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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第6章 王と下僕、命がけの一六勝負!
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穢れを知らぬ白い肌は冷たい雪



 とりあえず、話は12月25日に戻る。


 何とか落ち込みから回復したアンジェロは、傍に立って覗き込む織姫の頭を撫でた。

「織姫」

「なぁに?」

「本当に、ミナなのか?」

「そうだよ」

 肯定の返事をして笑った織姫は、とても可愛らしかった。その笑顔、笑い方が、ミナの笑い方と同じだった。

「本当に・・・・・ミナ、なんだよな?」

「そうだよ、アンジェロ。ずっと、会いたかった」

 アンジェロの首に腕を回して、ひしっと抱き着いてきた織姫を、アンジェロも抱きしめた。

「よかった・・・・・本当によかった。お前が死んだって聞いて、俺・・・・・・」

「2回も自殺未遂した上に、お父様刺したんだって?」

「・・・・・うん」

「もう。早とちりして死のうとするなんて、アンジェロはいつからジュリエットになったの?」

「お前がロミオみてぇなことするからだろ」

「・・・・・ゴメンね」

「バカ」


 耳元で聞こえるアンジェロの低い声が、心地よかった。アンジェロの腕の中が、心地よかった。やっぱり記憶は一切を保たれているのだと、感情も何もかも維持できているのだと、心底安心した。


 耳元で聞こえる織姫の鈴が鳴るような声が、耳に優しかった。小さな体、全く違う顔。それでも、胸の内から歓喜と愛と慈しみが泉のように湧いて出た。ミナの姿をしていなくても、やはり自分の愛は本物だったのだと確信と安心を覚えた。



 アンジェロが腕を解いたので、アンジェロを見つめた。不安に思ったから。

「あのね、アンジェロ、私、ずっと会いたかったの」

「うん」

「一年に一回でも会える織姫星と夏彦星が羨ましかったの。私はいつになったら会えるんだろうって、ずっとお父様が迎えに来るのを待ってたの」

「うん」

「でも、会いたかったけど、会いたくなかったかも」

「なんで?」

「だって私、まだ4歳だもん。子供だから」

「子供だから、俺がガッカリして好きじゃなくなると思った?」

「うん・・・・・」

 そう返事をすると、アンジェロは優しく笑って頭を撫でてくれた。

「バーカ。俺をナメんなよ。お前は忘れちまったかもしんねぇけど、俺は昔からお前に言ってきた。俺はお前の見た目じゃなく、中身に惚れたんだって。お前がどんな姿になっても、何になっても、お前がお前でさえいてくれたら、ずっと変わらずに、好きだよ」

 アンジェロの言葉に矢も楯もたまらなくなって、抱き着いた。

「私もずっと好き!」

「ありがとう。大きくなったら、また俺と結婚してくれる?」

「する!」

「よかった。織姫、愛してるよ」


 その様子を見て、みんなは思った。

(そうじゃないかと思ってたけど)

(コイツのは“子供好き”じゃねぇ)

(ロリコン!)

(ロリコンだ) 

(やっぱアイツロリコンだ)

(まだ4歳なのに)

(やっぱヘンタイだな)

(アンジェロ、スゲェな。ミナに関しては偏食しねぇんだな)

(ロリ姫)

 織姫は妙なアダ名を付けられた上に、アンジェロのロリコン疑惑は確たるものになった。

 ちなみにアンジェロはロリコンではない。織姫は4歳となるので精神医学上は、この場合はニンフォフィリアの方が正しいが、ニンフォフィリアは性的倒錯なので、これも若干違う。正確にはアンジェロはロリコンでもヘンタイでもなく、しいて言うならば「ミナコン」である。

 ロリータ・コンプレックスの語源はウラディーミル・ナボコフの小説「ロリータ」からなったものだが、「ハンバート・コンプレックス」とした方が正しいとの見方もある。ついでに「不思議の国のアリス」もロリコンの普及に一役買ったといわれる。雑学の一つとして覚えておいても損はない。「ロリータ」を読まずにロリコンを語る奴はモグリだ。



 そんな事とは露知らず、ミナが離れるとアンジェロは立ち上がってアルカードの前に行った。

「ところで義父上ちちうえ

「義父上!?」

「娘さんを僕にクダサイ!」

「気が早い!」

「別に今すぐとは言ってませんよ」

「当たり前だ!」

「10歳くらい?」

「早い早い! お前正気か!?」

「昔の貴族はそのくらいの歳で結婚するのも、珍しくはなかったじゃありませんか」

「イヤイヤイヤ! ナイナイナイ! せめて15か・・・・・」

「15ですね。約束ですよ」

 10歳という驚きの申し出に、15歳とウッカリ低く見積もったアルカード。勝手に約束をされた上に、自分が言いだしたことなので引くに引けず、今度はアルカードが落ち込んだ。

(10歳て!)

