祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす
この冒頭が好きだと言って、山姫が琵琶を奏でてくれたことがあった。
平家物語、平一族の栄枯盛衰の物語。
王宮に戻ったミナ達は、信じられない光景を目にしていた。
ミナ達が王宮に戻ると、山姫と苧環・虎杖は既に待ち構えていた。テレパシーで呼んだらしく、すぐにミラーカと共に双子とアミンもやって来たのだが、4人が入ってきた瞬間に苧環がミラーカを羽交い絞めにして、虎杖が双子とアミンを妨害し、山姫がミラーカの首元に剣を突きつけた。
「山姫さん!?」
「姫! 何してんの!」
ミナとボニーが山姫を止めようとするのをクライドが止めた。不用意な行動は山姫を刺激する。
どこからか、クス、と声が漏れたのが聞こえた。
思えば、戦場から山姫たちが戻った時表情が硬かった。しかし、アレスが怒鳴りこんできたものだから、まともに会話をしなかったのだ。
思えば、二人が戦場から戻ってくるのは遅かった。きっとあの間にアスタロトがやってきていて、山姫に何かを吹き込んだのだ。
ミラーカは暴れたりはしない。苧環に捕まって大人しくしている。残念そうに息をついて、瞳を伏せて。
「あなたが、悪いのよ」
無表情で睨むアルカードに、山姫が言った。
「何故、あたしじゃないの。出会った頃から、変わらないのね。あなたはいつも、あたしを無視する」
「王族に対する反逆は、死罪だぞ」
「わかっているわ―――――それでも」
アルカードも山姫も、その表情は硬い。
「どうして、あたしじゃないのよ。あたしは何度もあなたに協力してあげたじゃない。あなたの事も、ミナのことも、エンジェルウイルスの事も。
どうしてあたしじゃないのよ。何故ミナなの。何故ミラーカなの。何故アンジェロなの。
どうしてあなたはいつも、あたしを無視するのよ。あなたの面倒を見てやったでしょう。ミナのことだって、ボニーとクライドだって、ミラーカだって。だから家族のように思っているし、アンジェロだって自分の一族のように思っているわよ。
だけど、何故あたしじゃなくてミラーカを正妃にするのよ。何故あたしじゃなくてアンジェロを信頼するのよ。あたしだってあなたの為に、今まであらゆる手を尽くしてきたのに、どうしてあたしを無視するのよ」
不満は、堰を切った。
アンジェロの新しい地位、独裁執政官。普段は官房長官とさして変わらない。しかし、その地位が効果を発揮するのは、有事の際。
国王の不在や、国王が執政できない状態になった場合、アンジェロが臨時で独裁的に執政する権限を託され、行政の全権を委ねられる。
または国王の勅命・密命により、極めてインテリジェンス且つイリーガルな仕事をこなす。いわば、腹心中の腹心、王の影、副王のような立場。
アンジェロがその権限を獲得した。内閣太政大臣である山姫を差し置いて。
アンジェロは下剋上を狙っていたわけではないし、山姫もその事はわかっている。しかし、不満だった。
出会った頃からアルカードには散々振り回された。ミナが殺人を犯して日本から逃亡する際も手助けしてやった。ボニーとクライドがフィレンツェから逃げて来た時も匿ってやった。エンジェルウイルスの研究だって多額の支援をした。
アルカードのことも諦めようと努め、国のためにも頑張ってきたつもりだ。アルカードの為に頑張ってきたつもりだった。だから、アルカードから最も信頼を寄せられるのは、アルカードにとっての一番は、山姫でいいはずだと思いたかった―――――なのに。
山姫はずっと抑えていたが、苧環や虎杖達の方がその事に我慢ならなかった。アルカードと決別した方がいいと、ずっと思っていた。
少なくとも彼らには、アルカードが山姫を利用しているようにしか思えなかったから。
アルカードは深く溜息を吐いて、山姫に歩み寄る。警戒して、山姫は剣の切っ先をぐっとミラーカに突き寄せる。
「ミラーカを離せ。ミラーカには関係なかろう」
