Ⅳ
ヴァンとノアは街に降りて中央広場へとゆっくりと向かっていた。
辺りにも商人達で活気が溢れ、それにつられた民衆達でかなりの賑わいを見せている。
たくさんの店舗が並び、その形は小さな露店が組まれたり、敷物の上に商品が並べられていたりと様々だ。取り扱う商品も多種多様で香料や織物、飾り物、珍しい魔法道具もあったりして各地方の名産品特産物など国内外から集まった様々な物で埋め尽くされている。
先程の地震で多少品物の損壊があった様だが、大きな影響は見られず騒ぎも起きていないようだった。
というよりも連日あちこちで起きている為、耐性がついているのだろう。
「何か食べるか?」
人の多さからヴァンの後ろに隠れるように付いてくるノアに問いかける。
朝方にサンドイッチを食べただけで、それ以降何も口にしていない。ずっと動いてない為、腹はそれほど減っている訳ではないが喉が渇きを訴えている。
それに、食べていないと意識すると何か食したくなってきた。つまりは、小腹が減っていた。
「ねえ、あれ何?」
服の裾をくいと引っ張るノアはササラ飴に興味を引かれたようだ。
ササラ飴とはその名の通り、ササラという一口大ほどの実の皮を剥いて、砂糖を溶かしたものでコーティングしたものだ。
それをいくつも枝分かれした棒に分かれた先それぞれに取り付けて一本の木の様な形にして売られている。ササラの実自体は桃色だがコーティングしている飴はカラフルで、見た目はかなり綺麗で可愛らしい。屋台に並ぶ定番の商品だ。
よく小さな女の子が買って持っているのを見かけるけど……。と、ノアの様子を伺うとキラキラと瞳を輝かせてササラ飴を凝視している。
「……ふっ」
思わず、声を漏らしながらも手で口許を覆い笑い声を上げることを防いだ。折角のノアの機嫌を損ねたくはない。
それでなくても、ノアの年相応の表情が見られるのは珍しいのだ。しかも人前で。
ノアの手を引いて屋台の前まで進み、ササラ飴を1本とついでにアイスティー1杯を頼み、銅貨――クリスタルの欠片。銅貨であることと王国紋が刻まれている――4つと交換する。
ヴァンの髪色に目を止めた店員が一瞬複雑そうな顔をするが、断られる事は無かったので問題ない。
「はい」とノアに手渡すと、無言で受け取り、ヴァンを見つめる。どうすればいいのか迷っているようだ。
「食べるんだよ。この棒も食べれるんだぜ」
ヴァンはそう言って、飴の1つをパキッと枝ごと折って口にいれ、棒を持って口の中で飴をころころと転がす。
ノアもそれを見ると、枝を大分短めに折り取って口の中に放り込んだ。
しばらく無言で味わっていたが、ガリッという飴の割られる音がしたと思うと、目を見開いた後に頬の筋肉を緩ませ喜色を表した。
「美味しい。美味しいね、これ」
満面の笑みで、今にも跳び跳ねそうなその様子に思わずヴァンの頬も緩む。
「飴の中の、なんだろ甘酸っぱいの」
「ササラの実だよ。ササラ飴て言うんだよ」
「ササラの実!これすっごく美味しい」
「食べたことない?」
「わかんない。似たようなのはあるけど、名前分かんないし甘いだけだった」
「ふーん」
話の合間に聞こえるガリガリと飴の噛み砕く音が気になるが、それだけ気に入ってくれたのだろう。
「ふ」
まだ口の中に入ってるのに、二つ目に手を伸ばしてるのを見て、思わず笑ってしまいそうになり口に手を当て声を押さえる。 余程お気に召したらしい。
「何よ」
「別に?」
ジト目でこちらに視線を向けてくるノアに笑顔を返しヴァンもガリッと音を立てて飴を砕き手にしていた棒を口の中に放り込む。美味い。
「あれ」
2個目を口に入れて今度は噛まずに口の中で転がしているノアが、再び服の裾をくいと引っ張っ自身の視線の先を指差した。
ノアの指差した先には見慣れた女性の横顔。ミナトだ。
丁度、ミナトも二人に気づいたようで一瞬バツの悪そうな顔をしたあと笑顔で軽く手を振ってくれた。それに振り返すと笑顔が一層深くなり、一礼した後に行ってしまった。
「いいの?お店」
「いいんじゃないか。店自体奥まった所にあるからこういう日はお客さん全然来ないんだ。休むとは聞いてなかったけど」
――それより、体調は大丈夫なんだろうか。今見た顔色は悪くは無いように見えたけど……。と一瞬顔を曇らせるも、ノアに腕を引かれ視線を戻す。
「ヴァン、あれは何?」
ノアの指差す先には小さなガラス鉢に水や飾りの入った置物があった。中には一匹、魚の様な物が泳いでいる。キラキラと光源のない光を放っていることから魔法を使った土産物の1つだろう。上手くは説明出来ないので近づいて見てみることにする。
「へぇ、綺麗」
割と人気があるようで、数人が買い求め列になっている。そのおかげで店員に構われる事なく鑑賞することが出来た。
「魔法ね。こんな使い方もあるんだ」
しげしげと陳列されたそれらを眺めるノアを横目に、ヴァンは値段を確認して思わずくっと喉を鳴らした。 全財産でも足りないんだけど。欲しいと言われたらどうしようか。
「でも、可哀想ね、この子。鉢の中で生まれて魔力が尽きるまで独りぼっち」
くすりと自嘲気味な笑みと共に吐き出された言葉に意識を戻す。その声色は悲しそうで力は抜けていていつものノアとは違って見えた。
ノアはよくこんな表情をすることがある。その時のノアの瞳は冷たく、何処か遠くを捉えており、少し怖い。
「ーーっ、行こう」
思わず、ノアの手を取り少々強引にその場から離れる。
早足でノアを引っ張る形で歩き、どれだけ進んだか分からないまま気付くと中央広場辺りまで来たようだ。
広場の中もさして通りと変わらないが、違うのは一部に舞台が設けられていることだろう。各地を巡る、大道芸人やら奇術師やらが芸を披露する屋外劇場である。
「ねえ、ヴァン、あれは何?」
ノアの言葉にようやく足を止めるが、その落ち込んでた様子は微塵も見せない彼女に拍子抜けする。じろりと睨んでみれば、ん?と可愛らしく首をかしげられた。
あれ、と指差す先はいくつもの風鈴が吊るされた屋台。
「すごく綺麗!!」とはしゃぐ姿は先程と同様、見た目相応の少女。
それにつられて、ヴァンもふわりも表情を緩ませた。