穴の街の手がかり
ハクが飲んでいたものが何であったのかは一先ず保留しておき、ジンはそのままハクを肩に乗せて先程もらった地図の場所へと向かう。
「貰った地図、全く見てないけどさ。道大丈夫なの?」
「まぁ任せろって」
ちょうど道に迷っていて案内人に声をかけている二人組みを横目に見ながら、迷いなく歩いていく。同じような家が続き、道は複雑に絡み合っている。ビッチェニーの家から随分歩いている気がするが、何度も同じ場所を通っている感じもする。
要するにハクは、任せていていいものかと非常に不安なのである。
「何を目印にしてるの?」
「俺の勘」
「不安だ」
「信用ねぇなぁ」
これだけ心配をアピールしているのに、地図を広げる様子は全くみられない。迷いなく上に上がって下に下がって、ふとしたところで曲がってみたりしている。
同じ家ばかりというのにも問題があるのだ。何かを売っているショップであれば違いもわかるのだが、民家らしき家は基本的に木で出来ていて扉が一つで、総じて丸っこい。細かく見れば違いがあるのだろうが、単に通り過ぎているだけではほとんど一緒なのである。
ハクはまだ文句を言いたかったが、きっと聞いてもらえない。それならば、いっそ考えないほうがいいのだが気になるものは仕方が無い。
気を逸らすため、さっきの話で気になったことを聞くことにした。
「十年前、僕と会う前に何があったの?」
「……あー、気になるよなぁ」
「気になるね」
だよなぁと呟いて、それ以降言葉が続いてこない。
「……言いたくないならいいけど」
「言いたくないっつーか、なぁ。俺だけの話じゃねぇんだよ」
ガシガシと頭を掻いて、困ったように言う。
どうやら自分だけの話ではないから、言っていいものかと悩んでいるらしい。
「フェイのこと?」
「あぁ、あいつとユーリーンと俺が関係してる」
「ユーリーンも?」
あのビッチェニーという女がフェイの姉と同級生という話だったから、フェイが関係しているのだろうとは思っていたのだが、ユーリーンが関係しているとは思わなかった。
そういえば、ユーリーンが人間界から魔法界にやってきたのもそのくらいだったと聞いた気がする。
「ユーリーンもだな。でも問題は、そのことをユーリーンが知ってるかどうかだ」
「知らないかも知れないんだ?」
「というか、俺は知らないだろうと確信してる」
「なんか、複雑なんだね」
「あぁ」
「じゃあ質問を変えるよ。どうして石化した人について調べてるの?」
「お前、フェイの姉ちゃんについて聞いたことはあるか?」
「亡くなったって」
そう。恐らくもう十年くらい経っているはずだった。
「そう。それも、石化してな」
「……そうなんだ」
「犯人も目撃者も居なかった。だから俺たちは石化させた奴を探してる」
「……それが、十年前?」
「そうだ」
何故それと人間界に居たはずのユーリーンが関係するのかが分からないが、ハクは漸く話の根本が分かった気がした。
「そんな話、聞いたことなかった」
「当たり前だ。別に大きなニュースになったわけでもないし、住んでいたところも今とは違う。お前が知らなくても仕方ない」
それに、と話は続く。
「同じような事件もあの頃はなかった。俺はあちこちを転々として情報を集めてみたんだが、似たような話はあの前後では見つけられねぇ」
それが、ここ数日のうちに増えだした。
何故今更と思う半面、何か関係があるのではないかという期待を持っていたのだ。
「十年待って漸く出てきた手がかりだ。絶対逃がさねぇ」
「何か見つかるといいね」
「あぁ」
そこで、ジンは足を止めた。
人が少なくなった三叉路のちょうど分岐点、そこにフードを被った少女がいた。横からのぞく金髪にはウェーブがかかっているのが分かる。足元には幾つか花束が置かれており、誰かが亡くなった場所であることが想像できた。
もちろん、ここが目的の場所だ。
「誰かな」
「さぁな。親族じゃないことを願う」
流石に家族が亡くなった場所を見ず知らずの一般人に詳しく調べられたりはしたくないだろう。
と、そこで少女がこちらに気がついた。青いパッチリとした瞳が、不思議そうに見つめてくる。
「ご家族の方ですか?」
「っつーことは、あんたはご家族じゃねぇな」
「違いますね」
「じゃあ誰だって話だ」
「少々、手がかりを探しに来たのですが……無駄足だったようです」
「とか言って、実は証拠を消しにきた犯人だったり……」
「しません。分が悪いので、逃げます」
そういうと、少女は迷いなく目の前の柵から身を投げ捨てた。この道は当然橋だから、そのまま落ちたら運よく下に架かる橋に着地するか、街の底を拝むかどうかだ。
「マジかよっ!」
慌ててジン達が下を覗くと、箒に乗った少女が猛スピードで邪魔な橋を器用に避けながら逃げていくのが見えた。あっという間に行ってしまって、もう見えない。
「追いかけないの?」
「あんな真似できるわけねぇだろ」
