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コントラクト 3 ―宿命の契約―  作者: 時任雪緒
第6章 王と下僕、命がけの一六勝負!
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瞳の中だけではじまっておわる、その狂暴な魂のつかのまの疾駆の影





創絡5年12月25日 20時



 歓喜に沸き立つアリスト。終戦の報告は既に行き渡っている。避難した都民達も戻っていて、全く損害のない王都、そして戦勝に沸き返っている。

 誰もが笑って手を叩く。誰もが笑って囃し立てる。口笛が、歓声が、拍手が、都中城中に響き渡って、祝福の風を送る。

 ―――――クソッ、また責任だ。これは、仕事だ。今は、“仕事”をしなければ。

 民衆の前で、祝賀式典の真っ最中。こんな所で席を乱すわけにもいかない。そう言い聞かせて、アンジェロは何とか振り切って「営業スマイル」を向けて跪く。

「お初にお目にかかります。執政官のアンジェロ・ジェズアルドと申します。お会いできて、光栄です」

「え、あ・・・・・こちらこそ」

 人見知りをして、オドオドする手を取って、挨拶用の仕事用のキスをする。一切合切忘れてしまった、ミナの生まれ変わりに。

【式典が済んだら死のう、などと考えるなよ。まだ、終わっていないのだからな】

【・・・・・わかってる】

 契約不履行の悪魔に鉄槌を下す。まだ、最後の本当の復讐が、残っている。




創絡5年12月25日 2時。


 18時間前、ミナが死んだ後、兵たちが大勢やって来た。戦勝を聞きつけた都民たちは早速戻ってきて、アリストの外も中も、反乱軍も同盟軍も国軍も都民も入り乱れで大騒ぎで、あちこちで戦勝のお祝いを始めてしまっている。

 その報告を聞いて、ひとまずアンジェロも落ち着いたことだし、アルカードも立ち上がった。

「そうだな。こう言った祝は、国を挙げてするものだ。明日、夕刻から戦勝パレードを行い、城で式典をしよう。その場で国の分割・独立も報告する」

 そう言って、全員に準備に取り掛かる様促した。シュヴァリエ達はまだ落ち着きを失くしていたが、アンジェロは仕事に没頭することで、落ち着かない精神を平定させようとでも考えたのか、すぐに立ち上がって仕事に取り掛かった。

 アンジェロが何とか耐えているのに、周りの者達がそうしないわけにもいかない。シュヴァリエ達も涙を拭って、それぞれの仕事に取り掛かる。アンジェロが気付いていないこと、ミナを転生させるために、アルカードが悪魔と契約してしまった事実を、ひた隠しにして。




12月25日 18時


 馬で行軍する。市街を一周する戦勝パレード。市民たちは歓喜に震える。

 あれが国王陛下だ。あの方の采配で、憎き悪魔を完全に打倒した。

 あれが執政官だ。あの方の活躍で、この戦いに勝利を齎した。

 英雄だ。英雄だ。この国の英雄たち。


 歓声に、笑顔で応えた。ミナが死んだと言うのに、こんな時でも笑顔を振りまかなければならない。それも仕事の内だと言い聞かせて、全員で笑顔を顔に張りつけ、手を振る。

 表面上は笑顔で、少なくともアンジェロの頭の中では、国の事も悪魔の事も、なにもかも、どうでもよかった。

 とにかくミナの事しか考えられなかった。ミナに会いたい。早く会って指輪を返したい。だけど、ミナが別の人格になってしまっていたら、そう考えると恐ろしく、その考えを打ち消して、何度も同じ考察を繰り返す。

 もしミナが男に生まれてしまっていたら。ミナがミナであるのなら、それでも構わないと思った。

 もしミナが人の姿をしていなかったら。ミナがミナであるのなら、それでも構わないと思った。

 もし転生に失敗していたら。連理の木ならいつかは会える。ミナがミナであるのなら、会えるまでいつまでも待とうと思った。

 いつか会えるミナが、ミナのまま転生したのなら、何にでも耐えられると思った。だけど、もしミナがミナでなかったら、アンジェロにはもう、何もなくなってしまう。

 アンジェロには仕事がある。責任がある。友がある。息子がある。それでも、ミナがいなくなってしまえば、アンジェロの世界は崩壊してしまうのだ。彼の生きる世界は、ミナの瞳に映っていなければならないのだから。ミナはアンジェロを映す、曇りなき鏡。



