われを過ぎんとする者は、一切の望みを捨てよ
戦いの最終局面は、ロリコンの発砲から始まった。
大ゲンカの末に、アルカードに犬で追いつめられていたアンジェロだったが、腰に差していた銃で反撃してきた。
それを見てジョヴァンニは首をかしげた。
「・・・・・あれ、ファントム二つとも俺が預かってんのに・・・・・」
なのに発砲している。ヨハンに振り向くと、思い出したように手を叩いた。
「そうだった。アンジェロにもう1挺、オーダーで作ったんだった」
「教えといてよ! 隠し持ってたら自殺してたかもしんないじゃん!」
「悪い、忘れてた・・・・・」
自殺防止の為に、ジョヴァンニがアンジェロから銃を取り上げたのは得策だと感心したが、3挺も携帯しているなんて、どれだけ銃好きなのかと少し呆れた。
そりゃもう大好き(撃つことが)なわけだが、アンジェロがバンバン撃っていると、アルカードがその背後に回って、銃を持つ腕を掴んだ。
「イイ銃ではないか。大口径で、弾は純銀製か。リボルバーとは、お前らが使うには珍しいな?」
「まーな。対悪魔用に、史上最強のピストルを改良したモンだ」
「ならば、撃つべき相手は私ではないだろう」
そう言ったアルカードが、掴んでいたアンジェロの腕をアスタロトに向けて、トリガーに指をかけて発砲した。が、外れた。
「・・・・・アンタ、銃使ったことあんの?」
「ない」
「素人が無闇に撃つなよ」
今度はアンジェロが発砲すると、弾は見事に眉間に命中し、後頭部から射出された銀弾は壁に埋まり、眉間と後頭部には大きな穴が開いて、脳漿と血が噴き出した。
「ほう、巧いものだな。銃自体も素晴らしい」
「当たり前だろ」
ピストルの中では史上最強と言われる銃、S&WM500を改造した“ダスク”。
口径:12.7ミリ(50口径)
全長:381ミリ
銃身長:203.2ミリ
重量:10555グラム
装弾数:5発
リボルバー式のため、装弾数は少なくともオートマチックと違って、突発的な事態でもすぐに発砲できるのが利点だ。
改造しまくって、またしても重くなってしまった。その分射出力はより強力になって、炸裂弾が撃てるほどだ。
強烈な発射反動は手首を折ると言われるほどで、発射音も発射炎も他の比ではない。
元々はハンター用に開発されたものだが、熊を殺すならライフルを使えばいいし、人を殺すには強力過ぎる。
ピストルにしては強力過ぎて、「パワーを追求しただけで実用性がない」と言われて、軍などで実用化されたことはないが、やたらとパワフルでアクション映えするものだから、映画業界では人気者だった。
が、どれほど衝撃の強い銃でも、吸血鬼にとっては普通の銃と変わらない。吸血鬼が使うにはもってこいの銃だ。
「けど、ダスクでも悪魔は死なねぇんだなぁ。残念」
そんなガンマニアをハァハァさせる銃でも、悪魔は殺せない。一瞬クラリと頭を後方に垂れたものの、すぐに首を前に戻し、修復した。
アスタロトは悟った。契約者は誰もいない。道連れに死ぬ者は誰もいない。吸血鬼達が自分を殺しにかかって来たのだと悟った。
それでも悪魔。仮にも悪魔。銃位で死んだりはしない。“ダスク”の威力も銀の力も確かに効くが、“ダスク”用の銀弾が僅かしかないことはわかっているし、それくらい耐える余力はある。
アスタロトがアンジェロとアルカードを睨みつける。その視線から窺えるのは、反抗心だ。殺せるものなら殺してみろ、と言っている。
それを見てアルカードがクスッと笑って、織姫を手招きした。すぐに駆け寄ってアルカードの元へ行くと、抱き上げられてアスタロトの前まで連れて行かれた。
「織姫、昔話をしてやろうか?」
「今度は誰の昔話ですか?」
ジュリオのときも、アルカードは「ある男の昔話」と言って、真実を明かした。
「権力と愛に溺れた男の話だ。昔から引っかかっていたのだ。普通に考えて、悪魔が愛を利用して人を殺そうとするなどと考え難い。通常の悪魔はその様な事は思いつきもしないはずだ。恐らく生前は、心底愛した女がいたのだろうとな。
心底愛した女がいて、強大な権力を持っていたに違いない。そしてその権力を以て、神の啓示を冒涜したのだ。だから、悪魔堕ちした、太陽神の名を持つ男」
