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2.爆炎—Explosion—





2203年12月31日、それは起きた。


その日は真っ赤な満月だった。災厄にはピッタリな鮮血のような真っ赤な真っ赤な赤い月。


彼ら(・・)が降りてきた人類最大の転換点。それはそんな不吉な年明け前の事だった。




後に神降(かみくだり)と呼ばれるその日、神話の中の神々が顕現したのだ。



ギリシャ神話、ケルト神話、古今東西あらゆる神々がその姿を現し、そして宣告した。


『悪しき人の子らよ。世界の秩序を守護するため、その灯火(ともしび)を我らが吹き消そう』


と。

それが、“ゼウスの宣告”。

──事実上、人間への死刑宣告だった。


その晩、天空より現れた天使の軍がアフリカ諸国に押し寄せた。

当時なんの対抗策も無かったアフリカはたった一晩で滅亡。永久凍土の地へと変えられた。


当然それを黙ってはいなかったアメリカが近隣諸国の反対を押し切って核兵器を投入。未だ天使が居座っていたアフリカへと合計3発の核兵器が撃ち込まれた。



結果は惨敗。

神を一人も殺せはしなかった。



人類は破滅の未来を幻視した時である。




しかし、ある光明が見えた。


核が落とされてから数日後、とある極東の島国に一人の少年にある“異常”が発現した。全く関係の無い場所にいながら、何もしていないにも関わらず、だ。

その少年は体力、耐久力など全てにおいて常人とは比較にならない力を、更には能力を得た。それが政府の耳に触れたのだろう。少年は強制的に戦場に送り込まれた。


少年は戦った。

自分が生き残るために、戦って戦って戦って戦った。そして、その数だけ常人から逸脱した人材が現れたのだ。


政府はある予測を立てた。

死んだ天使の遺伝子は、ある確率で決められた人間の遺伝子に組み込まれるのではないか、と。


そして組み込まれた人間は、ベースとなった天使の力を得るのではないか、とも。



天使の遺伝子を受け継がれた者は後世にこう呼ばれることになる。



────保因者(テイカー)、と。



政府は嬉々としてテイカーを戦場に送り出した。彼らが天使を殺せば殺すほど、自分たちの戦力が増すからだ。

女だろうが子供だろうが、テイカーとなったら必ず戦場へ放り込まれる。



結局、政府のこの行動は半分正解で半分間違いの歪な解答に過ぎなかった。

確かに、テイカーは天使を殺した分だけ増えていく。


だが、そのテイカーが死んでは元も子もない無いのだと、政府は後になってようやく気付いたのだ。



戦場に出れば女も子供も関係ない。死ぬ時は死ぬ。そこにテイカーだからという理屈は通用しない。


戦になれば誰かが死んだ。

一人、また一人と儚く散って行く。



結局、一番の被害者は彼らだったのかもしれない。──後に彼らは“始まりの犠牲者”などと呼ばれるようになった。



……その中には最も早く発現した少年も、含まれている。




それからだ。世間がテイカーたちの保護を謳うようになったのは。


勿論、それは事実上困難である。

現存する戦力の中で最も神や天使に効力があるのがテイカーたちなのだから、軍事投入しないわけにはいかない。



そこで作られたのがTSO──保因者戦略協会(Taker Strategy Organization

)。


対神を掲げたこの組織は、テイカーへの教育、及び訓練をさせる教育組織のような物を建設し、まだ幼い少年少女たちが強制的に軍事投入されなくなったきっかけにもなった。



将来、テイカーたちは必ずと言っていいほど軍に投入されるが、それまでの心構えを作って貰えるだけ幾分マシになったと言えるだろう。



TSOは全世界に広がり、現在では対神の代名詞と言えばこれを指すほどの勢いだ。

当然、国際連盟もTSOの軍事行動には期待の目を向け、さらには莫大な量の投資金をつぎ込んでいる。



それから月日が流れ、とうとう一体目の神の討伐に成功した。そして、ようやく神の能力を受け継ぐ者が現れたのだ。


“ゴッドテイカー”──神の保因者として。




TSO、それは風前の灯火である人間たちの希望の象徴だった。





“神降”から十二年後のこと。


……そんなTSOアメリカ本部で、事は起ころうとしていた。







††††††







TSOアメリカ本部、総帥室。


全百三十六階のその頂上、そこにその部屋はあった。

広い空間にしては殺風景な、あまり物は置かれていない部屋。床には絨毯がしかれているだけで、中央には申し訳程度にテーブルとソファが置かれている。

扉から正面、テーブルの更に向こうには威厳たっぷりの机が置かれ、背後は全面ガラス張り。ニューヨークの全貌をバックに、ある男がイスに腰掛けていた。



──TSOアメリカ本部総帥、ロバート・テンデンスその人である。


彼は何かしている訳では無い。

強いていえばイスに身体を預け、目を閉じてジッとしているだけだ。ただそれだけなのに、辺りに威厳を撒き散らしている。



ロバートは何もしない。ただ黙考するだけ。

彼の頭は一体何を考えているのだろうか。それを知るのは彼自身以外いない。



かと思うと、懐から徐に携帯電話を取り出し、誰かに電話を掛ける始めた。


「……私だ」


直ぐに電話は繋がった。ロバートの年の割に活力のある声が部屋に響き渡る。


「例の件だが、アレ(・・)のことは全てお前に任せる。戦力にしようが放し飼いしようが好きにしろ」

