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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第6章 王と下僕、命がけの一六勝負!
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運命は我々の行為の半分を支配し、後の半分を我々自身に委ねている



創絡6年1月7日



 南での戴冠と遷都の国事が済んで戻ってきた。未だに援軍の同盟国の軍たちは留まっているが、居残り組が相手をしてくれていたようで、そろそろ帰国の準備も整うとのことだ。

 悪魔との戦いは全て終わって、あとは国の事だけを考えていられる。やっと政治に没頭できるとアルカードは言って、なんだか楽しそうだ。

 一応織姫は仮にも王女なので、王城住まい。アンジェロは勿論閣僚たちも異動はあったので、アンジェロも都庁舎を出て離宮に引っ越してきた。

 織姫もアンジェロの引っ越しをお手伝いして、その引っ越しも終わってアンジェロとアルカード、ミラーカと一緒にお茶タイムをしていると、アンジェロがくくっと笑った。

「アンタ、ジャン・ヴァルジャンみてぇだな」

 アンジェロがアルカードに言った。

 “レ・ミゼラブル”のジャン・ヴァルジャン。

 知人の代わりに引き取った娘コゼット。母のことをあまり覚えていないコゼットは、ジャンを父として、また友達として心の底から慕い、愛し続ける。

ジャン自身もコゼットを娘として、あらゆるたぐいの愛情を捧げる絶対的な存在として、彼女に真心からの愛を注ぎ続ける。

 コゼットはマリユスと言う青年と出会い、激しい恋に落ちる。ジャンは、コゼットの心を奪ったマリユスに嫉妬したが、悩み苦しんだ挙げ句、コゼットの恋人を救うため、戦火に飛び込むのだ。

 レ・ミゼラブル。この物語の根底に流れているのは、永遠に変わることのない真実の『愛』である。

 アンジェロには、アルカードがその主人公、ジャンのように思えた。


 アンジェロの言葉を聞いて、アルカードもふっと笑った。

「ミラーカにも説教されてしまったことだしな」

 そう言ってミラーカに笑いかけて、ミラーカも少し可笑しそうに笑い返した。

 メリッサがミラーカの記憶を引き継いでいた事で、アルカードの親友、心の支えも手元に戻ってきた。生前同様ミラーカがアルカードを説得し、改心させた。

「あなたがミナちゃんに向ける愛は、男女の愛なんかよりも、もっともっと深く強いものだわ。あなたの愛は、親が子に向けるそれに、とてもよく似ているわ。ねぇ、記憶の海で、あなたは何を思ったのかしら」

 深い深い慈愛、それは親が子に向ける愛によく似た、父性愛。アルカードは計略的で、卑怯。陰険で懐疑的、そう言う男。しかし一旦心の内側に人を引き入れてしまえば、その相手にとてもとても深い愛を注ぐ。人を退ける盾が誰よりも強い分、その盾の内側も誰よりも強い。

 LIKEとLOVEの違いの様に、慈愛と純愛も違う。しかし、深すぎる愛はその差異をなかなか気づかせてくれなかった。到達すべき愛の頂点に達した時、純愛は慈愛に変わった。ミナとジョヴァンニは、ずっと昔からそれが父性愛だと思ってはいたが。

 30年、記憶の海を漂って、記憶と心の整理をして、ミラーカに諭されようやく気付いた。

 ―――――あぁ、ミナがよく言っていた。父親のようだと。そうか、私は―――――。

 最初の内はミラーカの言う事を納得したいとは思わなかった。しかし同じことをアンジェロにも指摘されたし、なによりミナは明らかにパパとして見ている。

 それはそれで、悪い気はしなかった。昔から手のかかるミナの面倒を見ていたし、アンジェロの言う通り、あれは親の務めだと認めてしまうのも、ミナが織姫として、自分の子供として生まれてくるのも、それもまた人生か、と思えた。


 ミラーカの膝の上に座って、3人の様子を眺めていた。アルカードが優しく微笑んだことが、なんだか嬉しかった。アンジェロとアルカードがなんだか仲良しにでもなったような気がして、浮かれてしまった。

 しかしここで、「仲良しさん」とでも言おうものなら、二人とも全否定して大喧嘩必至だ。我慢して黙っておくことにした。

 ミラーカが髪を梳く。黒く腰まである、生前のアルカードと同じような、ウェーブがかった黒髪。

「織姫」

「はい、お母様」

 呼ばれて、くりっと首だけ動かして、後ろのミラーカを見上げた。

「あなたが私の子供に生まれてきて、私はすごく幸せよ。あなたは?」

「私もすっごく幸せです! お母様、私を生んでくれて、ありがとうございます」

「可愛い織姫、あなたの黒髪も、緑色の目も、大好きよ」

 そう言って、ミラーカは織姫の額にキスをしてくれた。

 アルカードから遺伝した容姿。それをミラーカが喜んでいることが、とても嬉しかった。ミラーカが出産して、アルカードに似た姿。間違いなく二人の子供で生まれてきた自分の身の上が、この上なく幸せだった。


