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孤高の道  作者: 一葉鳴乃
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「ほぉ〜、ここが学校ってやつか」


人間界一のマンモス校で世界で唯一のハンター養成学校であるここ、大湊学園を前に灯弥は叫んだ。入学式の日であるためいつもより人が多いがほぼ全員、嫌な物を見る目を灯弥に向ける。本人はまったく気づいていないのだが。


「田中様、入学式の前に理事長がお会いになりたいとのことですのでそちらへ向かいます」


黒いスーツに怪しげなサングラスをかけている人物は田中様とやらに話しかけたが返事はない。もう一度名前を読んでみたがこちらに見向きもしないことに腹を立てたスーツの女は肩を掴み耳元で叫ぶように呼ぶ。


「田中様!何度呼んだらよいのですか!」

「あ、俺?」

「当たり前です!」


灯弥は学校に見とれていたから気づかなかったわけではなく、単純に田中というのが自分だと認識していないから返事をしなかったのだ。それもそのはず、灯弥に田中という苗字が与えられたのはつい半日前だからである。

魔界と天界には苗字という文化がないのだが、学校に通うにはそれが必要だということに気づいたのは灯弥が魔界を出る日の三日前。もちろんそれを考えるのはヒュッテとマリーであるわけで、苗字というものに縁が無い二人は悪戦苦闘し〈田中〉に行き着いたのが出発の直前。ただでさえ言葉が苦手な灯弥には覚えられなくて当然と言っても過言ではない。

よって灯弥は自分が田中灯弥という名前だということを今だに認識できていない。


「あー、俺田中ってのになったんだった」

「(この子大丈夫かしら…)あまり時間がありませんので急ぎます。はぐれない様ついて来て下さい」

「はいはい。おねぇさん」

「柏木だと何回言ったら覚えるのですか」

「柏木さんね、柏木さん…柏木さん…」


自分の名前を反復している後ろの男の子をチラリと見てから、深い溜息をついて柏木菜穂子は歩きだした。


理事長の秘書をしている彼女が新入生を魔人橋まで迎えに行って欲しいと言われたのは数日前のことだった。

魔人橋とはそのまま人間界と魔界を繋ぐ橋のことだが、柏木は今日まで一度もそこに行った事がなかった。それもそのはず、人間が魔界に行く事は余程の変わり者でない限りないとされ、魔界に住む悪魔以外その橋には用事がないためである。

その話を理事長から聞いた時に柏木は様々な考えが頭を駆け巡った。魔人橋を渡って来るということはつまり迎えに行くのは悪魔である、そして新入生ということはこの学園に入るということ、極め付けは普段仕事でもあまり人と会うのは避ける理事長が自ら客人をお連れするように指示を出したこと。さらに、話を詳しく聞くと客人は悪魔ではなく人間であることと入学試験は自分のコネで免除したことが発覚した。


人間なのになぜ魔界に住んでいたのか、理事長がコネを使う程の人物とはどんな大物なのかなどあらぬ予想が次々と思い浮かぶ。

もう一度振り返って確認してみるがどうしてもそんな偉そうには見えず思わず心の声が出てしまった。


「こんな世間知らずがなんなのかしら…」

「ん?なんか言った?か…かさ…」

「柏木です。いえ、理事長室に到着いたしましたので失礼のないようにと申しました」

「へぇーい…」


気の抜けた返事を聞いてなんて緊張感のない子なのかしら、そう思わざるを得なかった。

今からあの大湊学園の理事長と会うというのに、と。




「失礼します。理事長、お客様をお連れいたしました」

「ご苦労、柏木」


すっくと立ち上がった大柄で気品のある男は重圧感も充分に兼ね備えていた。

彼こそ大湊学園の最高権利者である理事長、大湊徳栄であった。


「理事長、あまりお時間がございませんがいかがしましょう」

「そうだな、歩きながらでも少し話をしようか。君が灯弥君だね?」

「そうだけどおっさん理事長って名前なの?変わってんねー」

「おっ…!」


まさかのおっさん発言に柏木は一種で血の気が引くのが分かった。この人にこんな軽口を叩けるのはこの世で三人にも満たない。


最悪この少年は殺されかねないーーー

そう覚悟したが、理事長はそんな柏木の胸中とは裏腹になぜだか不敵にも微笑んでいた。


「私の名前は大湊徳栄という。理事長とは…そうだな、あだ名とでも思ってくれていい」

「ふーん…」

「さぁ、あまり時間がない。入学式の会場に向かいながら少し話をしても良いかな?」

「いいぜー。俺も道わかんねーし」

「そうか、ならばよかった。…柏木もついて来なさい」

「は、はい…」


パタリと静かに扉を閉めた柏木の表情を見てか、理事長はぼそりとこう呟いた。


『大丈夫、君にも訳は話そう』


その言葉が脳の奥深くまで響いた柏木が、頭の後ろで手を組んで飄々と歩く目の前の男が大湊徳栄よりも恐ろしく感じてしまっていることには気が付かなかった。

しかし次の瞬間、その感覚が自分でも嫌でも分かる程はっきりとした物になった。


「私はね、ヒュッテ君と昔からの知り合いなんだよ。君のことも彼に頼まれたんだ」

「え、おっさんヒュッテと知り合いなの!?早く言ってよ〜」


柏木の記憶の中に理事長とも知り合いになれるヒュッテという人物は一人しか出てこなかった。しかしその一人がどんな人物だったのか自分の記憶を疑う程に自信がなかった。なぜなら、目の前の少年は理事長よりもそのヒュッテという人物と親しげであるからだ。


頭の中で必死に自分に言い聞かせる。自分の思っている人物とは違う人の話をしているのだと。

混乱している柏木をよそに二人は楽しげに会話を続ける。理事長はもちろん彼女がどのような心境なのかを分かっていながらだ。


「彼と約束したことがあっただろう?私からも君に守るよう言ってくれと言われていたんだ」

「ちゃんと覚えてるっての。ヒュッテの名前は口に出さない!ちなみにマリーはおっけー!でしょー。魔界に住んでた事も口に出すな!でしょー。それとー」

「おっと、そこまで言えれば大丈夫だ。ヒュッテ君も安心していることだろう」

「頑張って覚えたんだよ。ていうかあの二人俺に苗字ってのつけるの忘れてたとか言って昨日いきなり言われたんだぜ?覚えられるかっての!タコっぽい感じだった気がするけど」

「田中だろう?君は田中灯弥だ」

「そうそう!おっさんちゃんとしてんね〜」

「あぁ、おっさんだからな。…さて、君はこちらから他の人と合流して新入生として式に出る。色々と大変だろうが精進するのだぞ」

「はいはーい。道案内あんがとねー、おっさんとかささぎさん! 」


スタスタと歩き去る背中に柏木は小さく呟いた。


「柏木です、と何回言ったら覚えるのですか…」











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