ルア麺
魔法省から少し離れた食事処で、フェイとジンはカウンターで横並びに座ってルア麺を待っていた。昼時から少し外れているからか、狭い店内は空席が多い。ここはフェイの行き着けの一つで、特に角肉が美味いのだ。勿論、二人とも大盛りで頼み、一息ついた。
「お前、何してたんだ?」
「もちろん、お前を出待ちしてたに決まってんだろ」
詳しく聞いてみると、朝起きると既にフェイの姿が無く、誰に聞いても行き先は分からなかった。昨日のことがあったから、きっと魔法省に出向いたのだろうと見当をつけて張り込みをしていたらしい。
もしも違ったらどうする気だったんだと思ったが、「あと少し待って出て来なかったら確認しに乗り込むところだったぜ」と言われ、心底あれで終わって良かったとフェイは思った。
「昨日の話、したのか?」
昨日の話とは、勿論Jという男が石化した件だ。
「あぁ」
「何だって?」
「昨日石化が起きたという話は、届いていないそうだ」
「あー、あ? どういうこった」
お待ちどう、とカウンターに乗せられた器を二人は受け取って、箸を取り出す。
「つまり、あの男の石化した体を誰かが持ち帰ったか、あいつが生き返ったか、俺たちが嘘をついているか、だそうだ」
「はぁ?」
まぁ、そういう反応になるよなぁとルア麺を啜りながらフェイは思った。
熱く白っぽいスープの中に麺が沈み、その上に野菜と角肉が惜しげもなく乗っている。自家製の麺と絡み合うスープが絶妙で、どんどん食べてしまいたくなる味だ。
「因みに、盛大に疑いの目で見られてた」
「お前が行ったの、失敗だったんじゃないか?」
「長い話に耐えられず喧嘩し始める奴が行くよりマシだろう?」
「ぐっ!」
麺を喉に引っ掛けたらしいジンは、慌てて水を飲んで咳き込んだ。
「いつの話をしてんだ、いつの!」
「少なくとも十年以上前だな」
「俺だって成長してんだ。そのくらい余裕で聞き流せる!」
「はいはい」
大昔に二人揃って魔法省に呼ばれたことがあった。何の用事だったかは忘れてしまったが、一つだけ印象に残っていることがある。それは、メガネの長い話に耐え切れず、最終的に机の上に土足で乗って文句を言い始めたジンの姿。
あの時にフェイは誓ったのだ。もう二度とこの男と来るのはやめよう、と。そんなことがあったから朝早くから家を出、フェイは一人魔法省に出向いた。
まだぶつぶつと言い訳は続いていたが、無視してこの先について思いを巡らす。
新たに得られた情報もない。一応場所を伝えて禁止魔法を使っていたという話までしたが、彼らに動こうという意志があるかどうかは不明だ。
何かを期待することはできない。
「そういや、ヴズズは一緒じゃないのか?」
「あいつは基本的に人間界には来ないぞ」
そういえば今朝は顔を合わせなかったなぁと思いながら、フェイは答えた。
「そうなのか?」
「少なくとも、俺は昨日まで一緒に来たことなんてなかったな」
「さすが、カーマ一族」
確かに『人間なんて滅べばいい』と思っている種族が、契約相手が行くからという理由だけで人間界に来るとは思えない。
だが、そうすると昨日のヴズズの行動はとても例外的だったということか。
「ヴズズはユーリーンの飯だけは認めているらしいからな」
「その割に知らない奴が作ったルア麺も食べてなかったか?」
ヴズズが昨日負った腹の傷は夕飯でルア麺を食べ始めるころにはすっかり治り、本人はそれはそれは豪快に食べていたのだが……。
「そこら辺は俺にもわからん」
フェイはそう言って、最後に残しておいた角肉を食べた。カウンター越しに麺のおかわりを頼むと、ジンが「俺も!」と声をあげる。
「で? あの時参戦できなかった理由とやらをきかせてもらおうか」
水を一口飲んでジンが言った。
「あの時?」
「とぼけんなよ。俺は大事な使い魔をのけ者にしてまでお前を庇ったんだぞ?」
「そうだったかな」
「お前な……」
戦闘に参加しなかったフェイを、ジンの為に責めたコク。だが、その気持ちを無視してジンはフェイの味方についた。
もちろん、フェイが何もしないのは何か理由があるからだと信じていたからだ。だからその理由を知る権利があるだろうとジンは言っているのである。
他の奴には言うなよ、と前置きをしてからフェイは続けた。
「謹慎中なんだ」
「は?」
「お前が去ったあとも、事件の後始末が色々と残っててな。俺はあれからずっと、人間界で攻撃魔法は使ってはいけないことになってる」
「ずっとって、お前それじゃあ」
「だから俺はあの戦闘に参加できなかったんだ」
だが、これでも自分のやったことを考えればとても軽い罰だと思っている。いや、ちょっとばかし長い執行猶予期間か。
「つーことは、今誰かに教われたとしても……」
「俺はお前を置き去りにして一目散に逃げるしかない」
「……天才と呼ばれた男が情けねぇ」
「それで俺は誰も傷つけることはない。天才なんて異名にこだわりはないし、幸い超重要機密事項になってるらしいから世間様にも伝わってはいない。堂々と道を歩けるし、生活に支障もない」
だからどうでもいい、と言った。
新しく来た麺をスープに絡めて、二人同時に頂く。
「その話の全容、ユーリーンは知ってるのか?」
「いや、知らないはずだ。少なくとも俺は話していない」
「そうか。ハクが知りたがってたんだが……」
「……まだ言えないな」
「どうして?」
「どうしても」
「あーそうかよ。お前、昔っから何か考えてることがあると絶対に言わないよな」
「理解が深くて助かるよ」
苦笑しながらフェイは言った。
「あれ? ジン……とフェイ?」
突然、後ろから声をかけられ、二人して振り向いた。
どこかで見たことのある顔だ。
確か……。
「お前、セルジオか?」
「魔法構築専攻の?」
「そうそう! 凄い、懐かしいですね!」
近寄ってきた彼は、魔法界の正装である黒いローブを身につけた学生時代の旧友だった。




