百戦百勝は善の善なるものに非ず
遠征に出かけたミナ達を待つ間、ミラーカ達はアルカードの私室で待つことにした。
アルカードの部屋に入るのは初めてだった双子がキョロキョロしていると、ミラーカに座る様に言われたので、アミンと腰かけて座っているミラーカに血を差し出した。
「メリッサ、大丈夫?」
「なんともない?」
「ええ、平気よ。だけど、少し疲れたわ」
そう言って、ミラーカはミラーカの変身を解いて、メリッサの姿に戻った。
メリッサも大人の姿になって、黒人の混血だったクライドの遺伝の為か、テラコッタ色の肌をした、金髪に碧眼、ボニーに似ているものの、少し堀りの深い顔立ち。
「大人のメリッサは、女神の彫刻みたいだね」
「僕個人の好みなら、ミラーカよりメリッサのが可愛いよ」
「うふふ、ありがとう」
双子の口説き文句に少し可笑しそうに笑ってミラーカは礼を言った。
「だけど、アルカードの前では、ミラーカでいたいのよ」
「・・・・・ミラーカの姿じゃなくても、陛下はメリッサの事好きだと思うけど」
「そうね。だけど、私がそうしたいのよ」
「けど、今はもう前みたく力がないんだから、無理しちゃダメだよ」
「そうね」
今、ミラーカは力をかなり失った。ミラーカに変身した姿を保つのもあまり長時間は出来ないため、滅多に後宮から出ないし、人前に姿を現さない。
今年の5月、既にミラーカは休眠期を迎えている。休眠期に入る前、マーリンに頼んだ。
純血種は力が強い分、休眠期も長く起きている時間も短い。休眠期の期間は力の強さに比例する。だから、ミラーカの持つ力を代価に、休眠期の期間を極端に短く削り、代わりに覚醒期を長くしてもらった。
ミラーカは150年覚醒して、3年間の休眠期となり、今のミラーカの年齢は20歳だ。
どれほど強力な力を持っても、短期間しか起きていられないことは嫌だった。
アルカードと再会した時に、これからはアルカードが棺を守っると言ってくれたから、アルカードがいるなら自分が弱くてもいい。そのかわり、アルカードの休眠期中は自分がちゃんと起きていなければ、と思ったのだ。
以前のままでは17年しか起きていられないし、休眠期も長い。アルカードの休眠期は10年。
昔の様に寝ている間は互いの棺を守ろう、と約束したのだから、そうチョイチョイ寝るわけにもいかない。アルカードは約束を破ったりはしないから、ミラーカ自身も破りたくはなかったのだ。
「ねぇ、メリッサは陛下を愛してる?」
「愛してるわ」
「それは、どういう意味で?」
「わからないわ。だけど、男女の愛と言うのは、少し違う気がするけれど」
「家族?」
「多分、それに近いのね。友達と兄妹の中間のような」
「でも、よかったの?」
「アミンさんなら、何も問題なかったでしょ?」
「アミンは、もしもの時の保険よ。いいのよ、心配しないで。私は平気だし、嬉しいのよ。それに、アルカード達が賭けに勝てば、犠牲にしたものの数を、数えずに済むから」
「うん」
「そうだね」
アルカードの賭けにベットして、勝利を願う。負ければ、失うものがあまりにも多すぎて破産してしまう。勝てば、敵の財産は総ざらいだ。
ハイリスク・ハイリターン。だが、リスクを恐れていては始まらない。賭けるか賭けないかが問題ではない。賭けて、勝ちを信じて、出来る限りの努力と協力をすることが重要なのだ。だから双子もアミンもミラーカもアルカードの策に賭けた。
「アルカードも、ミナちゃんも坊やも、ボニーとクライド、みんなも。きっと勝利を手土産に戻ってくるわ。アルカードが戻ると約束したのだもの。アルカードは約束を破ったりはしないから」
「うん」
「そうですね。きっと今頃、陛下とアンジェロさんの事だから、直で悪魔の所に行っちゃってますよ」
「うふふ、そうね。二人とも、性急だから」
笑って、ミラーカが見つめた視線の先、南のナボック。動揺するシュヴァリエ達。
「あのさ、普通こういうのって段階踏まねぇ?」
「普通よぉ、雑魚倒して四天王倒してラスボスって流れじゃん」
「いきなりラスボスと対決かよ」
アミンの読みは大当たりしていたようで、アンジェロが飛んだ先はいきなりアスタロトの目の前だった。
