主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた
山姫の所の新王国の話は後回しにすることにして、とりあえず反逆騒動は終息を見せた。
一方のアスタロトは、折角の寸劇が台無しに終わってしまって、つまらなそうに舌打ちをしていた。そこにアンジェロが突然のローキック。はずみで倒れこんだアスタロトの頭を、更に踏みつけた。
その様子を見てご機嫌なアルカードは、アンジェロに頭を床に押し付けられて、睨み上げてくるアスタロトに不遜に笑う。
「くだらない茶番は終わりだ。この程度で我々が揺らぐとでも思ったか。随分と小賢しい真似をしてくれるものだが、お前では私に勝つことは不可能だぞ。そうであろう、ミナ」
「はい、そうですね」
声をかけられて、アスタロトの前にしゃがんで見下した。
「アスタロト様、私のお願い、後何個残ってますか?」
「・・・・・あと、3つ」
「じゃぁ、聞いてくれます?」
「なんでしょう」
「これまで私やアンジェロが願った事象を全て、今後も維持すること」
「事象とは?」
「事象ですよ。全部。双子やミラーカさんもこのまま純血種の吸血鬼として、魂を保持して生きていくこと。生活習慣の強化や、能力の維持―――――とにかく、私とアンジェロの関係も何もかもすべて。私とアンジェロが願ったこと、ぜーんぶこれからも維持する事」
「・・・・・わかりました」
物は言いようだ。何の維持を願うかと考えたら、どうしても足りない。ならば全部願えばよい。
こうしてしまえば、力も純血種もそのままで、アスタロトはやっぱり吸血鬼を攻撃できない。残りは、2つ。
「それから、アンジェロの契約を解約してください」
さすがに予想していたようで、舌打ちした後、わかりました、と返事をした。
「解約しました」
その言葉を聞いて、アンジェロの背中の服を捲ってみる。
タトゥーのようなアスタロトの印章は、ミナの見ている前で灰色に退色し、すうっと消えてなくなった。
「消えたよ!」
「マジか!」
「やったー! アンジェロ、よかった!」
アンジェロが悪魔の契約から解放されたことに、全員で万歳をして大喜び。これでアンジェロは死なずに済む。一度こういう経験をした以上、アンジェロが再び悪魔と契約する事はあり得ない。アンジェロが解約した以上、二度と悪魔はアンジェロの魂を手に入れることは不可能だ。
早速リュイが、戦勝と山姫とアンジェロのお祝いをしようと言い出して、即飛び出していこうとする。
それを、アミンが捕まえた。
「まだ早いよ。お祝いはもう少し待って」
アミンの言葉に、すぐにお祝いムードは引いていく。
「えっと、後1個だよね? お嬢様、最後の願いも使うんですか?」
「ミナ?」
「心配しないで。最後のお願いは使わないよ」
覗き込んできたアンジェロに言うと、心配顔が和らいだ。それを見届けて、もう一度アスタロトに向いて、笑って見せた。アスタロトは怪訝そうな顔をしているが、視線を外して、アンジェロの手をとって、見上げた。
「私の事、愛してる?」
アンジェロは優しく笑って、応えてくれる。
「愛してる」
「ありがとう、アンジェロ。ゴメンね」
謝りながらアンジェロに貰った指輪を、右手の薬指から外した。
「ミナ?」
「ゴメンね、アンジェロ。ごめんなさい。約束は守れない。ずっと一緒には、いられないの。本当は、家族をやり直せないの。私、本当にバカで・・・・・だけど、世界で一番愛してる。本当に、大好きなの。だから、この指輪はアンジェロが持ってて」
「は? 何言って・・・・・」
握ったアンジェロの右手。長い小指に、外した指輪をはめた。訝しげに眉をひそめたアンジェロから視線を外し、アルカードに振り向いた。
「アルカードさん、お願いします」
「ああ」
アンジェロが近づいてきたアルカードに視線を向けると、アルカードはアンジェロを真っ直ぐ見つめる。
アルカードの瞳が光った瞬間、アンジェロはがくん、と体から力を失った。
「アンジェロ!?」
駆け寄ってきたクリスティアーノに、体を支えたアルカードが、アンジェロを託しながら平気だと言った。
「寝ているだけだ。邪魔をされても困るからな」
「邪魔って、陛下? 何をする気ですか?」
クリスティアーノの問いは無視して、アンジェロを預けたアルカードが、双子に向いた。
「金、黒、用意はいいな」
「「はい」」
「ミラーカも」
「ええ」
「ボニー、クライド」
「うん」
「アミン、頼んだぞ」
「はい」
「苧環、協力してくれるか」
「勿論です。柏木も」
「はい」
「オリバー」
「準備は出来ています」
呼ばれたメンバーは返事をして、アルカードのもとにやってくる。
「よし、では」それを見届けて、ミナに向いた。「ミナ、いいな」
「はい。お願いします」
そう返事をして、みんなを見渡した。
「アルカードさん、ミラーカさん、ボニーさん、クライドさん、アミンちゃん、リュイさん、山姫さん、苧環さん、虎杖さん、山姫一族の皆さん、シュヴァリエのみんな、ミケランジェロ、翼、アンジェロ。
みんな、今まで本当にお世話になりました。ありがとうございました。すごく、楽しかったです。
私とアルカードさんとアンジェロは連理の木だから、きっとまた出会えると思う。またみんなに会えるのを、楽しみにしています」
ミナの言葉を聞いて動揺するシュヴァリエの面々に、視線を流して笑った。
「レミとジョヴァンニは私が吸血鬼化したけど、大丈夫だから。アルカードさんが助けてくれる」
「助け・・・・・? え? ミナ?」
狼狽えるジョヴァンニにもう一度笑って、みんなを見渡した。
みんなには何をするかはきっと理解できていない。けど、きっとよくないことが起こるのだ、それはわかっているようだ。レミが訳も分からないはずなのに、苦しそうな表情をしている。
何が起こるかわからないはずなのに、止めに入ろうとする。それをボニー達が遮る。先が読めたのか、アスタロトすらも止めに入ろうと声を張り上げる。
「ミナ!」
「やめなさい!」
「ミナ!?」
「ミナ様!」
「みんな、ありがとう。また出会えたら、友達になってね」
寝ているアンジェロを見て、どうしようもなく惜別の情が込みあげてきて、涙が零れた。
「また、出会えたら、私を好きになってね・・・・・今まで、護ってくれて本当にありがとう。愛してる―――――さよなら」
涙が頬を伝った。アルカードの目を真っ直ぐに見つめた。念を押すように見つめるアルカードの視線に頷いて、輪郭をなぞった涙が肌から離れたとき、アルカードの瞳が金色に輝く。
その瞬間、ミナは意識を手放して、一瞬で、砂塵と化した。
塵は、塵に還った。
★主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。
――――――――――旧約聖書創世記2-4