 ミラーカと織姫の様子を見て、アルカードが笑いながらアンジェロに言った。

「お前、ミナは30点とか言っていたが、織姫はどうだ?」

「100点」

「ははは。現金な奴だな」

「でもまだ4歳だからな。首から下は30点」

「ヒドーイ! 好きで子供じゃないのに!」

 首から上と下とで得点数が逆転してしまった。ムキーとジタバタ暴れると、大笑いされた。

「ハハハ、んな怒んなよ。ほっときゃその内デカくなんだろ」

「そうだけど!」

「別に大人でも子供でもいいけどな。今のままでも可愛いし」

「わかってるけどぉ」

「わかってんのかよ」

「わかってるよ? 私可愛いもん。お父様とお母様の娘なんだから、当たり前でしょ?」

 ねー? とアルカードに同意を求めると、当然、とばかりに頷いて笑った。

「メリッサでもミラーカでも美しいし、私の家系は元々美形の血筋だし、当然だ」

「謙遜とかしねぇんだな」

「必要ないし、お前に言われる筋合いはない」

 全く持ってその通りである。普段謙遜しないのはアンジェロの方だ。

 言われて思わず納得してしまったらしく、アンジェロは小さく溜息を吐いて、頬杖をつきながら織姫を見た。

「やっとお前も化け物らしくなったな」

「どゆこと?」

 尋ねると、アンジェロはいつも通り、やる気のなさそうな無表情のままで言った。

「やっぱ化け物ってのはさぁ、美人じゃねぇと価値がねぇだろ」

「ヒドッ! 今までの私は化け物としての値打ちがなかったって事!?」

「そーゆーことだなー」

「ヒドーイ! んもぉぉぉぉ! なんでいつもそう言う事言うの!」

「しょうがねーだろ。事実なんだから」

「仮にそうだとしても! アンジェロは変なところで正直すぎるのよ! いつもはウソばっか吐く癖に!」

「バランス取れてんだろ」

「取れてないよ! この二重人格! バカ!」

「それはお前な、単細胞。アルティメットバカ」

「むきー!!」

 仮にも王女相手にこれだ。ミナが織姫になろうが、何になろうが変わらないと言った言葉は伊達ではないらしい。相変わらずのムカつかせ王だ。


 アンジェロがあまりにもムカつくのでイライラしていたが、アルカードとミラーカも少し呆れたようで、やれやれと言った感じで両親揃って溜息を吐いている。

「小僧も相変わらずだな」

「まーな」

「でも坊やは変わったわよ」

「・・・・・」

 ミラーカとアルカードでは真逆の見解を示したため、アンジェロは微妙に混乱したらしく、リアクションに困っている。

 それを見てミラーカは可笑しそうに笑う。

「あなた、クリシュナに似てるわ」

「はい?」

「何を言う。真逆だろう」

 アルカードの反論に、ミラーカはまた可笑しそうに笑う。

「見てらっしゃい、デジャヴの連続よ。結局坊やもクリシュナと同じ道を歩むわよ。織姫可愛さに甘やかして、織姫が何を言っても何をしても許して、愛ゆえに野放し。そうよね?」

 窺うように問われて、アンジェロは少し思案するように宙を仰いで、少しするとミラーカの言う事が大正解だったと気付いたらしい。なんだか少しブルーになったようだ。


 それでアルカードがまた笑いだして、「そういえば」と話し出した。

「レミの報告書に書いてあったが、お前ミナに貢いでいたらしいな?」

「別に貢いでねぇよ」

 ソッポを向いたアンジェロに、アルカードはやっぱりニヤニヤする。

「“俺は、世界で一番お前が大事だ”」

 アルカードの言った言葉に、アンジェロは顔色を変えてアルカードに振り向いた。

「“お前が元気になれるなら、俺はアーサーの代わりにも、クリシュナさんの代わりにも、北都の代わりにも、なんにだってなる。お前が幸せになれるなら、俺は何にでもなるから”」