そう言ってアルカードは語り始める。
今から3500年前。紀元前1300年頃のこと。その男はいた。
24歳で王に即位し、66年間の在位の後に、90歳で没した。体格は大きく剛腕で、その男の持つ専用の弓は、その男しか引けないと言われるほど、優秀な戦士であった。
在位の半分は戦争に明け暮れた。ヒッタイト(現在のトルコ・イスタンブール)と16年に渡り戦争をし、またヌビアにも遠征した。
多くの妃を娶り、100人を超える王子と、70人の王女がいたとされる。妃の中には実の娘もいたりしたが、当時この国ではこう言った姻習は、例え近親相姦でも普通の事だった。
男は多くの妃を娶ったが、正妃である第一王妃を深く愛した。15歳の時に結婚した妃は、政略だけでなく深い愛情で結ばれた恋愛結婚だった。
神妃という称号を与え、独立した多くの権力を持たせた。妃は若くして死んでしまった。男は激しく嘆き悲しみ、彼女の墓所に詩を綴った。
余の愛する者はただ一人のみ。何者も余が妃に匹敵する者はなし。生きてあるとき、かの人は至高の美を持つ女人であつた。去りて、しかして余の魂を遙か遠くに奪ひ去りしが故
妃の死は、男の魂を奪った。冷徹で、頑なで、乾燥したような男になった。その冷酷さが国に繁栄を齎したともいえるが、その為に神の啓示に反逆する結果となった。
当時、この国ではユダヤ人を奴隷として家畜の様に扱い、虐げていた。使えるだけ使って、使えなくなったらうち捨てる。家畜以上の労働と、家畜以下の生活。赤子は男なら殺され、女は慰み者にされた。
国民たちもそれに倣う。金を必要としない、便利で都合のいい奴隷、異教の民。
ある時、一人の男がやって来た。その男は言った。神の命により、ユダヤ人を解放し、この国から導き出す様に言われた。どうか彼らを解き放て、と。
男は頑なに拒否し、また、神の啓示であると言うのなら、神の奇跡を見せろと言った。一人の男は、連れていたもう一人の男に杖を投げさせた。するとその杖は蛇になった。
男は魔術師を呼んだ。同じように杖を投げさせると、その杖も蛇になった。しかし、魔術師の杖は、一人の男の蛇に悉く飲み込まれた。その為、男の心はより頑なになった。
一人の男は何度も男の元に開放に赴いた。その度に頑なに拒否し、その度に罰が下る。
国の川では魚が死に絶え、川は腐り果て血の川となり、カエルがのぼってきて畑や町々で死に積み上げられ腐臭を放った。
土の塵はぶよとなり、人と家畜に纏わりつく。多くの虻がやってきて、王と家来と民は、酷い害を受けた。膿の出る腫物の疫病が流行り、雷鳴がとどろき天から地へ火が噴き下ろされる。
大きな雹が人や家屋、家畜を撃ち殺した。地を覆う程のイナゴがやってきて、作物は悉く食い荒らされ、緑の物は一つも見えなくなった。それでも尚、男の心は頑なで、ユダヤ人を去らせなかった。
しかし、あまりにも男が頑ななために、神はその地に闇を降らせた。その闇は触れるほどに深く、人の心は飲み込まれた。闇はまるで病みを連れて来たかのようにその地にとどまり、誰も相手の姿を認められず、身動きが取れぬ日が3日も続いた。
一度は去らせようとウソを吐いた。その為に今度は人も家畜もすべての初子が死に絶えた。国では多くの叫びが上がり、死人のいない家はなかった。ユダヤ人の元を除いては。全ての災禍はユダヤ人の上を通り過ぎ、その男と民の元にだけ降り注いだのだ。
とうとう男は一人の男を呼んで言った。
「あなたがたとイスラエルの人々は立って、わたしの民の中から出て行くがよい。そしてあなたがたの言うように、行って主に仕えなさい。あなたがたの言うように羊と牛とを取って行きなさい。また、わたしを祝福しなさい」
そうしなければ、全て死に絶えてしまうと思った。王も民も急き立てるように、ユダヤ人を去らせた。
しばらく時がたち、準備の整ったユダヤ人達は国を出ようと荒野に出た。その頃になると男の考えが変わってしまった。何故異国の神の命に従わねばならないのか、なぜ太陽神の創りたもうた自分が、ユダヤ人如きの言いなりにならねばならないのか。そう考えて、ユダヤ人達を追わせた。自らも戦車を駆り、全軍で後を追わせた。