 アンジェロの心の中の熾烈な葛藤に、やはりアルカードも急いた。最初はどうしようかと悩んでいたのだが、やはりマーリンに預けてきて正解だったと思った。

 あまり時間を置きすぎては、アンジェロの心が壊れてしまいそうな気がしたから。やはり危うい。ミナとアンジェロの関係は異常なほど極端な諸刃の剣。まるで泡沫うたかたの華。

 いつも二人で彷徨う。手を繋いで、気が遠くなるほどの標高を蜘蛛の糸の上、綱渡りをする。どちらかが手を離したら、離した方だけでなく離された方も奈落まで真っ逆さま。

 よく言えば一蓮托生。悪く言えば道連れ。二人は二人で一つ。魂ごと繋がれた、赤い糸。


 それでもミナは死を選んだ。ミナが死なずとも、ミナもアンジェロも延命した上に二人とも解約する術はいくつもあった。例えば

・ミナとアスタロトの立場の逆転

・アスタロトの魔力の強奪

・アスタロトを人間に戻す

・双子の魔法で、アスタロトの「囚魂の鎖」を断ち切る

・アルカードが契約して、二人の解約を願う

 他にも、いくつもあった。勿論アルカードはそれをミナに言ったが、ミナは聞き入れなかった。

「だって、私はもう願ったんです。アンジェロに愛されたら、死んでもいいって。アンジェロにも言ったんです。死ぬ程の恋をしたら、死んでしまってもいいって」

 アンジェロを想って死ぬこと。それはミナの愛の証明だった。アンジェロがミナの為に悪魔に魂を売り渡したのと同じように、命懸けで愛した。

 自分がミカだなんて微塵も思っていなくて、アンジェロから愛されることは絶対にありえないと思い込んだ。

 愛するあまり、愛を欲するあまりに、悪魔に願ってしまった。既に叶っている願い。ミナは、アンジェロの口から「愛してる」と聞けたら、それで死んでしまってもいいと思った。

 アンジェロがVMRから消える前、ミナに言った。その時はウソだと思った。双子に話を聞いて、自分がミカだったこと、アンジェロの言葉がウソじゃないと知った。死ぬ前、聞いた。

「私の事、愛してる?」

 アンジェロは答えた。

「愛してる」

 それで、十分だった。充分に満たされた、死ぬ理由。別れることは辛かった。しかしそれ以上に喜ばしくすらあった。

 アンジェロを好きになって、アンジェロが好きになってくれて、アンジェロを想って死ねる自分の愛が、嬉しかった。やっとアンジェロと釣り合いが取れると思ったから。


 今のミナには、昔のミナ―――――ミカは、一方的に愛されて、アンジェロを愛していなかったとさえ思った。アンジェロがミカに向ける、絶対的な愛情。それほどの愛を向けられたなら、ミナに取りえる行動は一つだけ。絶対的な信頼。徹底した、献身。

 元々ミナはアルカードにも「従順で可愛い下僕」と評されていたのだから、アンジェロにはそれ以上に尽くしてもおかしくはなかった。

 友達だった。冗談を言って笑い合って、しょっちゅうケンカをした。だけど今は一緒にいると、緊張する。今更だとわかっているけど、アンジェロに嫌われないように、アンジェロを怒らせないように、できることなら愛されるように。そう思っていた。

 だから、アンジェロの為に死ねることは、悦びだった。



 愛情の押し売り合戦は、お互い様だった。アルカードにはそれが酷く滑稽に思えたし、同時に不穏にも思ったし、倒錯的で狂気的な愛は恐ろしいと思った。

 アンジェロから聞こえる、ミナへ語る愛。それは悲哀すらも帯びて、剣の切っ先によく似ていた。

 ミナから聞こえる、アンジェロへ語る愛。それは苦痛に苛まれて、裂かれた傷口によく似ていた。

 二人で斬りつけ合う。傷つけ合う。血を流して命を懸けて、涙を流しながら、愛を語り互いに傷を舐め合って、互いを求め合う。それが二人の愛し方で、生き方で、死に方なのだろうと思った。

