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7.畏怖—Awe—

遅れてすみません。

ようやく時間が取れました。




「「あ」」


そう声を上げたのはどちらが早かったか。

予期せぬ事態に涼も、先程道案内を頼んだ男子生徒も目が点。しかし、こうなることは多少なりとも考えなければならないことだった。


それはそうだ。同じ二学年と言う縛りがある以上、そしてこの学園に二学年のクラスは七クラスあるために単純に考えて確率的には七分の一。決して天文学的数値でもなんでもない。

だが、二人が驚いたのはその確率を考えていなかったことであり、またてっきり違うクラスなのであろうと思っていたからだ。


互いに視線が交錯する。

咄嗟のことで頭が回らなかったのか、お互い視線を逸らすことができずに硬直して数秒、早川女史が訝しげに声をかける。


「どうかしましたか?」

「あ……いえ」


我に帰った涼はなんでもないと首を振って答える。幸い早川女史はそれ以上追求してはこなかった。

代わりとばかりに微笑を浮かべて教室全体を見回す。


「はい、では今日からこのクラスに転入してもらうことになった雅志涼くんです。では、雅志くん」

「はい」


紹介を受けて教卓の前に立つ。先程から受けていた周りの視線がよりいっそう強くなった気がした。



──と、言っても、何か特別に思うことは無いのだが。



「雅志涼です。よろしくお願いします」


──いや、それはあんまりだろう。

と、この場にいる全員の気持ちが唱和した。


軽く頭を下げる。余りにも簡素過ぎる挨拶だった。


教室内が俄かに騒ぎ立った。もっと何か話すことを期待したのだろうか、主に男子生徒たちから釈然としない感を漂わせてきたが、涼は微笑を浮かべて黙殺した。

反対に女子の黄色い反応を示すがこちらも生憎とスルー。伊達にミーナによってこのスキルを鍛えられていないのだ。



そこで困ったのが早川女史。

彼女もてっきりもう少し何か話したりするものだとばかりに思っていたのだ。その方が都合がいい。主にHRの時間を潰すという意味で。

苦肉の策として早川女史は口を開く。


「え、ーとですね。じゃあ、折角ですし、ここで質問タイムにしましょうか。折角ですし」


何故二回言ったらとは誰も言わない。まるでこの教室ではそれが当たり前だと言わんばかりに。


ここで更に涼が困る。

一体何を質問されろと言うのだろうか。いや、受身であるためまだ楽なのかもしれないが、しかし同年代の少年少女とは──ミーナなどは例外だ──全く話したことも無い故にどう返せばいいのかわからない。故に表情は兎も角内心では困惑の極みに達していた。



しかし、そんなものは杞憂に終わった。



──沈黙。


いや、正確には完全な沈黙と言うわけでは無い。生徒はコソコソと周りの者と何事か話してはいるが、何か涼に対して言葉を向けると言うことは無い。


そう、例えるならば、バスの中で次の駅で降りるときに誰がボタンを押すか神経を配りながら待ち続け、最終的に誰も押さずに通り過ぎてしまうような、そんな空気。

別に言いたいことが無い訳では無い。ただ、それを先んじて言うことに抵抗を覚えているような表情でコソコソと話し合っている様子は、涼をしてもかなり居心地が悪いのだ。


早川女史はこの展開を予想できなかったのだろう。頭の中ではクラスの生徒たちが矢継ぎ早に質問をしているような光景が広がっているに違いない。どうにかして欲しい。

そんの類の視線を向けると、早川女史は苦笑いを浮かべ、数秒考えた後悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべた。


「じゃあ、先生から質問です。ぶっちゃけた話、雅志くんの好きなタイプを教えてください」


おー!!と、教室が俄かに色めき立つ。流石思春期の少年少女と言うだけあって、この手の話は大好物らしい。

ふと、視線を窓際に向ける。先ほどの男子生徒の反応が気になって。生憎と無反応で外に目を向けていたが。


やはり嫌われたか、と思う。日本に来て、折角あんな──と言っても職員室への案内を案内をしてもらっただけだが──良い人と知り合えたのだから、友達に成りたいと思っていたのだが。


