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ここではない、どこかへ

 国道にもどったぼくを迎えにきたのは、なんと桜井だった。

 車ひとつ通らない闇のなか、ママチャリのまるい光が蛍みたいにふらふら近づいてきたのだ。

「何やってんだよ、こんなとこで」

「お前こそ」

「お前のオヤジさんから電話があったんだよ。倫太郎を知らないか、って」

 桜井の話はこうだった。父さんから電話をもらった桜井がすぐぼくの家にかけつけると、そこには沙雪や、近くに住んでるほかの友達なんかが集まっていた。紗雪がみんなに連絡をまわしてくれたらしいのだ。

 ぼくからミナミの住所を聞かれていた詩織姉ちゃんが、もしかしてこのあたりに行ったのかも、と言った。父さんはすぐに車を出し、ほかの友達を家に帰した。詩織姉ちゃんはぼくの家でなにかあった時のために電話番をしてくれている。桜井は、きみも遅いから帰りなさいと言われたけど、気になってこっそりチャリで探しにきたらしい。こんな、遠くまで。

「オヤジさん、この辺をずっと探してるはずだよ。朝まで待って戻らなかったら、警察に連絡するって」

「……」

「すっげえ心配してたよ」

 乗りな、そう言って桜井は自転車の向きを変えた。

「そういや、ミナミちゃんは?」

「……帰った」

「そっか、それでか」

「なにが」

「いや、お前、泣いてっから」

「泣いてないよ」

「いいんだ。よしよし」

 桜井はぼくの肩をぽんぽんと叩いた。

「そっか、お前もふられたのか」

「ふられてねえし」

「無理すんなよ」

 桜井はミナミが、もうどこにもいないことを知らない。

 いなくなる、だけど、いる、か。ミナミも、そして、母さんも。

「それにしてもさ、オヤジさん、よく俺の連絡先とか覚えてたよなあ。よくつるんで遊んでたのは小学校のころまでだったのに」

 ぼくはなにも言えなかった。おまえはまだ子どもだ、と、父さんは言った。それはこういうことなんだな、と思った。忙しいとか言ってても、ちゃんと知ってたんだ。ぼくと桜井がまだ友達だってこと。

 ま、ミナミと同棲してたことは気づかなかったみたいだけど。やっぱどこか抜けてる。

 それに、さ。

「はやく大人になりたい」

「どーした倫太郎。なんか悟ったー?」

 なんでもねえよ、と桜井の金髪をぽこんとはたく。

「それはそうと、おまえ、ヤンキーだったら、普通、盗んだバイクとかで迎えにこない? ママチャリって……」

「だってオレそんな度胸ねえもん」

「やっぱり、お前、向いてないよ」

「倫太郎もそう思う?」

 桜井は笑った。桜井とチャリで二ケツするのは、小五のとき以来だった。ずいぶん窮屈になったな、と思った。あのころより、ずっと。

「桜井さあ」

「なに」

「死後の世界って、信じる?」

「信じないね」

 即答されて、ぼくは軽く落胆した。せめて、おとぎ話に出てくるような楽園があればいいのにって、そんな場所にミナミが行ったのなら、ずっと空の上で幸せでいてくれればって。そう考えたんだ。だけどそんなものは、残された人間の気休めにすぎない。

「だけどねえ、並行世界は信じてる」

 出し抜けに、桜井はぼくに馴染みのないことばを口にした。

「何それ」

「知らねえの? 今この瞬間にも世界は無数に分岐してるかもなんだぜ。たとえばオレが、家出少年倫太郎を見つけることができた結果ある世界が、今いるこの場所。だけど同時に、運悪くすれ違っていた世界っつーのも生まれて、続いていくんだ。選択肢の数だけ世界が生まれて、同時進行で進んでくの」

「…………」

「なーんて、な」

 桜井は笑うと、わざと車体を大きく傾けてうねうねと蛇行した。

「バカ、振り落とすなよ」

「しっかりつかまっとけよ。……あー……」

 桜井が悶えて、ぼくは、どうした? と聞いた。

「ミナミちゃん、ちゃんと一九九八年に戻れたのかなあ」

「……ん」

 そのままぼくらは黙り込んでしまう。潮騒と、自転車のタイヤがまわる音だけが響いている。と。

「ミナミ、ちゃーんっ!」

 桜井がいきなり大声で叫ぶもんだから、ぼくはびっくりしてバランスを崩しそうになった。

「ミナミちゃーんっ!」

 なおも桜井は叫ぶ。なんだよこいつ恥ずかしいな、と頭では思いつつも、何か、胸のあたりから熱いカタマリがせりあがってきそうになって。それで。

「ミナミーっ!」

 ぼくも叫んだ。思いっきり、のどが焼けるくらい、大きな声を張り上げて。

 真夜中の冷たい空気を、肺いっぱいに吸い込んで。

「ミナミーっ。好きだーっ!」

「いいぞ倫太郎!」

「好きだ―!」

「オレも好きだ―!」

「ミナミーっ!」

 ミナミ。……ミナミ。

 

 やがて駅の近くのにコンビニに着き、そこで桜井は自転車を止めて父さんの携帯に電話をかけた。しばらくしてむかえにきた父さんは、まるで青春ドラマみたいにぼくをなぐった。父さんは泣いていた。

 帰りの車のなか、三人で肉まんを食べた。それはほかほかで、そういえば何も食べていなかったことを思い出して、夢中でかぶりついた。やんなちゃう、こんな時でもおなかがすくなんて。っていう、いつかのミナミのせりふを思い出して、ぼくはまた少し、泣いた。もちろん、桜井に見られないように。

 車窓から見上げる空は深い深い紺色をしている。その空の高いところに、オリオン座がのぼっていた。ミナミと別れたあの瞬間から、どれくらい時間が過ぎたんだろう。ミナミの星をさがす。オリオン座をとりまく星のなかでも、ひときわキレイで明るく輝く星。

 だけどあたらしい星なんてない。何度もまばたきして、目をこらして見ても見つけられない。うまれたばかりだから、まだ、地球に届かないほどかよわい光しか放ってないのか。そもそも星になんてなれないのか。それとも。

 ぼくは桜井の言った、無数に分岐する世界のことを考えていた。

 もしかしたら、ミナミはまた、どこかへ飛んだのかもしれない。ここではない、どこかへ。

 そうであるようにぼくは祈る。もう二度と会えなくても、ミナミが、ぼくの知らないどこかで、笑っていてくれるように。

 ぼくはそっと、涙をふいた。


次回、完結です

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