確かに流れとしてはシュヴァリエ達の言う通りだし、何よりストーリー性があるのだが、そんな事は卑怯大好きアンジェロとアルカードには全く無関係だ。
一々下から攻めて行っては、こちらの方が消耗してしまう。銀弾だって限りがあるし、ウッカリ誰かが戦力外になるようなことが起きたら大変だ。
こう言う時はさっさと頭を叩き潰してしまうに限る。そもそもアスタロトの下についている悪魔たちは、ミナ達や人間たちの様に忠誠心なんかで従っているわけではない。所詮は悪魔。甘い蜜を吸えるから、アスタロトの金魚のフンをしているだけ。
その金魚のフンの筆頭ネビロスが、アルカード達が現れた瞬間に掌を向けた。ネビロスの腕を、地を這うような呻き声を漏らした黒い影が纏っている。呪怨、呪い殺す力。早速殺しにかかってきたようだが、アスタロトが止めた。
「まさか、あなたが私を裏切るとは、思ってもいませんでしたよ」
そう言って、アスタロトは無表情でアンジェロを見据えたが、アンジェロはニヤニヤと笑っている。
「裏切る? 誰が? 俺が? 俺は最初から誰も裏切ってねぇよ。まさかお前、俺が仲間になったとでも思ってたのか?」
嘲笑するように挑発するアンジェロの言葉に、アスタロトは表情を変えることはなかったが、アスタロトの周囲の空気が張りつめてきたのが分かった。
それでもなお、アンジェロは嘲笑する。
「お前、バカだな。悪魔を騙すのは、人間を騙すより簡単だ。悪魔は人間と違って、清濁も善悪も併せ持っていない。悪しか持っていない奴を騙すのは、子供を騙すより簡単だ。極悪人を演じて、俺が不利だと思い込ませていればそれで騙せる。そんな楽な相手、悪魔位しかいねぇよ」
それを聞いて、アルカードもクスクス笑う。
「なんだ、悪魔。お前小僧の言う事を全部真に受けたのか? 小僧が人質を全員殺せと言ったからか? 私を殺すと言ったからか? ミナを殺すと言ったからか? それとも、小僧が気が変わってお前を裏切っても、お前に損はないと本気で思っていたのか?」
思っていた。アンジェロはアルカードを憎んでいると思っていた。昔からアンジェロはアルカードを邪魔に思っていたから。
そこに発生した、ナエビラク連合国の襲撃、そして紛争、そして離婚。全部アルカードの仕組んだことで、アンジェロがそのことに疑いを感じて、アルカードに対して疑惑と、不信と、憎悪を膨らませているとばかり思っていた。
だから、呼ばれてもいないのに、アンジェロに何度も吹き込みに行った。アルカードはいつかはアンジェロの大事なものを本当に奪い取ってしまう。アルカードのせいで周囲の者達が絶望に陥れられる日がやってくる、と。
その悪魔の囁きにアンジェロが負けて、自分の言いなりになっているとばかり思っていた。
まさか、ナエビラク連合国の事も、離婚も何もかも、アンジェロも最初から結託していて、全部、何もかも最初からウソの演技をしていただけとは思いもよらなかった。自分を騙すために、5年も演技を続けていたとは思いもしなかった。
「アスタロト、お前は怠惰の象徴らしいな。そのせいか? お前はまともに政治を執ったことなどないのか?」
「バカだな、お前。亡命者の言う事を素直に聞くなんて、愚の骨頂だぜ。亡命者は出来ない約束も軽々しくYESと返事をして、容易く反故にする。政治の世界では、亡命者を信用するのは自殺に等しい。常識だぜ?」
「それともお前、本気で小僧がお前に協力すると言う自信でもあったか?」
「自信じゃねぇだろ。それはただの、傲慢だ。なぁ、ネビロス?」
話を振られたネビロスは、少しだけ動揺しているように見えた。
ネビロスは危惧していたのだ、こうなることを。だから、アスタロトにも何度か進言したのだ。アンジェロを信用してはいけない、アンジェロの言う事を聞いてはいけない。
しかし、傲慢になったアスタロトはネビロスの言葉をないがしろにした。自信があった、傲慢になっていた。VMRを陥落し、アンジェロの魂を奪って、ミナの魂も奪える気になっていた。
アンジェロはナボックを発つ前、ネビロスに言った。
「俺が邪魔か? そうだろうな。俺のせいでお前は嫌われ者だ。アスタロトは俺の言う事ばっか聞いて、お前の言う事は聞きゃしねぇ。悔しいか? 悔しいよなぁ。