 だから、ミナの願いを叶えてやろうと思った。死ぬ事を避けられないのならば、アンジェロの願いも、ミナの願いも叶えてあげたかった。

 だから、ミナに転生するように諭した。転生後どうなるかはわからないが、アンジェロを一人にしておくのは可哀想だと、クリシュナが死んでミナも辛い思いをしたはずだと言って、それなら、とミナも希望を言ったから、叶えた。




12月25日 19時


 パレードが終わって城に戻り、式典が始まった。式典の初めに、戦争で死んだ兵士たちに追悼を捧げた。

 西の湖のほとりに慰霊碑を建立する。そしてアルカードは民の前に立ち言った。

「我々の最大の敵は駆逐した。今後も戦争が起きる可能性は否定できないが、此度の様な大戦を、二度と引き起さぬよう尽力する。

 ただ、理解してほしい。平和を勝ち取るために、犠牲は必ず払わなければならない。必ず戦いと言う段階を踏まねばならない。何の犠牲もなしに得られたものなど、いずれは露と消える。そんなものに価値はないのだ。

 何かを捨てられる者、何かを犠牲にできる者にしか、勝利も平和も手にすることはできない。例えそれが金であっても、信頼であっても、愛であっても、誰であっても、何であっても。それを捨てられる者にしか、生き残る価値はない。

 人は二度死ぬ。体が死んだとき、そして人から忘れ去られた時が二度目の死。人の命は一つではない。忘れぬことだ。犠牲にした何かを忘れぬことが、責任であり、弔いだ」

 それを聞いて、民たちは静まり返り、祈りを捧げた。死んだ兵士たちの犠牲の上に成り立つ平和。彼らの死がなければ、平和は訪れなかったのかもしれない。彼らの責務と、彼らの命と、尊い犠牲に、祈りを捧げた。



 一旦奥に下がったアルカードの体に、痛みが走った。

「じゃぁ、アンタは、何を犠牲にした? ただ、ミナを殺しただけなんじゃねぇのかよ」

 アンジェロがデュランダルを、アルカードの心臓に突き刺していた。すぐに近くにいたジョヴァンニがアンジェロを引き離して、抑えつけた。

「私が犠牲にしたものか・・・・・強いて言うならば、お前の忠誠だ」

 アルカードは痛みに顔を歪めながらデュランダルを胸から抜いて、血塗れのそれを、アンジェロに返す。

「刺したければ刺すがいい。悪いが、私は聖剣でも、一度や二度殺されたくらいでは死なないようだ。私がミナを殺したのは、ミナの希望だ。それでも納得できないのは理解できるが、せめてミナが戻ってくるまでは我慢するべきだぞ」

 アンジェロはデュランダルを受け取ったものの、それをギュッと握って俯いた。ジョヴァンニがアンジェロの手からデュランダルを奪い取った。

「これは俺が預かっとく。ファントムも貸して。陛下に逆らう事は許さないし、アンジェロに自殺されても困るから」

「・・・・・そうだ。弑逆は重罪だ。ハハ、なのに、なんで、許すかなぁ・・・・・」

 本来ならこの時点でアンジェロは処刑されるべきで、処刑されると覚悟していた。それでもアルカードは許した。

 アンジェロは少しだけ自嘲して、大人しくジョヴァンニの言に従い、ファントムも託した。


 犠牲にしたもの。自らの魂を、ミナの転生の為に悪魔に売った。ミナを殺さなければならない痛苦。アンジェロに憎まれること。

 アルカードも辛く苦しい思いを押し込んでいるのだと、アルカードが許したことで、ジョヴァンニたちも痛切に思い知った。

 強く祈る。ミナ、どうか帰ってきて。ミナのままで、アルカードとアンジェロを、苦しみの渦から救い出して。早く、早く。早く帰ってきてくれないと、壊れてしまうから。



 奥に下がったアルカードは着替えをして、次に出てきたときは山姫の独立、南半分の国の独立を宣言した。詳細はまだ決まっていなかったが、遷都の日程は1月1日。その日に戴冠を行うと表明した。

 国家間には当然関所を設けることになるが、移住や帰化の自由を認めるとした。細かい法律や税制・物価には多少の差異が現れるものの、原則的な典範は変わらないことで、独立する新国家、新女王の擁立は国民にも受け入れられた。