「ちょ! 待て待て!」

「“何でも言う事聞いてやるから。お前の望みは、全部叶えるから”」

「待てって! なに言ってんだ!」

 慌てて遮ろうとするアンジェロを突っぱねて、やっぱりアルカードは可笑しそうに笑う。

「レミの報告書・インド1年目所収、“アンジェロの名言集”より抜粋」

「抜粋じゃねーし! 何だそれ! チクショウ、あのクソガキ・・・・・」

 インドに渡った初期の頃、ボロボロになったミナにそう言って、何度もアンジェロが励ましてくれた。

 そう言う時のアンジェロと、普段のアンジェロのギャップに二重人格だと思ったものだが、そうやって励まして、いつも傍にいてくれたから、たとえ怖い夢を見ても、悲しくて思い出し泣きをしても、安心できる場所があったことで立ち直れたことを思い出した。

 落ち込んで悔しがるアンジェロには悪いが、思い出して嬉しくなった。

「ほーんと、アンジェロって優しいよね」

「優しくねぇ」

「“いい人じゃねぇし、仮にいい人だとしてもお前にだけだ”」

「だからやめろって!」

「それってまだ1年目のことでしょう? 本当は坊や、ずっと前からミナちゃんの事好きだったんじゃないの?」

「どうもそのようだぞ」

「ハァ!? んなワケ・・・・・」

「クリスティアーノの証言がある」


 アルカードがだいぶ前に聞いた話だが、とりあえずレミの報告書&名言集を見て、アルカードは首をかしげた。それでクリスティアーノに聞いてみたのだ。

「そう言われてみると、案外そうかもしれませんね。俺達はアンジェロの過去を知ってるからあり得ないと思い込んでたけど、それ抜きにして考えてみれば、惚れてたとしか思えませんね、アレは。

 本人もあり得ないと思い込んでたし、アスタロトがくっつけたと言うよりは、自覚させたと言った方が正解だったんでしょう。アンジェロは思い込みが激しいですからね。自分があり得ないと思ったら中々譲りませんし、認めませんから。

 もしかしたらイタリアにいた頃から惚れてたのかもしれませんね。ジュリオ様がミナを好きだって建前もあって余計に、それは許されない、あり得ないって思い込んでいたのかも。一旦そうなってしまうと、アイツのカタブツっぷりはダイヤ並ですよ。

 ミナを好きになって、ミナから告白した時ですら、断固拒否って断ったくらいですから、それこそアスタロトが色々仕掛けて説得しない限りは、この先何百年経っても、アイツは斬った女の数を数え続けるだけだったでしょうね」

 という見解を、一番アンジェロに近しいクリスティアーノが言うのなら、そうなのだろうと思ったようだ。

 当然、アンジェロは頑張って全否定だ。

「イヤイヤ、それはねぇよ。だって俺、ミナと出会ってからでも、イタリアにいた頃は他に何人も女いたしね?」

「それはただの代償行為だろう。その女たちはミナの代わりのお人形だ。それを自分でもよくわかっていなくて、“絶対に手に入らない何か”を補う為の」

「イヤイヤイヤ。仮に俺がミナを女として見てたら・・・・・まぁ初対面の時の事は別として、とっくに手ぇ出してるけど」

「出さないだろう。ジュリオの存在もあるのだし、ミナを大事に思うなら無理強いはしないだろうしな。実際離婚した後も、ミナがお前に惚れるまでは、お前は一切手を出さなかったではないか。それに、思い込みの激しいお前があり得ないと自分を強迫していたのなら、それすら気づかなかっただろう。結局逃避行中に手を出したのも、レミの分析とクリスティアーノの説明によれば、“ドラッグでブッ飛んで、気持ちを抑えられなくなった”という事らしいが」

「そんなバカな・・・・・」

 信じられない、と顔を覆ったアンジェロに、ミラーカはクスクス笑う。

「だって坊や、ミナちゃんを見かける度に、いっつもちょっかい出してきてたじゃない。ミナちゃんが気になって気になって、仕方がなかったのね」

「そんなバカな・・・・・」

「バカはお前だ。この点については、自覚するきっかけを作ってくれた悪魔に感謝するのだな」

「ウソだァァァ」

「アンジェロってジュリオさんに似て、一途だね」

「加えてバカだな。お前があの頃から自覚していれば、あの戦争を止めるきっかけになったかもしれないと言うのに。全く、残念な奴だ」


 ジュリオはそうなのではないか、と疑ってはいたが、もしアンジェロがイタリアにいた頃からミナの事が好きで、その事を自覚していたとしたら。恐らくジュリオはすぐに気付く。

