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5.悲哀—Sadness—




「なぜ、こうなった……」


姿見に映る自分の姿を見ながら、悲哀の表情で涼は呟いた。

その姿と言うのが、白いシャツに紺の深い藍色のプレザー、ズボンは黒でサイドに白いラインが入っている。最後に青と黒のネクタイを締めれば、ただの第一高等学校の生徒にしか見えない。


「に、似合わない……」


苦々しい表情でそう呟くが、本人がそう思っているだけである。制服と言う物に縁がない生活をしていただけであって、そこから本人にしかわからない微妙な違和感があるだけだ。



黒雨の命令を受けた後、指定された住居に行ってみればこの制服と荷物が送られてきていた。

荷物、と言っても衣服などの必要最低限の物しか無いため荷ほどきは一時間とかからずに終わった。終わったのは良かったが、その結果嫌というほど現実を実感させられて悲壮感漂わせて寝たのが昨日の晩。


そして、次の日の朝。つまり今日。

気持ちよく朝の睡眠を貪っていると唐突に橘が押しかけてきたのだ。いや、表現が悪いかもしれないが、何故か彼女は涼の部屋の鍵を持っていたのである。そして彼女は強引に涼を起こし、学校だからと着替えるように言いつけ、今現在に至る。



簡潔な自己分析の結果、涼は多大な自分が何か不吉な物に呪われているのではないかと縁起でもないことを思い始めていた。

しかし、呪われる節なら心当たりがありすぎるため何も言わないでおく。



そうして自分自身の格好への逃避が終わり、ため息を一つ吐いて部屋を出た。


リビングに行けば、テーブルに朝食を並べている橘と目が合った。


「おはようございます、涼さん」

「はい、おはようございます、橘さん」


未だ眠そうな涼を見て、橘はクスリと笑った。


「朝食の用意が出来ましたのでお召し上がりください」


そう言ってキッチンに向かう、と言ってもこの部屋のキッチンはリビングと対面式であり、テーブルにもそれに準じて直ぐ目の前に設置しているため実質距離はかなり近い。


「あれ?橘さんは食べないんですか?」

「私はもう食べましたので」


朝食が自分の分しか無いことに疑問を持ったが、なるほどと納得して朝食を食べ始める。

「いただきます」と手を合わせ、それ以来無言で食べ進む。メニューは味噌汁、魚、白米に漬物と日本らしい和食だ。いくら涼が日本嫌いだからと言って、食べ物にまでケチをつけるつもりはない。それに、彼女の料理は何もかもが美味いのだ。


「ごちそうさまです」

「はい、お粗末さまでした」


そう言って綺麗に平らげた涼の目の前から食器がひょいと持っていかれる。

自分で洗うと言ってはいるのだが、「

これも部下の勤めです」と橘が頑なに首を振ろうとしないために炊事洗濯など、全てにおいて彼女のお世話になってしまっていた。

いや、それは執事やメイドの仕事……とツッコミたいのは山々だが、自分はお世話されている側なので最早何も言えなかったり。案外、家庭面ではダメダメな上司なのであった。



洗面所に向かい顔を洗う。冷たい水がまだ少し残っていた眠気を完全に取り払ってくれた。


再び自室に戻り、ダンボールからカバンを取り出そうとしたのだが。


「あれ、授業道具とかってどうするんだ?」


遥か彼方の記憶に、授業には教材がいるということが微かに残っていたのだ。不審に思いながらも「まあ、何も言われてないんだからいいか」と開き直り、そのまま部屋を出て玄関に向かった。なんとか自分の姿を誤魔化せないかと掛けていた黒いロングコートを羽織っていると、背後から声がかかる。


「準備は終わりましか?送りますよ」

「え、いや、でも悪いですよ」

「第一高校の場所がわからないのでは?」

「あ……」


しまった、と顔を歪めてから昨日聞いておけば良かったと後悔。

そんな涼の表情を読み取ったのか、橘は朗らかな笑みを浮かべた。


「では今日だけ。今日だけは学校まで車を出します」


橘の提案に、涼は申し訳なさ気に頷くしかなかったのだった。









TSO日本支部は東京湾を埋め立てて作った人工島にその居を構えている。東西南北凡そ3キロの敷地面積を誇り、その中に研究機関、行政機関を取り入れているのはさすがと言えるだろう。


中でも現在の日本支部局長・黒雨 真二が力を注いでいるのが保因者の為の教育機関。テイカー機関などと呼ばれたりもするが、今まで初等部、中等部、高等部と一つずつこの人工島に設立されていたのだが、黒雨が局長に就任してから凡そ三年でその数を三倍に増やした。これはTSO内でも異例のことではあるのだが、彼自身「いやー、これわ僕の趣味ですわ」と笑って言ってのけるその度胸が涼には信じられない。