「それと、もう一つ報告がある」

 アルカードがそう言うと、背後からミラーカが進み出てくる。

「この戦争が起きる事は、実は建国当初から予期していた。だから、安全の為にずっと身を隠していた。極秘にしていたが、それを隠す必要もなくなった」

 ミラーカと一緒にやって来た双子。ミラーカの背後で、双子に手を引かれてやってきた、少女。

 アルカードはその少女を抱き上げて、国民の前にその姿をさらした。


「この国の第1王女。名は、織姫。4歳になる」


 国民はおろか、アンジェロもシュヴァリエ達も、全員が驚いて、その少女、第1王女織姫に視線を注いだ。

 長い黒髪は緩くウェーブがかって、以前アルカードの肖像画を見た時の髪型に似ていた。肌は白く、東欧人の混血らしく無国籍な顔立ち。エメラルドのような、緑色の瞳。神話から飛び出してきたような、妖しい美しさ。

 以前リュイが言っていた通り、見たこともないほど美しい娘、織姫。

「御子が!?」

「陛下の御子だ!」

「なんと美しい、織姫様!」

 嫡子の存在を知って、更に沸き返る民たちにアルカードは笑って、織姫を抱いたまま、アンジェロの元に歩み寄る。

「私と、ミラーカの娘だ」

「・・・・・こ、この子が?」

 アンジェロの声は震えた。それにアルカードはクスッと笑う。

「そうだ。ミナの生まれ変わりだ。私に似て、美しい娘だろう」

「・・・・・あぁ、とても」

 見惚れるように、アンジェロは織姫を見つめる。その視線に恥ずかしそうにして、織姫はアルカードの胸に顔を隠しながら、アルカードを見上げた。

「お父様、私おへやにかえりたいです」

 その言葉に、アルカードは少しくすぐったそうに、困ったように笑う。

「なんだ、恥ずかしいのか?」

「だって、ひとがたくさんいるんですもの」

「これも王女の務めだぞ」

「だって・・・・・」

 ちらりとアンジェロを見て、すぐにまた顔を隠す。どうもマーリンの所で引きこもり生活をしていた影響か、極度に人見知りするようだ。

 溜息を吐いて、織姫を下ろした。

「この者は私の一番の側近だ。挨拶をしておけ」

「・・・・・はい」

 言われて、降ろされた織姫はアンジェロを見上げた。

「はじめまして。織姫ともうします」

 そう言って礼を取った織姫の前に、アンジェロも跪いた。


 はじめまして。なんの躊躇いもなくそう言って、なんの躊躇いもなくアルカードをお父様と呼んだ。ミラーカと目があった。ミラーカは少し申し訳なさそうに微笑んで、ゆるゆると首を横に振った。



 誰もが笑って手を叩く。誰もが笑って囃し立てる。口笛が、歓声が、拍手が、都中城中に響き渡って、祝福の風を送る。

 ―――――クソッ、また責任だ。これは、仕事だ。今は、“仕事”をしなければ。

 民衆の前で、祝賀式典の真っ最中。こんな所で席を乱すわけにもいかない。そう言い聞かせて、アンジェロは何とか振り切って「営業スマイル」を向けて跪く。

「お初にお目にかかります。執政官のアンジェロ・ジェズアルドと申します。お会いできて、光栄です」

「え、あ・・・・・こちらこそ」

「可愛らしい織姫様。なぜ織姫様と?」

「た、たんじょうびが7がつ7にちで、そのひのでんせつって・・・・・かしわぎが」

「そうですか。素敵なお名前ですね。可愛らしい貴女様に、よくお似合いです」

 人見知りをして、オドオドする小さな手を取って、挨拶用の仕事用のキスをする。一切合切忘れてしまった、ミナの生まれ変わりに。

【式典が済んだら死のう、などと考えるなよ。まだ、終わっていないのだからな】

【・・・・・わかってる】


 ミナは転生した。転生には成功した。しかし、ミナはミナのまま転生しなかった。そう、悪魔に願ったのに。アルカードの魂を犠牲にしたのに。

 契約不履行の悪魔に鉄槌を下す。まだ、最後の本当の復讐が、残っている。





★瞳の中だけではじまっておわる、その狂暴な魂のつかのまの疾駆の影

――――――――――三島由紀夫「豊饒の海(一)春の雪」

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