荒野に辿り着く。荒野の向こう側は海だった。逃げ道などなかった。追いつめたと思った。しかし驚いたことに、一人の男が海に向かって杖を掲げると、海は大きく開かれた。
ユダヤ人達は開かれた海の底、地を駆けて逃げ去っていく。慌ててその後を追った。しかし馬の足は折れ、馬車や戦車の車輪は軋み、なかなか思うように進めなかった。
一人の男がこちらに杖を掲げた。ユダヤ人達は対岸に渡り切っていた。両側で壁となっていた海が波を取り戻し、男の軍隊を悉く飲み込んだ。一人も残る者はいなかった。
ユダヤの民たちは神をヤハウェと言った。ユダヤの民たちはその男をモーセと言った。男の国の民たちはユダヤ人とヤハウェ、モーセを恐れ、追撃を断った。
男はその後も国で死ぬまで王であり続けたが、神の啓示への反逆は許されなかった。怠惰の象徴、地獄の大侯爵と並行してアスタロトはこう呼ばれる、“中傷者” 。
神の啓示を中傷した罪で死後悪魔堕ちした、太陽神の名を持つ男。
「お前達も気付いたであろう。アリストは元々ディアリの国だ。アスタロトのこの国の王としての容姿、飴色の肌、黒い髪。ディアリ達の王として、その姿を模っていたと思っていたが、どうやら違うらしい。
妖精を犯した悪魔、その悪魔の遺伝だ。ディアリと言う憐れな種族を作り出したアスタロト、エジプト人のな」
旧約聖書に記される出エジプト記。その中でモーセが会ったとされるエジプトの王。そのエジプトの王、ファラオが、生前のアスタロト。
「や・・・・・やめよ」
アスタロトが怯えた声で言った。その瞳は恐怖に揺らいで、アルカードを見つめる。その視線の先で、アルカードは容赦なく笑う。いつも通り、不遜に。
「そうであろう、アスタロト。そうであろうな。まずはお前の最愛の妃の名だ。お前が死後も寵愛し続けた妃の名、ネフェルタリ」
「やめよ! やめぬか!」
「第2妃は、確かイシスネフェルトと言ったか」
「頼む、この通りだ・・・・・やめよ、やめてくれぬか」
アスタロトは平伏し、床に額をこすりつけて懇願する。それでもアルカードは笑う。
「古代エジプトに最大の繁栄を齎せたと言われる大王。エジプト第19王朝のファラオ」
「頼む・・・・・これ以上は関わることをしないと約束するから・・・・・」
「“神の創りたもうた者”、古代エジプト語ではそう言う意味らしい」
「人には・・・・・もう戻りとうない・・・・・やめてくれ」
怯えて懇願するアスタロトの元にしゃがみ込んだアルカードが、アスタロトの顎を持って顔を上げさせた。
「神に背いた罪悪、愛した女を失った苦しみ。もう一度味わえ、ラムセス2世」
アルカードが名を告げた瞬間、アスタロトの女の容姿は変わり、以前見た男の姿に戻る。魔力は一瞬で消し飛び、代わりに何かが―――――魂が下りてきた。
魔物とは違う、人としての存在感がそこにあった。大柄で屈強な体躯、大きく見開かれた黒い瞳、飴色の肌と黒い髪。威厳のある口髭を生やした、老人の姿がそこにあった。
人へ、ラムセスへ戻ったアスタロトは涙を零した。再びせめぎ合う、愛の苦しみ、喪失の苦しみ、罪悪の苦しみ。それらに苛まれる苦痛。人に戻って取り戻してしまった、魂の苦しみ。
その様を満足気に見て、アルカードは立ち上がった。
「さぁ、人に戻ったな、ラムセス2世。今も尚歴史に名を残す偉大な王に出会えたことは、悦びと言ってもいい。しかし、さぁ・・・・・ははは、一体どうして殺してくれようか」
アンジェロも傍まで寄った。右手で“ダスク”を弄びながら。
「今なら鉛玉でも死ぬか?」
「そうだな。しかし銃殺はつまらん」
「ならどうする? 吸血するか?」
「それもいい。死因は老衰だ。病気でもなく健康状態は良好だ」
「ジジィの血なんて趣味じゃねーけどな」
「200人近くも子を成しておいて、童貞でもないし、こちらに損はないぞ」
「あぁ、なんなら、ホラ。前言ってた屍鬼にして、アンタの奴隷にしちまえよ」
「ユダヤ人を奴隷にしたラムセス2世を奴隷か。ははは、それはいい。ただ殺してしまうのは、つまらないからな。偉大な王を奴隷とは、愉快そうだな」