設備面でもかなりの優遇扱いを受け、最早そんじょそこらの私立学校よりも凄いんじゃないかと巷では噂されているのは事実、大袈裟でもなんでもなかったりする。


高等学校は第一から第三まで分けられ、それぞれ東地区、西地区、南地区に分けられ、涼が住んでいる高層ビルが立っているのは東地区だ。

本来なら学生は全員寮生活であるのだが、さすがに色々な意味で危険(・・)なのでこうして特例が認められている。




エレベーターで最上階から一気に下降する。浮遊感を全身に感じながら涼は「何故自分たちが最上階に……」という疑問に首を捻らせ続けていた。(因みに、橘は涼の隣の部屋である)

昨日も思っていた通り、涼は最上階よりも下の階の方が便利だと思う人間である。なので、部屋を聞いた時に黒雨にその旨を伝えたのだが、「見栄っちゅーもんもあるんよ。我慢しいや」と宥められてしまった。まさか日本支部での考えが自分の身で体現できようとは。


ため息を吐きながらエレベーターを降り、車庫に寄って支部で貰った車に乗り込んだ。


暗がりから抜ければそこはごく普通の街並み。よくよく考えてみればTSOの職員などのために食糧などをちょうたつしなければならないので、一般の人々もある程度暮らしていることに気がついた。そう思えばこの風景だけを見てよもやここが人類を救う砦の一角だとは、誰が思うだろうか。


のどか、と言うのも少し違う。

なんと言えば良いのか、不思議な感じだった。


「楽しそうですね」

「え?」

「涼さん、珍しく笑ってますよ」


橘にそう言われ、自分の頬に触れてみるも特に変わったところはなかった。


「……笑ってましたか?」

「はい。少しだけでしたけど」

「…………」


思い当たる節が、無い訳でもない。


「あの人にあったから、かな?」

「黒雨局長ですか?」


頷き首肯する。

ふと、視界のはしにピンク色の花びらが舞っていた。よく見れば車は桜並木を走っている。


「あの人は、昔家が近かったこともあって良く遊んでもらってたんですよ」


ずんずんと進んで行く並木道を見ながら感慨深く呟くと、橘は笑みを浮かべながら相槌を打った。


「へえ、じゃあ涼さんも関西の出身だったんですね」


「……え?」


並木道を見ていた涼は、気持ち良さそうにハンドルを切る女性を信じられない物を見たような目で見つめた。恐らく目は「何言っちゃてんの、この人」とでも語っている。


「え、って。局長は関西の人ですよね?ほら、関西弁だし」


「……はあー」


その重苦しいため息で、ようやく橘は自分が何かとんでもない誤解をしていることに気がついた。

涼は「まあ、普通の反応って言えばそうですね」と前置きしてぶっちゃける。


「あの人、黒雨さんの出身は神奈川ですよ。引っ越したとかそういうのも無しです」

「え!?」


危うくハンドルからズルっと行くところだった。

涼はそんな様子に苦笑を浮かべながら続ける。


「子供の頃、って言ってもあの人は俺より随分年上ですけどね。聞いた話だとあの人、目つきが悪くて友達が少なかったそうなんですよ」


言われて橘は脳内で黒雨を連想するが、そんなことは無かった。怪訝そうな表情で時折涼をミラー越しに見る。


涼は相変わらず顔を外に向け、並木道を眺めていた。


「で、子供ながらに考えたそうですよ。『どうしたら友達ができるだろう』って。そうしたらたまたまテレビでお笑いの番組をやってて、これだって閃いたみたいです。それから関西弁を練習したそうですが、実際にそういう人たちに触れ合ってこなかったのが悪かったんでしょうね。なんだか色々混ざって可笑しな関西弁になっちゃったんです」


「え?あ、ああ、確かになんだか違和感を感じましたね」


なるほどと橘が前でしきりに頷いていると、ようやく目的地が見え始めた。



さようなら、非日常(・・・)

こんにちは、ちょっと日常(・・・・・・)



今までの生活が胸の内で消えて行くのを実感しながら、涼は停車しや車から外へと出る。途端に陽光が視界を焼き、反対に冷たい風が頬を撫でた。

ぶるりと一瞬身体が震える。コートの襟で防ごうにも少し長さが足りなかった。


「いってらっしゃいませ、涼さん」

「……いってきます」


背後でそんな明るい声を聞きながら、もう一度何故こうなったのか自問自答し始めた。











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