Ⅵ
――――
――
ゆらゆらと身体が揺れている。
水の中なのか、宙に浮いているのか、もしくはふわふわの綿の中に埋もれているような、不思議な感覚。温かいようで、ひんやりと肌に馴染んでいく。相反するその二つが同時に自らを包んでてとても心地よい。
自然と自分の意識が夢の中にあることを理解した。
……早く、目を覚まさないと。
きっと、彼女は泣いている。胸のうちに独り抱え込んで。理由は分からない、何も話してこなかったんだから何も分からない。だけど、
『――俺が守るよ』
そう遠くない昔に告げた誓い。それからは何度も彼女に伝えてきた。きっと本気にはしてないんだろう。だけど、それでも可笑しそうに、嬉しそうに笑うから……。
突如背中に軽い衝撃を感じて、それをきっかけに沈んでいた意識が少し浮上する。さっきの衝撃はベッドに寝かされたもののようで、身体が布団に深く沈むのを感じる。
しかし、まぶたが重い。
あ……。
前髪をかき分けて、額に手が触れた。それは何度か額から頭頂まで往復し、彼の長い前髪を撫で付けていく。困惑しつつも、その手がひんやりと心地よいので目を閉じたまま自由にさせておく。
………………。
…………。
「!?」
パタン。と扉の閉まる音とともにヴァンは跳ね起きた。
「……あれ、ノア?」
今の今まで傍にいた気配が消えてることに首を傾げる。
もしかして、今出て行ったのが彼女なのか?
追いかけようと、床に足を下ろした所で扉が再び開く音がした。
ほっと息をつき、そちらに目をやるとそこにいたのは身長は彼女と同等――成人にしてはかなり小柄だ――だが白髪の混じった男。
「よーぅ、坊。目ぇ覚めたのか」
「なんで、爺さんがここにいる?」
そこにいたのは、城に仕える騎士。城下街の警備隊長である彼は街の皆からラウ爺と呼ばれて割と慕われている。爺、なんて言うと決まって
「爺さんはやめろ。儂はまだ58。儂が子供の頃は70過ぎた輩がピンピンしておったぞ」
――なんて言葉を返してくる。
儂、なんていう一人称とその喋りかたから爺とは呼ばれてるものの、背筋はピンと伸びており、体力も有り余ってるようである。平均寿命が50歳の昨今、御話に出てくるような髪の毛真っ白のヨボヨボの老人、なんてものは殆どの人が見たことないだろう。
「それより、今のノアだろ?何処行ったんだ?」
今すぐ追いかけたい気持ちを抑えて問うと、ラウ爺は何か言いたげに顔をしかめつつ口を開いた。
「姫サンは城に帰ると言っておったが……、それより坊、彼女はこの国の王女で次期国王だ。二人きりの時はともかく、誰が聴いてるか分からないような所で呼び捨てにするのは止めておけ。今日の騒ぎで成人の儀を目前に王女の顔が民衆に知られてしまった事もある」
注意しろ。と低い声で諭すように言われれば、自らのことを慮って言ってくれているのは充分に伝わる。それでも。
「ノアはノアだしなぁ……」
と心中をそのまま声にすると、呆れたと言わんばかりの大きなため息が返ってきた。
しかし、それは言葉にされることはなく「それより」という声と共にラウ爺の視線がヴァンの背後に移る。
その視線を追って、振り返り息を呑んだ。
「……ミナトさん」
ヴァンの寝かされていたベッドの向こうにもうひとつベッドがあり、そこに彼女は横になっていた。顔色はそれなりに良くなっていて、ゆったりと胸が上下していることにまずは、ほっと息をつく。
親不孝というか、恩知らずというか。
なんで、こんな重大な事が頭から抜け落ちていたのか。自己嫌悪に陥るもラウ爺の言葉に遮られた。
「お前が気を失ってからの事だがな――」