戦闘に際して敵を欺く事は、非難どころか、賞賛されて然るべきことである
「説明を、してもらおうか」
「説明も何も、私はきちんと確認して転生させました。魂には損傷はありませんでしたし、間違いなくミナさんはミナさんのまま、転生しているはずです」
「ではなぜ記憶がない」
「知りませんよ。それは私に責任のあることではありません。私は言われたとおりに叶えました。演技でもしているのではありませんか」
「ミナは演技などできない。小僧に会って何の反応も示さないなど、あり得ない」
アルカードとアスタロトの口論は一方通行。現にミナは一切の記憶がないと言うのに、アスタロトは契約を完全に履行したと言い張る。
「何かのショックで忘れているだけかもしれません。確認してもよろしいですか?」
「ダメだ。部分的に記憶を移植して、それでミナだと私達に思い込ませようとでもされては堪った物ではない」
「ですが、このままでは埒があきません」
言いながら織姫に近づこうとしたのを、アルカードが後ろに隠した。
「寄るな、悪魔。汚らわしい」
その様子を見て、ふとアスタロトは顎に指を置いて思案し始める。少しすると、アルカードを睨みつけた。
「そうですか。あなた、そう言うおつもりですか。あなたが操作したんですね。私を契約不履行で糾弾するために、一時的に魔眼をかけて別人格と入れ替えている。そうですね?」
アルカードはアスタロトを見据えて、近づこうとする悪魔から織姫を庇う。
「バカな。何を根拠にそんな事を。そんな事をして私達にメリットはない」
その反論に、アスタロトは笑った。
「根拠? メリット? あるでしょう、ありますとも。「私達」? 違うでしょう、「私」でしょう?
あなた、命が惜しくなったんでしょう。ミナさんの転生の為に私に魂を売り渡して、今更死ぬのが恐くなった。
転生の失敗が私に責任のあることなら、あなたの魂が奪われることはない、と考えた。あなたが願ったことは「ミナをミナという人格と記憶を保持したまま、私とミラーカの娘として転生させ、ヴァンパイア一族全員がミナであると確認する事」だったから。
織姫さんがミナさんでないとなれば、あなたが死ぬ事はない。しかし私が契約を履行してしまったものだから、あなたが記憶を操作した。そうでしょう?」
アルカードが願ったことを、一字一句違わず口述した。
その問いかけを聞いて、アルカードは「まさか」と言いながら一瞬視線を右下逸らして、それにアスタロトは更に笑う。
「うふふ。知っていますよ。私はインドにいた頃、精神科の医師をしていましたからね。右下に視線を注ぐ。一人称で会話をしない。相手に対して非協力的になる。極端に口数が減る。これらの行動は、ウソを吐いている人が取りやすい行動です。あなたは、御存知でしたか?」
それを聞いて、アルカードは動揺して瞳を揺らした。それに気づいたアスタロトは、愉快そうに笑う。
「うふふ、うふふふふ。やっぱり。私はちゃぁんと仕事をしましたよ。さぁ、魂を戴きますね」
「ま、待て!」
近寄ってきたアスタロトとアルカードの間に、アンジェロが割り込んできた。
「待て、仮にそうだとしても、俺達はまだ確認してない。確認まで遂行されなきゃ、契約不履行のはずだ」
「・・・・・そうですね」
再び考えるような顔をしたが、すぐに顔を上げた。
「やはり、私に確認させてください。少なくともアルカード以外は、ミナさんがミナさんとして転生することを望んでいるでしょう? 私はそれを叶えてあげますよ? アルカードの邪魔さえなければね」
「・・・・・」
それには、アンジェロも考え込んでしまった。
確かに、ミナがミナとして転生することは、アンジェロにとっての悲願だ。が、まさかアルカードがその為に魂を売り渡しているとは思いもよらなかった。
アルカードが死ねばいいと思った。しかし、悪魔に魂を奪われて殺されるのは、アンジェロにとっては本意ではない。
それに、少なくとも織姫には罪はない。織姫から父親を奪う気にはなれなかった。
アンジェロが悩んでいると、レミが言った。
「確認しろ! 今すぐ!」
それを聞いてアスタロトは笑い、戸惑うアンジェロとアルカードを押しのけて、織姫の前に膝をついた。