そう言って笑うアルカードとアンジェロを見て、織姫はつくづく恐ろしいドSコンビだと思ったが、愉快そうに笑う二人に水を差すと後が怖い。
なので黙っていると、急にアスタロトの背後、織姫達の目の前に人が二人現れた。
さすがにそれはアルカードも予期していなかったし、招かれざる客の登場に全員が驚いた。一人は黒いボロ布を纏ったような恰好をした壮年の男、もう一人はテールコートを着てマントを羽織った若い男だ。
「誰だ?」
アルカードが声をかけると、ボロ布を纏った男がにっこり笑った。
「この度は礼を申し上げなければ。ずぅっとこの機会が来ないものかと思っていたのだ」
「助かりますよぉ、本当。やっぱりあなた達は只者じゃないね。さすがにあの男の魂を持ってないよ」
テールコートを着た若い男も続けて言った。二人は嬉しそうだが、質問に答えられていない。敵なのか味方なのか、何者なのかもわからずに警戒していると、やっと雰囲気を汲んでくれたようで、ボロ布を纏った男が礼を取った。
「初めまして。私の名前はヴィルギリウス」
「僕はダンテ。僕の著書、読んだことある?」
「・・・・・神曲?」
答えたアンジェロに、ダンテは嬉しそうに笑って頷いた。ダンテは続けた。
「僕と先生は、今は神に仕えてる、神の眷属としての仕事を任されてる」
「神の・・・・・眷属?」
「そう。神曲は死後の世界を描いたもの。導くのは先生、導かれるのは僕。生きたまま僕はあの地を彷徨った・・・・・だから、死んでから僕は先生と一緒に、導く仕事をしている」
「神の眷属って、なんですか? 導く仕事って?」
尋ねると、ヴィルギリウスがアルカードに抱っこされたままの織姫の前まで来て、懐から何かを取り出した。それは懐に収まっていたとは思えないほど巨大な、ヴィルギリウスの身長よりも巨大な大鎌だった。
「デスサイス!? まさか・・・・・」
反応したアルカードに、ヴィルギリウスは笑った。
「私達は神の眷属。死すべき者の魂を刈り導く、冥界の水先案内人―――――死神」
「死神!? 本物!?」
コクリと頷いたヴィルギリウスはアスタロト―――――ラムセス2世に振り返り、鎌を大きく掲げた。そして一気にその鎌をラムセス2世に突き立てた。刺されたラムセス2世は血を流すでもなく、苦しむでもなく、その場にドサリと倒れ込む。瞼は閉ざされ筋肉は弛緩し、その顔色は徐々に生気を失った。
「悪魔は、魂を食らう。喰らわれた魂は、二度と転生しない。この全宇宙の魂の定数は決まっていてね、常に冥界と宇宙の魂の数は均衡を保たなければならない。でなければ、どちらかが溢れて宇宙が傾いてしまうから。それを乱す存在―――――悪魔は、私達にとっては邪魔でいないほうがいいんだが、魂がないと私達は手の出しようがなくてね」
鎌を抜いて、愚痴る様にヴィルギリウスが言った。
「神もなぜ悪魔なんて存在を作ったのか、私達はその意志を図ることはできないけど、私達はただ、役目を果たすだけ」
坦々と、日々魂を狩り導く。それが彼らの仕事。それが彼ら死神に示された、神の意志。
ヴィルギリウスの掌には、今アスタロトの魂が握られているのだろう。差し出した掌を、ゆるりと包むようにしている。
仕事を終えてスッキリ、と言った表情でダンテがもう一度顔を向けた。
「君たちの寿命は、まだずっと先だ。その内また、会いに来るよ」
「次に会う時までに、後悔のない人生を送りなさい」
そう言って、ヴィルギリウスとダンテ、二人の死神は、姿を消した。
われを過ぎんとする者は、一切の望みを捨てよ
そう記された地獄の門をくぐり、ラムセスの魂はこれから苦しみを背負ったまま、冥界を彷徨い続けるのだ。その罪が長い時を経て許された時、煉獄を駆けあがって天国に行き浄化され、また誰かに生まれ変わる。
突然の招かれざる来客。まさかの死神。目の前にはラムセス2世の死体。
「え? ていうか、終わったの?」
「つーか・・・・・いいトコ取りかよ」
「死神は、やはり厳しいな。希望どころか、勝利の余韻も残してはくれないらしい」
死神に美味しいところを全部持っていかれて、悪魔戦争は終わった。
★われを過ぎんとする者は、一切の望みを捨てよ
――――――――――ダンテ「神曲」より