だけど、それは俺のせいじゃない。アスタロトが悪いんだ。お前は他の悪魔と違ってアスタロトの腹心で忠臣なのに、お前を信じないアスタロトが悪い。
俺がヴラドを憎むのと同じだ。お前もそうだろ? 年寄りがいつまでも上に座ってちゃ邪魔だよな? あぁいうのを老害って言うんだぜ。お前の方がアスタロトなんかよりもよほど悪魔らしくて、人の上に立つ素質があるのに。これから何千年もアイツの下にいなきゃいけねぇなんて、お前も気の毒な奴だな。お前、勿体ねぇよ」
ネビロスはそう言われたことを思い出して、ハッとアスタロトに向いた。
「アスタロト様、違います。騙されないでください。私は、あなたを裏切ったりなど致しません」
「そーだぜ、アスタロト。ネビロスはまだお前を裏切ったりはしねぇよ。ネビロスは優秀な奴だからな。今、お前を裏切ることは最善じゃないとわかってる」
「わ、私は今後も裏切ったりなど致しません。私は・・・・・」
「ネビロス、どうした? そんな必死になると余計に怪しいぜ。こう言う時は逆鱗に触れるとわかっていても苦言を呈して、それでもなお忠誠を示すもんだぜ。いくら本心を見抜かれたからって―――――」
「黙れ! アスタロト様、この者の話に耳を傾けてはいけません!」
アンジェロの言葉と、ネビロスの説得。それを聞いて、アスタロトは笑った。
「そうですね。わかっていますよ。もう十分にわかりました。私がバカでした」
「アスタロト様・・・・・!」
アスタロトの言葉と表情に安堵して、ネビロスがアンジェロに視線を戻した瞬間、ぞぶり、と音がした。
「十分に、わかりました。私は悪魔のくせに、本当に悪魔らしくなかった。自分以外の他人を信用するなんて、本当に、愚の骨頂。勉強になりました」
「アスタ・・・・・トさ・・・・・」
心臓を貫かれ、握り潰されたネビロスは、その場でボロボロと燃え落ちて崩れ去った。
ネビロスがアスタロトの腹心だと言うことは誰の目にも明らかであった。
アスタロトにこうまでさせたのは、アンジェロとアルカードからの屈辱、傲慢さ、何よりもネビロスの忠誠が、アスタロトのプライドを傷つけたようだった。
ふすふすと煙をあげる、先ほどまではネビロスの姿をしていた炭から視線を上げて、やはりアンジェロは笑う。
「よかったのか? ネビロス殺しちまって」
「構いません」
「へぇ、じゃあ次は誰を殺す?」
問われてアスタロトはアンジェロ達に視線を流し、アルカードの前で止めた。が、すぐに瞳を伏せた。
「殺したら、契約違反ですね」
「残念、さすがに引っ掛からなかったか」
アンジェロは既に願っている。ミナを取り巻くすべての人々を庇護するように、と。アスタロトが攻撃することは契約違反だ。
「せめてネビロスが生きてりゃ、気を利かせて攻撃してくれたかもしんねぇのに、バカな奴」
「ネビロスでなくとも、他にも部下はいますから」
「じゃあ命令しろよ」
言わずもがな、とアスタロトは指を鳴らして悪魔を呼びつけた。が、悪魔が数人姿を現したかと思うと、現れた瞬間に倒れ、炎を上げた。
その様に眉を顰めたアスタロトに、やはりアンジェロとアルカードはニヤニヤ笑っている。
「どうした? 呼べよ」
「呼べ、部下を。全員な。一切合切呼びつけて、全員で我々を殺させてみろ。我々の心臓を食らわせてみろ。その芥子炭にそれが出来るとは思えないが、できるのだろう? さぁ、さぁ!」
ぎり、と歯ぎしりをして、再びアスタロトは部下を呼びつける。そして現れた数人の部下は、手足を切り落とされ、体深くに裂傷を負い、また体の一部が凍結している。
その様には、流石にアスタロトも顔色を変えた。
「なにごとです」
問われて、一人が斬られた足を押さえながら、アスタロトを見上げた。
「わかりませぬ。何者かがいるのです。しかし姿が見えず、仲間が凍っています。斬られた傷が、回復しないのです! アスタロト様、このままでは全滅です。お助け下さい!」
それを聞いてハッとして顔を上げたアスタロトは、アンジェロ達を見渡す。
姿を消して斬りかかり、修復されない斬り傷、凍結。そんな事が出来るのは―――――。
―――――んもー、結局いっつも私に戦わせるんだから、もう!
