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6.遭遇—Encounter—




TSO内の教育機関は、そのどれもが広大な敷地面積を誇る。それこそ他の学校が霞んで見える程に。


その中でも第一高等学校は教室などがある第一、二棟、特別教室などがある第三棟とに別れており、それぞれを空中回廊や渡り廊下で繋がれている。

恐ろしいことに、校門から見て校舎の裏を少し行くと巨大なドームが姿を見せるのだ。東京ドームより二周り程大きな。


ただ、程度の差はあれこういった施設の充実を測っているのは何も日本支部だけに限ったことでは無い。


それもその筈で、テイカーとはどこの国でも言わば生命線である。天使や神が人類に破滅をもたらそうとしている状況で、テイカーの質が落ちていれば落ちている程自分たちの首を締めることになるのだ。

アフリカが落とされた今、決して他人事とは言ってられない。明日は我が身、そう思ってTSOに毎年莫大な量の出資金をする。その金でTSO内の設備の充実を図るのだ。




そんな広大な敷地で、橘と別れた涼はちょっと困ったことに直面していた。


「すみません」

「えっ!?あ、えと……ごめんなさい!!」

「…………」


声を掛けた女子生徒は涼の顔を見た瞬間、一もニも無く逃げて行った。

それを呆然と見送りながら何回目かのため息を吐く。


先程から職員室の場所を聞こうと通りすがった生徒に声を掛けているのだが、未だに誰も話を聞いてくれない。

一度や二度ならまだ「人見知りなのかな」と自分に言い聞かせて痛む胸を誤魔化せるのだが、こう何度も何度も同じ反応をされてはさすがの涼でもかなり凹んだりするのだ。


「俺、そんなに怖い顔してるのかな……」


痛む胸を抑えながら、涼はなんとか職員室を探す。









「ど、どどどどうしよう!私声掛けられちゃった!」

「あー!抜け駆けはズルいよ!」

「あ、ほらっ、向こう行っちゃったよ」

「あんなイケメン、ウチに居たっけ?」

「そう言えば、今日転校生が来るって聞いたような……」

「え!ウソ!?じゃあ、“あの人”が!?」

「どうしたら声掛けてもらえるかな」

「あんたも抜け駆けするつもり!?」

「ちょっ、押さないでって!」



……涼の背後、階段の壁に隠れて数人の女子がそんな会話を繰り広げていた。








††††††








「あの、すみません」

「ん?」


廊下を彷徨い歩いて十分弱、前を歩いていた男子生徒に躊躇いがちに声を掛けた。


ここまで十三人の偶々すれ違った女子生徒に声をかけるもあえなく撃沈。そろそろ本格的に泣きそうになってきた涼は、今日ようやく見つけた男子生徒に声を掛けたのだった。


こちらを振り向いた男子生徒が一瞬、切れ長の双眸に呆然とした色を写したが、それもすぐに怪訝なものへと変わった。


「どうした?なんか用か?」


今までのと全く違った反応に眉をひそめられているとはいえ、自然と涼の涙腺が刺激された。


「お、おい!?どうした!?いきなり涙ぐんで」


「いや、人の優しさに感動して……」


いきなりの暴挙に目を見開かせて慌てる男子生徒の姿に、再び目頭が熱くなるのだった。






「ふーん、そりゃご愁傷だったな」


ようやく取り直した涼は、今は先程の黒髪短髪の男子生徒に職員室への道案内をしながら事の経緯を語っている最中である。

その度に目頭が熱くなる思いだったが、男子生徒は意にも止めずスタスタと歩いて行く。案外ドライなのかもしれない。


「俺、そんなに怖い顔してるんだろうか……」

「いや、そういう意味じゃ無いだろ」


話し終えてから恐る恐る聞いてみると、即答で返ってくる。かなり気にしていたことのためにこれには思わず歓喜した。

その際、呆れたような目をされたような気がしたが、そんなもの気にならないぐらい上機嫌である。

男子生徒はそんな様子を見て溜息を吐いた。


