Ⅷ
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気付けば、ヴァンは通りを歩いていた。
太陽は既に沈み、薄い赤紫色が空を覆い太陽の余韻を残している。もうじきに空は暗くなり高いところにある今は薄く白い月が存在を主張し強く輝くのだろう。
足が重く、なかなか進んでくれない。
――何処に向かっているのか。
ラウ爺の話の後、ヴァンは産婆の到着を待つことなくイサナを呼んでくるといって部屋を飛び出した。イサナには要領を得ない説明ながらも理解を得られ、ミナトの元へ向かわせた。
その後、なんとなく家に入ることも出来ないまま冒頭へと戻る。
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街中を彷徨いながらたどり着いたのは、時計台の足下。見上げてみても、昼間ノアと過ごした屋上の様子は分からない。背景に藍色の空が広がっているだけだ。
……上ってみようか。
昼と同じように隣の建物の階段を上り、屋上から隣に跳び移り更に上を目指して時計台の最上階にたどり着く。
たどり着いたそこは殺風景な石畳で、見上げてみてもドーム状の屋根に覆われて夜空を目にすることは出来ない。
――星が見たい。
なんとなく、そんな気分になって建物の端、昼食を食べた所へと移動して上を見上げてみた。
「――あ」
思わず、声が漏れる。屋根の上、風に揺れる髪は透き通ったような金髪で。見慣れた彼女のもの。
「――ノア」
珍しく驚いたように倒していた体を起こした彼女は、こちらを見て眉をしかめて苦笑した。
「今日は来ないと思ってた。身体は大丈夫?」
ノアの手招きに誘われて、屋根の上に飛び上がり彼女の隣に腰を下ろす。常人なら到底登れない高さではあるが、二人とも身体能力は一般人より突出している。ノアは王族、神の血を継ぐもの。ヴァンは鴉、魔力の代わりに飛び抜けた身体能力を持つ。
そんなわけで以前よりこの場所は二人の定位置だった。
夜、ノアは城を抜け出して此処に来ることがよくある。落ち合う約束をした訳ではないが、不思議と二人がこの場を訪れる時は重なることが多かった。ヴァン自身、此処に来ることに理由はなく、ノアに尋ねたこともない。それでいいと思っていたし、見えない何かで繋がっているようでその関係が気に入っていた。
「ノアこそ、城に帰ったって聞いたんだけど」
そのつもりだったんだけどね、とノアにしては珍しく言葉を濁す。
ヴァンは疑問に思いつつ、いつものように腕を枕にして仰向けに寝転がる。視界には一面に星の瞬く夜空が広がっている。この辺りでは高台にあり、一番高い場所である此処には街の光もなかなか届かない。
ノアは膝を抱えたまま、視線だけを後方、ヴァンへと向け口を開いた。
「……あの人、無事?」
一瞬、ヴァンはそれが誰のことを指すのか解らなかった。自惚れではなく、ノアはヴァン以外の人に興味を示ししたことはないのだ。ヴァンは戸惑いを隠すように大きく頷いた。
「ミナトさん?無事だったよ。大事を取って、産婆さんに看てもらうらしいけど」
「産婆……」
「ああ、うん。お腹の中に子供がいてるんだってさ。……ノアがいなかったらって考えると怖くなるな。ホント、ありがとう」
「…………」
ノアは表情を変えずに、じっとヴァンを見つめる。
「そのせい?様子がおかしかったの」
「……おかしかった?」
「うん。表情がいつもより暗い」
ヴァンはよく視てるな、と苦笑いを浮かべた。ヴァン自身、理由が判らないものの気分が晴れないのは自覚していた。
「なんでかな。素直に喜べないというか、喜んではいるんだけど、もやもやするというか……」
素直に祝福出来ない自分が酷く嫌な存在に思えて、ヴァンはノアから視線を反らした。