織姫は少し怯えた表情を浮かべてアスタロトを見上げる。
「ご心配なく」
アスタロトがそう言って優しく微笑んで、織姫は安心したような表情を浮かべる。アスタロトは織姫の頭を撫でる。1回、2回、と撫でて、やはり笑い、立ち上がった。
そしてアルカードに振り向いて言った。
「やはり、そうでしたね。くだらない茶番はどちらでしょう。催眠術だなんて、随分と姑息な真似をするものですね」
クスクス、と笑って、アスタロトが一歩近づいた。そこに再びアンジェロが立ちはだかる。
「待てって。確認できてないって言ってんだろ! 催眠術なら、それを解けよ」
「あなたは御存知のはずですよね? 催眠術は、術師にしか解けませんよ。少なくとも私が契約を全うしたことはわかったはずです。術師が誰かは知りませんが、その者に解いてもらえば済むこと。それがアルカードだとしたら、一生このままですけど」
「待っ・・・・・!」
アンジェロが張った手は払われた。アスタロトがアンジェロを突き飛ばし、その後ろにいたアルカードの手を掴んだ。
アルカードの右手にあるアスタロトの印章。その印章が、一層闇を増した。
「ごきげんよう、アルカード」
アスタロトは印章を掴むように、アルカードの手の甲の前でぎゅっと手を握り、引きずるような仕草をして笑った。
アルカードがフラフラとよろめいた。慌ててアンジェロが立ち上がって、アルカードの体を支えた。織姫が駆け寄って、アルカードの足に縋った。
「お父様!」
「ヴラド・・・・・しっかりしろ。なぁ、死なないよな?」
「残念だが、願いは、叶った」
その言葉を聞いてアンジェロも、周りのみんなも顔を歪めて、アンジェロはアルカードの胸倉を掴んだ。
「なんでアンタが契約してんだよ! アンタが死んだら、何の意味もねぇだろ! 織姫はどうすんだよ!」
「全く、うるさい奴だ。折角ミナを転生させてやったのに、礼の一つも言えないのか?」
「だって、なんで・・・・・」
「ミナにもお前にも、死んで欲しくはなかったからな」
それを聞いて、アンジェロは胸倉を掴んだ手を緩めて、俯きアルカードの肩にとん、と額を寄せた。
「俺だって、アンタに死んで欲しくねぇよ。こんな事、して欲しくなかった」
「そうか、すまなかったな」
アンジェロの様子にアルカードはクスッと笑って、アンジェロの肩に手を置いた。
「死ぬなよ、頼むから、死なないでくれ」
アンジェロの様子に、堪らずアルカードはクスクスと笑いだした。
「刺したくせに、よく言うものだ。大体、私が死ぬと、いつ言った?」
「・・・・・は?」
「魂なら、とうに奪われているはずだ」
「・・・・・は?」
混乱して顔を上げ、アルカードに顔を向けたアンジェロの表情を見て、何故か残念そうにするアルカード。
「チッ、泣いてはいなかったか」
「え? は? 何言ってんの?」
「お父様、げんきですか?」
「元気だ」
「ハァ!?」
アンジェロもそうだが、大混乱の吸血鬼達。アルカードは溜息を吐いて右手を掲げた。先程まであった印章は、既に退色を始めて、アンジェロが見ている前ですぅっと消えてなくなった。
それを見て、アルカードは織姫の元に跪く。
「心配したか?」
「しんぱいしましたぁ」
余程心配だったのか、織姫はぐずっている。アルカードはその様子に、少し可笑しそうに笑った。
「そうか。悪かったな」
そう言って、織姫の頬にキスをした。すると、ぐずっていたはずの織姫はいきなりニヤニヤしだす。4歳のくせに。
「てことは、アルカードさん、やりましたね」
「あぁ」
先程までのたどたどしい口調と違って、したり顔で「アルカードさん」と呼ぶ織姫。
「え、ちょ、え?」
「アンジェロ! 会いたかったー!!」
「えぇっ!?」
即飛びついてきた織姫に、アンジェロは更に大混乱した。
クスッと笑ったアルカードは、大混乱するアンジェロおよび吸血鬼達に視線を促す様にして、そのまま左手でアスタロトを指さした。指さした先では、アスタロトは怒りに燃えて、掌をグッと握った。
「一体、どういう事ですか。どういうつもりですか。何をしたんです?」
イラついた様子のアスタロトに、アルカードは可笑しそうに笑う。
「はは、なんだ、質問が多いな」
「答えなさい。どういうことですか、あの魂は」