光学迷彩で姿を消して、ミナとクライドだけが悪魔の集団の中にいた。姿を消せば何のことはない。容易に近づいて、殺すことができる。
悉く首を刎ね、心臓を刺し、ドーマウスで氷結させていく。クライドは愛用のナイフで後ろから首を斬り、また心臓を刺していく。
銃をエモノにするメンバーでは、銃声で容易に気付かれる。刃物組の二人なら、悪魔には急に仲間が鎌鼬に襲われたとでも見えるだろう。
「アンジェロは100人位って言ってましたよね?」
「お前何人殺した?」
「まだ30人くらいです。クライドさんは?」
「俺もそんくらい。もうひと頑張りかぁ」
「そーですねぇ」
まずは、人質にされている女子供が閉じ込められている広場。そこに行って、見張りに立っていた悪魔たちを皆殺しにし、人質を解放して、静かにするように言いつけて城から全員逃がしてやった。
続いて、二人はRPGのシナリオに乗っ取り、ダンジョン攻略。正面入り口から入って、1階、2階と制圧中だ。
響くのは斬る音と、足音。最初に首を刎ねたり、凍らせてしまうから、断末魔さえ響かない。静かに、しかし確実に殺していく二人に、最初悪魔たちは気付きもしなかった。宴を開いていた部屋に二人が現れるまでは。
壁をすり抜けて入ってきたミナとクライドとドーマウス。最初にドーマウスが冷却した窒素をぶっ掛けた。手前の数人が頭から凍りついたのを見て、悪魔たちは敵の存在に気付いたようで、慌てて立ち上がる。しかし、ミナ達の姿を捉える事は出来ないようで、警戒しながらキョロキョロしている。
気付かれても気づかれなくても。余裕とばかりに近づいて、リーチの長いデュランダルで首を切り落とし、すかさずクライドが心臓を刺突する。
とうとう悪魔は手当たり次第に暴れたり、火を噴いたりしているが躱すことだって雑作もない。その部屋にいた悪魔を皆殺しにして、壁をすり抜けて再び廊下に出ると、悪魔たちの断末魔を聞きつけたようで、他の悪魔たちも現れ出した。
「なんかみんな出てきましたね?」
「かえってこっちのがラクだな。あ、そうそう。今回は持って来たぞー」
「クライドさん、準備よすぎ!」
昔の悪魔退治の折に反省をしたらしく、クライドはペットボトル持参だ。ミラーカへのお土産用らしい。
「デュランダルはダーインスレイヴみたく吸血出来ねぇんだろ」
「そうなんですよぉ。魔物の血が触れたら、血が蒸発しちゃうんです。聖剣ですからね」
「前のはどういう仕組み?」
「アレは影で作った剣を、私の血でコーティングしてたんです」
「へぇー。じゃぁ血で剣作れば、吸血できるんじゃね?」
「あぁ、そうですね! でも私二刀流なんかできないし、クライドさんやってみてくださいよ」
「えぇ? 俺できっかなぁ。眷属じゃねぇしなぁ」
「まぁまぁ、やってみてくださいよ。強化してるからできるかもしれませんよ」
言われてクライドは、ナイフ位ならできるかと考えながら掌を斬りつけて、掌を見つめながら唸っている。
そこに悪魔が通りかかって、クライドの邪魔をしないように右肩から左わき腹まで両断していると、クライドが「できた!」と声を上げた。
すぐに駆けてクライドの右手を見せてもらうと、そこにあったのは剣でもナイフでもなく。
「手ごと変えちゃったんですか?」
「変えちった!」
クライドの右手、手首から下がそのまま両刃の刃物になっていた。
「便利だぞ、コレ。ホラ」
「あ、すごい!」
クライドは刃の部分をクイクイ、と曲げてみせる。随分柔軟性のある刃物のようだ。これなら突き刺してダイレクトに吸血できるはずだ、とクライドは意気揚々と悪魔を刺して、早速血を吸いだす。
「なんか懐かしいなー、この栄養ドリンク味の血」
「悪魔の血って、美味しいですよねー」
ミナのデュランダルは聖剣なので、ほとんどがワンショット・ワンキルになってしまうが、クライドは違って、斬られたところはちゃんと再生するし、その代り吸血できる。切り口が焦げてしまうミナの代わりに、クライドが血を取ってペットボトルに入れて渡してくれた。
「クライドさん優しい! ありがとうございます!」
「どーいたしましてー」