「あるわよ。ミラーカはあたしの気持ちを知ってたくせに、あなたと結婚したじゃない」
「結婚は、お前も薦めたはずだが」
そこは女心をわかっていないアルカードが悪いが、事実アルカードの言う通りなのでどうしようもない。
山姫自身もわかっている。仮に自分がアルカードと結婚したいと申し出ても、絶対に受け入れられなかった。
それは山姫自身がどうこうではなく、山姫の立場がマズイから。太政大臣という強大な権力を持つ高位の官吏が、正妃になることはとても危険だ。
結婚してその任を離れられても困るし、仮に残留したとしても、混乱を招く可能性は否定できないし、どうしても山姫一族を優遇してしまうから。
だから、アルカードは政治に興味のないミラーカで納得し、山姫一族の代表としての山姫、ヴァンパイア一族の代表としてのアルカード、国民の代表としてのアンジェロが国を纏めることで均衡を保つことにしたのだ。
「ミラーカ以外で、私の正妃に相応しい女はいない。私の妻になり政治に私情を挟まずにいられるのは、ミラーカくらいなものだ」
だからミラーカなのだ。貴族育ちだから。貴族の女は政略結婚の道具として教育され、扱われる。ミラーカもまた、そう教育されてきた。
ただ、美しくいること。ただ、笑っていること。ただ、宮を飾る華であること。ただ、夜伽に上がること。ただ、子供を産むこと。貴族の娘に求められることは、基本的には、ただ、それだけ。
権力者にとって理想的なのは、強力な実家と言う後ろ楯、仕事の邪魔をしない女。もしくは役に立つ女。山姫の場合は山姫自身が強大な権力を有している為に、アルカードにとって邪魔でしかないのだ。
その点ミラーカはよくわかっている。妻は耐えるのも仕事のうち。アルカードに不用意には反論しない。どうしても気になることがあれば、仕事に関わりのないところで諭す。
王は重大な責任を負っている。妃の仕事は政治に口を出すことではなく、その責任を共に背負い、王を励まし奮い立たせること。
少なくともアルカードの周りでその立場に最適なのはミラーカしかいない。
「山姫、お前では私の妃に相応しくない。だからといって早まるな。お前には、お前に見合ったポストを用意すると言ったな。大臣に就けたのはそのための修行だ。本当は戦争が完全に終結してからと思っていたのだが、仕方ない」
そう言って、アルカードがアンジェロに振り向くと、アンジェロは姿を消して、すぐに現れた。その手には大きな羊皮紙が握られていて、広げられた羊皮紙はVMRの地図だった。
アルカードはVMRの中心より若干下の、オダロロックを指す。
「山姫に、オダロロック以南全域を領地として分譲する。領有権及び政権の一切をお前に委ねる。これより南は独立し、お前が女王に立て」
アルカードの言葉を聞いて、山姫は剣を持つ手を下した。
「なんですって」
「VMRの北と南、もはや別の国だ。これ程広大な国を維持することは難しい。いっそのこと分割して、それぞれ私とお前で統治した方が支配率も安定する。
お前の経営手腕は卓越したものだ。足りないのは政治家としての経験だけだった。私のもとで帝王学を学んだのだ。お前はもう十分に、女王としての資質を備えた。
山姫は女王として立つためにここにやって来たのだ。山姫を女王として立たせるために、私の下で働かせたのだ。お前の才能・能力、何をとっても、女王に相応しい」
アルカードは最初からそのつもりだった。そもそも吸血鬼としては山姫の方がアルカードより上なのだし、いつまでも下に着けていたのでは、山姫はともかく一族の誰かしらに反感を買うのは目に見えた。何よりも、山姫に相応しいポストは指導者としての立ち位置以外にはない。政治に関与したことのない山姫には、足りないのは経験だけだった。
アルカードとしては戦いの終わった後に、クリスマスプレゼントでサプライズのつもりだったのだが、状況が状況なだけに仕方がない。
「本気で、言っているの?」
