邂逅
───夜。
風は無く、生き物達も息を潜め、ただ雨の打ちつける賑やかな音だけが森中に響いてる。
夜空を彩る光でさえ今はその姿を隠している。
真っ黒な世界がどこまでも続いていた。
「────」
ふと。
永遠に続くかのような空間に小さな異質な音が混じる。
本当に微かなその音は断続的に続き、少しずつ大きくなる。
ぬかるんだ森の地面を踏む音のようだ。
音は不規則的で弱々しく、その音の主は大分疲弊しているようだった。
そして、その音の主はどうやらこちらへ近づいてくる。
「…………」
少女は微かに眉をしかめ、重たい瞼を持ち上げ、長い睫の奥に金色の瞳を覗かせた。
このあたりの一番大きな樹の幹に寄りかかって、静かに瞳を閉じていた彼女。この永続的な空間に異質なはずのその存在に何故か違和は無く森と同化しているかのようでさえあった。
彼女は無表情である一点を見つめる。
「…………」
見つめる先の音は徐々に近くなり、程なくして姿を現した。
──最初は二つの青い光だった。
ふらふらと上下に、左右に不安定に揺れるそれは幼い少年の瞳。
齢十にも満たないだろう幼いその少年は細くやせ細り、足を止めたらそこで命が終わるかの様にひたすらに足を動かしていた。
何度も転んだのか、衣服は泥で汚れており、長く伸ばされた深い黒の前髪から覗く青い瞳だけが光を放ち、存在を強く主張しているようだった。
彼女の表情に変化はなく感情を読み取ることは出来ない。
満身創痍の少年は少女との距離10メートルといったところで漸く彼女の存在に気づいたようで、目を見開いてひっと息をのみ、その拍子に足をもつれさせ、ぬかるんだ地面へと倒れ込んだ。
「…………」
少年は息も絶え絶えに上半身を起こし、立ち上がろうと足に力を入れるが、もう自身の足は動きそうにない。 彼は緩慢な動作で顔を上げた。
絶え間なく降り続ける雨によって肌の泥は流されていく。
「…………」
少女と少年の視線が初めて交差する。
少年はただまっすぐに少女を見つめ、少女は一つ瞬いた後に、少年の背後へと視線を向ける。
そこにはただ闇が広がるだけ。だが少女はその奥に潜み蠢く影に気づいていた。此処まで少年を追いかけて来たものだ。少女が彼から離れたら喰らうつもりだろうか。
「…………」
少女はふらりと立ち上がり、彼女の金色の髪と真っ白なワンピースはその動きに合わせて揺れる。
不思議とどこにも汚れはなく、雨に濡れてもいない様だった。
彼女は、迷うように視線をさまよわせる。
少しの逡巡の後、ハッと目を見開くと不思議そうに自らを見上げる少年に向かって口を開いた。
「――――――みつけた」
────全てが動き出すのはもう少し先のこと。
始まりは既に遥か遠く、終わりの音は今はまだ聞こえ無い。