(15歳でも子供じゃねぇか)

(コイツ、怖えぇ。危ねぇ)

 そしてやっぱりロリコン疑惑は疑惑でなく、払拭しえないものになった。



 王侯貴族では珍しくもないが、4歳で既に結婚が決定した織姫は大喜びした。嬉しくなって、今度はアルカードの元に行って、アルカードの服の裾を引っ張ると、アルカードが織姫の目線までしゃがんでくれた。

「どうした?」

「お父様、アンジェロと結婚するの認めてくれるんですか?」

「・・・・・それ自体はな」

「本当ですか!?」

「あぁ」

「ありがとうございます!」

 嬉しくなって今度はアルカードに抱き着くと、アルカードは織姫を抱き上げて、そのまま立ち上がり、アンジェロに言った。


「今までの苦痛はすべてこれへの愛の深さを試す為に課したに過ぎぬ、お前は立派にその試練に堪えた、ここに、天も照覧あれ、この吾が宝を贈り物として遣わそう」

 そう言って、アルカードは抱いていた織姫をアンジェロに託す。

「吾が子を誇るこの身を笑うてくれるな、やがて解ろう、如何なる褒め言葉もこれの真価には及びもつかぬ事が」

 テンペスト第4幕第1場。数々の試練に堪えた王子に、我が娘を妻として与える主人公プロスペローの言葉。

 テンペストの引用が好きだな、この親子は、と少し可笑しく思いながら、アンジェロは織姫を受け取ってアルカードに言った。

「お言葉通りに信じます、たとえそれが神託に反したものであろうと」

 アンジェロもまた、王子の言葉を引用して、「主人公の宝物」を受け取った。それを見届けて、アルカードはしっかり続きの「注意事項」も述べることにした。

「もしお前がこの子の操の帯を、聖なる式が滞り無く済む前に解き破りでもしようものなら、天は男女の結びつきを寿ぐ恵みの露を下し給わぬであろう、それ処か、荒地の如き憎しみ、蔑みの眼、そして絶ゆる事無き不和が、二人の新床に花ならぬ醜き雑草を撒き散らし、お前たちはそれを見るのも厭わしく思うようになる。それ故、くれぐれも心せねばならぬ、ハイメンの掲げる婚礼の炬火たいまつに行く道を照らして貰いたいならばな」

 要するに、結婚前に手を出したら呪ってやる、ということだ。それを聞いて、アンジェロは苦笑した。

「私の夢は静かなる日々と頼もしき子孫と長命のうちに、この愛情をそのまま保ち続ける事にあります、とすれば、暗黒の洞穴、人目を掠める絶好の場所に出会い、如何に狡智に長けた悪霊の唆しを受けましょうとも、この聖なる心を邪な欲望によって乱し、来るべき祝福の日の慶びを濁らせるような事は致しませぬ、ただその日ともなれば、私は日の神の駆る車の駒が脚を痛めたのか、夜を守る神が鎖に縛られたまま地下で身動きできずにいるのかと、逸る思いに悩まされることでもありましょうが」

