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シャッター通りとヤンキーファッション

「うわあ。やばいね。貸店舗ばっかり」

 閑散とした商店街を歩きながらミナミはいちいち驚きの声をあげる。

「おい、店のひとたちに聞こえるだろ。ちょっとは気ぃ使いなよ」

 ぼくはひそひそ声でミナミに注意した。これじゃまるで小さな子どものお守りだ。

 ミナミはごめんごめんと口先だけで適当に謝りながら、もの珍しそうにきょろきょろしている。

 男子小学生の格好で外に出るのはあんまりだから、ということでミナミはきょうも制服姿。連れのぼくだけ私服なのも変だからぼくまで制服。土曜日なのに。まあ、周りからは部活帰りの中学生に見えるだろう。十四年前と制服のデザインが変わってなくてほんとうによかった。

「昨日はわけわかんなくて怖いだけだったけど」

 ミナミはきらきらと目を輝かせている。

「あらためて、ここが十四年後の世界だと思って見てみると、発見だらけで面白い」

 そうかな。あまりにもしょぼい未来に、ミナミは内心がっかりしてるんじゃないだろうか。ぼくなら絶対に落ち込む。

 あ、ムラマツ肉屋。そう言ってミナミは角の精肉店を指差した。

「あそこ、コロッケが美味しいんだよね。お母さんと一緒に買い物に行ったとき、よく買ってくれるの。みんなには内緒って言って。未来でも売ってるのかなあ」

 それからあそこのケーキ屋さん、と、こんどは向かい側の洋菓子店(プチ・フルーレ? って読むのか? あの看板)を指差す。

「友達の家なんだ。なんかすごいおしゃれにリニューアルしてるから、びっくりしちゃった。友達ね、あ、るりっていうんだけど、フランスにお菓子の修行に行きたいとか言ってるんだよ。で、家を継ぐんだって。ああ、るり、どうなってんのかなあ。夢、かなったのかなあ」

 興奮して、いっきにまくし立てるミナミ。

「なんか、家出してずっと地元に戻ってなかったひとが、葬式かなんかでひさびさに帰ってきたらこんな感じで驚くのかなあ。いや、もっとしみじみしてるか」

「暗いよ、発想が。家出とか葬式とか」

 ミナミはドラッグストアの袋をぶん回した。

 ぼくらはミナミの身の回りこまごましたものを買うために町をぶらぶらしている。ほんとはデパートや量販店なんかに連れていければいいんだろうけど、こんな過疎の町にそんなものはない。せいぜい、シャッター通りと化した商店街が関の山だ。

 ちなみに、お金はいつも父さんがごはん代にと多めに渡してくれている。ミナミは意外と律儀に、行く店行く店できっちり領収書をもらってきていた。ありがとう、お金は十四年後のあたしが耳をそろえて返しますから、とか言って。

 十四年後のミナミ。二〇一二年現在の、二十八歳のミナミがこの世界のどこかにいる。

 ふと、違和感をおぼえた。同じ人間がふたり、同時に存在するなんて……。

「ふう。つぎ、どこ行こっか?」

 ミナミの声でわれに返る。今はとりあえず、ややこしいことは考えないことにしよう。

 きょうは父さんがひさびさの休みで家にいるので、一日どこかで時間をつぶさなきゃいけない。

 ソファで倒れこむように爆睡している父さんを起こさないように、そうっとぼくらは家を出た。父さんには、きょうは友達の家に行く、ごはんまでごちそうになる、とメールしておいた。

「せっかくだからさ、ミナミの見たいもの見てまわりなよ。なかなかできない体験だよ、未来にタイムスリップなんて」

 ぼくは言った。夕べさんざん逡巡した挙句、ぼくはやっぱりタイムスリップ説を支持することにしたんだ。といっても、まだ脳みそのはんぶんくらいはこのばかげた事態を否定したくてうずうずしてるけど。

 ミナミも、なにかを吹っ切るかのようにハイテンションで飛ばしまくってる。こんなおかしなことになって、はしゃいで気を紛らわしてないと神経が参ってしまいそうなのかもしれない。もしくは逆に神経が異様に図太いのか。いや、夢だと割りきってるのか。

「あたし、学校に行きたい。でもその前に腹ごなししなきゃ」

「コロッケ?」

 ミナミが満面の笑みでうなずいた、そのつぎの瞬間。

「あっ」

 ぼくは小さく叫ぶと、反射的にぎゅっと身を固くした

 文房具屋の隣、スーパーモリグチの脇の小汚いベンチのそばに、制服姿でたむろしてる男子中学生の群れ。校則違反の茶髪に丈の短い学ラン、だぶだぶの違反ズボンをだらっと腰ばきしている。卓球部の連中だ。

「なによ。きゅうに立ち止まっちゃって」

 ミナミはふしぎそうにぼくの顔をのぞきこむ。

「なんでもない。あっち行こう、あっち」

「ちょっと。なんなの一体。そうそう、モリグチにも行かなきゃ。モリグチが現役だなんて嬉しい」

「そんなことではしゃぐなよ。てか、あとでいいじゃん。あとで」

「あやしいなあ、きゅうに。あ、わかった」

 ミナミはガラの悪い腰ばき集団に気づいて、それから気の毒そうにぼくを見やった。

「さてはあいつら、いじめっこグループだね」

「いじめっこって……。死語だろ、それ」

 ぼくは声をひそめた。

「とにかく、そんなんじゃないよ。ただ、ちょっと気まずいだけで」

「ふーん。ひと悶着あったの? あんたまじめそうだし、あんな連中と接点なさそうなのに」

 接点っていうか……。一年のころぼくが卓球部に入ってて、一ヶ月もしないうちにやめてしまったっていう、ただそれだけのことなんだけど。

「ていうかさ、ヤンキー・ファッションて未来でもあんま進化してないんだね。あたしのとこでも不良ってあんな感じ。田舎だからかなあ?」

 どこまでも呑気なミナミ。ヤンキーが何を着ようが、今はどうでもいい。

「とにかく行こう」

 一刻もはやくこの場を立ち去りたい。うつむいて顔をかくすようにして、早足で歩く。

 スーパーの前を通りすぎようとしたそのとき、一瞬顔をあげてやつらのほうを見てしまった。そしたらあいつと目があった。あいつ、桜井タモツ。

 桜井は群れのなかでいちばん背がひくい。坊主頭を金色に染めた姿はまるで、いつかテレビで見たどこかの国のめずらしい猿そのものだ。小学校からのくされ縁で、ぼくを卓球部に誘ったのも桜井だ。

 桜井は驚いたようにぼくとミナミを見て、それから意味ありげににやっと笑った。しまった。完全に勘違いされた。あとでメールしとかなきゃ。

「ちょっと倫太郎、コロッケはぁ?」

「帰りでいいだろ、帰りで」

ミナミは不服そうに拗ねてふくれた。


 

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