『…………』

「ああ、ただ本人が嫌がるかもしれないが、その辺は私が説得(・・)しよう」

『…………』

「ふん、好きにするがいい。所詮アレ(・・)は手負いの獣。爪を研ぎ直さなければ使い物にならん」

『…………』

「ああ、それだけだ。それではな」


ロバートの耳元から携帯電話が離れる。懐にしまうと再び重苦しい静寂が訪れる。


ロバート・テンデンスという人物は重厚、静粛、畏怖と言う言葉が相応しい。静寂が支配する中、ロバートは徐に瞼を上げた。




「……来たか」


ロバートの藍色の瞳が虚空を見つめる。イスから背中を離すと背中で一房に結ばれた銀色の髪が揺らめいた。




──瞬間。爆音と共に総帥室のドアが吹き飛んだ。




入り込んで来たのは紅蓮の業火。


何物をも飲み込まんとうねりをあげる業火は、しかし不思議と絨毯や他の部屋の調度品に燃え移ってはいなかった。


その数秒後、ドアがあった場所から黒いシルエットが現れた。



「ずいぶんな挨拶だな。リョウ」

「黙れクソジジィ」


言うが早いか、炎幕の中から何かが飛び出した。それをロバートは首を捻って躱す。イスの背もたれに、黒いナイフが突き刺さっていた。


そして、炎幕の中から一人の少年が姿を表す。



少し長めの闇夜よりも深い漆黒の髪。

顔の造形は男の筈なのに世の女性が嫉妬しそうなほど整っている。しかし、目元だけは吊り上がり、双眸は最早獣を想起させる。それさえも少年の容姿を際立たせているように見える。

炎の中から現れたと言うのに、髪や服が全く焦げていない。立ち姿も堂々としたもので、平均より高い身長を惜しげもなくひけらかしていた。


そんなこの世の美を体現したような少年が、両手にコンバットナイフを逆手に持って真っ黒な双眸で睨みつけている姿はなかなか威圧感がある。



それでも、ロバートを怯ませるには至らない。



「で、そんなに勇んで何の用だ?」


「とぼけんなよクソジジィ……!移動命令の事に決まってんだろッ……なんで今更アノ国(・・・)に戻らなきゃならないッ!」


「あれは国際会議で既に決まったこと。それは橘にちゃんと言ったはずだが?お前がどうこう言える問題では無い」


吠えるような涼の言葉に、しかしロバートは至って冷静その物だ。

前面では敵意を振りまく相手がいると言うのに、歯牙にすらかけていない。




それが、涼の敵意に火を点ける。



一足で接近した涼が、ロバートの首を引き裂こうとナイフを突き出したのだ。一般人には何が起こったのかわからない早技。それを、ロバートはあろうことか二本の指で挟んで止めたのである。


突然よ涼の行動に、ロバートの眉が寄る。


「……いきなりだな。何がそんなに気に食わない?」


「アンタのその澄まし顔と、人の心を平気で踏みにじってくるそのムカつくところ、しかも土足で──なッ!」


刹那、左手のナイフが煌めく。

脳天を狙った一撃は、しかし、手首を掴まれることで封じられた。



力を入れても、全く微動だにしない。



「……あまり舐めるなよ。今の貴様程度に遅れを取るとでも思ったか?」


「ハッ!いいね、遅れを取って貰おうじゃねーのッ!」


机を蹴って涼が後方へ飛ぶ。

入れ替わるように炎がロバートに殺到した。


余りの熱量に空気が歪む。

だが、部屋の調度品には未だに変化は無い。しかし、ロバートに向けられた業火は明らかに人一人を燃やし尽くすには十分な火力と言えた。


炎熱の牙がロバートを包み込む──その瞬間、ロバートはいつの間にか握られていた剣の鞘を、抜いた(・・・)



たったそれだけの動作で、殺到していた業火は一瞬にして消え去ったのだ。




「……おいおい、TSO内で“神器”の使用は御法度じゃなかったのかよ、総帥」


「ふん、私にそんなものは関係ない」


「どこの独裁者だ、このクソジジィッ」



毒吐いても、涼の背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。


それもその筈。

TSOは実力主義だ。その為、地位は自ずと実力の序列として体現化されている。中でも、ゴッドテイカーはその代表格である。


そして、目の前に居るロバート・テンデンスは今でこそ現役から退いて総帥という立場にいるが、嘗てはTSOの序列第一位。



──つまり、元最強の“ゴッドテイカー”である。





「……嘗てのお前ならともかく、手負いの獣が、まして“神器”も持たないお前が俺に勝てる筈が無かろう。立場をわきまえないヤツは早死するぞ、リョウ」


「納得いくかよ……アンタだって俺の過去を聞いてんだろ?」


「それこそ関係ない。それはお前の私情だ。こちらには何の考慮をする必要は無い」



いつまで経っても会話は平行線。

決して交わることはせず、どちらかと言えば正論はロバートの方だ。だからこそ、涼も本気で抵抗し辛い。それでも、涼には涼の事情と言うものがある。


もうどちらかがどちらかを叩きのめして言うことを聞かせるという実力行使しか手段がないかと思われた頃、唐突にロバートがため息と共にある重要案件を話し始めた。



「ふう……これは極秘事項であまり言いたくは無いのだがな────」




その言葉を聞いて、涼は嫌々ながら、それとは逆にここでは無い何処かに憎悪を向けて、最終的には移動を了承した。






────舞台は、日本へ。









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