質問を受けて、アルカードはアンジェロに抱っこされた織姫と視線を合わせた。
「仕方がないな。織姫には昔話したことがあったな」
「はい。吸血鬼にとって、血液は魂の通貨なんですよね?」
「そうだ。そして、使い魔についても話したな」
「はい。血縁者の血液を大量に吸血した場合、他人の血を飲むよりも強力な力を得られて、使い魔として使役できるんですよね。それは吸血した相手の魂も手に入るから。だから北都が私の中で生きてた」
「そうだ。そして、私が吸血鬼化して、真っ先に食らったのは、私の弟だ」
「・・・・・つまり、あなたが契約して私の鎖に繋いだのは、あなたの魂ではなく、あなたの弟の魂だった、という事ですか」
「その通りだ」
「やーい、騙された!」
アルカードの契約に際して、死ぬ前からミナとアルカードは、テレパシーでとっくに打ち合わせ済みだ。
ヴァンパイアたちの混乱は、一瞬で興奮に変わった。
「スゲェェェ! さっすが陛下!」
「ヤベェ! カッケェェェ!」
「ヤバい、俺陛下に惚れそう」
「んもー! 陛下ってば、なんでそんなに素敵なんですか! 鼻血出ちゃう!」
「「あったまイイ!!」」
「マジでアルカード、半端ねぇな!」
「はっはっは、まぁ落ち着け」
「本当アルカードさんってスゴイ!」
「もう“アルカードさん”は卒業しないか」
「そうですね! お父様!」
得意になるアルカードと織姫。囃し立てる側近。呆然とするアンジェロとアスタロト。
「な、た、魂をすり替えるだなんて、そんなことが・・・・・あなた、ただの吸血鬼じゃありませんね」
「バーカバーカ!」
「陛下がただの吸血鬼なわけねぇだろ!」
「バーカ! バカ悪魔!」
「脳ミソ紀元前悪魔!」
「お黙りなさい!」
「「アハハ、怒ってやんの!」」
調子に乗ったヴァンパイア達は大騒ぎだ。この件には無関係だが、傍で見ていた山姫一族がヴァンパイア一族の様子を見て、
「僕が悪魔の立場なら超ムカつくな」
と思ったほどだ。
そんなムカつくヴァンパイアを制して、アルカードは不遜に笑う。いつも通り。
「普通の者なら、他に魂を所有していても不可能であろう」
「では、何故」
「生前私が国王であったことは、知っているな」
「それが?」
「では、私のもう一つの顔を知っていたか?」
「もう一つ?」
それは全員知らなかったので、黙ってアルカードの言葉の続きを待った。アルカードはおもむろに腹に手を当てて、腹から何かを取り出した。紅い毬藻のような、霧の塊のような掌に載るほどの球体。
それを見てアスタロトは顔色を変えた。
「ホムンクルス!?」
「そうだ。私の体を入れ物にして、体内で飼っている」
「錬金術師か!」
「そうだ。“エジプト竜王宮廷”の最高幹部。それが生前の私のもう一つの顔だ」
秘密結社、エジプト竜王宮廷。紀元前2200年ごろにエジプトの神官により組織された、魔術や占術、錬金術など、自然科学や神秘学を研究する組織。
一時は衰退したこの秘密結社を、アルカードより数代前のトランシルヴァニアの王が復興させ、アルカードが引き継ぎ、エジプト竜王宮廷の最高幹部の大錬金術師として密かに研究をしていた。
マーリンがアルカードを“竜王の名を継ぐ者”と呼んだのは、この為だ。
「並外れた知識は、ホムンクルスの叡智か」
「そうだ。魂の使い方もな。が、コイツは大量の血を必要とする割に、短命でな」
そう言うと、掌に載ったホムンクルスは、赤い霧となって四散した。
「フラスコから出たら、死んでしまう。そうでなくとも、1週間程度しか生きられないが」
「予め、作っておいたのか。偽物の魂を、私に寄越す為に!」
「あぁ、その通りだ」
なにせ、アルカードの体内に宿る血液は数百万、魂の数すらも数万人分に及ぶ。他の吸血鬼の様に、他人の血液を輸血パックなんかでチビチビ摂取していたのとはわけが違う。
アルカードは全身の血を抜き取ったり、まるまる取り込んだりしていたのだから。第一次オペレーション・ヴァルプルギスの時ですら、3000人近くのエクソシストを、丸呑みした。
「私の国、私の兵を、甘く見てもらっては困るな」
棺が、アルカードの領地。彼自身の体内に宿る血液と魂が、彼の私兵。完全にアルカードの意志によって統一された、彼の軍隊。彼の国。