 ジュリオはミナ・マーレイの事があるから、きっとアンジェロにこう言うのだ。

「あ、俺の事は気にしなくていいから。あれウソだから。だからアンジェロ頑張れ! なんとしてもミナを落とせ! 伯爵に負けるなよ!」

 とか言って、応援するのだろう。“アンジェロの恋を応援する会”の会長はジュリオで決まりだ。

 で、きっと当事者たちを置き去りにして、パパ同士が火花を散らし合うのだろう。

 あの頃からミナとアンジェロが恋人同士になっていたら、アルカードとジュリオの因縁はイーブンになる。

 それでジュリオが悩み始めた頃に、ジュリオの計画を知ったアンジェロがミナを連れて愛の逃避行。

 上手くすれば第1次オペレーション・ヴァルプルギスは延期か中止だ。

 だからアルカードはジョヴァンニにぼやいたことがある。

「いっそ小僧がミナに惚れてくれたらいいものを」

 キチガイで理性のリミッターがブッ壊れているアンジェロなら、思い詰めてとんでもない行動に出るはずで、あの戦いの実行に、大いに支障をきたすことをやらかしてくれそうだという期待はあったわけだ。


「俺のせいだとでも言いたいわけか」

「そうだな」

「なんでだよ! なんでもかんでも俺のせいにすんな! そもそもアンタのせいだろ!」

「そうだったか?」

「何スッとぼけてんだコルァ!」

「あぁ、うるさい。お前カルシウムが足りていないのではないか」

「アンタこそ都合よく記憶が抜けるもんだな! マジ腹立つんだけど! やっぱアンタ死ねよ! 死ぬまで殺してやっから!」

「全く、執政官の分際で国王に弑逆を働こうなどと、つくづくお前はクソ生意気でイカレた小僧だな」

「それはアンタだろ! このキチガイジジィ!」

「うるさい」

 確かにアンジェロがうるさいが、アンジェロをうるさくさせているのはアルカードなので、やっぱりどっちもどっちだ。



 父親である王様は厳しくてキチガイだし、婚約者である執政官は短気でキチガイだし、やっぱり先が思いやられる。下手したら婚約が破談してもおかしくはない。

 が、さすがにもうこの光景にも慣れた。二人の様子を見てミラーカは可笑しそうに笑っているし、給仕にやって来たアミンは話を盗み聞きしていたらしく、笑いを堪えている。

 アルカードを刺してしまったデュランダルは、純血種に生まれ変わった織姫ではもう使えないし、火炎放射器と一緒に、心配をかけたお礼と言ってアレスにあげてしまったから、今後弑逆の心配はない。



 月の影にひらりと舞った、蝶。アルカードがジュリオと出会ってしまったことで起きた、30年前の戦い。その戦いのために引き起こされた、今度の戦い。悪魔と遭遇したことで変わり果てた運命。

 こんな現在がやってくるなんて全く予測していなかった、こういうことをバタフライ・エフェクトと呼ぶのだと思った。

 その前からずっと、連理の木として出会うべくして出会った、宿命。宿命はきっと違える事は出来ないのだ。だが、今こうしている運命は、自分達で足掻いて、戦って掴み取った物だと、胸を張って言える。

 運命は、女神と喩えられる。力量は、男神と喩えられる。運命の女神を、力量の男神が組み伏せて飼い馴らしてしまった。

 ―――――そういえばクリスが言ってたっけ。世界はオッサンを中心に回ってんだ。

 織姫から見れば、アンジェロもアルカードもオッサンだ。世界はオッサンを中心に回っていて、世界を回すのはいつだってオッサンだ。

 ―――――感謝しなきゃねぇ、このオッサン二人に。シュヴァリエのみんなも、苧環さんや虎杖さんや柏木博士、山姫一族のみんなや、アレスさん達、お父さんたちやクリシュナやラジェーシュさん、シャンティ達やツァン達、スレシュさんやジュリオさん、アスタロトにも。私の運命を変える力になってくれた、全ての人に。



 運命の歯車を回すのは、いつだって自分だ。ただ、歯車を回す力添えをしてくれた人たちがいなければ、きっと自分一人では回せなかった。

 力を貸してくれた人達に、全ての出会いに、心から「ありがとう」と、呟いた。




★運命は我々の行為の半分を支配し、後の半分を我々自身に委ねている

――――――――――ニッコロ・マキァヴェッリ





 コントラクト3完結です! 長々とお付き合いいただきましてありがとうございました!

 とりあえずアルカードVSジュリオに端を発した戦いは、これで完全に終結するに至りました。

 これから4は新展開、VMRの王女としてのドタバタコメディ系ミステリーにでも持っていこうかと考えていますが、ちょっとこの辺りまでしかはっきり考えていなかったので、これで完結してもいいかとも思ったり。

 まぁ、思いついたら続きを書くかもしれません

 続編を思いつきましたら、またお付き合いいただければ嬉しいです。あ、けどタイトルは変わるかも。わかりませんが。

 では、ありがとうございました。

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