 要するに、バカ言うな。ちゃんと我慢するって。でも結婚式の日はソワソワするかも、ということだ。

 なにせ現時点で織姫はまだ4歳なので、流石のアンジェロも4歳児にはムラムラしない。そこまでヘンタイではない。


 が、ここで、アルカードはテンペストの引用をやめた。

「本当か? お前、信用し難いぞ、かなり」

「なんだよ! 手ぇ出さねぇって! つか、どこまでならオッケー?」

「出さないのだろう?」

「いや、どこからが出したことになんの? それがイマイチわかんねぇ」

 やっぱり信用できない。

「イかなきゃオッケー?」

「本番に臨んでいる時点でアウトだ」

「えぇ、じゃぁ前戯まで?」

「脱いでいる時点でアウトだ」

「服着たままならいいって事か」

「良くない! バカかお前は! 大体同じ寝所には入れないぞ!」

「あ、なら外ならいいって事?」

「何故そうなる! ダメだと言っているだろう! 織姫に手を出すなと言っているのだ!」

「あ、なら口でしてもらうのはいいって事?」

「ふざけるな! 絶対許さん!」

「えぇ、じゃぁどこまでならいいわけ?」

 アルカードは当然ながら、なぜかアンジェロまで疲れたような顔だ。

「キスまでしか許さん」

「キスならどこにしてもいいって事か」

「違う! 手と首から上限定だ!」

「えぇー、マジか」

「マジだ!」

「まぁいっか」

 結構アッサリ諦めたアンジェロは、腕の中の織姫に視線を移すと、横抱きにしていたのを向かい合う様に抱き直して、即キスをした。更に舌まで入れたようで、織姫は足をジタバタしている。



「うわ、しちゃってるし」

「ロリ姫、4歳なのに」

「アイツやっぱロリコンだ」

「4歳児相手にまさかのディープ」

 あまりの事に、シュヴァリエ達はとうとう口に出した。

「ていうか、陛下の前で」

「ロリ姫のファーストキス強奪」

 あまりの事に、アルカードはショックでミラーカに縋り付いた。

「ミラーカ、私は判断を誤っただろうか」

「そうね。坊やはせっかちだから」

「・・・・・」

 心で泣いて深く溜息を吐きながらアンジェロと織姫に視線を移すと、まだキスしていた。さすがにキレた。


「いつまでしているのだ!」

 アンジェロと織姫の額に手をついて無理やり引きはがし、更に織姫を奪い取った。不服そうにするアンジェロと違って、織姫は顔が真っ赤になって、恥ずかしそうに俯いた。

 ―――――可愛い・・・・・い、いや、今はそれどころではなかった。

 ウッカリ娘萌えしたものの、すぐに気を取り直してアンジェロを睨みつけた。

「やはりダメだ!」

「なにが」

「織姫に指一本触れるな!」

「ハァ!? なんでだよ!」

「なんで!? お前・・・・・お前は本当に、いい加減にしろよ!」

「何がだよ! 意味わかんねーし!」

「わかれ! 私の前で織姫に手を出す奴があるか!」

「別にいーじゃん。公認なんだから」

「よくない! 前言撤回! 絶対認めん!」

「ハァ!? ふざけんな!」

「お前こそふざけるな!」

 織姫を取り合って久々にレフェリーが登場したものの、侃々諤々の議論は長期戦になった。



 父王と婚約者に挟まれてうるさいと思った織姫だったが、一方で喜んだ。なんだかんだで全部ミナの目論見通り。

 アンジェロとはその内やり直せるし、ちゃんと転生も叶ったし、アルカードの親子設定が現実に生きてきた。

 しかも、如何にも強そうなアルカードの遺伝子のお陰で、超美少女に転生した。ラッキーこの上ない。

 口論に夢中なパパの腕から降りて、双子の所に行った。

「これで何もかも元通りだね! 大きくなったら、またお母さんになるからね!」

「えぇ・・・・・織姫が?」

「もう、織姫じゃないでしょ! お母さんって呼びなさい!」

「4歳児をお母さんって呼びたくないよ」

「赤ちゃんのとき僕らが世話してたんだけど」

「つべこべ言わないの! アンタ達は本当に、生意気なのはアンジェロにソックリね!」


 生意気なのはどちらだと双子は思ったが、反論するのも面倒くさくて溜息で誤魔化した。

【ねぇ、織姫15歳になったらお父さんと結婚するんだよね】

【15歳になったらさぁ、ていうか、15歳でもさぁ】

【うん・・・・・あんまり、今と変わらない気がするね】

 実は織姫、3歳の時にミラーカと同じ魔法をかけてもらった。つまり、織姫は極端に力が弱くなってしまったので、成長するスピードも極端に落ちた。織姫が15歳になっても、見た目は子供のままの可能性が高い。

【なんか、どうしようね、僕ら】

【お父さん絶対、ヘンタイ執政官の名を欲しい侭にするよね】

【青年と幼女って、どうよ】

【お父さんはお母さんなら何でもアリなんだろうけど・・・・・ナイよ】

【VMRのハンバート・ハンバート・・・・・うぅ、そんな父イヤだ】


 少なくともこの場にいる者たちの中では、リアルH・Hは確定した。


★穢れを知らぬ白い肌は冷たい雪、私の心臓の上に降り積もり、情念の焔も打ち消されましょう

――――――――――シェイクスピア「テンペスト」より

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