「SUGEEEE!!」
「ヤベェ! マジスゲェ!」
「俺を側室にしてください!」
「断る。そしてうるさい」
怒られても側近は大はしゃぎだ。対照的に、アスタロトは悔しそうに拳を握って、震わせた。
きっと、これから契約しても偽物の魂を掴まされる。アルカードに宿る他人の魂の数は計り知れない。アルカードの魂を簒奪するために、どれほどの魔力を消耗するか。どう考えても割に合わない。
「お前では私に勝つことは不可能だぞ」
そう言われたのを思い出して、拳を握って歯を食いしばり、睨みつける。
ミナの願った事象の維持がある以上、攻撃も出来ない。今更アンジェロやアルカード、織姫の魂を入手することも不可能。
アンジェロのアブソリュート・ジュリストがある為に逃亡すらも出来ない。完全にチェックをさされた。
考えても、アスタロトではアルカードの策略に勝てない。初めて、敗北を味わった。
対照的に、まだ盛り上がるヴァンパイア。
「カッケェェェ!」
「もう、抱かれたい」
「おお、陛下、なぜあなたは陛下なのですか」
「・・・やめろ。お前たち先程から気色悪いぞ」
「だって、だって!!」
側近たちはアルカードに心底惚れ直したらしい。先程から必死に愛を語っている。アルカードは鬱陶しそうに、且つ気色悪そうにしている。
しかし、落ち込む男が一人。それに気づいて、アルカードは笑った。
「あぁ、本当に今日は佳き日だ。お前も少しは喜ばないか」
言われて、アンジェロは舌打ちした。
「なんで死なねぇんだよ、アンタはよ!」
「死ぬなと言ったのはお前だろう」
「そりゃ死ぬと思ったからな! 俺の嘆きを返せ!」
「ははは、あぁ、実にいいものを見た。あれで泣いてくれていたら最高だったものを」
「ざけんな! 誰がテメェの為に泣くか!」
「今にも泣きそうだったくせに、よく言うものだ」
「泣かねぇよ! クソ! このキチガイジジィ!」
「お前な、ちゃんとミナを転生させてやったんだから、礼の一つくらい言ったらどうだ」
「ありがとうございました! クソ野郎!」
「・・・・・お前という奴は、何故そんなに憎らしいんだ」
「うるせぇ! 生まれつきだ、ボケ!」
アルカードが死ぬと思って危うく泣きそうになったアンジェロは、アルカードの策略に自分も騙されたと気付いてご立腹だ。
当然ミナを転生させてもらったので、その事には感謝しているものの、ムカつくものはムカつくようだ。
アルカードのこの態度ならば、仕方がない。
「あぁ、今日は実にいいものを見た。今日のお前の様子を城の前に記念碑として残そう」
「ざけんな! そんな下らねぇ事で税金使うな!」
「祝日にしましょうよ。“アンジェロがドッキリにハマったデー”」
「あぁ、それがいい。制定」
「決めんな! つか織姫のネーミングセンス最悪!」
「ハッハッハ、では触れを出して参ります」
「出すな! お前、なんでそんな時だけ無駄に仕事が速えんだよ!」
「善は急げって言うじゃねーか」
「俺にとっては悪だ!」
「俺らには善。じゃ、そゆことで」
「オイ、クリス! 待っぐぇ!」
全速力で逃亡したクリスティアーノを追いかけようとしたものの、アルカードに首根っこをつかまれ追跡を断念。その間にクリスティアーノはまんまと走り去ってしまった。
やっぱり落ち込むアンジェロは、床に座り込んでいじけている。それを見て、織姫が小さな手で肩をたたいた。
「アンジェロ、ドンマイ!」
「チクショウ、お前、バカ。このクソガキが、チビめ」
「・・・・・仮にも王女に対して、ヒドイよね」
こうして、まんまとこの日12月25日は“アンジェロがドッキリにハマったデー”という祝日に制定された。後日、触れを見て首を傾げる国民。
「執政官がドッキリにハマったって、なに?」
「さぁ?」
「アレじゃないか? またなんか陛下とケンカして、仕返しに騙されたとか」
「あぁー、ぽい」
「ぽい」
「祝日に制定するほどだから、よっぽど鮮やかに騙されたんだな」
そりゃもう鮮烈に騙された。落ち込んだアンジェロは、3日間仕事をサボッた。
★戦闘に際して敵を欺く事は、非難どころか、賞賛されて然るべきことである
――――――――――ニッコロ・マキァヴェッリ