という、アホなやり取りをしながら、ミナとクライドがダンジョン攻略中だ。やっとその事に気付いたアスタロトは、ニヤニヤ笑う卑怯大好きドSコンビを睨みつけた。
そう、やっと気づいた。問題があるとしたらネビロスだけだったのだ。アスタロトが側近として傍に置くほどの忠誠、悪魔らしい性格、そして力の強さ。それが問題だったから、アスタロトに殺させた。
その事にようやく気が付いたが、気付いた時には既に遅かった。
ネビロスさえいなくなれば、後は烏合の衆。ミナとクライドの進撃に、アスタロトを見限って逃げ出す悪魔は既に現れている。大侯爵と言えども、窮地に陥って吸血鬼に騙されるような悪魔に、他の悪魔たちは既に用はないのだ。
部屋のドアが開かれる。悪魔のクリムゾンレッドの返り血を浴びたミナとクライドが、笑いながら入ってくる。
「ただ今戻りました!」
「やっとラスボス到着したぜ」
その手には悪魔の血が入ったペットボトルが握られていて、ミナがその1本をアルカードに差し出した。
「アルカードさん、悪魔の血ですよ。美味しいですよ」
「そうか」
アルカードは愉快そうに笑ってそれを受け取り、コクン、と一口飲んで、アスタロトに視線をやった。
「あぁ、美味い。アスタロト、お前の血の味は、さぞかし美味であろうな」
そう言うと、アルカードはミナにペットボトルを返し、アスタロトの元に歩み寄る。
アルカードを殺したい。しかし、それは契約違反。アスタロトが攻撃することはできない。だとしたら、屈辱ではあるが、もう逃亡しかない。アスタロトがそう考えた瞬間に、アンジェロが声を張った。
『逃げるな』
その声が耳に届いた途端に、体が金縛りにあったかのように動かなくなる。転移しようとも、出来ない。
『動くな。一切の挙動を許さない』
そう言いつけると、アンジェロはシュヴァリエ達に振り向いた。
「ミナが悪魔たちを冷凍してある。多少の死に損ないもいるだろ。お前らは死に損ないブッ殺して、冷凍の奴を迫撃砲で徹底的に爆破してこい」
「了解!」
「20分以内に戻ってこいよ」
「ヤー!」
すぐにシュヴァリエ達は駆けだして出て行って、程なくして銃声と爆音が鳴り始める。ちなみに笑い声もかすかに聞こえる。遊んでいるようだ。
アスタロトが呼びつけた死に損ないの部下を射殺して、アンジェロがミナの元にやって来た。
「折角のコスプレも台無しだな」
そう言って、血のついた軍服の襟を掴んで見ている。
「コスプレじゃないし! これで実用だよ」
「ハハハ、そーだな」
可笑しそうに笑ったアンジェロは、返り血を浴びたミナの頬を拭って、さらりと髪を撫でる。
―――――返り血を浴びたミナを見るのは久しぶりだ。なんか、イイな。
血まみれの軍服コスプレのミナに何故かムラムラしだすアンジェロ。それに気づいて、アルカードはアンジェロに呆れた視線を投げかける。
「・・・・・お前、ヘンタイだな・・・・・」
「うるせーな!」
「なにが?」
「なんでもねーよ!」
軍服コスはともかく、血濡れのハニィにムラムラするのは明らかにヘンタイだ。
こうしている間も爆音は轟音を轟かせて、城は微かに揺れる。
しばらくすると、シュヴァリエたちが戻ってきた。
「派手にやったなぁ」
クライドが声をかけると、ヨハンがニコッと笑った。
「武器の性能を試すいい機会でしたよ。ちゃんと陛下の仰ったとおり、無駄に破壊してきました」
アルカードは必要以上に爆破するように、と命令していた。だから重火器ばかり持ってこさせた。
それはナボック人向けのアピールのため。こんだけ激しい戦いをして城を取り戻してやったんだぞ、俺らの軍事力&武力はハンパねぇだろ、というアピールだ。
ヨハンの報告を聞いて、アルカードも笑った。
「よろしい。それでは、王宮に戻ろうか」
「そうだな。あと2時間で、クリスマスだ」
アルカードとアンジェロの「ブルース・ウィリスもこの位卑怯にやればいいのに作戦」は功を奏して、こちら側の損害はゼロ、大して戦闘もなく、アスタロトはまんまと腹心の部下を殺し、あっさりとお縄についてしまったのであった。
★百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり
――――――――――孫子