下に延びていく家と家を繋ぐ関係で、橋が無数に架かっているこの街を箒で移動するなど正気の沙汰ではない。しかも、スピード違反もいいところだ。
「ま、ジンの箒捌きじゃダメかもね」
「ほっとけ。まぁ、嘘ついてる感じじゃなかったし、俺らみたく犯人捜してるのかもな」
「うわ。君は女の子に対するジャッジが甘すぎるよ」
「うっせぇ」
まだ何か言っている使い魔を下ろして、持ってきたチョークで床に何かを書き始めた。大きな円の中に、複雑な記号や文字が何かの法則にしたがって並んでいく。
「魔方陣?」
「あぁ。偉大なる天才がこのために作った魔方陣だ」
「偉大なる……ってフェイ?」
「他に誰がいるよ。あいつが、魔法石の魔力に反応するように作ったんだ。一ヶ月前くらいの形跡なら追うことができる」
「魔法石って、何?」
ジンの手が止まった。
何か怖いものを見たとでもいう様な硬い表情を向けて、ハクに聞く。
「……お前、それを知らずに俺と契約したのか?」
「え?」
「俺はお前と契約するときに、自分の一部をお前にやっただろ」
「うん」
「それを、まさかとは思うが誰かに言ったことは?」
「ないよ?」
「助かった……」
体の緊張を解いて、再び魔方陣を描いていく。
対するハクには訳が分からない。
「ごめん、ちゃんと説明して」
「あのな、例えば俺がお前にやった一部ってのが右手の親指だったとする。そうすると、俺とお前はその親指を通して繋がることになるだろ? 俺はお前の、お前は俺の大きな魔力の源になる。んで、その右親指を誰かに切り落とされると、それは魔力を沢山持った魔法石となる。逆に、それが無くなった俺は生きる源が無くなったも同然になって石化する」
つまり、ジンの一部というのがどこなのかを知られるということは、弱点を晒しているようなものなのだ。
「なんでそんな大事なことを教えないのさっ!」
「むしろ、お前が知らないとは思わなかったぜ。どうなってんだ、お前ん家の教育はよぉ」
「う、家の教育なんて関係ない!」
「まぁ、そこいらはどうでもいいけどよ。この魔方陣を使えば相手が魔法石を取られて石化したのか、それとも石化の魔法を無理矢理掛けられて石化したのか、判断が付けられる」
「へぇー」
「しかも、魔法石を取られていた場合はその痕跡を追ってくれるっつーお得なオプション付きだ。うっし、出来た!」
上出来上出来と満足しながらジンは立ち上がる。
ハクには出来が良いのか悪いのか、その判別をどこでつけているのか、全く理解ができない。左右対称でもなく、中にびっしりと複雑に描きこまれたそれは、一枚の絵みたいだ。
「よくこれ、何も見ずに描けるよね」
「中の構造が分かってりゃ、このくらい覚えられる」
右手を前に突き出し、手のひらを広げる。
「発動!(オン)」
白い線が青く光り、中央にゆっくりと集まっていく。
「お、ビンゴか?」
「これ、魔法石だった場合ってどうなるの?」
「さぁ、知らね」
「え……」
光は段々と大きな塊になって、何かの形になり始めた。胴体に頭、四足、大きな尻尾、耳、やがてそれは犬の形になった。色は水色。毛はなく形だけを見せているそれは子犬ほどの大きさで、無音だが吼える仕草をすると独りでに歩き始めた。
「あいつ、性格悪ぃ」
顔に対して大きめな耳の右側に割れ目があるのを目に留めて、ジンは小さく呟く。
「行っちゃうよ?」
「追いかけるぞ」
再びハクを肩に乗せて、ジンは水色犬を追って歩き始めた。
道行く人がチラチラと視線をよこしてくるが、気にせずに進む。
確実に歩を進めて、人が全く居ない区画に入った。
「ここ、人が居ないね」
道行く人だけではなく、案内役も、連なる家の中にさえ、気配を感じない。
「そうだな。ここはあれだ、人間界とまだ深く交流があったころに、人間たちがやってくる場所だったんじゃねぇかな」
「ふーん」
確かに、宿が多い気がする。
魔法使いは人間界を訪れることもあるし、住んでいるものだっている。比較的自由に出入りしているのだが、人間は魔法界へ全く寄り付かなくなってしまった。それも、ここ数十年の間のことだ。決して魔法界に来る手段が失われているわけではないし、寄り付かないとは言いつつ細々と交流も続いていたのだが、ある出来事がきっかけでそれも途絶えてしまった。
だから、人間界からやってきた客を相手に商売をしていたこの区画は、使われなくなってしまったのだろう。きっとかつては、人間たちで賑わっていたはずだ。
静かな場所を自分の足音を聞きながら少し進むと、橋に終りが見えてきた。数本の道がそれぞれ行き止まりになって、必ず大きな鏡が置かれていた。
「鏡?」
「ねぇ、これって……」
水色犬は、幾つかの鏡のうちの一つを目の前にして足を止めた。そして、初めと同様に一つ吼える仕草をして跡形もなく消えてしまった。
「消えたね」
「あー、その可能性は考えなかった」
鏡の中に映るのは、片手で額を押さえているジンと、その肩の上でキョトンとしている白い猫だけだった。