やっぱり、向いてないのかなぁ……」

 上を見上げて呟いた。言葉は静かな夜にすぅっと溶けていった。

 視界が滲む。

 こぼれそうな涙を、袖で拭いた。

「……っ!」

 ジャリ、と。

 砂を引きずるような音がした。誰かいるのだろうかと横を見ると、思った以上に近くに黒い外套を着た男が立っていた。髪を後ろで軽く束ね、口元には笑みを浮かべているが目が笑っていないように見える。

「こんばんは、お嬢さん」

「……こんばんは」

 妙に嫌な感じがして、座っていたベンチから立ち上がった。それをみて、男は慌てて手を伸ばしてきた。

「すみません、つい声をかけてしまいました。どうぞ、座っていてください?」

「いえ、大丈夫です」

「そうは言わずに」

 この人は危険だとユーリーンは思った。雰囲気もそうだが、普通ならすぐ横に来るまで気がつかないはずがない。姿を見せないヴズズで鍛えられた感覚だけは、信用できる。いつもなら見えなくても傍に居ることが分かるのだ。それなのに、数歩の距離まで気がつかなかったということは、意図的に気配を消していたと考えるのが妥当だろう。

 この間合いはまずい。

 そう思うのだが、逆らうのも良くない気がして、警戒しつつ座りなおすことにした。一般人相手であれば、魔法で切り抜けられるはずだ。

「あぁ、お嬢さんはまだ契約していないんですか」

 少し残念そうに言われ、背筋に寒いものが通った。爬虫類を連想させる目が怖い。

 何故分かるの? なんて疑問は浮かばなかった。それ以上に驚いたことがあったからだ。

「……魔法使いの方ですか?」

「そうなんです。ちょっと散歩がてら公園に来てみたんですが……これは思ったよりも良い釣りができそうで、とても嬉しいです」

 後半は言っている意味が分からなかったが、そんなことはどうでも良かった。人間界で魔法使いに出会うとは思わなかった。しかも、こんな危なそうな男に。

「そ、れは良かったですね。私、そろそろ帰らないといけないので……失礼します」

「まぁまぁ、もう少しお話に付き合ってくれてもいいじゃありませんか」

 立ち上がろうとした肩に手を置かれ、三度座ることになった。

 怖い。

 静かな、穏やかな声。

 その人はJと名乗り、ユーリーンの隣に腰を下ろした。

 周りには誰もおらず、近くにある家だってこんな暗がりの出来事が目に入るはずがない。

 こんなことなら早めに魔法界に戻っておけば良かったと思っても、もう遅い。

 魔法使いと言っても、ユーリーンのような見習いには見えない。むしろ歳を重ねたフェイやジンに近い気がする。逆らわずに座ることにして、正解だったかもしれないと思った。魔法で戦っても勝てる見込みはない。

 何とかしてこの場を立ち去る口実は作れないかと思い視線を下げると、男が握っているものに目が留まった。緑色でキラキラした石のようなものを、手の中で転がしている。

 その視線に気がついたのか、男はあぁと笑って言った。

「これ、綺麗でしょう。さっき取ってきたばかりの、魔法石なんです」


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