Ⅱ
家を出た二人は、中央広場から東に伸びる通りを歩いている。
元々は深く考えず、街の広場で食べようかと思っていたのだが、想像より人が多く断念したのだ。
ノアは人嫌いだ。それ以前に彼女の立場上あまり人の多い目立つ場所に居座るのもどうかと思われるが。
そこで、どうせならミナトさんの言った通りに景観が良いところで食べたいというノアの希望から、それなら其処しかないだろうということで、二人にとっては馴染みの深い穴場へと、空腹をこらえて足をすすめているのだ。
日は既に姿を見せて地上を暖めており、首筋を撫で黒髪を揺らす風がとても柔らかく気持ち良い。
ヴァンの少し前を行くノアの足取りは軽く、今にもスキップでも始めそうな彼女の動きにあわせて揺れる長い金髪が朝日に照らされてキラキラしている。
それを見てると、胸がぎゅっとなり、少し苦しい。それでいてなんかふわふわしたものが溢れてきそうで、たまらなくなってヴァンは目を逸らした。
あー、この現象?感情?はなんていうんだろうか。
――――
王立図書館の影にひっそりと佇む焦げ茶色レンガの建物に足を踏み入れ、階段を上り屋上へと向かう。
更にそこから隣の建物へと飛び移り、窓から侵入すると更に上へ上へと登る。
最上階へと到達し扉を開けると勢いよく吹き込んでくる風に思わず目をつぶる。外に目をやると中々の高さだ。
もうちょっとだから。と背後のノアの様子を伺えば疲れてる様子はなくほっと息をつく。
壁から突き出た幅の狭い石の階段を上れば目的地だ。
上りきった其処は、四方から伸びる太い柱がドーム状の屋根を支えているだけで、その中心にある元々は大きな鐘を釣るし支えていたであろうがっしりした金具がすこし物寂しい。
此処は、使われなくなった時計台。
大分前、図書館を訪れた帰りにたまたま登れる場所を見つけたのだ。
吹きさらしの状態だが、この王都は滅多に天気が荒れる事は無いし、王都の全体を見渡すことができ眺めは最高だ。
彼らは、太陽に背を向けて柵を越えた建物の縁に腰を下ろし、針のなくなった文字盤の上方に足を投げ出す形になる。うん、良い眺め。
さっそくバスケットからサンドイッチを取りだしバスケットを台としてその上に広げた。
彼女の視線がバケットに移ったのに気付いて「食べるか」と声をかけるとノアは嬉しそうな笑顔で思い切り頷いていた。
見事に綺麗に形の揃えられたその中から1つ手に取り、持ち上げると香ばしい薫りに食欲が一層そそられる。
ごくり。と一度喉を鳴らして唾を飲み込むと大きく口を開けてそのサンドイッチにかぶりついた。サクリと音をたてる。
中身はサイコロ状に切られたハムとクラッカーをマスタードと特製の濃厚ソースで和えたもの。ヴァンのお気に入りだ。
「美味い」
しっかりと咀嚼し味わってから、嚥下し感嘆のため息ともに言葉を漏らす。
相変わらず、ミナトのサンドイッチは文句なしに美味い。
ふと、隣を見ると卵サンドを手にするノアとバッチリ目が合った。
少し恥ずかしくなって「なんだよ」と、声をかけると「ううん?」と首を振られる。
「幸せそうだなーって」
「美味いからな」
そういうことじゃないんだけど、と苦笑しながらもノアも手にしていたサンドイッチを食べ始めた。
それを見て、ヴァンも食べる手を進める。
――しあわせ、ねぇ。
確かに幸せっていうのかもな。こういうこと。
優しい人達に囲まれて、美味しいものが食べられて、何より隣にノアがいる。
なるほど。それ以上の言葉は無い気がした。