「つか、一年だからって職員室の場所聞くのはどうかと思うぞ?パンフレットに書かれてんだから、そんぐらいちゃんとしろよ。それに、先輩には敬語」


そう言って自分の胸元のブローチを指差す。身長が涼と同じ、170後半程度なため見下ろすかたちになるが、そこには二つの剣が交差した校章が二年を表す青で彩られていた。

とは言え転入初日でこの学園の細かいことに疎い涼は、しかし男子生徒が何か勘違いしていることに気付き「違う違う」と訂正を入れた。


「俺、今日から転入することになったんだ。学年は二年。よろしくな」


なるべく明るく笑って右手を差し出す。


だが、男子生徒は驚いたように目を見開き、瞬間その瞳に影が差した。


「……そうか、お前が」

「え?あ、おい!」


男子生徒が何事かを呟くと、まるで避けるかのようにスタスタと歩き始める。慌てて小走りで追いかけるも距離はあまり縮まらない。そのもどかしい思いに苛まれて直ぐ、彼は唐突に立ち止まった。


「職員室、ここだから」


何時の間にか目的地に到着したらしい。唖然とする涼と目を合わそうとせず、男子生徒は来た方向へと足を向けた。


「それと、お前が二年なら俺には関わらない(・・・・・)方がいい」


それだけ言い残すと今度こそ振り返らずに走りすぎで行ってしまった。

階段に消えて行った後ろ姿が残像のように残っているように、涼は呆然と立ち尽くしているのだった。






††††††








職員室に入って手続きなる本人確認とTSOへの確認の後、涼は担任教師・早川(はやかわ) 麻耶(まや)に引きつられてこの度配属されたクラスへと向かっている。


この人、所謂ぽわぽわ系おっとりタイプの女性で教育者としての腕は確かなようだが、挨拶した際に「あれ?もう着いちゃったんですかぁ?じゃあ、今からお茶にしましょう」と、HRが始まるという時間ギリギリまで寛いでいたなかなか幸先が不安になる教諭であった。まあ、涼自身もノっていたのであまり言えないのだが。


HR開始のチャイムは既に鳴り、生徒たちの喧騒も大分落ち着いた廊下を二人分の足音が続く。

互いに最低限の話をしながら歩いて行くと、ようやく目的の場所へと到着した。


教室内は曇りガラスで中は見えない。それはドアからも同じで、わかることと言えば隙間から漏れてくる話し声と、自動ドアの上部に取り付けられた『2ーA』と書かれたプレートを読み解くぐらいだ。


早川が触れると自動ドアが音をたてずに開いた。「少し待っててくださいね」と微笑みながら言われたので涼はこのまま待機しておく。


それにしても、とふと思う。


(アイツ……何だったんだ?)


先程案内してくれた男子生徒の豹変ぶりを思い出す。

途中まではそこそこの人間関係が構築されていたはずだ。涼自身それは疑って無いし、向こうもそういうわけではないだろう。そもそも初めから嫌われていたら案内など受けなければいい。


(なんかしたかな……)


もしそうであるなら謝った方がいいのだろうか。

いくら涼の神経が図太いからといって、転入初日から孤立するようなことは出来るだけ避けたい。いや、正直に言えばようやくまともに話せた生徒なのでこの縁を大事にしたい。


そうと決まれば行動あるのみ。もしまた会うようなことがあれば謝ろう。



「雅志くーん、入っていいですよー」



思考の海に嵌っていた頃、唐突に教室から早川教諭の声が響いた。気のせいか、教室の中が騒がしくなる。



一つ、深呼吸して考えを切り替える。


何事も最初が肝心、そう心に言い聞かせ、最後に柄にも無く緊張している自分に溜息を吐いてから扉に触れた。


ヴゥン、と機械的な駆動音と共に開かれた扉から一歩前へ。

そして視界の端に、窓側の隅の席に見覚えのある人物が目に入った。



「「あ」」



今日、職員室まで道案内をしてくれた男子生徒が、目を見開いて呆然とほうけていた。












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