まあ、野郎の色恋に頓着を向けないというのはある意味健全か、と納得して口を開く。


「タイプ、ですか……そうですね、恋愛というものに頓着してこなかったので、わかりかねます」

「でもでも、序列一位ってことは、序列上位の方々ともお知り合いですよね?綺麗どころが選り取り見取りじゃないですかー」


そうだよなー、と口々に生徒たちが頷く。

頭の中でミーナを筆頭に、知り合いと言う名の危ない人リストを紐解いていくと、はたと気付く。


「あれ?どうしてそのことを?」


“そのこと”と言うのはもちろんTSOに所属している、しかも序列一位であるということだ。(正確にはこの機関の学生たちもTSOに所属しているということになっているのだが、ここで言う所属しているとは実際に“現場”に出向く者のことだ)

その辺のことはさすがに風潮するのはマズイだろうと、珍しくそんな気の利いたことを思っていたため、さらにもっと言えば涼自身メンドウなのはゴメンなため、何も言わなかったのだが。


眉を顰めながら考えていると、ある人物が頭を過る。


「……ああ、あの人か」


思いついた瞬間、更に眉間に皺が寄った。


もちろん“あの人”とはTSO日本支部支部長である黒羽 真二のことである。

本来であれば、そんなことを言いふらすことになんのメリットもない。が、時々茶目っ気と言う名の嫌がらせをしてくることがあるのだ。恐らく、今回もその一環に違いない。

そう思えばなんだか考えることがバカバカしい。頭の中で高笑いを上げる黒羽を黙らせ、ため息を吐いた。


だが、生徒たちは苦笑いを浮かべて、互いを見合っている。

そのことに小首を傾げた涼だったが、早川女史が補足する。


「確かに、黒羽支部長が先週全校朝会に突然乱入してきて、いきなり雅志くんが転校してくると発表するだけして帰ったのは驚きましたけど……」


おい、なにしてんだ、あの人は。

思いっきり職権乱用である。涼は密かに職員全員に合掌した。


しかし、早川女史の言葉はそこでは終わらない。


「でも、多分雅志くんが突然学校に登校してきたらそれだけでもっと酷いパニックになってたと思いますよ」

「……どうして?」


わけがわからないと更に首を傾けると、早川女史は困ったように告げた。


「……“序列一位の雅志涼”と言えば、有名ですから」


TSOの序列持ちと呼ばれる者たちは、保因者(テイカー)たちにとっては憧れの対象であり、畏怖する対象である。要するにアイドル的存在なのだ。

出向けば歓喜の声が上がり、帰ってくれば祝勝会ということでパレードも行われる。当然、報道の目にも晒されることもある。


しかし、こと涼に関してはそのようなことは一切ない。

それは涼が出張ることはほとんどなく、さらに言えばあまり目立ちたがらないためか、ほとんど本部からは出ない。当然、写真を取られることもほとんどない。

そのため世間からは遠ざかっていたように本人自身思っていた──のだが。


疑問に思う涼だったが、丁度よいタイミングで予鈴が鳴った。


「あらー、もう時間ですね。では、雅志くんの席は窓際から二番目の席です。何かあったら、学級委員の人に聞いてください」

「あ、はい」


窓際から二番目、それはつまり先程の男子生徒の隣である。

目を向けてみると彼は憎々しげに早川女史を睨みつけていた。それに気付いてか気付かずか、手早く号令をすませて出て行った。


いつまでも教卓の前に立っていても仕方がないので、指定された席へと向かう。周りでは少し静かながらも授業前の会話を楽しんでいるようだった。


「あ、えと、隣よろしく?」


取り敢えず隣の席になったのだからそのぐらいの挨拶はした方がいいだろうと声をかけた──瞬間、空気が凍った。


「え?」


先程まで和やかだった教室内の雰囲気が、涼が男子生徒に声をかけた瞬間にまるで崩壊したのである。

ギョッとする涼だが、周りは同じように涼を見ている。そこでようやく、涼は自分が何か地雷を踏んだのだと気付いた。



それがなんなのかは、結局本令が鳴るまでわかることは無かった。



結局男子生徒は涼に返答を返すことなく、まるでそこに|自分は存在していないと主張するように《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》授業の準備に取り掛かるのだった。













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