「本気だとも。既に建国時から王宮の建設は始めてあるし、お前を小僧より下の地位のまま使うはずがなかろう。これでも感謝しているのだぞ。山姫には本当に、世話になったからな。国土の半分。この領地は、これまでの礼だ」
羊皮紙の地図、オダロロック以南のVMRをぐるりと指でなぞって、アルカードは笑った。
アルカードが笑ったのを見て、山姫は持っていた剣を掌から滑らせた。カシャンと床に落ちた剣の上に、雫が零れた。
山姫は涙を湛えた瞳をギュッと閉じて、はずみでまた2滴、涙が滴った。
「ごめんなさい、あたし・・・・・」
「構うものか。多大な働きをしてくれた友に、礼や褒美を与えるのは当たり前のことだ。悪いのは私の方だ。黙っていたことも、お前を追い込んでしまったことも、その為に、悪魔の囁きに耳を傾けてしまったこともな」
アルカードの赦しを聞いて、山姫はやはりもう一度ごめんなさい、と呟いて、顔を上げた。
「どうかしていたわ、あたし。悪魔に踊らされて、バカみたいだわ。あなたの辞令を受け取るのは、もう少し先にするわ。まだ修行が足りないようだし」
「そうか? もう十分だと思うがな」
「いいえ。苧環」
振り向いた山姫に呼ばれ、苧環はミラーカを離した。やっと解放されたミラーカはスッキリしたと言わんばかりに肩を揺すった。
双子が寄ってきて、ミラーカに縋り付く。
「メリッサ、大丈夫!?」
「ごめんね!」
「ふふ、大丈夫よ」
3人のやり取りを聞いていたアルカードは山姫には笑顔を向けていたのに、双子にムッとした表情を向けた。
「金、黒、お前らはあれほど偉そうに任せておけと言っておきながら・・・・・」
「う、すいません」
「自分の仕事位全うせんか。ミラーカに何かあったら、過失致死でお前達も死罪だぞ」
「ごめんなさい・・・・・」
「少し両親を見習う事だな。お前らの両親はバカコンビだが、その辺りはしっかりしているぞ」
「「ハイ・・・・・」」
バカコンビと言えども、子供に比べたら社会性はある。まだまだ青い双子は怒られてシュンとしてしまった。
そんなバカコンビは脳内会議だ。
【びっくりしたけど、結局アルカードさんの目論見通りになったね】
【そうだな。毎度の事だけど、やっぱヴラドの先見はスゲェな】
当然ミナとアンジェロも最初っからかんでいる。ミナは建設も担当の管轄だし、どの地に王宮を築くかは、アンジェロが現住国民に折衝して回っていたのだ。
【山姫さんは遠慮してああ言ってるけど、王宮の完成はいつの予定だ?】
【アンジェロがいない間に完成したよ】
【マジか。じゃぁヴラドの奴、即追い出すだろうな】
【どーして? 戦後なんだし、これから超忙しくなるから、いてもらった方が都合がいいのに】
【バーカ。その為に俺は直接アリストを攻めたんだよ。悪魔が南から北上してきたらそりゃ戦後も大変だっただろうけど、その被害を最小に抑えるためじゃねーか。
戦後復興を急ぐ地域は首都圏のみ。それ以外は南側ってことになる。ナボックの支援もしなきゃいけねーしな】
【・・・・・もしかして、それを山姫さんに押し付ける気?】
【もしかしなくても。ただでさえ南は国境を接した国が多いし、紛争が起きやすい地域で面倒くせぇしな。北に比べて南には金脈もあるし資源も潤沢だけど、それは貿易で入手できるし、戦争の前に南の人口は、避難の為にかなり北に移動して、十分に流入してる。だからこっちは税金不足の心配はねぇし、資源不足のハンデ位くれてやってもいい】
【・・・・・黒すぎる】
【それが政治ってもんだぜ。国は人情で成り立ってんじゃねーんだよ】
【・・・・・アンジェロ、アルカードさんに似てきたね】
【似てねーよ】
年々似てきている。つまるところ、とどのつまりは、アルカードから最も帝王学をたたき込まれていたのは、アンジェロの方だったようだ。
★祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
――――――――――平家物語冒頭より




